43 / 94
第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン⑮
しおりを挟む
白と貝紫色の戦闘服に身を包んだりさらと雅桃が〔軸塔〕の昇降機に乗り込んだのは、最上階で開かれる〈神牙教軍迎撃作戦〉における、教界側の重大な方針転換を受けての緊急ブリーフィングが開始される《央月刻》まで、僅か2アトス(6分間)を切った頃であった。
淡いブルーの〔硬質透過晶板〕の扉が閉じた時、円筒形の空間に立っているのは2人の操獣師のみであり、同時招集を掛けられた15名のガートス部隊長たちはとっくに議場入りしていると思われる。
ブリーフィングの内容に関しては、休憩前の食事タイムにC-キャップこと延吉道子から概略を伝えられており、その内容には2人とも大きな衝撃を受けていた。
「…でも、バジャドクさんも思い切った決断をされたものですね…
刃獣どもによって教界中が火の海になったことを逆に利用して、一気にルドストン全体を“地底化”しようだなんて…」
つい先程までの“狂熱の天使”としての振る舞いを忘却し果てたかのような“公の貌”の回復ぶりに、萩邑りさらは胸をなでおろしつつ応えた。
「確かに、教界史を大転換させる…
いいえ、これはもはや、
“世界の再創造”に挑む、バジャドクさんの命懸けの決意表明だわ…。
尤も、〈第一次侵攻〉後に各地に構築された【地底退避施設】の完成と同時に日夜励行された避難訓練が今回、すばらしい成果を挙げたことを受けての自信の表れなんでしょうけど、ね…。
まあそれでも、バジャドクさんとは犬猿の仲である“地方有力者”たちからは早くも猛反発の声が挙がっているらしいけれど、この世界で生活する限り、常につきまとう教軍の脅威から教民たちを守るためには、どうしても必要な措置なのかもしれないわね…。
でも、広いラージャーラには、教軍の本格的侵攻を受けていないにも関わらず、一足先にそれを成し遂げた“地底教界”が存在するのよ。
ほら、私たちが大好きな〔エキュレマ〕の“製造元”である、
【ティリールカ愛華領】…。
尤も、ここは成立当初から、この“戦乱次元”には宝石のように貴重な“完全平和主義”を掲げる言わば“永久中立教界”らしいから、神牙教軍云々は別にして自衛のための不可避の対策だったのかもしれないけれど…」
「…何かと大変ですよね、此処で生きてゆくっていうのも…
もちろん、“あたしたちの世界”だって欠陥だらけだけど、少なくとも鏡の教聖みたいな恐ろしい化け物は存在しませんもんね…。
でも、バジャドクさんのお陰で昼間すぐに再出撃せずに済んで、あたし、思いっきりリフレッシュ出来ました!」
ここで雅桃はふくよかな白い頬を紅に染め、文字通りその名を体現しつつ叫んだ。
「何せ、憧れの萩邑先輩から…
すっごく強力なエネルギーを授けてもらうことが出来たんですから!
これから取り掛かるのは、各地の避難施設に援助物資を送り届ける輸送隊に同行して、共同作業と護衛に当たるっていう地味にシンドそうなミッションらしいですけど、一週間ぐらいなら不眠不休で頑張れそうです!」
この怪気炎に苦笑しつつ、美しき操獣師はやはり、この“訳ありな後輩”とは例のハードコミュニケーションが必須なのだと痛感するのであった。
『それに…
やっぱり、雅桃ってホントに可愛いわ…!
この子のためなら…
私、場合によっては本当に命を投げ出してしまうかもしれない…!』
昇降機の扉が開くと、大会議室はすぐ正面であり、その入口は開け放たれていた。
「あー、良かった、間に合った…
でもホント、滑り込みセーフでしたね…。
総隊長、やっぱりカンカンかなあ?
…もしそうだったら、先輩の背中に隠れてていいですか…?」
心底怯えているかのような震え声が、本気になった相手に対しては限りなく発揮されるりさらの“保護本能”を強烈に刺激し、軽く抱き寄せつつ右手で優しく頭を撫でてやるのだった。
「しょうがないな…
あなたもれっきとした特級なんだから、そういうことじゃ困るんだけど…。
まあ、今回だけは特例としてヨシとするけどね…
でも、隊長とC-キャップに頭を下げる時は、ちゃんと私の横に立たなきゃダメよ…」
「…はい…」
入室した2人は、早足で総隊長の許へ向かう。
室内は、その広さといい雛壇の存在といい、大学の講義室に酷似していた。
最大の相違点は、その素材が木材とコンクリートではなく、落ち着いた青い色調の、仄かな温かみを有する樹脂状物質であるという点である。
ラージャーラ全域にほぼ共通する、これも青味を帶びた照明もまた抑えられてはいるものの、配布された資料の文字の識別には充分すぎるほどであった。
文書解読にも無類の強さを発揮する“万能翻訳機”=聖幻晶によってたやすく読解は可能であることから、4人の聖団員に宛てがわれた最前列席の机上にも、ほぼA4サイズの、黄色地の紙に濃い青で印字されたプリントが2枚、用意されていた。
当然ながら竹澤夏月と延吉道子は既に着席しており、その正面に立った若き戦友たちに対し後者は安堵の表情に続いてほれぼれする様な微笑を投げかけてくれた、のだが…。
肩を怒らせ、がっちりと両腕を組んだ殺戮姫は一切視線を動かすことなく前方を見据えたままである。
「…申し訳ありません、
遅くなりました…」
深々と頭を下げる部下たちに、彫像の如き総隊長は全くの無反応。
必然的に、2人はその体勢の維持を余儀なくされる…。
ただならぬ気配は当然ながら結集したパイロットたちにも伝わり、好奇と怪訝が入り混じった視線が4名の異界人に注がれた。
そしてたっぷり1アトスが経過し、会議の口火を切るべく統衞軍主督空将チェザックが困惑の表情で登壇した所でようやく竹澤夏月は口を開いた。
「儲けたね、萩邑…」
無言で頭を下げ続けるりさらと雅桃。
「本来なら、メデューサじゃないけど、たっぷり一昼夜は土下座させてやりたいところだけどね…、
この非常時じゃしょうがない、
2人ともさっさと席に着きな。
尤も…」
あたかも判決を待つ被告の如く息を呑んで総隊長の次の言葉を待つ2名の操獣師。
「もしここでエキュレマの匂いをプンプンさせてるようだったら、問答無用で【砦】に強制送還して反省房にブチ込んでやるつもりだったんだけどね、
さすがのアンタたちも、そこまでイカれちゃいなかったって訳か…
ああ、殘念!」
淡いブルーの〔硬質透過晶板〕の扉が閉じた時、円筒形の空間に立っているのは2人の操獣師のみであり、同時招集を掛けられた15名のガートス部隊長たちはとっくに議場入りしていると思われる。
ブリーフィングの内容に関しては、休憩前の食事タイムにC-キャップこと延吉道子から概略を伝えられており、その内容には2人とも大きな衝撃を受けていた。
「…でも、バジャドクさんも思い切った決断をされたものですね…
刃獣どもによって教界中が火の海になったことを逆に利用して、一気にルドストン全体を“地底化”しようだなんて…」
つい先程までの“狂熱の天使”としての振る舞いを忘却し果てたかのような“公の貌”の回復ぶりに、萩邑りさらは胸をなでおろしつつ応えた。
「確かに、教界史を大転換させる…
いいえ、これはもはや、
“世界の再創造”に挑む、バジャドクさんの命懸けの決意表明だわ…。
尤も、〈第一次侵攻〉後に各地に構築された【地底退避施設】の完成と同時に日夜励行された避難訓練が今回、すばらしい成果を挙げたことを受けての自信の表れなんでしょうけど、ね…。
まあそれでも、バジャドクさんとは犬猿の仲である“地方有力者”たちからは早くも猛反発の声が挙がっているらしいけれど、この世界で生活する限り、常につきまとう教軍の脅威から教民たちを守るためには、どうしても必要な措置なのかもしれないわね…。
でも、広いラージャーラには、教軍の本格的侵攻を受けていないにも関わらず、一足先にそれを成し遂げた“地底教界”が存在するのよ。
ほら、私たちが大好きな〔エキュレマ〕の“製造元”である、
【ティリールカ愛華領】…。
尤も、ここは成立当初から、この“戦乱次元”には宝石のように貴重な“完全平和主義”を掲げる言わば“永久中立教界”らしいから、神牙教軍云々は別にして自衛のための不可避の対策だったのかもしれないけれど…」
「…何かと大変ですよね、此処で生きてゆくっていうのも…
もちろん、“あたしたちの世界”だって欠陥だらけだけど、少なくとも鏡の教聖みたいな恐ろしい化け物は存在しませんもんね…。
でも、バジャドクさんのお陰で昼間すぐに再出撃せずに済んで、あたし、思いっきりリフレッシュ出来ました!」
ここで雅桃はふくよかな白い頬を紅に染め、文字通りその名を体現しつつ叫んだ。
「何せ、憧れの萩邑先輩から…
すっごく強力なエネルギーを授けてもらうことが出来たんですから!
これから取り掛かるのは、各地の避難施設に援助物資を送り届ける輸送隊に同行して、共同作業と護衛に当たるっていう地味にシンドそうなミッションらしいですけど、一週間ぐらいなら不眠不休で頑張れそうです!」
この怪気炎に苦笑しつつ、美しき操獣師はやはり、この“訳ありな後輩”とは例のハードコミュニケーションが必須なのだと痛感するのであった。
『それに…
やっぱり、雅桃ってホントに可愛いわ…!
この子のためなら…
私、場合によっては本当に命を投げ出してしまうかもしれない…!』
昇降機の扉が開くと、大会議室はすぐ正面であり、その入口は開け放たれていた。
「あー、良かった、間に合った…
でもホント、滑り込みセーフでしたね…。
総隊長、やっぱりカンカンかなあ?
…もしそうだったら、先輩の背中に隠れてていいですか…?」
心底怯えているかのような震え声が、本気になった相手に対しては限りなく発揮されるりさらの“保護本能”を強烈に刺激し、軽く抱き寄せつつ右手で優しく頭を撫でてやるのだった。
「しょうがないな…
あなたもれっきとした特級なんだから、そういうことじゃ困るんだけど…。
まあ、今回だけは特例としてヨシとするけどね…
でも、隊長とC-キャップに頭を下げる時は、ちゃんと私の横に立たなきゃダメよ…」
「…はい…」
入室した2人は、早足で総隊長の許へ向かう。
室内は、その広さといい雛壇の存在といい、大学の講義室に酷似していた。
最大の相違点は、その素材が木材とコンクリートではなく、落ち着いた青い色調の、仄かな温かみを有する樹脂状物質であるという点である。
ラージャーラ全域にほぼ共通する、これも青味を帶びた照明もまた抑えられてはいるものの、配布された資料の文字の識別には充分すぎるほどであった。
文書解読にも無類の強さを発揮する“万能翻訳機”=聖幻晶によってたやすく読解は可能であることから、4人の聖団員に宛てがわれた最前列席の机上にも、ほぼA4サイズの、黄色地の紙に濃い青で印字されたプリントが2枚、用意されていた。
当然ながら竹澤夏月と延吉道子は既に着席しており、その正面に立った若き戦友たちに対し後者は安堵の表情に続いてほれぼれする様な微笑を投げかけてくれた、のだが…。
肩を怒らせ、がっちりと両腕を組んだ殺戮姫は一切視線を動かすことなく前方を見据えたままである。
「…申し訳ありません、
遅くなりました…」
深々と頭を下げる部下たちに、彫像の如き総隊長は全くの無反応。
必然的に、2人はその体勢の維持を余儀なくされる…。
ただならぬ気配は当然ながら結集したパイロットたちにも伝わり、好奇と怪訝が入り混じった視線が4名の異界人に注がれた。
そしてたっぷり1アトスが経過し、会議の口火を切るべく統衞軍主督空将チェザックが困惑の表情で登壇した所でようやく竹澤夏月は口を開いた。
「儲けたね、萩邑…」
無言で頭を下げ続けるりさらと雅桃。
「本来なら、メデューサじゃないけど、たっぷり一昼夜は土下座させてやりたいところだけどね…、
この非常時じゃしょうがない、
2人ともさっさと席に着きな。
尤も…」
あたかも判決を待つ被告の如く息を呑んで総隊長の次の言葉を待つ2名の操獣師。
「もしここでエキュレマの匂いをプンプンさせてるようだったら、問答無用で【砦】に強制送還して反省房にブチ込んでやるつもりだったんだけどね、
さすがのアンタたちも、そこまでイカれちゃいなかったって訳か…
ああ、殘念!」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

異世界に転生したもののトカゲでしたが、進化の実を食べて魔王になりました。
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
異世界に転生したのだけれど手違いでトカゲになっていた!しかし、女神に与えられた進化の実を食べて竜人になりました。
エブリスタと小説家になろうにも掲載しています。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる