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第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン⑮
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白と貝紫色の戦闘服に身を包んだりさらと雅桃が〔軸塔〕の昇降機に乗り込んだのは、最上階で開かれる〈神牙教軍迎撃作戦〉における、教界側の重大な方針転換を受けての緊急ブリーフィングが開始される《央月刻》まで、僅か2アトス(6分間)を切った頃であった。
淡いブルーの〔硬質透過晶板〕の扉が閉じた時、円筒形の空間に立っているのは2人の操獣師のみであり、同時招集を掛けられた15名のガートス部隊長たちはとっくに議場入りしていると思われる。
ブリーフィングの内容に関しては、休憩前の食事タイムにC-キャップこと延吉道子から概略を伝えられており、その内容には2人とも大きな衝撃を受けていた。
「…でも、バジャドクさんも思い切った決断をされたものですね…
刃獣どもによって教界中が火の海になったことを逆に利用して、一気にルドストン全体を“地底化”しようだなんて…」
つい先程までの“狂熱の天使”としての振る舞いを忘却し果てたかのような“公の貌”の回復ぶりに、萩邑りさらは胸をなでおろしつつ応えた。
「確かに、教界史を大転換させる…
いいえ、これはもはや、
“世界の再創造”に挑む、バジャドクさんの命懸けの決意表明だわ…。
尤も、〈第一次侵攻〉後に各地に構築された【地底退避施設】の完成と同時に日夜励行された避難訓練が今回、すばらしい成果を挙げたことを受けての自信の表れなんでしょうけど、ね…。
まあそれでも、バジャドクさんとは犬猿の仲である“地方有力者”たちからは早くも猛反発の声が挙がっているらしいけれど、この世界で生活する限り、常につきまとう教軍の脅威から教民たちを守るためには、どうしても必要な措置なのかもしれないわね…。
でも、広いラージャーラには、教軍の本格的侵攻を受けていないにも関わらず、一足先にそれを成し遂げた“地底教界”が存在するのよ。
ほら、私たちが大好きな〔エキュレマ〕の“製造元”である、
【ティリールカ愛華領】…。
尤も、ここは成立当初から、この“戦乱次元”には宝石のように貴重な“完全平和主義”を掲げる言わば“永久中立教界”らしいから、神牙教軍云々は別にして自衛のための不可避の対策だったのかもしれないけれど…」
「…何かと大変ですよね、此処で生きてゆくっていうのも…
もちろん、“あたしたちの世界”だって欠陥だらけだけど、少なくとも鏡の教聖みたいな恐ろしい化け物は存在しませんもんね…。
でも、バジャドクさんのお陰で昼間すぐに再出撃せずに済んで、あたし、思いっきりリフレッシュ出来ました!」
ここで雅桃はふくよかな白い頬を紅に染め、文字通りその名を体現しつつ叫んだ。
「何せ、憧れの萩邑先輩から…
すっごく強力なエネルギーを授けてもらうことが出来たんですから!
これから取り掛かるのは、各地の避難施設に援助物資を送り届ける輸送隊に同行して、共同作業と護衛に当たるっていう地味にシンドそうなミッションらしいですけど、一週間ぐらいなら不眠不休で頑張れそうです!」
この怪気炎に苦笑しつつ、美しき操獣師はやはり、この“訳ありな後輩”とは例のハードコミュニケーションが必須なのだと痛感するのであった。
『それに…
やっぱり、雅桃ってホントに可愛いわ…!
この子のためなら…
私、場合によっては本当に命を投げ出してしまうかもしれない…!』
昇降機の扉が開くと、大会議室はすぐ正面であり、その入口は開け放たれていた。
「あー、良かった、間に合った…
でもホント、滑り込みセーフでしたね…。
総隊長、やっぱりカンカンかなあ?
…もしそうだったら、先輩の背中に隠れてていいですか…?」
心底怯えているかのような震え声が、本気になった相手に対しては限りなく発揮されるりさらの“保護本能”を強烈に刺激し、軽く抱き寄せつつ右手で優しく頭を撫でてやるのだった。
「しょうがないな…
あなたもれっきとした特級なんだから、そういうことじゃ困るんだけど…。
まあ、今回だけは特例としてヨシとするけどね…
でも、隊長とC-キャップに頭を下げる時は、ちゃんと私の横に立たなきゃダメよ…」
「…はい…」
入室した2人は、早足で総隊長の許へ向かう。
室内は、その広さといい雛壇の存在といい、大学の講義室に酷似していた。
最大の相違点は、その素材が木材とコンクリートではなく、落ち着いた青い色調の、仄かな温かみを有する樹脂状物質であるという点である。
ラージャーラ全域にほぼ共通する、これも青味を帶びた照明もまた抑えられてはいるものの、配布された資料の文字の識別には充分すぎるほどであった。
文書解読にも無類の強さを発揮する“万能翻訳機”=聖幻晶によってたやすく読解は可能であることから、4人の聖団員に宛てがわれた最前列席の机上にも、ほぼA4サイズの、黄色地の紙に濃い青で印字されたプリントが2枚、用意されていた。
当然ながら竹澤夏月と延吉道子は既に着席しており、その正面に立った若き戦友たちに対し後者は安堵の表情に続いてほれぼれする様な微笑を投げかけてくれた、のだが…。
肩を怒らせ、がっちりと両腕を組んだ殺戮姫は一切視線を動かすことなく前方を見据えたままである。
「…申し訳ありません、
遅くなりました…」
深々と頭を下げる部下たちに、彫像の如き総隊長は全くの無反応。
必然的に、2人はその体勢の維持を余儀なくされる…。
ただならぬ気配は当然ながら結集したパイロットたちにも伝わり、好奇と怪訝が入り混じった視線が4名の異界人に注がれた。
そしてたっぷり1アトスが経過し、会議の口火を切るべく統衞軍主督空将チェザックが困惑の表情で登壇した所でようやく竹澤夏月は口を開いた。
「儲けたね、萩邑…」
無言で頭を下げ続けるりさらと雅桃。
「本来なら、メデューサじゃないけど、たっぷり一昼夜は土下座させてやりたいところだけどね…、
この非常時じゃしょうがない、
2人ともさっさと席に着きな。
尤も…」
あたかも判決を待つ被告の如く息を呑んで総隊長の次の言葉を待つ2名の操獣師。
「もしここでエキュレマの匂いをプンプンさせてるようだったら、問答無用で【砦】に強制送還して反省房にブチ込んでやるつもりだったんだけどね、
さすがのアンタたちも、そこまでイカれちゃいなかったって訳か…
ああ、殘念!」
淡いブルーの〔硬質透過晶板〕の扉が閉じた時、円筒形の空間に立っているのは2人の操獣師のみであり、同時招集を掛けられた15名のガートス部隊長たちはとっくに議場入りしていると思われる。
ブリーフィングの内容に関しては、休憩前の食事タイムにC-キャップこと延吉道子から概略を伝えられており、その内容には2人とも大きな衝撃を受けていた。
「…でも、バジャドクさんも思い切った決断をされたものですね…
刃獣どもによって教界中が火の海になったことを逆に利用して、一気にルドストン全体を“地底化”しようだなんて…」
つい先程までの“狂熱の天使”としての振る舞いを忘却し果てたかのような“公の貌”の回復ぶりに、萩邑りさらは胸をなでおろしつつ応えた。
「確かに、教界史を大転換させる…
いいえ、これはもはや、
“世界の再創造”に挑む、バジャドクさんの命懸けの決意表明だわ…。
尤も、〈第一次侵攻〉後に各地に構築された【地底退避施設】の完成と同時に日夜励行された避難訓練が今回、すばらしい成果を挙げたことを受けての自信の表れなんでしょうけど、ね…。
まあそれでも、バジャドクさんとは犬猿の仲である“地方有力者”たちからは早くも猛反発の声が挙がっているらしいけれど、この世界で生活する限り、常につきまとう教軍の脅威から教民たちを守るためには、どうしても必要な措置なのかもしれないわね…。
でも、広いラージャーラには、教軍の本格的侵攻を受けていないにも関わらず、一足先にそれを成し遂げた“地底教界”が存在するのよ。
ほら、私たちが大好きな〔エキュレマ〕の“製造元”である、
【ティリールカ愛華領】…。
尤も、ここは成立当初から、この“戦乱次元”には宝石のように貴重な“完全平和主義”を掲げる言わば“永久中立教界”らしいから、神牙教軍云々は別にして自衛のための不可避の対策だったのかもしれないけれど…」
「…何かと大変ですよね、此処で生きてゆくっていうのも…
もちろん、“あたしたちの世界”だって欠陥だらけだけど、少なくとも鏡の教聖みたいな恐ろしい化け物は存在しませんもんね…。
でも、バジャドクさんのお陰で昼間すぐに再出撃せずに済んで、あたし、思いっきりリフレッシュ出来ました!」
ここで雅桃はふくよかな白い頬を紅に染め、文字通りその名を体現しつつ叫んだ。
「何せ、憧れの萩邑先輩から…
すっごく強力なエネルギーを授けてもらうことが出来たんですから!
これから取り掛かるのは、各地の避難施設に援助物資を送り届ける輸送隊に同行して、共同作業と護衛に当たるっていう地味にシンドそうなミッションらしいですけど、一週間ぐらいなら不眠不休で頑張れそうです!」
この怪気炎に苦笑しつつ、美しき操獣師はやはり、この“訳ありな後輩”とは例のハードコミュニケーションが必須なのだと痛感するのであった。
『それに…
やっぱり、雅桃ってホントに可愛いわ…!
この子のためなら…
私、場合によっては本当に命を投げ出してしまうかもしれない…!』
昇降機の扉が開くと、大会議室はすぐ正面であり、その入口は開け放たれていた。
「あー、良かった、間に合った…
でもホント、滑り込みセーフでしたね…。
総隊長、やっぱりカンカンかなあ?
…もしそうだったら、先輩の背中に隠れてていいですか…?」
心底怯えているかのような震え声が、本気になった相手に対しては限りなく発揮されるりさらの“保護本能”を強烈に刺激し、軽く抱き寄せつつ右手で優しく頭を撫でてやるのだった。
「しょうがないな…
あなたもれっきとした特級なんだから、そういうことじゃ困るんだけど…。
まあ、今回だけは特例としてヨシとするけどね…
でも、隊長とC-キャップに頭を下げる時は、ちゃんと私の横に立たなきゃダメよ…」
「…はい…」
入室した2人は、早足で総隊長の許へ向かう。
室内は、その広さといい雛壇の存在といい、大学の講義室に酷似していた。
最大の相違点は、その素材が木材とコンクリートではなく、落ち着いた青い色調の、仄かな温かみを有する樹脂状物質であるという点である。
ラージャーラ全域にほぼ共通する、これも青味を帶びた照明もまた抑えられてはいるものの、配布された資料の文字の識別には充分すぎるほどであった。
文書解読にも無類の強さを発揮する“万能翻訳機”=聖幻晶によってたやすく読解は可能であることから、4人の聖団員に宛てがわれた最前列席の机上にも、ほぼA4サイズの、黄色地の紙に濃い青で印字されたプリントが2枚、用意されていた。
当然ながら竹澤夏月と延吉道子は既に着席しており、その正面に立った若き戦友たちに対し後者は安堵の表情に続いてほれぼれする様な微笑を投げかけてくれた、のだが…。
肩を怒らせ、がっちりと両腕を組んだ殺戮姫は一切視線を動かすことなく前方を見据えたままである。
「…申し訳ありません、
遅くなりました…」
深々と頭を下げる部下たちに、彫像の如き総隊長は全くの無反応。
必然的に、2人はその体勢の維持を余儀なくされる…。
ただならぬ気配は当然ながら結集したパイロットたちにも伝わり、好奇と怪訝が入り混じった視線が4名の異界人に注がれた。
そしてたっぷり1アトスが経過し、会議の口火を切るべく統衞軍主督空将チェザックが困惑の表情で登壇した所でようやく竹澤夏月は口を開いた。
「儲けたね、萩邑…」
無言で頭を下げ続けるりさらと雅桃。
「本来なら、メデューサじゃないけど、たっぷり一昼夜は土下座させてやりたいところだけどね…、
この非常時じゃしょうがない、
2人ともさっさと席に着きな。
尤も…」
あたかも判決を待つ被告の如く息を呑んで総隊長の次の言葉を待つ2名の操獣師。
「もしここでエキュレマの匂いをプンプンさせてるようだったら、問答無用で【砦】に強制送還して反省房にブチ込んでやるつもりだったんだけどね、
さすがのアンタたちも、そこまでイカれちゃいなかったって訳か…
ああ、殘念!」
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