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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン⑭

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 《瑤星刻》を1セスタ(約9分間)ほど回った頃、【煌輪塔ホテル】第6層の閑散としたラウンジカフェで、竹澤夏月は戦友にして親友である延吉道子と向かい合っていた。

 2人の前には凱鱗領の名産品の一つである琥珀色の強壮飲料〔ノクシャス〕が黒い硝子質のグラスに満たされて置かれており、夏月のそれからは半ばが減り、道子は殆ど口を付けていないようであった。

 トレードマークともいえる、背中に大きく般若を刺繍した紫の戦闘服ジャンプスーツを着込み、当然ながら同色●●の、“六方手裏剣”に酷似した形状の聖幻晶も装着済みで、全身から立ち昇る血煙のようなオーラと相俟って、信条である“常在戦場”、“緊急発進スクランブル上等”を体現している。

 ブリーフィングが行われる〔軸頭〕最上階の会議室に赴く前、此処ラウンジに一旦、集まろうと申し合わせてあり、あと1アトス(3分間)で約束の時間に達するというのにまだ若い2人が現れる気配はない…。

「…遅いね、りさらも雅桃も…」

 溫和な中年女性そのものというべき福々しい風貌の道子の額は、“聖幻晶通信のスペシャリスト”にも関わらず白い地肌のままである。

 授けられただいだい色の卵型聖幻晶は、普段は“気恥ずかしくて着けられない”らしいが、必要時には“不思議な胸騒ぎ”を覚えるらしく、只の一度として連絡漏れ●●●●を起こしたことがない。

 一応、操獣師としての訓練は受けているものの、〈特級ドゥルガー〉には遠く及ばぬ段階で経歴を閉じ、一度として実戦には臨まぬまま、指導部は“地上送還”も真剣に検討したとされるが、宿敵である神牙教軍の刃獣の機動能力の劇的向上に伴い教界防衛ミッションの複雑度が一気に増大、かつては〈単騎集中モード〉で充分対応出来ていた戦闘も絆獣間の連携攻撃コンビネーションアタックの必要性が叫ばれると共に、作戦及び戦場全体を俯瞰して、息をもつかせぬ戦闘中はややもすると滞りがちな操獣師同士のコミュニケーションを補完する“縁の下の力持ち”的存在として通信兵●●●の重要性が著しく高まっていたことが、この方面に並ぶ者なき異能を有する道子に幸い?したのであった…。

 そして現在の彼女の肩書●●は、その名も堂々たる【コミュニケーション-キャップ】であったのだ。

「…萩邑りさらってはもう少し“戦士の自覚”を持ってると思ってたんだが…

 …どうやらあたしの買い被りだったようだね…」

 総隊長の心情は“最大の理解者”である道子には痛いほど分かっていたが、“殺戮姫”のニックネーム通り、何よりもまず畏怖の、或いは恐怖の対象たる夏月とは対照的に、“おかあさん”の愛称で操獣師たちの絶大な人望を集める彼女が親友の失望に安易に同調することはなかった。

「…とにかく、りさらは見た目だけじゃなくて心も優しいからね…。

 特に雅桃は殆ど妹みたいなものだから、あれほど慕われてる上に、初めてといっていいほどに本格的な実戦に駆り出されておびえているであろうあの娘に縋られ、甘えられちゃうと無下にも出来ないんだと思うよ…」

「あたしたちは修学旅行に来てるんじゃないんだよ!

 それでなくても、今回のミッションは“史上最高難度”の予感がプンプンしてるってのにさ…!

 ついでに言わせてもらうけど、

 道子、アンタって確かに一芸●●には秀でてるけど、人間観察●●●●には随分甘い所があるねえ…。

 あの鄭 雅桃って小娘、とんでもないタマ●●●●●●●●だよ。

 あたしに言わせりゃ、殆ど“メデューサの再来”と言ってもいい…。

 萩邑レベルのおぼこ●●●じゃ、むしろ“逆調教”されちまう可能性のほうが高いと思うがね…」

 道子による予想通りの微温的返答を受け、“絆獣聖団の鬼女王”は苛立たし気に、見る者全てを沈黙させる“悽愴なる勲章”ともいうべき右頬の傷痕を右人差し指でなぞりながら吐き捨てる。

「それはまあ、そうかも知れないけどさ…。

 尤も、ミッションの困難さだけに限って言えば、操獣師うちら以上に錬装者の方が大変なんじゃないかね?

 順調に行ってれば、そろそろ彼らも、あの恐ろしい死霊島メッズに着いた頃じゃないかな…?

 でもまあ、教軍というか海龍党側が迎撃機か“飛翔型刃獣”でも出撃させてたら、専用戦闘機デルタスライダーで激しい空中戦ドッグファイトの真っ最中だろうね…。

 何にせよ同じ聖団員とはいえ錬装者勢かれらについては“管轄外”だし、教界ルドストン側からも何の情報開示も無いから見当もつかないよ…」

「ふん、錬装者勢あいつらが死のうが生きようが、うちら●●●に何の関係があるもんかい!

 死霊島で全滅したらその時はその時さ!

 この竹澤夏月が操獣師生命を賭けて指導部に掛け合い、“聖幻晶以上の装備品”をあつらえてもらうっての!!」

 この殺戮姫の怪気炎は、良識派の代表である道子を呆然とさせるに十分であった。

「つまり、それは…

 操獣師が錬装者の領分…つまり刃獣だけじゃなくて教軍超兵まで相手取るってこと…?」

「おうさ、まさしくその通り!

 むしろそっちの方が組織としても統一感があってスッキリするわな!!」

「…でもさ、西洋人●●●のことはまだしも、あたしは【星拳鬼會】の子たちだけは可愛いし、気になるよ…。

 あ、それにもちろん“雅桃のお兄ちゃん”の事もね…」

 呆れた表情の殺戮姫は、腕を組みながら美麗な一枚貝を象った群青色の豪奢なシングルソファーに深々と背を預けて宣った。

「優しいねえ…

 さすが、“絆獣聖団のお母ちゃん”だけの事はあるわ。

 あたしゃ、心の底から何とも思わない●●●●●●●●●●●●けどね!

 それより、気にかかってると言えば、久々にお迎えする“新人さん”の事だわさ…」

「ああ、そうだね…

 もう、来月にはやって来るんだった…。

 那崎さん●●●●のお子さん…確か弓葉さんといったか、年齢は…そう、雅桃と同い年というから17歳…もう1人は…」

「…佐原真悠花。

 ちなみにこの姓は、あくまでも育ての親●●●●のものらしい…。

 何と、“最年少入団記録”を大幅に更新する弱冠13歳だよ…。

 この娘たち、送られた資料データを読み込むほどに興味深い共通点●●●が見つかるんだけどね…」

「共通点?
 
 へえ、どんな?」

「まあ、持って生まれた性格というか…

 いや、もっと専門的に“操獣師としての傾向性”とでもいうのか…

 それがくだん問題のカップル●●●●●●●に、ホントそっくりなんだわ…」

「そうなの?

 ふーん…

 すると、単純に年齢から推測すると弓葉嬢がりさらに、真悠花ちゃんが雅桃に、かね?」

 竹澤夏月総隊長が大きく首を横に振る。

「いや、そこはなんだわ…

 弓葉がで真悠花が…。

 独断で言わせてもらうと、やっばこの組み合わせの方が収まりがいいと思うんだよね…。

 あたしの感覚が古いのかもしれないけど、“妹分”…

 しかもそのフリをしてるだけ●●●●●●●●なんだから尚更タチが悪い…

 が“お姉ちゃん”を振り回すより健全だろうとしみじみ思うワケよ…。

 でも、真悠花については“重大な懸念事項”があるんだよね…」

 末尾に至って夏月の声音がぐっと低まったことで、道子は親友の言に含まれるヤバさ●●●を察知した。

 そして、こうした場合、下手に応えず先を促すのが常であったのだ。

「…ひょっとしたらこの真悠花

 未弥子の娘かも知れない●●●●●●●●●●●…!」

「ええっ⁉

 それがホントならエラいことだ…!

 でも、もしそう●●だったら…

 …父親は一体、誰…なの?

 っていうか、そもそもこの怪情報の出元ソースはどこなのよ⁉」

 渋面の殺戮姫はグラスに半分ほど残っていたノクシャスを不味そうに飲み干して答えた。

「六天巫蝶の一人から…

 今は、これだけしか言えないよ…」

「……」

 聖団内において、〈主宰神〉であるエグメドと団員たちの橋渡し役●●●●という、いわば“最重要任務”を託された6人の乙女が情報源というのであれば、その信憑性に疑問を差し挟む余地はない…。

 直ちにその認識に達したC-キャップの次の疑問は、いわば“永久追放者”であるはずの元・特級操獣師ドゥルガー支倉はせくら未弥子の血を曳く存在が、こうした問題には厳格極まる姿勢で臨むはずの絆獣聖団に何故再び迎え入れられたのかという点に移った。

「もちろん、あたしもその点がどうしても腑に落ちないんだよ…。

 チンケな言い草だが、そこはまさしく天響神のみぞ知る●●●●●●●●としか今は言えんわな…

 ちなみに“親切な巫蝶さん”も同じことを言ってたよ…」

「……。

 まあ、神様●●の胸の内を忖度する訳じゃないけど…

 その真悠花ちゃん、よっぽど凄い資質に恵まれてるんじゃないのかな…

 それこそ、将来の聖団を背負って立つほどの、ね…?

 

 それに…ちょっと先走りしすぎてるかもしれないけど、指導部うえはこの娘たちを一体、どれに乗せるのかね?

 弓葉ちゃんも、れっきとした“有力幹部の娘”なんだから当然、〈新型〉だとは思うけど…」

「いったん食いついたら、とことんつついて●●●●くるねえ、アンタも…」

 苦笑しつつ両腕をほどき、それを針鼠のように頭頂部を逆立てた金髪の後ろに回した夏月だが、既に現実●●に立ち戻っているらしく、事務的な口調で自己の見解を述べた。

「さあ、ね…。

 あくまでも推測だけど、“純度100%の飛翔系”の閃煌紫燕キュメス電爪魔鷹ツェースンじゃないんじゃないかと思ってる。

 というのも、30数年にも及ぶ、170回を超えるミッションを経て明らかとなったのは、あくまでも教軍てきとの主戦場は地上であり、そこで何よりも重要になってくるのが刃獣どもを、なるべく“義守”すべき教界の存在物を損なう事なく制圧する“格闘能力”だってこと…。

 もちろん、あたしの地獄絆獣ギャロードや萩邑の麗翼光鵬レオーラン格闘戦それをこなせんでもないが、“背中の大翼”のせいでどうしても十八番オハコとはいかん…。

 …尤もあの蛇女●●は、

 “あたしの魔空夜叉リジルガだけは別格、例外中の例外だ”

 とうそぶくだろうがね…。

 実は、“磁石頭”からそれらしいことを仄めかされてはいるんだ、

 絆獣を“格闘と飛翔の特化型”に分けて、必要に応じてドッキングさせるという新機軸●●●を…。

 ま、もし新人2人にこの案が適用されるなら、“格闘担当”は那崎弓葉ってことになりそうだね…」

 ここまで聞かされ、延吉道子は感嘆の太いため息をいた。

「さすがは歴戦の勇者だ、

 見事なまでの分析力だね…

 確かに、刃獣って、“代表格”の餓駆竜ゾグムをはじめ、圧倒的に陸戦型が多い…。

 飛翔系なんて、ホント、居たっけな?って思えるほど少なかったもんね…

 なるほど、これからの絆獣は、二極化そっちの方向にシフトした方がいいのかも知れないね…。

 でも、今更だけど、アンタってとことん口が悪いねえ…

 そこまで行くと、もはや感心するレベルだよ…。

 “天下の無元造房長様”を、いくら髪型がU字磁石●●●●に似てるからって…」

 いかにも呆れた、と言わんばかりの道子の慨嘆に、竹澤夏月は豪快に哄笑する。

「がっはははははっ!

 何のことはない、すぐにU字なんていうワードが飛び出すって事は、アンタもそう思ってんじゃないのさ!

 まあ、我が命を預けるべき絆獣を拵えて下さった“偉大なる天響神エグメドの工匠”…しかもそのおさに対して失礼すぎるって言うんなら、ネフメルスって本名●●でお呼びしようか…。

 実は今、【砦】に“緊急オファー”を出してるところなのさ…!」

「…緊急オファー?

 それって、もしかしてチラワンたちが抜けたことに対しての援軍要請か何かって事?」

 この何気ない一言は、“伝説の殺戮姫”の自尊心をいたく刺激し、殆ど逆上させたようであった。

「んなわきゃねえだろ!

 てめえ、フザけたことかしてるとハッ倒すぞ!

 …はっ…あ、ごめん…。

 でも、いくら親友アンタだからって言っていい事と悪い事があるよ…。

 …実はねえ、玉朧から重大情報を貰ったんよ、

 どうやら驚くべきことに、あのド吝嗇ケチな鏡の教聖が、“棘蟹バケガニに続く刃獣”を送り込んで来るらしいんだわ、

 しかも、玉朧アイツの話だと、“史上最大級にゴツい奴”らしい…!

 まあ、他でもない、“聖団随一の武芸者”がそう見立てた以上、“超巨大化け蛸”を始末するのに【魔針銃】程度じゃとても追っつかん●●●●●のはアンタでも予測出来るだろ?

 どうやら、いよいよ、〈極覇級兵装〉の出番らしいよ…。

 造房長のお言葉では、早急に“最適機種”を検討した後、かたじけなくも、今持って来てる●●●●●●ヤツとは別の【黒蛹】(88種類以上とされる絆獣兵装を格納・運搬する聖団の大型輸送機)で此処ベウルセンへ“配送”してくれるらしい…。

 あたしからのリクエストとしては、何は無くとも【斬界衝輪】だけは送ってくれ、と言っといたけどね…」

「…〈極覇級〉…。

 まさか、アレ●●を使う時がこんなに早く…。

 戦争の最終局面…神牙教軍てきの拠点を叩くまで出番はないと思ってたのに…」

 微かな震えを帶びたC-キャップの声を、鋼の如き総隊長の断言が打ち消した。

「ああ、“悲願のダロバスラ総攻撃”か…。

 確かにそこ●●でも使うだろうけど、恐らく“現在いまの威力”じゃダメだろうね、

 もっともっと、“超・極覇級”に強化しないと…!

 ここで必要になったのも、敵がそれだけ追い詰められ、必死になってるっていう証拠じゃないか…そうだろ?

 さて、ブリーフィングの時間だ、

 道子アンタも出るんだろ?

 え?

 あのバカ娘ども●●●●●が遅刻したら…?

 そんなの言わずもがな、分かりきったことじゃないか、

 例の3馬鹿●●●と同じく、ミッションから“強制排除”されるだけさね!

 “戦意及び能力無き者は直ちに聖幻晶を返上し、聖団を立ち去るべし!”

 《ドゥルガー=プリンシプル》第30項…

 即ち“最終則”が適用されるだけさ‼」
 
 





 

 





 






 





 

 

 

 

 


 

 

 

 




 

 
 

 





 
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