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第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン⑦
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両膝を着いた状態で長く続いたユグマの耳をつんざく“生誕の咆哮”が不意に途絶え、糸のちぎれた巨大な操り人形のごとく前のめりに崩れ落ちた。
“覚醒前”と比較すると3倍近く肥大した筋肉の重みにより、上体と床の激突音はあたかも巨岩の落下を彷彿させた。
「…では、“仕上げ”にかかるか…!
“道具係”もそろそろやって来る時間じゃろうて」
ザチェラの流砂蜘蛛と“融合同化”したワーズフが、壁から魔少年の背中に舞い降りようとしたまさにその時、寝台の傍らに設えられた化粧台上の〔映話機〕の着信音が響き渡った。
「…この忙しい時に…。
あの俗物めが…!」
苦々しげに呟き、白い半円型の機械の傍らへと着地点を変更した最極呪念士は、被害者に凶針の一撃を見舞った時のように蜘蛛の胴体と化した魔人の貌を直立させて画面に向かい合うと、浮かび上がった送信者の名…それは予め示し合わせてあった“暗号名”であったが…を確認し、凶々しい鈎爪で装置右側のキーボタンを淀みなく操作して映話を繋ぐ。
果たして、映し出されたのは湾線統衛軍総司令ケエギルのギラつく脂肪で弛み切った醜顔であった。
覆い被さるような分厚い瞼によって、糸のように細くなった眼からは猜疑と嗜虐の昏い光が放射され、貪欲さのこの上ない顕示ともいうべき蝦蟇のような巨大な口の端には無限に湧き出す涎が泡となって溢れている。
「…偉大なる呪念士よ、“進捗状況”はいかがでしょうかな?」
努めて平静を装ってはいるものの、生来の小心さをかなぐり捨てて人生最大の賭けに出た功名心の塊にとって、内心の興奮と焦慮は隠し了せるものではなく、海龍党頭目は口元を歪めつつ侮蔑の口調で応じる。
「…何の用じゃ?
小童の“行動開始時間”まではまだ50セスタ(約6時間半)は残されておろうが…。
それより、此奴の装備の準備はどうなっておる?」
「…その点につきましてはお気遣い無用でありまして…
この映話が終了次第、万事整えた上で隣室に控えておる担当の者が直ちに入室する運びであります…。
実は、真にお伺いしたいのは、他ならぬあの件についてでして…」
予想していた通りの質問に、黄色い怪虫の両端に牙を覗かせた三日月形の口は、声なき嘲笑によって更に吊り上がった。
「ふん、あのつまらぬ邪淫の巫女のことか…。
名はたしか、ルターナとかいったの…。
安心されるがよい。
殊勝なる潜入者は己が生命と引き換えにして、貴公が指定した標的を見事屠ってのけたわ…」
この吉報に、老豚を連想させる権力者の表情を更に醜悪に歪ませる、安堵と喜悦の入り混じった満面の笑みが湧き上がった。
「おお!さようでありますか!
誠に恐悦至極!!
あの小面憎き脱走者めを血祭りに挙げて頂き、心より御礼申し上げます!
…ところで、お訊ねするのもいかがかと存じますが…。
頭目様が手ずから選抜された海龍党戦士の実力を疑う訳では毛頭ありませぬが、当のルターナには何らの危害も及んではおらぬはずでしょうな…?」
海龍党頭目は沈黙で応じ、焦った統衞軍総司令は咳払いでその場を糊塗したが
次の刹那、ワーズフから投げつけられた一言に凍りついた。
「たしかに“一匹目の間夫”は葬り去ったがの…。
さすがは教界屈指の花形女優と讃えるべきか、崇拝者には事欠かぬものと見え、息つく間もなく二匹目が現れよったわ…!」
「な…⁉」
驚愕に顔中の穴という穴を限界まで膨らませた肥満漢に、最極呪念士は容赦なく見たままの真実を突き付ける。
「ところが此奴、只者に非ず…。
驚くべきは、絆獣聖団内において屈指の強豪錬装者とされる、アティーリョ=モラレスなる無頼漢であったわ。
どうやら、我が腹心…摩麾螺と雌雄を決するため、死霊島に向う途上で目ざとくもこの事案に気付いたと見える…」
「…アティーリョ=モラレス…。
たしかに、その名には聞き覚えが…。
全錬装者中において、一、二を争う猛者であることも…。
そやつを向こうに回しては、さしもの海龍党の闘士といえども…?」
異形の頭目から笑みが消え、不気味さはそのままに淡々と事実が語られた。
「…さよう、教軍超兵ならまだしも、狂魔酒鬼程度の力量で錬装者風情を抹殺するはさすがに無理筋というもの…。
どうやら、ただの一撃にて討ち果たされた模様じゃ…。
それに伴い、獲物の拉致が不可能となったことは無論、酒鬼の脳内に仕掛けた〔監視鏡〕も無効となってこれ以上の情報収集も不可能となったわ…」
「……」
“依頼者”の苦渋の表情にようやく興が乗ってきたか、ワーズフは嗜虐的な口調となって続ける。
「だが、貴公が関心を持たれるであろう事実なら、幾つかお伝え出来ますぞ。
まず、セテルとやらいう若造を要請通り斬首に処した際、ルターナは彼奴自身を口中で熱烈に貪っていた模様…」
「⁉」
この“報告”が悪意によるものであることは瞬時に察知したものの、あまりの衝撃にケエギルは赫怒することも忘れ、ただ絶句するのみであった。
この満足すべき反応を受け、哀れな依頼者に更なる苦悩を与えるべく、魔蟲は囁いた。
「…いやはや、その睦み合いの淫靡さたるや、扉の隙間から盗み見る狂魔酒鬼が思わず生唾を呑み込み、たまらず股間の逸物をそそり立ててしまったほどでしてな…。
直後にあやつが繰り出した斬撃の凄まじさは、まさに至上の悦楽に打ち震える若造への、文字通り火の出るような妬心の発露によるものであったろう…」
「……」
「…さて、貴公にとって喜ばしきはずの憎き恋敵の刎首直後に突如として出現した闖入者は、酒鬼を瞬殺した後、あろうことか無防備なる館の主に対し、暴力を振りかざしての強引なる求愛を宣言したのじゃ!
仮にも不承諾の場合には、即座の暴行と殺害を仄めかしてな!!」
「ゆ、許せん、断じて!
卑しき異界人の分際で、凱鱗領が誇る名花を手折うなどと、天響神をも畏れぬ大罪という他ないわっ!
ぬがっ…がふっ、がふっ…。
…ルターナの身に万一の事態あらば、直ちに彼奴めを捕らえて八つ裂きに処し、間髪容れず統衞軍の総力を挙げて絆獣聖団それ自体を跡形もなく誅戮してくれるわっ!!」
激しく咳き込みつつ宣戦布告を口走った総司令に、呪念士は冷めた一瞥と共に冷厳なる事実を指摘した。
「はてさて、勇ましいことだの…。
だが、ルターナをものにするにあたり、貴殿にはモラレスやはたまた聖団そのものより越えがたき障害があるのではないかな?
…よもや、お忘れではあるまいな?
他ならぬ見目麗しき奥方様の存在を…!」
「へ…ぐ…」
もとより天下の恐妻家であり、常に諷刺の対象となっている夫以上の肥満体を有する“鬼嫁”の名を仄めかされるだけで血圧の上昇と動悸の亢進に見舞われるケエギルにとって、文字通り止めを刺された格好となった。
「…さて、必要事項の伝達もつつがなく完了したことじゃ、そろそろよろしいですかな?
小童の【殲闘躰】は真の完成までいま少し時間を要するのでな…。
尤も貴公自身、人生最大の勝負に出ておる現在において、女一人の動向などにかまけておる暇など無いはず…。
老婆心ながら、史上最悪の教率者排除後の教界運営に向けて万全たる準備を整えられておくことをお勧めしておく…!」
痴呆的表情で固まったままの醜き野心家に“親身な提言”と侮蔑の視線を突き刺しつつ、海龍党頭目は一方的に映話を打ち切った。
「哀れなものよの…。
たとえ叛乱劇が成功し、分不相応なる教率者の座にありつこうともそれはあくまで仮りそめのもの…。
立所に驚天動地の事態に見舞われることになるとも知らず…。
…だがよもやあのお方がかくのごとき野心を抱懐しておられようとは…。
可ならざるは無き万能者…されどその自在力に倦んだとしか思われぬ奇怪千万なる下降願望…。
尤も我らはこの“空前の好機”に全力で付け入る所存であるが…。
それを百も承知であろう教聖が、何らかの自衛手段を構じておらぬはずがない…。
だが、それは教権転覆後、直ちに明らかとなるはず…。
それまでは、“我が真牙”を死霊島の奥深く潜めておくに如くはない…!」
…館の主の好みか、創生室もまた〔祭爛の間〕と同様一切の装飾を排除された、艷やかな黒一色に塗り込められた空間であった。
広さは先ほど掛布団を入手するため入った豪華な客室よりは遥かに狭く、中央部に据えられた“円形の寝台”が殆どを占めている。
そして、惨劇に見舞われたあの部屋にも微かに漂っていた室内を満たしている薔薇を彷彿させる華麗にして濃厚な香気は、ここでは狭さと見えざる空調設備による高めに設定された温度によって、より脳内を痺れさせる魔的な効果を付与されていた。
呆然と立ち尽くす錬装者を尻目に、右腕に亡き愛人の首を抱いた祭霊妃が慣れた様子で正面の壁に取り付けられたコントロールパネルに埋め込まれし数十のボタンの幾つかを鋭く伸ばした瑠璃色の爪が煌めく左の人差し指で弾いて寝台中央部の天井を直径1レクトほど開孔させるや、微かな機械音を伴って異様に底光りする人工の黒蛇がぐねぐねと出現した!
不気味に蠢動する目も口も無いその先端部はされど胴体部分より一回り太く、否が応でも男性器を連想させる。
『やれやれ…。
“万一”に備えて予め彼氏の精液まで搾り取ってたってのかよ…何とも備えのいいこった…。
だが、ここまで自動化されてるんなら、この“哀れなピエロ”の役目ってなあ一体…?
まさか、何をするにしても常に“観客”を必要とする天下の大女優が、あろうことか極太の“人工ペニス”に悶え狂う前代未聞の芸術的瞬間を特等席で心ゆくまで堪能しながらマスでもかいてろってのか?」
…情熱的に潤む菫色の瞳で黒蛇を凝視していた女主人が、視線をようやく惨めな気分に打ち拉がれる客に向けた。
「…いいこと、レイモンド=スペンサー。
破廉恥の誹りは百も承知でお願いするわ…。
今すぐ、あなたの燃えたぎるような“牡の力”を、私の肉体に思い切りぶつけてちょうだい!
そして、まるで餓えた獣のように、心ゆくまで獲物を貪って…。
出来るなら、意識を失う寸前まで責め苛んでほしいの…」
聖贄者セテルの首をひしと抱きしめた祭霊妃ルターナは、厳しい表情で俯くアティーリョ=モラレスを縋るように見つめつつ魂の叫びを挙げた。
「でも、そこで私をこの人に返して…。
その時こそ、彼の【聖児】が私の子宮に宿るべき“運命の刻”なのだから!!」
“覚醒前”と比較すると3倍近く肥大した筋肉の重みにより、上体と床の激突音はあたかも巨岩の落下を彷彿させた。
「…では、“仕上げ”にかかるか…!
“道具係”もそろそろやって来る時間じゃろうて」
ザチェラの流砂蜘蛛と“融合同化”したワーズフが、壁から魔少年の背中に舞い降りようとしたまさにその時、寝台の傍らに設えられた化粧台上の〔映話機〕の着信音が響き渡った。
「…この忙しい時に…。
あの俗物めが…!」
苦々しげに呟き、白い半円型の機械の傍らへと着地点を変更した最極呪念士は、被害者に凶針の一撃を見舞った時のように蜘蛛の胴体と化した魔人の貌を直立させて画面に向かい合うと、浮かび上がった送信者の名…それは予め示し合わせてあった“暗号名”であったが…を確認し、凶々しい鈎爪で装置右側のキーボタンを淀みなく操作して映話を繋ぐ。
果たして、映し出されたのは湾線統衛軍総司令ケエギルのギラつく脂肪で弛み切った醜顔であった。
覆い被さるような分厚い瞼によって、糸のように細くなった眼からは猜疑と嗜虐の昏い光が放射され、貪欲さのこの上ない顕示ともいうべき蝦蟇のような巨大な口の端には無限に湧き出す涎が泡となって溢れている。
「…偉大なる呪念士よ、“進捗状況”はいかがでしょうかな?」
努めて平静を装ってはいるものの、生来の小心さをかなぐり捨てて人生最大の賭けに出た功名心の塊にとって、内心の興奮と焦慮は隠し了せるものではなく、海龍党頭目は口元を歪めつつ侮蔑の口調で応じる。
「…何の用じゃ?
小童の“行動開始時間”まではまだ50セスタ(約6時間半)は残されておろうが…。
それより、此奴の装備の準備はどうなっておる?」
「…その点につきましてはお気遣い無用でありまして…
この映話が終了次第、万事整えた上で隣室に控えておる担当の者が直ちに入室する運びであります…。
実は、真にお伺いしたいのは、他ならぬあの件についてでして…」
予想していた通りの質問に、黄色い怪虫の両端に牙を覗かせた三日月形の口は、声なき嘲笑によって更に吊り上がった。
「ふん、あのつまらぬ邪淫の巫女のことか…。
名はたしか、ルターナとかいったの…。
安心されるがよい。
殊勝なる潜入者は己が生命と引き換えにして、貴公が指定した標的を見事屠ってのけたわ…」
この吉報に、老豚を連想させる権力者の表情を更に醜悪に歪ませる、安堵と喜悦の入り混じった満面の笑みが湧き上がった。
「おお!さようでありますか!
誠に恐悦至極!!
あの小面憎き脱走者めを血祭りに挙げて頂き、心より御礼申し上げます!
…ところで、お訊ねするのもいかがかと存じますが…。
頭目様が手ずから選抜された海龍党戦士の実力を疑う訳では毛頭ありませぬが、当のルターナには何らの危害も及んではおらぬはずでしょうな…?」
海龍党頭目は沈黙で応じ、焦った統衞軍総司令は咳払いでその場を糊塗したが
次の刹那、ワーズフから投げつけられた一言に凍りついた。
「たしかに“一匹目の間夫”は葬り去ったがの…。
さすがは教界屈指の花形女優と讃えるべきか、崇拝者には事欠かぬものと見え、息つく間もなく二匹目が現れよったわ…!」
「な…⁉」
驚愕に顔中の穴という穴を限界まで膨らませた肥満漢に、最極呪念士は容赦なく見たままの真実を突き付ける。
「ところが此奴、只者に非ず…。
驚くべきは、絆獣聖団内において屈指の強豪錬装者とされる、アティーリョ=モラレスなる無頼漢であったわ。
どうやら、我が腹心…摩麾螺と雌雄を決するため、死霊島に向う途上で目ざとくもこの事案に気付いたと見える…」
「…アティーリョ=モラレス…。
たしかに、その名には聞き覚えが…。
全錬装者中において、一、二を争う猛者であることも…。
そやつを向こうに回しては、さしもの海龍党の闘士といえども…?」
異形の頭目から笑みが消え、不気味さはそのままに淡々と事実が語られた。
「…さよう、教軍超兵ならまだしも、狂魔酒鬼程度の力量で錬装者風情を抹殺するはさすがに無理筋というもの…。
どうやら、ただの一撃にて討ち果たされた模様じゃ…。
それに伴い、獲物の拉致が不可能となったことは無論、酒鬼の脳内に仕掛けた〔監視鏡〕も無効となってこれ以上の情報収集も不可能となったわ…」
「……」
“依頼者”の苦渋の表情にようやく興が乗ってきたか、ワーズフは嗜虐的な口調となって続ける。
「だが、貴公が関心を持たれるであろう事実なら、幾つかお伝え出来ますぞ。
まず、セテルとやらいう若造を要請通り斬首に処した際、ルターナは彼奴自身を口中で熱烈に貪っていた模様…」
「⁉」
この“報告”が悪意によるものであることは瞬時に察知したものの、あまりの衝撃にケエギルは赫怒することも忘れ、ただ絶句するのみであった。
この満足すべき反応を受け、哀れな依頼者に更なる苦悩を与えるべく、魔蟲は囁いた。
「…いやはや、その睦み合いの淫靡さたるや、扉の隙間から盗み見る狂魔酒鬼が思わず生唾を呑み込み、たまらず股間の逸物をそそり立ててしまったほどでしてな…。
直後にあやつが繰り出した斬撃の凄まじさは、まさに至上の悦楽に打ち震える若造への、文字通り火の出るような妬心の発露によるものであったろう…」
「……」
「…さて、貴公にとって喜ばしきはずの憎き恋敵の刎首直後に突如として出現した闖入者は、酒鬼を瞬殺した後、あろうことか無防備なる館の主に対し、暴力を振りかざしての強引なる求愛を宣言したのじゃ!
仮にも不承諾の場合には、即座の暴行と殺害を仄めかしてな!!」
「ゆ、許せん、断じて!
卑しき異界人の分際で、凱鱗領が誇る名花を手折うなどと、天響神をも畏れぬ大罪という他ないわっ!
ぬがっ…がふっ、がふっ…。
…ルターナの身に万一の事態あらば、直ちに彼奴めを捕らえて八つ裂きに処し、間髪容れず統衞軍の総力を挙げて絆獣聖団それ自体を跡形もなく誅戮してくれるわっ!!」
激しく咳き込みつつ宣戦布告を口走った総司令に、呪念士は冷めた一瞥と共に冷厳なる事実を指摘した。
「はてさて、勇ましいことだの…。
だが、ルターナをものにするにあたり、貴殿にはモラレスやはたまた聖団そのものより越えがたき障害があるのではないかな?
…よもや、お忘れではあるまいな?
他ならぬ見目麗しき奥方様の存在を…!」
「へ…ぐ…」
もとより天下の恐妻家であり、常に諷刺の対象となっている夫以上の肥満体を有する“鬼嫁”の名を仄めかされるだけで血圧の上昇と動悸の亢進に見舞われるケエギルにとって、文字通り止めを刺された格好となった。
「…さて、必要事項の伝達もつつがなく完了したことじゃ、そろそろよろしいですかな?
小童の【殲闘躰】は真の完成までいま少し時間を要するのでな…。
尤も貴公自身、人生最大の勝負に出ておる現在において、女一人の動向などにかまけておる暇など無いはず…。
老婆心ながら、史上最悪の教率者排除後の教界運営に向けて万全たる準備を整えられておくことをお勧めしておく…!」
痴呆的表情で固まったままの醜き野心家に“親身な提言”と侮蔑の視線を突き刺しつつ、海龍党頭目は一方的に映話を打ち切った。
「哀れなものよの…。
たとえ叛乱劇が成功し、分不相応なる教率者の座にありつこうともそれはあくまで仮りそめのもの…。
立所に驚天動地の事態に見舞われることになるとも知らず…。
…だがよもやあのお方がかくのごとき野心を抱懐しておられようとは…。
可ならざるは無き万能者…されどその自在力に倦んだとしか思われぬ奇怪千万なる下降願望…。
尤も我らはこの“空前の好機”に全力で付け入る所存であるが…。
それを百も承知であろう教聖が、何らかの自衛手段を構じておらぬはずがない…。
だが、それは教権転覆後、直ちに明らかとなるはず…。
それまでは、“我が真牙”を死霊島の奥深く潜めておくに如くはない…!」
…館の主の好みか、創生室もまた〔祭爛の間〕と同様一切の装飾を排除された、艷やかな黒一色に塗り込められた空間であった。
広さは先ほど掛布団を入手するため入った豪華な客室よりは遥かに狭く、中央部に据えられた“円形の寝台”が殆どを占めている。
そして、惨劇に見舞われたあの部屋にも微かに漂っていた室内を満たしている薔薇を彷彿させる華麗にして濃厚な香気は、ここでは狭さと見えざる空調設備による高めに設定された温度によって、より脳内を痺れさせる魔的な効果を付与されていた。
呆然と立ち尽くす錬装者を尻目に、右腕に亡き愛人の首を抱いた祭霊妃が慣れた様子で正面の壁に取り付けられたコントロールパネルに埋め込まれし数十のボタンの幾つかを鋭く伸ばした瑠璃色の爪が煌めく左の人差し指で弾いて寝台中央部の天井を直径1レクトほど開孔させるや、微かな機械音を伴って異様に底光りする人工の黒蛇がぐねぐねと出現した!
不気味に蠢動する目も口も無いその先端部はされど胴体部分より一回り太く、否が応でも男性器を連想させる。
『やれやれ…。
“万一”に備えて予め彼氏の精液まで搾り取ってたってのかよ…何とも備えのいいこった…。
だが、ここまで自動化されてるんなら、この“哀れなピエロ”の役目ってなあ一体…?
まさか、何をするにしても常に“観客”を必要とする天下の大女優が、あろうことか極太の“人工ペニス”に悶え狂う前代未聞の芸術的瞬間を特等席で心ゆくまで堪能しながらマスでもかいてろってのか?」
…情熱的に潤む菫色の瞳で黒蛇を凝視していた女主人が、視線をようやく惨めな気分に打ち拉がれる客に向けた。
「…いいこと、レイモンド=スペンサー。
破廉恥の誹りは百も承知でお願いするわ…。
今すぐ、あなたの燃えたぎるような“牡の力”を、私の肉体に思い切りぶつけてちょうだい!
そして、まるで餓えた獣のように、心ゆくまで獲物を貪って…。
出来るなら、意識を失う寸前まで責め苛んでほしいの…」
聖贄者セテルの首をひしと抱きしめた祭霊妃ルターナは、厳しい表情で俯くアティーリョ=モラレスを縋るように見つめつつ魂の叫びを挙げた。
「でも、そこで私をこの人に返して…。
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