凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン⑤

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 遥か上空から俯瞰すれば、天然自然の彫琢でよくぞここまで、と感嘆せざるを得ぬほどに猛り狂う悪鬼の形相を忠実に写し取った、死霊島メッズのほぼ中央部にぱっくりと口を開く巨大湖の表面が次々と爆発的に隆起し、“ルドストン侵攻作戦”における神牙教軍の切り札が遂に出撃の時を迎えた。

 大量の湖水を溢出させ、先端に凶々しき光を放つ超硬金属の穂先を嵌め込んた12本の巨大な赤黒い触手を妖しく蠢かせる大怪物は、直径100レクトは優に超過しそうな、しかも数十本もの螺旋状にねじくれた巨人の槍のごときツノを屹立させた、超弩級の胴体●●半ばを湖面に出現させ、無機的であるが故により宇宙的な恐怖を感得させる黄色い眼光で地上を睥睨する。

 この威容を、島内の各所に佇立する、あたかも魔界の墓標を彷彿させる不気味な苔むす石塔から見つめる双影があった。

 片や蒼白の燐光を放つ、一種の怪奇美を発散するあおぐろい鱗に全身を覆われ、爬虫類以外の何物でもない冷ややかな殺気を放射するみどり色のアーモンド形の凶眼を持つ2.6レクト(195cm)に達しようかという“海の教軍超兵”龍坊主…いや、自称“海龍党の副頭目”にして、“神牙教軍最強戦士”を名乗る摩麾螺であり、その傍らに立つ、豪奢な黄金の仮面で素顔を隠した黒衣の魔人こそが、めずらしくも前線に降臨した神牙教軍首領なのであった。

「…この“大刃獣”ガヌーラの出陣によって、戦局は一気に我が軍に傾くことは必定…。

 だがそれは同時に該教界の受難を様々な手段を弄して傍観しておるであろうラージャーラの民草どもに対し、余が凱鱗領を舞台●●として満天下に示さんとする“秘蹟”への覚知の度合を著しく下げることを意味する…。

 従って、最極呪念士ワーズフに請託して準備を調ととのえた儀式セレモニーはガヌーラの凱鱗領上陸と同時に開始する必要があるものの、あやつに思う存分暴れさせてやるのはそれ●●の終了後のことになる…!」

 謎めいた鏡の教聖の言い回しに、摩麾螺は頷きつつ所見を述べる。

「…“頭目ワーズフ”からの《念信》によれば、は既に揃い、いよいよバジャドクめが今宵予定している“緊急施政方針演説”に併せたケエギル麾下の“叛乱軍”の蹶起を待つばかりとのこと…。

 文字通りの強硬策ではありますが、教率者暗殺の“実行犯”をとある人物●●●●●に設定しましたことで、教権転覆はほぼ確実視出来るかと…」

「ふむ…“軍人教率者”の復活を目論む統衞軍新司令の手管に関してはそちらに任せる…。

 …再度確認する必要もあるまいが、その下手人は余の指定どおり絆獣聖団員に非ざる者●●●●●●●●●●なのであろうな?」

 微かな興奮を帯びる教軍超兵を一顧だにせず、鏡の教聖は異様な外貌に不可思議な魅惑を加味する中性的な美声でそっけなくたずねる。

「…はっ、無論であります」

 ラージャーラに存在する最濃の闇が実体化したかのごとき形容困難な魔的霊光オーラに包まれた恐るべき絶対者をいつの日が凌駕せんと心奥に漆黒の焔を燃え盛らせる野心家は、微塵も気圧けおされてなどおらぬぞ、と自身を鼓舞しつつ浅く頷く。

 2名の魔人の注視の中、巨大湖から這い出て全貌を現した魔王蛸ガヌーラであるが、波打つ触手によって“主”の許へとにじり寄るにつれ、奇怪極まることに体表からじくじくと滲み出したゼラチン質の粘液に包み込まれることで急速に輪郭をぼやかせてゆく。

「あの体液で全身を覆い隠すことにより、統衞軍艦船の探知網は容易にあざむける…だが、問題は…」

 絶対者の言辞を、“王位を窺う者”が引き取って続ける。

「…絆獣聖団が投入した4体の“水棲絆獣”ですな…?」

「無論、通常であれば束となってかかろうともガヌーラの敵ではあるまいが、あやつ●●●には“受躰じゅたいの儀”に際して重大な役割がある…。

 よって、連中●●の相手は牙飢鮫ゴズナ群団に任せよう…当然、目障りな統衞軍湾線防衛網の殲滅も、な…!」

「御意」 

 いつしか眼前に迫っていた“大刃獣”の山のごとき巨体は今や完全に半透明の分厚い膜に覆い尽くされ、“素体”とはまた別の不気味さを横溢させている。

「…このころも此奴こやつが脱ぎ捨てた時、ラージャーラ史上空前の“破壊神”が凱鱗領ルドストンに解き放たれることとなるのだ…。

 ふふふ、さぞや壮麗な“ほろびの宴”がイリシャナ大陸の一角に展開されることであろう…!」


 地獄の魔蟲が繰り出した凶針の一刺しを受けた不良少年ユグマが昏睡状態に陥ってからおよそ20セスタ(3時間)が経ち、室内の空気を震わせていた異様ないびきがふいに止んだ。

 同時に、これまで微動だにしなかった、明らかな代謝異常を指し示す激しい発汗に濡れそぼつ鍛え込まれた肉体が小揺るぎし、覚醒したことが明白となる。

「ここは…どこだ…?」

 だが、どこまで不吉な星の下にまれ落ちてしまったものか、上体を起こした彼の目に真っ先に飛び込んで来たのは大宇宙に棲息する全生物中、最も忌まわしいといえるほどの奇怪さの体現者であった。

 寝台の前方の壁にぴたりと張り付いた最極呪念士にして海龍党頭目、そして教率者バジャドクのかつての同門の徒と称するワーズフ…だが、修行の果てに得たと主張する【仙冥躰】なる“究極の肉体”は恐るべきことにザチェラの流砂蜘蛛に酷似する醜悪極まる代物であったのだ…。

 だが、少年の怪虫ワーズフへの視線は昏睡以前とは真逆の、教祖カリスマを仰ぎ見る信者の眼差しそのものであった。

「…積み重ねられし悪しき歴史の桎梏を破砕すべく定められたる運命の戦士よ…。

 お前は何物にも打ち負かされることはない…。

 何故ならこの最極呪念士の体内において、純度の限界値にまで精錬されたる〔神命液〕を注ぎ込まれておるからだ!

 あと数時間もすればお前の肉体は、いかなる敵の攻撃をもねつける文字通り金剛不壊のものとなろう…。

 かくて天下無敵の存在となったお前の為すべきことはこれ●●しかない…。

 腐敗堕落の穢土えどに変わり果てたルドストン凱鱗領…その元凶たる教率者バジャドクをまず完璧に討ち果たし、間髪入れずに彼奴の靡爛した権能がしたたらす腐汁に群がる餓鬼畜生そのものの“異界からの外敵”絆獣聖団、及びそれにくみする統衞軍内の凶賊どもを打ち平らげることじゃ!!」

「…絆獣聖団を皆殺しに…?

 …だが、そこにはリサラがいる…」

 魔毒の体内循環の副産物か、仄白かったユグマの皮膚は赤銅色に変化し、発達した筋肉もより圭角を増したようであったが、身魂に刻まれた“想い人=萩邑りさら”の存在だけは消す術を持たぬようであった…。

 いや、それどころではない。

 自身の存在証明アイデンティティに絶対の自信を抱くに至った現在、最強者として歩む今後の生に最大の慰藉を与えてくれるはずの彼女の存在はより必要不可欠なものとなったのだ!

 戸惑う魔少年に、“創造主”たる呪念士は先だっての嘲笑まがいの一喝とは微妙に相反する檄を飛ばす。

「このたわけめが…。

 よくもそのような呑気な言い草を弄せるものじゃ…。

 他ならぬその絆獣聖団内にリサラの肌を虎視眈々と狙う輩が存在するとも知らずに…!」

 「⁉」

 驚愕の表情となったユグマを冷ややかに睥睨しつつ、地獄の魔蟲は続ける。

「全く、世に無知ほど恐ろしいものはないわ…。

 ちなみにその男、タカカゲ=ゴウガは今まさに、この海底宮殿においてバジャドクの護衛者としてかしずいておる事実を認識しておくがよい。

 しかも、お前にとって不利なことに、当のリサラもまた、このタカカゲなる不逞の輩にかなり心を許しておる様子…。

 手をこまねいておると、意中の女神は彼奴の毒牙にむざむざと蹂躙されてしまうことになるぞ…!」

 この“怪情報”を吹き込まれたユグマの反応は、異様なまでに激越なものであった。

 まさにワーズフの狙い通り、少年の意識下で臨界点に達した怒りと体内の魔毒の作用がミックスされ、真の怪物への変貌のトリガーとなったのである。

 だが、当人に及ぼされるその“作用”は、地獄の苦痛以外の何物でもないようであった。

「ぐわあがああああああッ!!!」

 寝台から転げ落ち、溶岩マグマのように全身を紅潮させて床を転げ回る“被験者”に満足気な視線を投げつつも、最極呪念士はそこにかつての自分を見ていた。

 “…全てはあの忌まわしい船乗りバジャドクを、何の酔狂からか偉大なるファダスが拾い上げてしまったことから始まったのだ…。

 あのレゼラ島が“呪念士の聖地”でさえなかったら…と何度思ったことか…!”

 そこを年に7回訪れるファダスの定期巡礼からの帰途において事件は起こった。

 ルドストンのみならず、ラージャーラ全界を見回しても有数の“パワースポット”とされるレゼラは同時に凱鱗領に莫大な富をもたらした“霊煌石”ゼルームの一大産地であり、その渡航には厳重な制限が設けられていた。

 即ち凱鱗領との往来の手段は1日どころか月に3回のみの軍艦を改造した巨大な定期船によるしかなく、乗船の許可を得るにも教界による厳格な身辺調査をクリアする必要があり、申請から長い場合は数年待たされることすら頻々であったのである。

 それであるからこそ、ゼルームを満載した定期船を襲った14人の盗賊団は文字通り生命を賭した入念な準備を経て計画を実行したものであった。

 彼らが作戦開始と同時に手にした武器が当時の最新式の殲敵鋼銃であったことからも、軍側に協力者が存在したことは後の調査から明らかとなった。

 彼らの要望は人質を確保しての凱鱗領との交渉などではなく定期船ごと鹵獲ろかくしての他教界への“亡命”であり、船側とのやりとりの過程で明された目的地は、史上最悪の盗賊王が奇跡的な僥倖によって築いたとされる【パラメス耀覇領】であった…。

 それ故にか、乗っ取り犯の乗員たちへの所業は苛烈を極めたものとなり、事件発生から僅か2アトス(約6分間)後には38名もの人命が喪われていた…。

 当時25歳の青年航海士であったバジャドクは、その腕っ節を見込まれて主業務の傍らゼルーム貯蔵倉の監視と警備を任されていたが、目を血走らせて乗り込んできた4人の盗賊を長剣一本で果敢に
迎え撃った結果、1人の刎首ふんしゅに成功したものの左肩に銃弾を浴びて昏倒、間髪入れず止めの一撃を受けようかというまさにその瞬間、他ならぬ狙撃手が凄まじい絶叫と共にのけ反り倒れたのであった。

 一体、何が起こったのか…意識を喪失した後の教率者が全ての顛末を知ったのは医務室の寝台の上であったが、その内容こそが彼のその後の人生を決定したのであった。

 勇敢なる乗組員の生命を救ったのは、最上級客室に陣取った、当代最高と評される呪念士・ファダス。

 彼は室内にて瞑想中に異変を感知し、ただちに降魔の呪文と得意の“念雷矢”の発動によって屈強な複数名の盗賊の脳天を直撃し、統衞軍の海上保安艇が乗り込んでくるまでの約10セスタ(90分間)もの間、持続するほどの失神状態に追い込んだのであった(そして犯罪者たちが取り調べ可能になるまで、更に一昼夜を要したという)…。

 結局の所、事態は統衞軍によって鎮圧され、ファダスが手を下した事案はこれのみであったが、救い主たる呪念士に見舞われた際に交わした会話によって“天命”をさとったバジャドクは、傷が癒えると同時に船を降り、直ちに大呪念士の門を叩いたのであった…。


 …苦痛に全身を痙攣させつつ四つん這いとなり、通常時の倍以上に膨れ上がった総身に蛇のごとき血管をうねらせつつ、苦悶と怒りが綯い交ぜとなった咆哮を挙げるユグマ…。

 穿いていた格闘の稽古に用いる黒いズボンは内圧の急上昇に耐えきれず張り裂けたが、柔軟性と耐久性に秀でた繊維で仕立てられた下着もまた、超自然的なまでのおおきさと角度の勃起によって突き上げられ、引きちぎれる寸前の状態にあった。

 だが、果たしてこれは“男根”なのか?

 いや、悪鬼の額に屹立する、節くれだった角以外の何物でもないではないか!

 今や堅牢な鎧と化した分厚い胸板を反り返らせ、両拳を握りしめて咆哮を続ける、もはや人型の魔獣に成り果てた不良少年の頭髪は高電圧に撃たれたかのごとく逆立ち、その凶々しき白熱の眼光は瞳を覆い隠すまでに輝きを増すに至っていた!

「一応、完成したな…。

 温室育ちの身にはそれなりにこたえる痛苦を味わったようだが…。
 
 ふふん、甘いわ…。

 この私が仙冥躰を得るに至ったあの“ザチェラの地獄穴”に比べれば微風そよかぜに撫でられたようなものだて…!」

 辛辣な口調で“成果物ユグマ”を評するワーズフの鮮血色の鬼火のごとき凶眼は、遠い記憶に一瞬けぶったものの、邪悪なる野望の成就に向けて更なる魔光を帯びるのであった…。


 

 



 

 

 

 


 

 

 

 

 

 










 


 

 






    
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