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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン①

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 移動水上都市ベウルセン上は、にわかに活気づいていた。

 まず、レオーランがツェースンを、およそ1セスタ後にはキュメスがパルソロを連れ戻り、自陣●●に帰還したことを悟った聰明なる絆獣たちは、凱鱗領の医師たちに昏睡状態の操獣師を委ねるため、甲板上にかつて●●●相棒パートナーを慇懃に横たえる。

 操獣師の精神エネルギーの発露に他ならぬ結翔珠は、彼女たちに愛想尽かしした絆獣から放出された後、しばらくは形を保っていたもののやがてそれも消滅してしまい、辛うじて操念螺盤を寝台●●として奇跡の生還を果たしたのであった…。

 凱鱗領が用意したストレッチャーにその肉体が移動するのを確認するや、直径2.6レクト(約195cm)の金色の円盤(操獣師の搭乗と同時に各自のシンボルカラーに同期する)は、音も無く浮上するや絆獣の胸奥深く、まるで魔術のように収納される。 

 一方、互いの関係が良好なりさら&レオーラン、雅桃&キュメスからは各々の到着と同時に通常通り白と紫の美しい結翔珠がつつがなく放出され、ふわりと群青色アクアマリン地面●●に着地したのであった。

 先着したりさらを直々に、そして喜々として出迎えた長身痩躯の教率者バジャドクは、双手もろてを挙げて172cmの身長を誇る彼女を懐に抱き締めんばかりにその帰還を寿ことほぐ。

「リサラよ、かつてない奇敵●●を見事殲滅し、教界の破壊を最小限に食い止めて頂いたことはまことに大儀であった。全教民に成り代わり、御礼申し上げますぞ…さても大切な同志に謎の異変が生じたことにさぞや胸を痛めておると推察するが、とりあえず激戦の疲れを癒やすことに専念されるがよい。ベウルセンここであれ宮殿であれ、そのために提供しうる手段は何なりと、一切の気遣いなく利用してかまいませぬぞ…」

「ありがとうございます…天響神エグメドのご加護と凱鱗領教民みなさんの平安への祈念によって、何とか“緒戦の勝利”を飾ることが出来たようです。その上に寛大なるお気遣いを頂いたことは光栄の至りなのですけれど、刃獣完討は未だ道半ばでありますから、同志を医師団にお任せし、おそらく●●●●は操獣師交代を完了させた後、直ちに戦場に戻らねばなりません…そこで教率者様に一つお願いがあるのですが…」

「おお、何なりと申されるがよい。他ならぬ貴女そなたの要望とあらばこの私、いや凱鱗領ルドストンの総力を挙げてお応えしましょうぞ…!」

 最愛の存在の真摯な眼差しを受け、彼女りさらと共にこの空前の危機を迎えられた●●●●●ことに至福の念すら抱く老教率者は力強く断言した。

「過分の御返事に、感謝の言葉もありません…それでは申し上げさせて頂きますが、新たな操獣師は万事に不慣れの故、変幻自在の敵勢に苦戦が予想されます…従って頼もしきガートスの増援を頂ければ幸甚なのでありますが…!」

 この切実なる懇願に凱鱗領教率者は感に堪えたかのごとく破顔し、白髭をしごきつつ首肯した。  

「おお、さもあろう。喜ぶべきことにロゼムス公の試算によれば、憎き棘蟹の数はこの短時間にて5分の1に減少したとのこと…我がガートスもそれなりに戦果に寄与し得ることが明確となり、時間と共に刃獣の散開がより広範囲となることは明白な以上、全機出動させることもやぶさかではない…委細承知しましたぞ。早速、統衞軍に要請して進ぜよう…」

 続いて帰還した鄭 雅桃が結翔珠の着地ももどかしげに、心酔する先輩の許に駈け寄って来るのに気付いたバジャドクは、一切の険が消失した好々爺そのものの柔和な笑みを“孫娘”に向けるのであった…。


 だが、雷吼剣蛇ズアーグ説得●●にほとほと手を焼いた竹澤夏月が雅桃から実に5セスタ(45分間)も遅れて帰投した時、教率者の姿は忽然と消え失せていた…。

 尤も、実力の高さと表裏一体の修羅のごとき人品骨柄をいささかも隠すことなくラージャーラ全界を闊歩する“伝説の殺戮姫”に好感を抱く指導者の方が稀少といえたであろう。

 しかも、狷介なる人格ということにかけては他の教率者を見渡しても指折りの存在であるバジャドクとの相性は、些少に見積もっても険悪そのものといえた。

 当然のように待機帯に留まって上司の帰還を待とうとした二人の愛弟子は、教率者と親衛隊を含む取り巻き達に半ば急き立てられるようにして慰安の席へと拉せられ、結局、総隊長夏月を出迎えた関係者は“無二の同志”たる玉朧拳師のみというありさまであったのである…。

 だが、両者ともにその点に触れることはなかった。

「…かなり怯えているものと見えるね、あの教率者エロジジイ様は?…まあ、自己防衛の術だけには長けてるっぽいから、自慢の宮殿おうちが“危険ゾーン”に変わっちまったことにも薄々気付いてるんじゃないのかい?」

 常に礼を重んずる武道家にとって、かくのごとき卑近な罵言は内容を問わずそれ自体において到底容認できるものではなかったが、今更、最強操獣師にを説いたところで彼女が唯々諾々と従い、“生の軌道”を修正することは現在この瞬間に神牙教軍の脅威が消滅することに等しい奇跡であることもまたそれ以上に承知していた。

 従って…これまた常のごとく、苦笑をもって聞き流すしかなかったのである。

「そうかも知れんな…その点においては
かなり崇景をあて●●にしているようだ…。まあスペンサー達には悪いことをしたが、“御意向”とあれば致し方あるまい…」

 ストレッチャーで搬送されてゆくチラワンに目をやりつつ、竹澤夏月は唇の端を酷薄な笑みで吊り上げる。

「帰還中に道子から聞いたよ…途中から“中継”するのが気恥ずかしくなるほどヒステリックにスペンサーを責め立てて強引に残留のこさせたみたいだね。全く崇ちゃん●●●●も気の毒にねえ…ミッション後に顔を合わせるのも気まずかろうし、曲者揃いの錬装者あいつらとの今後の協力態勢にも軋みを生じるだろうし、ね…まあ、そこはである玉朧アンタがちゃんとケアしてあげなよ?」

「…承知している。ところで、チラワンらの代役●●は決まったのか?察するところ、引き連れて来た他の操獣師の中に“特級ドゥルガー”はいないようだが、せっかくの絆獣戦力をここで取り下げる訳にもいかんだろう…?」

 この問いに、竹澤総隊長はきっぱりとかぶりを振った。

「いいや、ズアーグはもちろんだが、他の二体にしても特級以外じゃとてもじゃないが乗りこなせないよ…幸い、雅桃を含め、“カニ狩り”の要諦コツは掴んだから、足手まとい●●●●●を加えるよりは3人の方が効率的に戦闘を続けられるさ…愛しのりさらちゃん●●●●●●に懇願されて、スケベ爺さんも頼もしいガートス援軍をフル出動させてくれるんだろうしね、嗚呼、ありがたくて涙がちょちょ切れるよ…ところで玉朧、一つ聞きたいことがあるんだけどね…?!」

 語尾に至って、戦闘中にも等しいただならぬ眼光を向けて来た殺戮姫に対し、玉朧拳師もいわおのごとき不動心で相対あいたいする。

「たった現在いま、ウビラス星心領にメデューサが来てるらしいんだが、アンタの情報網ところにアイツに関して何か引っ掛かってるかい?」

 たとえ表情に変化を来たさずとも、彼にとってこの“ホットニュース”が全くの初耳であったことは、聖団内の口さがない連中に“精神的夫婦”と揶揄されるほどに長年の知己ともである竹澤夏月には明白であった。

「そうかい…じゃ、やっぱり“自己申告”の通りプライベートな骨休めなんだろうね。尤も、今度はご褒美●●●のきっかけになった“単独ミッション”とやらが気になるが…あれ?何か言いたいことがありそうだね?…しかも目の色から察するに、そいつは良くない報せ●●●●●●
なんじゃないのかい?」

「相変わらずの洞察力だな…実は先程、問題の死霊島メッズの俯瞰映像を目にしたのだが、鏡の教聖は次なる刃獣を準備しているようだぞ…全貌は窺えなかったが、視認出来た複数の触手から推察するに、形状はに酷似していた。だが敵もさるもの、教界側の偵察衛星の存在に気付いたらしく忽ちのうちに島内に姿を消してしまったわ…とにかく、特筆すべきはその大きさだ。おおよそ、触手の先端部のみで軽く30mは超えていたようだぞ」

 この凶報を、殺戮姫は苦虫を噛み潰したような表情で傾聴していたが、“30m”のくだり●●●でぶっと吹き出した。

上空うえからぱっと見ただけで、よくもそんな具体的な數字が出るもんだと呆れるけど、ワケの分からんレクト●●●とかいう単位でくくられるよりはイメージを掴めたよ…なるほどねえ、あたしがディスってるのが聞こえたのか、あの“ワンパターン野郎”もようやく新手●●を繰り出してきた訳かい…ふふん、面白くなってきたね。まあ、大体にしてからが、まるでモグラ叩きや昔のTVゲームやってるみたいに退屈なカニ狩りを“殺戮姫の花道”にしてしまうにゃ、あまりにあたしに対してに失礼ってモンだよ…ギャロードだって、持てる戦闘力の全てを燃やし尽くして有終の美を飾りたいだろうしね。よっしゃあ、望む所だ!化けダコも海龍党も神牙教軍も、全部まとめてかかってこんかい!“伝説の殺戮姫竹澤夏月”と“地獄絆獣ギャロード”は逃げも隠れもしないよ!せいぜい、首を洗って待ってるがいい、あたしたちに喧嘩を売ったことを、それこそ地獄の底で後悔させてやるからね!!」


 




 
 
 

 

 


 






 

 
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