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第1章 異空の超戦者たち
海の教界、開戦す⑨
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〈中央司令室〉の玉朧拳師がチラワンらの異変に気付いたのは、摩麾螺との“初対決”を終えた教率者が入室する直前であった。
教界支配者の指示で18面ものスクリーン中、実に正面7枚が最愛の萩邑りさらに宛てられ、意外にも?“最強”の竹澤夏月の4枚と同数がバジャドクに孫娘のごとく愛でられている鄭 雅桃が駆る閃煌紫燕に割かれていた…結果、残りの3名の姿はバジャドクが陣取る指令席の背面に1枚ずつ付け足されているのみであったのである(無論、画像の並べ替えは漆黒の鱗椅子の肘掛けに内蔵されたコントロールキーによって自在であったが)。
聖幻晶を通じた操獣師同士の対話の内容を知るには、隣室に控える総隊長・夏月から絶大な信頼を寄せられる“聖幻晶通信のスペシャリスト”延吉道子に通釈してもらわねばならぬが、玉朧の慧眼は絆獣の飛翔ぶりから異変を察知してのけたのであった。
『どう見てもあの翔び方はおかしい…これから闘志を迸らせて合戦に臨まんとする荒武者とは真逆の、命からがら戦場を逃れた疲労困憊の落ち武者そのものの覇気の無さではないか…一体、あの3人に何が…?』
そして険しい表情の教率者が着席してからも、麗翼光鵬の戦いぶりのみに目を奪われる老人とは対照的に6人全員に満遍なく目を注ぐ拳法家は、チラワンらが持ち場に散った時点でただならぬ事態が起きていることを確信した。
『間違いない…同時に同じ現象が雷吼剣蛇らに起きている以上、何らかのハプニングが絆獣に搭乗する直前の3人を襲ったのだ…とすると、“犯人”は執務室に声のみ出現したという、摩麾螺とかいう龍坊主しか考えられんが…だが、彼奴はこの厳重極まる安全機構を施された宮殿内にいかなる手段を以て潜入し得たというのか?少なくとも…“5年前の暗殺者”が施していたような変装術程度では絶対に不可能なはずだ…」
そして、“最強師弟コンビ”が本来の姿を取り戻して刃獣撃破の要諦を掴んでからは老教率者にも心の余裕が芽生えたのか画面の配置を操作して他のメンバーの状態を確認にかかったのだが、時既に遅く、チラワンらはとっくに“戦線離脱”を果たしていたのである…。
「何と…結翔珠が絆獣から飛び出しているではないか⁉」
まさしく、ズアーグ、ツェースン、パルソロは戦闘を放棄した情けなき相棒を見放したかのように3人の“シンボルカラー”である鳶(チラワン)、露草(ローネ)、黄蘗(ミリラニ)の各色に彩られたエネルギー球を体内から放出…即ち融魂を強制解除してしまっていたのである!
尤も操獣師が意識を喪っているため、放置しておけば落下は避けられない結翔珠はしっかりと絆獣の前肢(蛇体のズアーグはその口蓋に咥える形)で“保護”されていたのであるが…。
「これは一体…何があの3人に起きたというのか…⁉」
「分かりませんな…無論、竹澤総隊長はこの事態を把握しているはずですから対策を考えてはいるでしょう。戦闘を継続するにしてもとりあえずはズアーグら3体を水上都市上に設けた待機帯に差し戻し、操獣師交代といった措置を執るのではないでしょうかな…延吉くんに確認を取ってみますか?」
呆然たる教率者にこう応えるしかなかった玉朧拳師であったが、彼が話す間白髯を撫でつつ俯いて思念を巡らしていたバジャドクはきっぱりと頭を振った。
「いや、3人の異変の原因は恐らく海底宮殿にある以上、それは意味があるまい…それよりも拳師よ、ぜひ頼みたいことがあるのだが…」
「……?」
「タカカゲを呼び戻してもらえませぬかな?」
玉朧拳師の指導下にある、日本人中心の錬装者軍団[星拳鬼會]にて、21歳の若武者ながらも堂々たるエースである剛駕崇景…もちろん、萩邑りさらとは違った意味でお気に入りであり、先程のレイモンド=スペンサーとの緊急会談でも彼だけは自己の身辺警護のため残留させるように求め渋々ながら了承された、現在護衛絆獣及び統衞軍兵士を伴って首都パトロール中の一番弟子の帰投を請われた玉朧は強く頷いた。
「分かりました。先程の執務室の怪異といい、3人の操獣師の異変といい、何らかの凶意が海底宮殿内部深くに浸透しているのはもはや疑いがない…考えたくはないことですが、此処が戦場になることすらひたひたと現実味を帯びてきたようですからな…それでは不測の事態に備え、“虎”を呼び戻すことに致しましょう…!」
かつてない規模の刃獣来襲の時報は共有されていたものの、首都の教民の生活ぶりに表立っての変化は生じていなかった。
尤も、早ければ一両日中にも神牙教軍の尖兵の侵入が予想されるため、緊急避難のための物資調達などで大型店舗など一部のエリアによってはやや慌ただしさは見られたものの、数年前の“第一次侵略事変”を受け、教率者の肝煎りで建設された全教界中屈指の空間と機能を誇る地下退避施設への信頼から、彼らの表情に過度の怯えは感じられない。
「…ですが、油断は出来ません。憎き神牙教軍による“第二次侵略事変”は第一次とは破壊規模が桁違いのようですから…!」
派手好みの教界指導者の意向でカラフルに彩られた高層建築物群を遥かに望みつつ、海底宮殿への帰路を辿る統衞軍公式特殊戦闘車輌【ディジック】の“操輪”を握る気鋭の[首都特守部隊員]アイアスは隣に陣取る剛駕崇景に語りかけた。
「教界史によると、“第一次事変”において投入された刃獣は悪名高き“餓駆竜”ゾグムが僅か13体…もちろん若干名の尊い犠牲は強いられてしまったものの、機動力の不足を数で補った戦車と日頃の猛訓練の成果を満天下に示した特守隊の奮戦、それに無論のことながらギョクロウ拳師及びタケザワ総隊長を筆頭とする絆獣聖団のお力添えによって恙無く撃退に成功したのでした…」
「すると、ガートスは出撃しなかったんですね?」
意図的なものなのか、アイアスと同じ浅葱色の戦闘服を身に着けた日本人青年が問う。
あたかも新兵か高校球児のような丸刈りは錬装者としての使命に何ら寄与せぬ髪型というものへの無頓着ぶりを窺わせたが、浅黒く彫りの深い精悍な貌つきは鋭さの中にも一抹の愛嬌を感じさせる眼光と相俟って、彼が生来の神性の持ち主であることを感得させる。
「はい。あの戦いにおいては凱鱗領全体というよりも、首都と港を脅かす破壊工作者との戦いが主眼となるものでしたから、あえてその必要はなかったのです…尤も、タケザワ隊長は徒に建築物等を破壊しかねない戦車群の出動にも難色を示したということでしたが…」
この返答は竹澤夏月の無二の同志たる玉朧拳師の直弟子である崇景に、畏敬に満ちた微笑を浮かべさせた。
「あの方らしいな…だがまあ、師の思い出話や資料映像によると、最初の侵攻も主要インフラへのテロ工作と要人暗殺に的を絞った海龍党を含む神牙教軍の攻撃は凄まじいものだったようですね?まさに“屍山血河”という表現がふさわしいくらいの…」
若き錬装者と同世代であろう青年兵士は深く頷きつつ操輪を握る両手に力を込める。
「ああ、記録映像をご覧になりましたか…全く、よくもあのような卑劣極まる残虐行為を成し得るものです…今も闘志を弛めぬため定期的に見返すのですが、その度に“ラージャーラの悪の根源”たる鏡の教聖への怒りを改めて掻き立てられますよ。…ちなみにその時の“中央市場爆破テロ”によって、私は場内警備にあたっていた叔父を失いました…」
故郷の臨海部とは全く異質の美意識と色彩感覚で飾り立てられたレシャの景観に目を奪われていた剛駕崇景は、この言葉の重さに思わず運転席を振り返った。
「そうだったんですか…そして現在、凱鱗領に再び、しかも今回は教界全体に悲劇が訪れようとしている…もちろん絆獣聖団
の力には限界がありますが、何とか被害を最小限に留めたいものです…」
「──いいえ」
勁い意志を込めて前方を見据えるアイアスはきっぱりと首を振り、硬い声音で続けた。
「こと教界防衛の、少なくとも情報面においてのみは精通している私にご謙遜は無用です…絆獣聖団の能力は5年前とは比較にならぬほど向上している…何より驚かされるのは絆獣(操獣師)及び錬装者の増強ぶりです…あなたとご同行した首都の夜間パトロールにおいて、遭遇した何人もの狂魔酒鬼を文字通り鎧袖一触された技の凄まじさは今も目に焼き付いています」
「いや、お恥ずかしい…幸か不幸か、今日に至るまでルドストンで教軍超兵とは相見えていませんが、相手が龍坊主ならああはいかないでしょうがね…何しろアイツらに対しては急所の髄魄ってヤツを完全に破壊しなきゃならんので…でも、今回のパトロールに関する限り、活躍が目立ったのは自分なんかよりバデラの方だよな」
微笑と共に後部座席へ顔を向けた崇景の目に飛び込んできたのは、緊張した面持ちの多目的殲敵鋼銃を抱えた特守兵士に挟まれた座高のみでゆうに2.5レクト(約188cm)に達する、素手で触れれば直ちに傷を負いそうな銅色の武具に身を固めた筋骨逞しい猿人…ラージャーラに足を踏み入れて以来の良き相棒である護衛絆獣の勇姿であった。
「ラルルル…」
心底からの敬意を捧げる盟友からの賛辞を受け、バデラは並々ならぬ知性を感じさせる漆黒の瞳を満足気に細める。
「いや、全く…“夜戦のハイライト”といえたチトス酒場への攻撃においても、貴君とバデラ氏の御二方のみで制圧してのけたようなもので…しかも十数名もの酒鬼が蜷局を巻いている危険地帯をそれこそ僅か1アロス(約3分間)で…」
「ムルルルル…!」
この心からの感嘆にバデラははっきりと分かる不満の唸りで応じ、困惑の視線を縋るように向けて来たアイアスに剛駕崇景は苦笑しつつ囁いた。
「彼は自分なんかよりよっぽど数字にうるさい漢でしてね…正確には0.8アロス(144秒)だったと記憶しているんですよ…まあ、何かとキナ臭い海底宮殿で間違いなく勃発するであろう教軍との大乱戦で、どこまで自慢の計算力を維持出来るか観物というもんですがね…」
今や盤石の信頼を寄せる“異界からの守護者”から、想定外の事態を予言された特守部隊員の驚愕の表情に、星拳鬼會のエースは真剣な眼差しで頷いた。
「本来なら今頃、自分は他の錬装者たちと“決戦の地”に向かっているはずなのです…だがあえて師に呼び戻されたということは、教率者の身辺にただならぬ危険が迫っているということに他なりますまい…そしてアイアスさん、特守部隊にもこれまで経験したことのない試練が待っている可能性が高い…だが、我々は戦士だ。互いに手を携え、命の限り“赦されざる悪”と闘い抜き、そして勝利しようではありませんか…!」
教界支配者の指示で18面ものスクリーン中、実に正面7枚が最愛の萩邑りさらに宛てられ、意外にも?“最強”の竹澤夏月の4枚と同数がバジャドクに孫娘のごとく愛でられている鄭 雅桃が駆る閃煌紫燕に割かれていた…結果、残りの3名の姿はバジャドクが陣取る指令席の背面に1枚ずつ付け足されているのみであったのである(無論、画像の並べ替えは漆黒の鱗椅子の肘掛けに内蔵されたコントロールキーによって自在であったが)。
聖幻晶を通じた操獣師同士の対話の内容を知るには、隣室に控える総隊長・夏月から絶大な信頼を寄せられる“聖幻晶通信のスペシャリスト”延吉道子に通釈してもらわねばならぬが、玉朧の慧眼は絆獣の飛翔ぶりから異変を察知してのけたのであった。
『どう見てもあの翔び方はおかしい…これから闘志を迸らせて合戦に臨まんとする荒武者とは真逆の、命からがら戦場を逃れた疲労困憊の落ち武者そのものの覇気の無さではないか…一体、あの3人に何が…?』
そして険しい表情の教率者が着席してからも、麗翼光鵬の戦いぶりのみに目を奪われる老人とは対照的に6人全員に満遍なく目を注ぐ拳法家は、チラワンらが持ち場に散った時点でただならぬ事態が起きていることを確信した。
『間違いない…同時に同じ現象が雷吼剣蛇らに起きている以上、何らかのハプニングが絆獣に搭乗する直前の3人を襲ったのだ…とすると、“犯人”は執務室に声のみ出現したという、摩麾螺とかいう龍坊主しか考えられんが…だが、彼奴はこの厳重極まる安全機構を施された宮殿内にいかなる手段を以て潜入し得たというのか?少なくとも…“5年前の暗殺者”が施していたような変装術程度では絶対に不可能なはずだ…」
そして、“最強師弟コンビ”が本来の姿を取り戻して刃獣撃破の要諦を掴んでからは老教率者にも心の余裕が芽生えたのか画面の配置を操作して他のメンバーの状態を確認にかかったのだが、時既に遅く、チラワンらはとっくに“戦線離脱”を果たしていたのである…。
「何と…結翔珠が絆獣から飛び出しているではないか⁉」
まさしく、ズアーグ、ツェースン、パルソロは戦闘を放棄した情けなき相棒を見放したかのように3人の“シンボルカラー”である鳶(チラワン)、露草(ローネ)、黄蘗(ミリラニ)の各色に彩られたエネルギー球を体内から放出…即ち融魂を強制解除してしまっていたのである!
尤も操獣師が意識を喪っているため、放置しておけば落下は避けられない結翔珠はしっかりと絆獣の前肢(蛇体のズアーグはその口蓋に咥える形)で“保護”されていたのであるが…。
「これは一体…何があの3人に起きたというのか…⁉」
「分かりませんな…無論、竹澤総隊長はこの事態を把握しているはずですから対策を考えてはいるでしょう。戦闘を継続するにしてもとりあえずはズアーグら3体を水上都市上に設けた待機帯に差し戻し、操獣師交代といった措置を執るのではないでしょうかな…延吉くんに確認を取ってみますか?」
呆然たる教率者にこう応えるしかなかった玉朧拳師であったが、彼が話す間白髯を撫でつつ俯いて思念を巡らしていたバジャドクはきっぱりと頭を振った。
「いや、3人の異変の原因は恐らく海底宮殿にある以上、それは意味があるまい…それよりも拳師よ、ぜひ頼みたいことがあるのだが…」
「……?」
「タカカゲを呼び戻してもらえませぬかな?」
玉朧拳師の指導下にある、日本人中心の錬装者軍団[星拳鬼會]にて、21歳の若武者ながらも堂々たるエースである剛駕崇景…もちろん、萩邑りさらとは違った意味でお気に入りであり、先程のレイモンド=スペンサーとの緊急会談でも彼だけは自己の身辺警護のため残留させるように求め渋々ながら了承された、現在護衛絆獣及び統衞軍兵士を伴って首都パトロール中の一番弟子の帰投を請われた玉朧は強く頷いた。
「分かりました。先程の執務室の怪異といい、3人の操獣師の異変といい、何らかの凶意が海底宮殿内部深くに浸透しているのはもはや疑いがない…考えたくはないことですが、此処が戦場になることすらひたひたと現実味を帯びてきたようですからな…それでは不測の事態に備え、“虎”を呼び戻すことに致しましょう…!」
かつてない規模の刃獣来襲の時報は共有されていたものの、首都の教民の生活ぶりに表立っての変化は生じていなかった。
尤も、早ければ一両日中にも神牙教軍の尖兵の侵入が予想されるため、緊急避難のための物資調達などで大型店舗など一部のエリアによってはやや慌ただしさは見られたものの、数年前の“第一次侵略事変”を受け、教率者の肝煎りで建設された全教界中屈指の空間と機能を誇る地下退避施設への信頼から、彼らの表情に過度の怯えは感じられない。
「…ですが、油断は出来ません。憎き神牙教軍による“第二次侵略事変”は第一次とは破壊規模が桁違いのようですから…!」
派手好みの教界指導者の意向でカラフルに彩られた高層建築物群を遥かに望みつつ、海底宮殿への帰路を辿る統衞軍公式特殊戦闘車輌【ディジック】の“操輪”を握る気鋭の[首都特守部隊員]アイアスは隣に陣取る剛駕崇景に語りかけた。
「教界史によると、“第一次事変”において投入された刃獣は悪名高き“餓駆竜”ゾグムが僅か13体…もちろん若干名の尊い犠牲は強いられてしまったものの、機動力の不足を数で補った戦車と日頃の猛訓練の成果を満天下に示した特守隊の奮戦、それに無論のことながらギョクロウ拳師及びタケザワ総隊長を筆頭とする絆獣聖団のお力添えによって恙無く撃退に成功したのでした…」
「すると、ガートスは出撃しなかったんですね?」
意図的なものなのか、アイアスと同じ浅葱色の戦闘服を身に着けた日本人青年が問う。
あたかも新兵か高校球児のような丸刈りは錬装者としての使命に何ら寄与せぬ髪型というものへの無頓着ぶりを窺わせたが、浅黒く彫りの深い精悍な貌つきは鋭さの中にも一抹の愛嬌を感じさせる眼光と相俟って、彼が生来の神性の持ち主であることを感得させる。
「はい。あの戦いにおいては凱鱗領全体というよりも、首都と港を脅かす破壊工作者との戦いが主眼となるものでしたから、あえてその必要はなかったのです…尤も、タケザワ隊長は徒に建築物等を破壊しかねない戦車群の出動にも難色を示したということでしたが…」
この返答は竹澤夏月の無二の同志たる玉朧拳師の直弟子である崇景に、畏敬に満ちた微笑を浮かべさせた。
「あの方らしいな…だがまあ、師の思い出話や資料映像によると、最初の侵攻も主要インフラへのテロ工作と要人暗殺に的を絞った海龍党を含む神牙教軍の攻撃は凄まじいものだったようですね?まさに“屍山血河”という表現がふさわしいくらいの…」
若き錬装者と同世代であろう青年兵士は深く頷きつつ操輪を握る両手に力を込める。
「ああ、記録映像をご覧になりましたか…全く、よくもあのような卑劣極まる残虐行為を成し得るものです…今も闘志を弛めぬため定期的に見返すのですが、その度に“ラージャーラの悪の根源”たる鏡の教聖への怒りを改めて掻き立てられますよ。…ちなみにその時の“中央市場爆破テロ”によって、私は場内警備にあたっていた叔父を失いました…」
故郷の臨海部とは全く異質の美意識と色彩感覚で飾り立てられたレシャの景観に目を奪われていた剛駕崇景は、この言葉の重さに思わず運転席を振り返った。
「そうだったんですか…そして現在、凱鱗領に再び、しかも今回は教界全体に悲劇が訪れようとしている…もちろん絆獣聖団
の力には限界がありますが、何とか被害を最小限に留めたいものです…」
「──いいえ」
勁い意志を込めて前方を見据えるアイアスはきっぱりと首を振り、硬い声音で続けた。
「こと教界防衛の、少なくとも情報面においてのみは精通している私にご謙遜は無用です…絆獣聖団の能力は5年前とは比較にならぬほど向上している…何より驚かされるのは絆獣(操獣師)及び錬装者の増強ぶりです…あなたとご同行した首都の夜間パトロールにおいて、遭遇した何人もの狂魔酒鬼を文字通り鎧袖一触された技の凄まじさは今も目に焼き付いています」
「いや、お恥ずかしい…幸か不幸か、今日に至るまでルドストンで教軍超兵とは相見えていませんが、相手が龍坊主ならああはいかないでしょうがね…何しろアイツらに対しては急所の髄魄ってヤツを完全に破壊しなきゃならんので…でも、今回のパトロールに関する限り、活躍が目立ったのは自分なんかよりバデラの方だよな」
微笑と共に後部座席へ顔を向けた崇景の目に飛び込んできたのは、緊張した面持ちの多目的殲敵鋼銃を抱えた特守兵士に挟まれた座高のみでゆうに2.5レクト(約188cm)に達する、素手で触れれば直ちに傷を負いそうな銅色の武具に身を固めた筋骨逞しい猿人…ラージャーラに足を踏み入れて以来の良き相棒である護衛絆獣の勇姿であった。
「ラルルル…」
心底からの敬意を捧げる盟友からの賛辞を受け、バデラは並々ならぬ知性を感じさせる漆黒の瞳を満足気に細める。
「いや、全く…“夜戦のハイライト”といえたチトス酒場への攻撃においても、貴君とバデラ氏の御二方のみで制圧してのけたようなもので…しかも十数名もの酒鬼が蜷局を巻いている危険地帯をそれこそ僅か1アロス(約3分間)で…」
「ムルルルル…!」
この心からの感嘆にバデラははっきりと分かる不満の唸りで応じ、困惑の視線を縋るように向けて来たアイアスに剛駕崇景は苦笑しつつ囁いた。
「彼は自分なんかよりよっぽど数字にうるさい漢でしてね…正確には0.8アロス(144秒)だったと記憶しているんですよ…まあ、何かとキナ臭い海底宮殿で間違いなく勃発するであろう教軍との大乱戦で、どこまで自慢の計算力を維持出来るか観物というもんですがね…」
今や盤石の信頼を寄せる“異界からの守護者”から、想定外の事態を予言された特守部隊員の驚愕の表情に、星拳鬼會のエースは真剣な眼差しで頷いた。
「本来なら今頃、自分は他の錬装者たちと“決戦の地”に向かっているはずなのです…だがあえて師に呼び戻されたということは、教率者の身辺にただならぬ危険が迫っているということに他なりますまい…そしてアイアスさん、特守部隊にもこれまで経験したことのない試練が待っている可能性が高い…だが、我々は戦士だ。互いに手を携え、命の限り“赦されざる悪”と闘い抜き、そして勝利しようではありませんか…!」
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