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第1章 異空の超戦者たち
海の教界、開戦す⑤
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モラレスと仮面の死神の距離はほぼ10レクト(7.5m)…彼我の実力差を鑑みれば、ほぼ一瞬で勝負は決するであろう。
凱鱗領各地で夜毎展開される錬装者対狂魔酒使徒の戦闘は、後者に教軍超兵(龍坊主)が加勢せぬ限り、絆獣聖団の全勝との記録が残されている。
従って、海龍党の走狗が活路を開くにはこの手しかなかった。
「けやっ!」
面は強敵に向けたまま、約7レクト(5.25m)後方のルターナへと僅か2回のジャンプで到達した死神は、血塗られし刃を愛人の首を抱えてうずくまる悲劇の女優の蒼白の首筋に突き付け、威嚇の叫びを挙げる。
「さあどうする錬装者!この淫乱女、頭は狂っておるが教界各地に有力な後援者を多数擁する芸能者に変わりはない…つまり一度その身に何かが起きれば、累は貴様のみならず、絆獣聖団全体に及ぶことになるぞっ!!」
「そりゃ、大変だ。だが、その前にお前の大親分が送り込んだバカ多い刃獣どものせいで、各地の有力者とやらも大勢死んでるらしいぜ…それに、だ」
“こちらに向かって歩き始めた”と認識し、仮面の死神が“来るな!”と心中で絶叫した次の瞬間には、不吉な髑髏戦士はすぐ眼前に仁王立ちしていた。
「彼女が死んで困るのは、圧倒的にお前の方だと思うがな…一体、摩麾螺にどう申し開きするつもりだ?」
「ぐっ…」
「…なあ、悪いことは言わん、降参しなよ。それで持ってる情報残らずぶちまければ、教率者か聖団が身の安全だけは保証してくれると思うぜ」
モラレスが上体を屈めて紫色に光る両眼を白黒仮面に突き付けた瞬間、耳まで達する哄笑を象った口蓋部分(そこには太い針先ほどの微細な孔が一面に穿たれている)から黒い霧が猛射され、厳ついガンメタのスカルフェイスの視界を奪う。
正攻法では万に一つも勝ち目のない超難敵が左掌で貌を押さえて怯んだのを幸い、目的であるはずの獲物を置き去りにして脱兎のごとく入口へ駆け出した魔酒の虜囚は、背後から頸部を掴まれたと認識する間もなく恐るべき力で後方へと振り飛ばされて堅牢極まる漆黒の壁に激突、その腐敗しきった意識は直ちに暗黒に閉ざされ改心の機会を永久に喪うこととなった。
「手間を省いてくれてありがとさん!尤もその魅惑の口元を一目見て、こうじゃねえかなと淡い期待は持ってたんだがね…さて、茶番もここらが潮時だな…おやすみなさい!」
人事不省のテロリストに向き合った髑髏の処刑人の執行手段はその禍々しいマッチョボディへの鉄拳の乱打であったが、その破壊力たるや、あたかも音速で飛来した数百もの鉄球が同時に命中したに等しい凄まじさであり、まさに聖団内において、“一撃のスペンサー、連打のモラレス”と畏怖される一方の雄の面目躍如といえた。
その結果、屈強な上半身を歪つな凸凹の肉塊に変えられ、ガクリと首を落として悪血と目潰しの毒霧が入り混じった汚液を大量に吐き出した狂魔酒の使徒は、床に崩折れることすら赦されず、漆黒の壁を刑架として断末魔の痙攣と共に外道の最期を全うしたのであった。
「“攻撃は正中心に集中させよ”というのが我が師匠の教えだが…どうもいけねえ、迷惑にも全員が露出狂らしい仮面の死神らの悪酒でブヨついた躰見てると
ピザ生地みたく全体をこねくり回したくなっちまう…」
「…あなた」
『…私生活の内容はともかく、さすがは不世出の天才女優、ただの一言で相手の精神を釘付けにしちまう…危ねえ危ねえ』
「何だい?」
振り返ることなく応える。
「あなたたち、教界中でそいつらを殺し回ってるんでしょ?…だったら、それだけの拳を持ってるんなら、どうしてそいつの貌をめちゃくちゃに潰してくれなかったのよ?」
錬装者の背を、ぞくりと冷たいものが疾った。
「怖いねえ、女優さんってのは…いや、これは失礼…さすがの観察力と言い換えておこうか。そうだな、恋人を奪われた身としては尤もな言い分だが、実はこっちなりの理由があってね…」
「何よ、理由って?そんなものあるはずないわ、変な言い訳しないでよ!」
腕組みしつつしげしげと仕留めた獲物に見入るモラレスの背に嗔恚に震えるルターナの低い怒声が突き刺さる。だが、その声音から既に狂気は霧散していた…これが一芸を極めし者の気骨というものなのか。
「…実はコイツ、これから喋り出すんじゃないかと思ってね」
「…え?」
「最近売出し中の、自称・海龍党の副頭目…名前は忘れた…とやら、妙な特技があってね。何と死人を使った腹話術がやれるらしいんだな…いや、そうじゃねえか。…まあ要するに、自分はコソコソと隠れたまま、死人の口を使って偉そうな戯言吐かす訳だよ」
「…卑怯な奴なのね、まるでゲラークみたい」
ルターナが近付いて来るが、モラレスは墨染めにされた顔面を振り向かせようとしない。
「そいつ、批評家かい?もうこの世にいない昔の名優を引き合いに出しちゃ、下らん能書き垂れ流す輩」
この一言で、悲劇の女優から発せられる気配が一気に和らぐ。
「察しがいいのね、あなた。きっといい役者になれるわよ、渋めのまあまあな声質だし…悪いけどウチの劇団じゃ居場所無いけどね」
「嬉しいねえ、実は昔から俳優って仕事にゃ憧れてたんだ。地上世界じゃムリだったが、ラージャーラならワンチャンあるかも知れん。遠い未来におたくと共演出来る日を目指して精進するぜ」
本当に喜んでいるらしい髑髏の戦鬼は両手を腰に当てて虚空を見上げるが、ルターナは彼の反応に毛ほどの関心も示すことなく、最愛の聖贄者の首を大切に抱いたまま彼の生命を断った憎き片刃剣の上に身を屈め、その魚皮を固く巻いただけの武骨な柄に右手を伸ばすが、これが忌まわしい殺し屋の所有物だったことを思い出し、慌てて引っ込める。
「ねえ、ちょっと」
「ん?何だいスター女優さん」
「ちょっと、この剣を持ち上げてみてよ。私には重すぎるわ」
「そりゃそうだろうが…まさか、“恋人の仇!”とか叫ぶだけ叫んでオレに突き刺させようってのか?そりゃ、あんまりいい趣味じゃねえな」
「そんなことしないわよ。第一、貴重な私の時間をたとえ一瞬でもそんな奴に使う訳無いでしょ!…無駄口叩かずにさっさと剣を私の眼の前に掲げなさい!」
完全に大女優の貫禄を取り戻したルターナは、舞台の彼女はかくもあろうと思わせる凛然たる気合で端役に迫る。
『…まさかこの女、後を追う気?』
指示通り眼前に翳された血塗られし刃を鬼気迫る眼光で睨み据えていたルターナは、左人差し指で位置を下げるように指示するやあの恐るべき碧い舌をまたもや露出し、セテルの血が付着した部分のみを入念に、何度も往復させて舐め取ってゆく。
だが、その表情にもはや陶酔は無く、悲しみに歪む目尻から零れた涙が嬰児のごとく抱かれた死者の額を濡らすのみであった。
その姿を凝然と見下ろすアティーリョ=モラレスは、ルターナという女の本質が広く世に認知された華やかな女優という名花などではなく、暗闇に杳然と咲き誇る祭霊妃という名の毒花にこそ宿っていることをしたたかに認識させられたのであった。
呪われし刃はこれもまた、異なる種類の呪法によって清められた…と錬装者が嘆息した時、ルターナの真摯な眼差しが彼の紫の機眼を捉えた。
「あなたたちの“軍団”って…一体どういう名前だったかしら…?」
「──絆獣聖団、だ」
感情を込めることなく、髑髏の戦士が応える。
「そうだったわね…ラージャーラ人ととてもよく似ているけれど、何かが決定的に違う異界人…そしてほんとうの目的も謎に包まれたまま…でも、一つだけはっきりしていることがあるわ…」
「……」
剣を下ろしたモラレスは黙って先を促す。
「凱鱗領、いいえ他のどの教界も及ばない、物凄い技術を持っているということ…!」
「…だからって、死んだ人間を甦らせるなんて奇跡が起こせる訳じゃないぜ…そんなことはたとえ天響神にだって可能じゃあるまい…」
「…あなた、やっぱり役者は無理みたいね…頭が良すぎる、というか、持ってる感情が薄すぎるわ。どっちかというとゲラークと同じタイプの人間ってことがこれでよく分かった」
「そいつはショックだな…。でも、恥を偲んで告白させてもらうが、オレはにわかとはいえ、あんたの大ファンなんだ。あの窮屈極まりない教率者の宮殿でも、あんたの出演作全てを収めた映像ライブラリのお陰で退屈せずに凌げたようなもんさ…さて、どうやら長居をしすぎたようだ。“腹話術”も不発だったみたいだが、忌まわしい屍を放置しておく訳にもいかん。暗殺者の処理は教界の認可の下、絆獣聖団が責任を持って行うから安心してほしい…話は変わるが、タシェルにも確実に危険が迫ってるぜ。何せ今回の刃獣はさほどデカくはないが数が尋常じゃない。オレが館に潜入しようとする仮面の死神を上空から発見した時、既に棘蟹どもは目と鼻の先のパヌーリ市に到達してたんだ。無論、我が同志の操獣師やバジャドクにネジを巻かれた統衞軍の戦闘機も必死の迎撃行動に邁進しているが、刃獣どものスピードはハンパじゃない。しかもあれだけの数だ、何匹かは生き残って必ずタシェルに押し寄せて来る…だからなるべく遠方の待避所に移動した方が賢明だと思うがね…同意して貰えるなら鉄槌士隊が責任を持って送り届けるが、どうする?」
「…熱烈なファンとしての厚意に溢れた御忠告どうもありがとう。誕まれた世界の壁を超えて私の演技があなたを魅了出来たのであればこんなに嬉しい事はないわ…。でも、私は逃げない。“黄金の淫婦”が血と汗と涙で打ち建てたこの[玄麗館]はあんなカニの化け物がたとえ何匹襲ってきたってビクとも…しないこともないだろうけど、例え地上の建物が木っ端微塵に砕け散ろうとも一番費用を掛けた超特級型耐災地下壕の頑丈さだけには自信がある…というか、信じるしかないのよ!だから、そこは心配しないでちょうだい。万一、裏目に出たって決して恨んだりしないから……それに例え自邸で命を落としたとしたって…彼のいない世界なんて、私には何の意味もないんだから、寧ろ本望と言えるかも知れないわ…それでね、心苦しいんだけど、あなたが立ち去る前に2つだけお願いがあるの。1つ目はもちろん、あの穢らわしい人殺しの死体をちゃんと片付けてくれること。それにもう1つは…とっても繊細な、大切な作業よ…もし引き受けてくれなかったら、あたし、今ここで舌を噛み切って死んでやるから、そこの所、どうかよろしくね…!!」
凱鱗領各地で夜毎展開される錬装者対狂魔酒使徒の戦闘は、後者に教軍超兵(龍坊主)が加勢せぬ限り、絆獣聖団の全勝との記録が残されている。
従って、海龍党の走狗が活路を開くにはこの手しかなかった。
「けやっ!」
面は強敵に向けたまま、約7レクト(5.25m)後方のルターナへと僅か2回のジャンプで到達した死神は、血塗られし刃を愛人の首を抱えてうずくまる悲劇の女優の蒼白の首筋に突き付け、威嚇の叫びを挙げる。
「さあどうする錬装者!この淫乱女、頭は狂っておるが教界各地に有力な後援者を多数擁する芸能者に変わりはない…つまり一度その身に何かが起きれば、累は貴様のみならず、絆獣聖団全体に及ぶことになるぞっ!!」
「そりゃ、大変だ。だが、その前にお前の大親分が送り込んだバカ多い刃獣どものせいで、各地の有力者とやらも大勢死んでるらしいぜ…それに、だ」
“こちらに向かって歩き始めた”と認識し、仮面の死神が“来るな!”と心中で絶叫した次の瞬間には、不吉な髑髏戦士はすぐ眼前に仁王立ちしていた。
「彼女が死んで困るのは、圧倒的にお前の方だと思うがな…一体、摩麾螺にどう申し開きするつもりだ?」
「ぐっ…」
「…なあ、悪いことは言わん、降参しなよ。それで持ってる情報残らずぶちまければ、教率者か聖団が身の安全だけは保証してくれると思うぜ」
モラレスが上体を屈めて紫色に光る両眼を白黒仮面に突き付けた瞬間、耳まで達する哄笑を象った口蓋部分(そこには太い針先ほどの微細な孔が一面に穿たれている)から黒い霧が猛射され、厳ついガンメタのスカルフェイスの視界を奪う。
正攻法では万に一つも勝ち目のない超難敵が左掌で貌を押さえて怯んだのを幸い、目的であるはずの獲物を置き去りにして脱兎のごとく入口へ駆け出した魔酒の虜囚は、背後から頸部を掴まれたと認識する間もなく恐るべき力で後方へと振り飛ばされて堅牢極まる漆黒の壁に激突、その腐敗しきった意識は直ちに暗黒に閉ざされ改心の機会を永久に喪うこととなった。
「手間を省いてくれてありがとさん!尤もその魅惑の口元を一目見て、こうじゃねえかなと淡い期待は持ってたんだがね…さて、茶番もここらが潮時だな…おやすみなさい!」
人事不省のテロリストに向き合った髑髏の処刑人の執行手段はその禍々しいマッチョボディへの鉄拳の乱打であったが、その破壊力たるや、あたかも音速で飛来した数百もの鉄球が同時に命中したに等しい凄まじさであり、まさに聖団内において、“一撃のスペンサー、連打のモラレス”と畏怖される一方の雄の面目躍如といえた。
その結果、屈強な上半身を歪つな凸凹の肉塊に変えられ、ガクリと首を落として悪血と目潰しの毒霧が入り混じった汚液を大量に吐き出した狂魔酒の使徒は、床に崩折れることすら赦されず、漆黒の壁を刑架として断末魔の痙攣と共に外道の最期を全うしたのであった。
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「…あなた」
『…私生活の内容はともかく、さすがは不世出の天才女優、ただの一言で相手の精神を釘付けにしちまう…危ねえ危ねえ』
「何だい?」
振り返ることなく応える。
「あなたたち、教界中でそいつらを殺し回ってるんでしょ?…だったら、それだけの拳を持ってるんなら、どうしてそいつの貌をめちゃくちゃに潰してくれなかったのよ?」
錬装者の背を、ぞくりと冷たいものが疾った。
「怖いねえ、女優さんってのは…いや、これは失礼…さすがの観察力と言い換えておこうか。そうだな、恋人を奪われた身としては尤もな言い分だが、実はこっちなりの理由があってね…」
「何よ、理由って?そんなものあるはずないわ、変な言い訳しないでよ!」
腕組みしつつしげしげと仕留めた獲物に見入るモラレスの背に嗔恚に震えるルターナの低い怒声が突き刺さる。だが、その声音から既に狂気は霧散していた…これが一芸を極めし者の気骨というものなのか。
「…実はコイツ、これから喋り出すんじゃないかと思ってね」
「…え?」
「最近売出し中の、自称・海龍党の副頭目…名前は忘れた…とやら、妙な特技があってね。何と死人を使った腹話術がやれるらしいんだな…いや、そうじゃねえか。…まあ要するに、自分はコソコソと隠れたまま、死人の口を使って偉そうな戯言吐かす訳だよ」
「…卑怯な奴なのね、まるでゲラークみたい」
ルターナが近付いて来るが、モラレスは墨染めにされた顔面を振り向かせようとしない。
「そいつ、批評家かい?もうこの世にいない昔の名優を引き合いに出しちゃ、下らん能書き垂れ流す輩」
この一言で、悲劇の女優から発せられる気配が一気に和らぐ。
「察しがいいのね、あなた。きっといい役者になれるわよ、渋めのまあまあな声質だし…悪いけどウチの劇団じゃ居場所無いけどね」
「嬉しいねえ、実は昔から俳優って仕事にゃ憧れてたんだ。地上世界じゃムリだったが、ラージャーラならワンチャンあるかも知れん。遠い未来におたくと共演出来る日を目指して精進するぜ」
本当に喜んでいるらしい髑髏の戦鬼は両手を腰に当てて虚空を見上げるが、ルターナは彼の反応に毛ほどの関心も示すことなく、最愛の聖贄者の首を大切に抱いたまま彼の生命を断った憎き片刃剣の上に身を屈め、その魚皮を固く巻いただけの武骨な柄に右手を伸ばすが、これが忌まわしい殺し屋の所有物だったことを思い出し、慌てて引っ込める。
「ねえ、ちょっと」
「ん?何だいスター女優さん」
「ちょっと、この剣を持ち上げてみてよ。私には重すぎるわ」
「そりゃそうだろうが…まさか、“恋人の仇!”とか叫ぶだけ叫んでオレに突き刺させようってのか?そりゃ、あんまりいい趣味じゃねえな」
「そんなことしないわよ。第一、貴重な私の時間をたとえ一瞬でもそんな奴に使う訳無いでしょ!…無駄口叩かずにさっさと剣を私の眼の前に掲げなさい!」
完全に大女優の貫禄を取り戻したルターナは、舞台の彼女はかくもあろうと思わせる凛然たる気合で端役に迫る。
『…まさかこの女、後を追う気?』
指示通り眼前に翳された血塗られし刃を鬼気迫る眼光で睨み据えていたルターナは、左人差し指で位置を下げるように指示するやあの恐るべき碧い舌をまたもや露出し、セテルの血が付着した部分のみを入念に、何度も往復させて舐め取ってゆく。
だが、その表情にもはや陶酔は無く、悲しみに歪む目尻から零れた涙が嬰児のごとく抱かれた死者の額を濡らすのみであった。
その姿を凝然と見下ろすアティーリョ=モラレスは、ルターナという女の本質が広く世に認知された華やかな女優という名花などではなく、暗闇に杳然と咲き誇る祭霊妃という名の毒花にこそ宿っていることをしたたかに認識させられたのであった。
呪われし刃はこれもまた、異なる種類の呪法によって清められた…と錬装者が嘆息した時、ルターナの真摯な眼差しが彼の紫の機眼を捉えた。
「あなたたちの“軍団”って…一体どういう名前だったかしら…?」
「──絆獣聖団、だ」
感情を込めることなく、髑髏の戦士が応える。
「そうだったわね…ラージャーラ人ととてもよく似ているけれど、何かが決定的に違う異界人…そしてほんとうの目的も謎に包まれたまま…でも、一つだけはっきりしていることがあるわ…」
「……」
剣を下ろしたモラレスは黙って先を促す。
「凱鱗領、いいえ他のどの教界も及ばない、物凄い技術を持っているということ…!」
「…だからって、死んだ人間を甦らせるなんて奇跡が起こせる訳じゃないぜ…そんなことはたとえ天響神にだって可能じゃあるまい…」
「…あなた、やっぱり役者は無理みたいね…頭が良すぎる、というか、持ってる感情が薄すぎるわ。どっちかというとゲラークと同じタイプの人間ってことがこれでよく分かった」
「そいつはショックだな…。でも、恥を偲んで告白させてもらうが、オレはにわかとはいえ、あんたの大ファンなんだ。あの窮屈極まりない教率者の宮殿でも、あんたの出演作全てを収めた映像ライブラリのお陰で退屈せずに凌げたようなもんさ…さて、どうやら長居をしすぎたようだ。“腹話術”も不発だったみたいだが、忌まわしい屍を放置しておく訳にもいかん。暗殺者の処理は教界の認可の下、絆獣聖団が責任を持って行うから安心してほしい…話は変わるが、タシェルにも確実に危険が迫ってるぜ。何せ今回の刃獣はさほどデカくはないが数が尋常じゃない。オレが館に潜入しようとする仮面の死神を上空から発見した時、既に棘蟹どもは目と鼻の先のパヌーリ市に到達してたんだ。無論、我が同志の操獣師やバジャドクにネジを巻かれた統衞軍の戦闘機も必死の迎撃行動に邁進しているが、刃獣どものスピードはハンパじゃない。しかもあれだけの数だ、何匹かは生き残って必ずタシェルに押し寄せて来る…だからなるべく遠方の待避所に移動した方が賢明だと思うがね…同意して貰えるなら鉄槌士隊が責任を持って送り届けるが、どうする?」
「…熱烈なファンとしての厚意に溢れた御忠告どうもありがとう。誕まれた世界の壁を超えて私の演技があなたを魅了出来たのであればこんなに嬉しい事はないわ…。でも、私は逃げない。“黄金の淫婦”が血と汗と涙で打ち建てたこの[玄麗館]はあんなカニの化け物がたとえ何匹襲ってきたってビクとも…しないこともないだろうけど、例え地上の建物が木っ端微塵に砕け散ろうとも一番費用を掛けた超特級型耐災地下壕の頑丈さだけには自信がある…というか、信じるしかないのよ!だから、そこは心配しないでちょうだい。万一、裏目に出たって決して恨んだりしないから……それに例え自邸で命を落としたとしたって…彼のいない世界なんて、私には何の意味もないんだから、寧ろ本望と言えるかも知れないわ…それでね、心苦しいんだけど、あなたが立ち去る前に2つだけお願いがあるの。1つ目はもちろん、あの穢らわしい人殺しの死体をちゃんと片付けてくれること。それにもう1つは…とっても繊細な、大切な作業よ…もし引き受けてくれなかったら、あたし、今ここで舌を噛み切って死んでやるから、そこの所、どうかよろしくね…!!」
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