凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第1章 異空の超戦者たち

海の教界、開戦す④

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 竹澤夏月率いる飛翔系絆獣部隊が棘蟹群団への魔針攻撃を開始した直後、ラージャーラ最大の大陸であるイリシャナの最南端に位置する巨魚の背鰭のごとき形状の半島全体を占めるルドストン凱鱗領、その北西部に突出したタシェル岬に聳立しょうりつする漆黑の城館の一室において、淫靡なる宴が営まれていた。

 館の所有者は教界屈指の若き大女優・ルターナであったが、彼女にはもう一つの“秘めたる貌”があった…こともあろうに、性技を極めることで天響神エグメドとの一体化を試みる暗黒の秘教結社[火原の美獣]の【祭霊妃】と称される大幹部であったのだ。
 
 タシェルに居宅を構えている教民はその殆どが支配層に属することから生活空間の地下には避難壕が完備されており、明確に区劃されているとはいえ、“下賤の輩との雑居”を強いられる公共の地底退避施設への避難を選択する者は皆無といえた…そしてこれらの狷介なる上級教民の間にて“黄金の淫婦”と憫笑されるルターナもまた、頑なに“血と涙と天響神エグメドの加護”によって得たと主張する地位の象徴ともいえる館に籠もっていたのであるが、彼女はそこにおいて、“傍目には痴愚の極みと見えようとも、あるいはそれ故にこそ、秘教の使徒として希求し得る未聞の境地への成就の可能性”を試みるべく、選り抜いた【聖贄者せいししゃ】との、文字通り乾坤一擲の〈祭爛密儀〉に没頭していたのである…。

 儀式の密度を極限まで高めるためデザインされた、窓のない漆黒の空間が磨き抜かれた極美の裸身で向き合う二人の舞台であった。

 腰にまで達する、妖しいまでに艷やかな瑠璃色の髪を波打たせながら、亡国の名女優は聖贄者の逞しい胸板に熱烈な接吻くちづけを浴びせていた。

 教界が危急存亡の時を迎えた現在、場合によっては共に滅びる運命かもしれぬ存在故に、ルターナによって白羽の矢が立てられたのは非の打ち所無き美青年であった。

 全身を特殊なローションででも覆い尽くされているものか、ラージャーラ人特有の蒼白の肌は神秘的なまでに照り輝き、そこ●●から送り込まれる被虐的な快感によって彼の肉体は徐々に性的高揚の証である金色こんじきの微光を帯びはじめる。

 元統衞軍幹部候補生のほこりを以て、“狂戲”とまで評されるルターナの渾身の愛撫に雄々しく耐え抜こうとの事前の決意は、“黄金の淫婦”の想像以上の蠱惑的な技倆の前に風前の灯となっていた。

「ああ…祭霊妃様…私を何処いずこへ導こうとなさるのですか…密儀は始まったばかりだというのに、もう総身の細胞がぶちぶちと弾けて…このままでは私の躰は張り裂けてしまう…!」
 
 肩まで伸ばした癖のない長髪を“主”と同色に染めた若者は形の良い顎をのけ反らせながら、腕の中の美女のこうべを壊さぬように気遣いつつも狂おしくかき抱く。

「ああ、愛しいセテル…お願いだから祭霊妃などと呼ばないで…どうかルターナと呼んでちょうだい…。現在いまこの時、寧ろこの私こそが貴方の婢女はしためであるのだから…」

 彼女が主宰する劇団で役者としての一歩を踏み出したものの、未だその精神と肉体は誇り高き戦士である秀麗な若者の獣欲とその昂ぶりに比例して烈しさを増す悩ましい体臭に惑乱した天才女優は、戦慄わななく愛人の胸に思い切り顔を埋めて極限まで高まった心臓の鼓動に酔い痴れながら、飽くなき独占欲のあらわれでもあろうか、逞しい背に瑠璃色の爪が煌めく両手を妖しく這わせつつ感に堪えたとばかりにのたまうのであった…。

「…されどセテル。私はこのかぐわしい胸に、貴方の若さ故の過ちで毎夜のように、忌まわしくも巷の愚娘を抱き締めていたことを知っています…ですからこの聖なる儀式を完遂するためには、まずそのとうとい肉体を私の秘術を尽くして隈なく浄めることが必要なのだわ…!」

 あたかも舞台の台詞を朗誦するかのように感情を込めて淫靡な言辞を弄したルターナの口許から、髪・瞳・爪そして唇よりも異様な碧さを帶びた舌が滑り出して聖贄者の肌を舐めずりはじめるや、美青年セテルの蒼白な喉から悲鳴に等しい喜悦の叫びがほとばしった。

 ゆうに三桁を超える美女と目眩めくるめ夜伽よとぎを共にした艶福家にして初めて経験する熾烈なまでに電撃的な快感は、自らが眼前の祭霊妃の“愛の生贄”であることを青春の精華のごとき若者に心底から痛感させたのである。

「ああ、果てしなく美しく、畏れ多くも愛おしき我が女神ルターナ…私の生命は貴女のものです…!」

 最愛の存在からの全面降伏ともいうべき賛辞を受け、秘教の巫女を以て任じる名女優は大役を果たし終えた際と同等の満足に打ち震えつつ一旦愛人の輝く肌から舌を離すが、主から独立した生き物のごとく蠢くそれは何と、燐光を発する微細極まる種子を彷彿させる突起物に覆われているではないか!

「嬉しい…貴方にこんなにも感じてもらえるなんて…そう、もう察してもらえただろうけれど、この私の肉体においていちばん資本もとでかかっているのが他ならぬこれなのよ…!」

 再開された“妖魔の舌”の猛攻に翻弄される一方のセテルは激しく喘ぎながらルターナの頭部を再び抱き締めるが、黄金の淫婦はその力に抗うかのように顔を下方にずらしつつ、満を持したように天に向かって猛り立つ美青年の性器に右手の指を絡みつかせるや、頂から付け根まで繊細かつリズミカルな往復運動を開始する。

「!」 

 舌と指による強烈な波状攻撃の前にセテルの腕の力は瞬時に弱まり、すばやく跪いた祭霊妃はここからが密儀の本番とばかりに硬く脈打つ聖贄者の生命の樹ペニスを一気に根元まで口に含むや、あたかも母の乳房を求める乳呑み児のような貪婪さでむしゃぶり吸う。

「はあああぁっ!」

 両手で抱え込んだ愛する女の頭を激情の赴くままに股間に押し付けつつ、上体を弓なりにのけ反らせたセテルの表情と全身の痙攣は、色事に関しては百戦錬磨であるはずの彼が早くも絶頂オルガスムを迎えたことを物語っていた。

 もはや言葉は要らぬ…美貌をねじりつつ強く頬をすぼめ、相手を一気に殺し●●にかかった祭霊妃ルターナは、恍惚の表情で聖贄者セテルの“昇天”を待ち受けるのであったが…。 

 喉の奥まで肉の凶器に侵入されたのみならず、更に上から強い力で押さえ付けられて呼吸もままならぬ状況下、間近に迫った“勝利”を待ち受ける黄金の淫婦は予想に反して早過ぎる拘束からの解放に戸惑い、急速に硬度を喪いつつある男根をためらいながらも口蓋から引き抜こうとした瞬間、突如として熱い湯?の雨に降り注がれ、慌てて顔を上向かせた。

 湯には、危険な香りがあった。 

 それは、セテルの血潮であった。

 ゆっくりと、聖贄者の躰は後方に倒れてゆく。

 そこには首が無かった。

 それの髪は暗殺者の右手に握られ、切断部から青紫の液体を滴らせながら黒い床に血溜まりを広げてゆく…。

 犯人は白と黒に塗り分けられた不気味な笑い仮面を被り、ギラつく鎖帷子チェーンアーマーに覆われた、分厚い筋肉の鎧までもが2色に染め上げられている。

 背丈はおよそ2.5レクト(187.5cm)、体重は600フォセア(約120kg)に達しようかという堂々たる体躯の持ち主で、鈍器そのものの左手に握られているのは1.4レクト(105cm)は優にある、犠牲者の血に生々しく染まった反身の片刃剣である。
 
 身にまとっているのは腰部を覆う短い革袴に両手首に填められた革のリストバンド、堅牢ではあるものの踝までしか保護し得ぬ戦闘靴のみであったが、それらもまた酔狂なツートンカラーに色分けされているのが異様であった。

 だが、館の主ルターナすみれ色の瞳が釘付けになっているのは奇怪な闖入者などではなく互いに生命を捧げ合って“究極の宇宙的快楽”の最奥部に踏み込もうとした“秘密のつま”のデスマスクであり、彼女が失神を免れているのは大女優の、或いは秘教の女司祭としての矜持などではなく余りにも強烈なヴィジョンの受容を脳髄が拒否しているが故であろう。
 
「…痴れ狂いし舞台女優にして邪教の巫女よ、歓ぶがよい。お前はその迷妄を極めし魂魄の故に黄金の海龍党の、ひいては誉れある神牙教軍の一員に加わることを赦されたのだぞ…!」

 だがこの地獄からの呼び声はルターナに届きはしなかった…それどころか怪人の存在すらもが認識のほかであったのだ。

 彼女はただ、亡き聖贄者の貌のみに魅入られていた。

『…生首になってもセテルあなたは美しい…』

 ただそれのみを想った。だがその意味●●の受容は拒み抜いた。

 存在を無視された下手人が択んだのは粘り強い説得ではなく激昂であった。

「この色狂いがっ、これでも目が醒めぬかッ⁉」

 前方に思い切り投げ付けられた首は鈍い音を立てて漆黒の壁に激突し、血の飛沫を散らしつつ床上で悲壮なスピンを描く。
 
「いえあいきいいいいっ!」

 この時はじめて、ルターナの意識は事態の把握を開始したといえる。だがこの意味不明の、悲鳴以前●●●●の金切り声は同時に彼女の“発狂”を意味してはいなかったか?

 しかし身魂を傾け尽くした房中術の錬磨がもたらした効能か、ルターナの精神は崩壊し尽くしてはいなかった。

 かつえきった犬がようやく見つけた食物に飛びつくように、最愛の存在のむくろ…その最重要部分へと四つん這いで駆け寄った女優は、それを胸に抱いた瞬間、ようやく全てを覚り、正気を取り戻し、そして号泣したのである…。

「馬鹿な女よ…このような愚昧な存在が何の役に立つというのか、摩麾螺マキラ様は一体何を考えておられるのだ…?」

 かくなる上は女の意識を奪って本拠地メッズに拉致せんと決意した狂魔酒の使徒=仮面の死神は、一歩を踏み出そうとしたその瞬間、背後からの凄まじい殺気を受け、恐怖ゆえに一気に振り向いた。

「…オレの知る限り、お前さん以上の愚物ってのはこの世に存在しないんだがね…。もちろんホントの用があるのは摩麾螺ボスの方だが、ここで手下とかち合ったのも何かの縁だ、死霊島メッズの決闘の前哨戦といきますか」

 ドスの効いた砲金色ガンメタで全身を底光りさせる、魁偉ながらも不思議と洗練された意匠デザインの髑髏の貌を有する錬装磁甲…“最強錬装者”レイモンド=スペンサーと並び称される実力者にして、彼が君臨するCBKに次ぐ陣容の鉄槌士隊を率いるスペイン人錬装者・アティーリョ=モラレスがそこに立っていた。
 

 
 
 



 


 

 

 

 
 

 
 
 
 


 



 
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