凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第1章 異空の超戦者たち

海の教界、開戦す③

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 最愛の絆獣レオーランの胸奥深くしつらえられた操念螺盤に坐した萩邑りさらの周囲は神々しいまでに白一色の光に満たされ、額に装着された白い八角形の聖幻晶は非戦闘時よりも数倍は輝きを増しているというのにレオーランの体内ここにおいては単なる一点景に過ぎない。
                       
 絆獣と一体化した操獣師たちは上級になるほどに必然的に“純粋想念”による聖幻晶の操作にも熟達していることから、操念螺盤が発生させるエネルギー球…いわば不定形の操縦席コクピットともいうべき【結翔珠】が映し出す外部映像を視認する必要はなく、聖幻晶を通じて脳内に直接届けられる生気溢れるヴィジョンを知覚して絆獣バディと“同期”するのであった…従って特級操獣師ドゥルガーともなると、戦闘時においてほぼ全員が瞑目しているという…。

 誇り高き操獣師ドゥルガーとしての本能が命じるままに魔針を発射し続けるりさらは、その軌跡の果てに青い薔薇が次々と花開いてゆく様をありありと観ていた。

 棘蟹の体内深くに食い込んだ極細の超兵器が瞬時に摂氏3000度もの超高熱焔を噴き出し、忌まわしき刃獣の全てを焼き尽くす様相を、美しき操獣師の心眼はかくのごとく感得しているのであった。

 “麗翼光鵬”の異名に恥じない、141体存在する飛翔系絆獣中最も美しいとされる白き鳥神の両手首から全長2.4レクト(約180cm)に達する金色の筒カートリッジが同時に落下すると同時に、レオーランはようやく空中に静止した。残りの弾倉は左右3本ずつ、計600本の魔針が残されていることになる。

 眼下にはもはや一匹の標的トゲガニも残されてはおらず、青い薔薇も醜い残骸を溶かし尽くした後に、順を追って消滅してゆく…。
 建物もまばらな、人口密集地とは言い難い都市部における小規模な殲滅戦であったが、使用した兵器の性質上周辺への類焼は避け難く、事前の打ち合わせブリーフィング通り、直ちに消火活動を開始してくれた十数機のガートスの存在が有り難かった…あとは教率者バジャドクの指示通り、地下壕シェルターに避難しているはずの数百の教民の安全が全うされたことをねがうのみだ。

『ふう…おおかた2時間近く動きづめだったのかな…感覚を掴むためとはいえ随分魔針を無駄遣いしちゃった…でも、焔は刃獣てきに命中した時だけ噴き出すのが不幸中の幸いね…今に始まったことじゃないけど、無元造房の技術って本当に凄いわ…』

 薄いオレンジ色の、地上におけるアスファルトに相当する舗装材クァーチをはじめ、古式ゆかしい石造りの建築物の円屋根や尖塔に広範囲にわたって深々と突き立てられた金色に光る突起物を反省を込めて見下ろすりさらは、改めて聖団員が命を預ける“天響神エグメドの工匠たち”の力量に感嘆する。

『費やした魔針に対して、仕留めた刃獣はおよそ20匹…集団にならない限りは手強い相手じゃないんだからもっと精度を上げないと…それこそ隊長の言う通り2本くらいで決めないとね…』

「…どうやら、殆ど同時に“カニ狩り”をマスターしたようだね…何とも予期に反して、かなり手こずらしてくれたもんだが…ま、ここらへんがうちらが一卵性双生児●●●●●●と称される所以だわな…」

 黙想に耽っている際に決して聴きたいとは言いかねる、女ギャングを彷彿とさせるダミ声の不意打ちを受けたりさらは、台詞に含まれた単語の意味と相俟って複雑な表情を浮かべる。

「お疲れ様です…ええ、どうやらようやくコツを掴めたみたいで…このペースなら、教軍側の増援がない限り、棘蟹に関しては二、三日で決着ケリが着くんじゃないでしょうか?」

「──増援は無いよ」

 “伝説の殺戮姫”のあっさりとした断言に、神経をすり減らす戦闘が一段落したことで絆獣聖団員としての“根本的認識”を
一瞬とはいえ忘却してしまったことを萩邑りさらは強く恥じた。そう、これこそが神牙教軍の、いや鏡の教聖の戦法やりかたではなかったか?

「とにかく鏡の教聖アイツのつく吝嗇ケチだからね、一旦大規模攻勢を掛けた後は何日か思わせぶりな空白期間を措いた上で、十八番オハコの陰湿なテロ行為に戻るハズさ…それからはちょろちょろと小部隊の刃獣を突発的に投入して真綿で首を締め付けるようにじわじわと戦争の主導権を握っていく…もちろん、その間に侵攻する教界を内戦状態に陥らせるために甘言を弄して自軍のシンパを育て、ちゃっかりとそのボスとして執教士長とかいうおどろおどろしいポジションを贔屓の子分に与えてる…。

 ──ま、教界ところによっちゃあ多少のアレンジを加えてはいるがね…クックク…いや全く、ナントカの一つ覚えというか、進歩のないこったね…。だからカニ狩りが終わったら当面、操獣師うちらの出番はないよ…ここからは教軍超兵や糞テロリストどもを殴り殺したくてウズウズしてる錬装者スペンサー先生たちのプレイタイムさね…」

 ここで一旦言葉を切った竹澤夏月は愛弟子から異論が出ないのを確認した上で念話を再開するが、その声音は打って変わって尖ったものであった。

「ところで萩邑操獣師」

 心当たり●●●●のある一番弟子は神妙に応じる。

「はい、何でしょう?」

「──アンタさっき、あたしが一卵性双生児ってワードを発したらすかさず、しかもあからさまに“嫌悪の波動”を送って寄こしたね…!?」

「そんな、滅相もない…我ら[暁のドゥルガー]の頂点に君臨する竹澤先生と同一視●●●されるなんて、まさに女子の本懐。これ以上の光栄はありませんわ」

「まるで息を吐くようにいけしゃあしゃあと白々しい嘘をつくんじゃないよ…まさに“千三つ●●●のりさら”とはよく言ったもんだわ…アンタの発言中、真実は千回のうちたったの三度ありゃいい方だって意味よ…!大体ねえ、あの耄碌しかけたオカルト狂い兼ムッツリスケベジジイのバジャドクをたらし込んだぐらいで調子に乗るんじゃないよ」

 この想定外の痛烈な悪罵は、鬼隊長の容赦なき毒舌には慣れっこであったはずの優秀な部下にも深刻な打撃を与えた。

「ひどい…私がいつ嘘八百を並べました?それに海底宮殿あそこでいつ調子に乗ったっていうんですか⁉私はただ、聖団と凱鱗領ルドストンの友好の一助になればと微力を尽くしたまでです!」

 傍目には全く落ち度無き、虐げられし美しき後輩の涙ながらの抗弁を受け、竹澤夏月はニンマリと嗜虐的サディスティックな笑みを浮かべつつも相手にはっきりと聴こえるようにあからさまな舌打ちをかました。

「ちっ…これだから“カオだけで生きてる女”はイヤなのさ…ちょっと図星を突っつかれるとすぐにベソかいておヒス起こすんだからねえ…じゃあ萩邑、アンタとあたしが何でほぼ同時に魔針命中に成功しはじめたのか、その理由を言ってごらん!」

 もはや理不尽極まる言いがかりとしか思えぬ詰問に、堪忍袋の緒が切れたりさらは怒りの沈黙で応じるが、この反応を予期していた殺戮姫は更なる追撃をかける。

「──アンタ、耳が無いのかい?それともこれらは全て、“ブスな上司のクソ醜い嫉妬”と決めつけて鼻でわらってダンマリを決め込んでるのかねえ?

 言っとくけど、あたしは“操獣師ドゥルガーの長”として、部下がいかなる精神状態で戦闘に臨んでいるのか把握しておく必要があるんだよ──誰一人、この何の因果で巻き込まれたか皆目不明の“愚劣極まる異界ラージャーラの戦争”で死なせないためにね…!」

 



 



 
 
 
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