凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第1章 異空の超戦者たち

海の教界、開戦す②

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 入室した教率者の異変を真っ先に察知したのは“異界の盟友”である玉朧拳師であった。
  
「いかがなされた、バジャドク殿どの?顔色がすぐれぬようにお見受けするが?」

 …今ほどこの畏友の知見を必要としている時はない、と判断した教率者は執務室での怪異の全てを卒直に打ち明けたのであったが、相手の反応は意外なほどに平静であった。

「やはり…この海底の牙城も完全無欠の要塞ではなかったという訳ですな…しかしその摩麾螺マキラなる龍坊主が自ら宮殿ここに潜入しているか否かは別として、海龍党の魔手が既に這い込んでいるのが事実である以上、もはや我々の行動半径全てが“戦場”である訳だ…そして間違いなく錬装者スペンサー達は死霊島メッズへ直行する心算つもりでしょう…闘争本能の権化ともいうべき彼らにそれ以外の選択肢は有り得ぬからです…それに敢えて危地に乗り込むことで棘蟹に対する決定的情報を探り出そうとしているのかも知れない…だがそれも無理からぬ所でしょう、聖団の最強存在である飛翔系絆獣たちのかつてない狼狽ぶりを目の当たりにしては…!」

 教率者も意見は同じらしく、深く頷きつつも苦衷に満ちた表情のままで室中央の漆黑の鱗椅子に着席する。

「いずれにせよ、“界難”は予想以上の速度で進行している…打開し、好転させるには何よりもルドストンが一つにならねばならぬ…ところでロゼムス公?」

「はっ」

 現在、直径50レクト(約37.5m)の円形の司令室に詰めている21名の中で唯一の民間人でありながら“特任監制官”として全指揮系統への直接関与を赦された天才技術者は、バジャドクが陣取った総司令席をぐるりとめぐるコンソール・リングの一角から緊張した面持ちを向ける。
 技術畑というよりは寧ろ表舞台で脚光を浴びるに相応しい整った面立ちは理想的な形で息子ユグマに受け継がれているが、荒々しい気風の港町の路上において幾多の喧嘩沙汰を繰り返しながら町の道場に入り浸り、日々の鍛錬に余念のない若き獣とは真逆の華奢な体軀は彼が生粋の“頭脳人間”であることを証していた。
 
「一つ頼みがあるのだが…私の正面のスクリーンに“死霊島メッズ”の俯瞰映像をしばらく固定してほしいのだ」

「メッズですか…かしこまりました。ですがあそこからは絶えず監視衛星妨害電波が放射されておりますのでしばらくお待ち下さい…」

 天才技術者ロゼムスにかかればコンソールに一切手を触れることなく凱鱗領内のあらゆる映像は瞬時にメインスクリーン上に現れるのだが、ラージャーラ屈指の魔窟である海龍党の本拠地だけは別物らしく女性的な指先は盤上で複雑な動作を開始する。
 それまで萩邑りさらレオーランの苦闘を映し出していた最大面積の画面がたっぷり0.3アロス(約1分間)の間、100枚の群青色に輝く楕円形の鱗で縁取られた流麗な白い渦巻き…即ちルドストンの紋章に切り替わった後にようやくメッズ島それは現れた。

「いつ見ても不吉な…まさしく“死霊島”以外の形容は有り得ぬ魔境であるわ…拳師もそう思いませぬかな?」

 バジャドクの感慨はともあれ、広大な面積を有するであろうその孤島が上空から見下ろす者全てに悪寒すら催させる不吉な外観を備えていることは疑問の余地はなく、その“不動心”と入神の体術が排他性の権化のような統衛軍の精鋭たちにさえ信奉者を増やしつつある玉朧拳師ですらもが、メッズ全体から立ち昇る邪悪極まる殺気に口許を引き締める。

「まさに、見つめ続けるだけで精気を奪われてゆきそうですな…しかもご丁寧にも死霊の口の部分は巨大な湖ときている…おっ、そこ●●から何かが這い出して来ましたぞ!」

 ラージャーラ全界の隷属化を目論み、野望の成就に驀進する鏡の教聖がたかが一孤島の形状そのものを変形させるという酔狂に興じたとは考えにくく、髪振り乱した悪鬼のごとき外縁はありのままの自然の悪戯なのであろうが、発見の際には自軍の要衝アジトとして最適なりとさぞやほくそ笑んだことであろう…だが、そこに蠢くもの●●●●は全て、“彼”の魔手に触れられざるは無きはずではなかろうか?すると、この“何か”もまた…⁉

「あれは大海蛇か?いや、違うな…怪しく蠢く円筒状の形体ではあっても、あれ●●は先端が細く尖っている…おっ、湖面を破って複数現れたぞ!ロゼムス公よ、もっと拡大してくれんか?」

「…了解しました」

 角度アングルさえ決まれば操作盤コンソールに手を触れる必要はないのか、天才技師の返答と同時に“死霊島メッズの怪物”は目まぐるしく運動する醜悪なぬらつく赤黒い皮膚を観察者に晒すが、そこにはメレゼスやヴェセアムに取り付けられたそれ●●もかくやと思わせる巨大な吸盤が悪夢の規則正しさで生え出ているではないか!
 だがここで魔物自身か或いは操者が“異変”を察知したか、少なくとも5本は飛び出していた化物は豪快な飛沫しぶきを残しつつ一斉に湖底へと姿を消してしまった。
 
「ぬう…“蟹”の次には“蛸”が控えているという訳か…しかも触手の先端を一瞥しただけでもその巨きさサイズが未曾有であることは疑いがない…鏡の教聖め、明らかに“刃獣製造能力”をアップさせたものと見える…やれやれ、一難去らずして更なる難局来たるか…」

 嘆息と共に、メインスクリーンの左右の画面に映し出された夏月ギャロードりさらレオーランの戦闘風景に目を走らせた玉朧だが、その両眼が一瞬にして見開かれ、歓喜の叫びが放たれた!

 「おお…見なされバジャドク殿!さすがは最強師弟コンビだけのことはある!どうやら棘蟹撃破には目処メドがつきつつあるようですぞ!!」

 まさしく、あれほどまでに棘蟹ターゲットの“狂舞”に翻弄されていた夏月とりさらの動きは交戦直後とは明らかに変化し、元来、他の操獣師ドゥルガーたちを圧倒していたスピードはそのままに、発射する魔針のことごとくが命中しているではないか!

「むう…絆獣の挙動が格段に鋭さを増したな!…レオーランりさらなどまるで白い稲妻ではないか…何と美しい…そしてギャロード夏月の鬼気迫る乱舞…見事だ、これほどにも早く邀撃の要諦コツを掴むとは!!」

 



 

 








 

 
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