18 / 94
第1章 異空の超戦者たち
海の教界、開戦す②
しおりを挟む
入室した教率者の異変を真っ先に察知したのは“異界の盟友”である玉朧拳師であった。
「いかがなされた、バジャドク殿?顔色がすぐれぬようにお見受けするが?」
…今ほどこの畏友の知見を必要としている時はない、と判断した教率者は執務室での怪異の全てを卒直に打ち明けたのであったが、相手の反応は意外なほどに平静であった。
「やはり…この海底の牙城も完全無欠の要塞ではなかったという訳ですな…しかしその摩麾螺なる龍坊主が自ら宮殿に潜入しているか否かは別として、海龍党の魔手が既に這い込んでいるのが事実である以上、もはや我々の行動半径全てが“戦場”である訳だ…そして間違いなく錬装者達は死霊島へ直行する心算でしょう…闘争本能の権化ともいうべき彼らにそれ以外の選択肢は有り得ぬからです…それに敢えて危地に乗り込むことで棘蟹に対する決定的情報を探り出そうとしているのかも知れない…だがそれも無理からぬ所でしょう、聖団の最強存在である飛翔系絆獣たちのかつてない狼狽ぶりを目の当たりにしては…!」
教率者も意見は同じらしく、深く頷きつつも苦衷に満ちた表情のままで室中央の漆黑の鱗椅子に着席する。
「いずれにせよ、“界難”は予想以上の速度で進行している…打開し、好転させるには何よりもルドストンが一つにならねばならぬ…ところでロゼムス公?」
「はっ」
現在、直径50レクト(約37.5m)の円形の司令室に詰めている21名の中で唯一の民間人でありながら“特任監制官”として全指揮系統への直接関与を赦された天才技術者は、バジャドクが陣取った総司令席をぐるりと周るコンソール・リングの一角から緊張した面持ちを向ける。
技術畑というよりは寧ろ表舞台で脚光を浴びるに相応しい整った面立ちは理想的な形で息子に受け継がれているが、荒々しい気風の港町の路上において幾多の喧嘩沙汰を繰り返しながら町の道場に入り浸り、日々の鍛錬に余念のない若き獣とは真逆の華奢な体軀は彼が生粋の“頭脳人間”であることを証していた。
「一つ頼みがあるのだが…私の正面のスクリーンに“死霊島”の俯瞰映像をしばらく固定してほしいのだ」
「メッズですか…かしこまりました。ですがあそこからは絶えず監視衛星妨害電波が放射されておりますのでしばらくお待ち下さい…」
天才技術者にかかればコンソールに一切手を触れることなく凱鱗領内のあらゆる映像は瞬時にメインスクリーン上に現れるのだが、ラージャーラ屈指の魔窟である海龍党の本拠地だけは別物らしく女性的な指先は盤上で複雑な動作を開始する。
それまで萩邑りさらの苦闘を映し出していた最大面積の画面がたっぷり0.3アロス(約1分間)の間、100枚の群青色に輝く楕円形の鱗で縁取られた流麗な白い渦巻き…即ちルドストンの紋章に切り替わった後にようやくメッズ島は現れた。
「いつ見ても不吉な…まさしく“死霊島”以外の形容は有り得ぬ魔境であるわ…拳師もそう思いませぬかな?」
バジャドクの感慨はともあれ、広大な面積を有するであろうその孤島が上空から見下ろす者全てに悪寒すら催させる不吉な外観を備えていることは疑問の余地はなく、その“不動心”と入神の体術が排他性の権化のような統衛軍の精鋭たちにさえ信奉者を増やしつつある玉朧拳師ですらもが、メッズ全体から立ち昇る邪悪極まる殺気に口許を引き締める。
「まさに、見つめ続けるだけで精気を奪われてゆきそうですな…しかもご丁寧にも死霊の口の部分は巨大な湖ときている…おっ、そこから何かが這い出して来ましたぞ!」
ラージャーラ全界の隷属化を目論み、野望の成就に驀進する鏡の教聖がたかが一孤島の形状そのものを変形させるという酔狂に興じたとは考えにくく、髪振り乱した悪鬼のごとき外縁はありのままの自然の悪戯なのであろうが、発見の際には自軍の要衝として最適なりとさぞやほくそ笑んだことであろう…だが、そこに蠢くものは全て、“彼”の魔手に触れられざるは無きはずではなかろうか?すると、この“何か”もまた…⁉
「あれは大海蛇か?いや、違うな…怪しく蠢く円筒状の形体ではあっても、あれは先端が細く尖っている…おっ、湖面を破って複数現れたぞ!ロゼムス公よ、もっと拡大してくれんか?」
「…了解しました」
角度さえ決まれば操作盤に手を触れる必要はないのか、天才技師の返答と同時に“死霊島の怪物”は目まぐるしく運動する醜悪なぬらつく赤黒い皮膚を観察者に晒すが、そこにはメレゼスやヴェセアムに取り付けられたそれもかくやと思わせる巨大な吸盤が悪夢の規則正しさで生え出ているではないか!
だがここで魔物自身か或いは操者が“異変”を察知したか、少なくとも5本は飛び出していた化物は豪快な飛沫を残しつつ一斉に湖底へと姿を消してしまった。
「ぬう…“蟹”の次には“蛸”が控えているという訳か…しかも触手の先端を一瞥しただけでもその巨きさが未曾有であることは疑いがない…鏡の教聖め、明らかに“刃獣製造能力”をアップさせたものと見える…やれやれ、一難去らずして更なる難局来たるか…」
嘆息と共に、メインスクリーンの左右の画面に映し出された夏月とりさらの戦闘風景に目を走らせた玉朧だが、その両眼が一瞬にして見開かれ、歓喜の叫びが放たれた!
「おお…見なされバジャドク殿!さすがは最強師弟コンビだけのことはある!どうやら棘蟹撃破には目処がつきつつあるようですぞ!!」
まさしく、あれほどまでに棘蟹の“狂舞”に翻弄されていた夏月とりさらの動きは交戦直後とは明らかに変化し、元来、他の操獣師たちを圧倒していたスピードはそのままに、発射する魔針の悉くが命中しているではないか!
「むう…絆獣の挙動が格段に鋭さを増したな!…レオーランなどまるで白い稲妻ではないか…何と美しい…そしてギャロードの鬼気迫る乱舞…見事だ、これほどにも早く邀撃の要諦を掴むとは!!」
「いかがなされた、バジャドク殿?顔色がすぐれぬようにお見受けするが?」
…今ほどこの畏友の知見を必要としている時はない、と判断した教率者は執務室での怪異の全てを卒直に打ち明けたのであったが、相手の反応は意外なほどに平静であった。
「やはり…この海底の牙城も完全無欠の要塞ではなかったという訳ですな…しかしその摩麾螺なる龍坊主が自ら宮殿に潜入しているか否かは別として、海龍党の魔手が既に這い込んでいるのが事実である以上、もはや我々の行動半径全てが“戦場”である訳だ…そして間違いなく錬装者達は死霊島へ直行する心算でしょう…闘争本能の権化ともいうべき彼らにそれ以外の選択肢は有り得ぬからです…それに敢えて危地に乗り込むことで棘蟹に対する決定的情報を探り出そうとしているのかも知れない…だがそれも無理からぬ所でしょう、聖団の最強存在である飛翔系絆獣たちのかつてない狼狽ぶりを目の当たりにしては…!」
教率者も意見は同じらしく、深く頷きつつも苦衷に満ちた表情のままで室中央の漆黑の鱗椅子に着席する。
「いずれにせよ、“界難”は予想以上の速度で進行している…打開し、好転させるには何よりもルドストンが一つにならねばならぬ…ところでロゼムス公?」
「はっ」
現在、直径50レクト(約37.5m)の円形の司令室に詰めている21名の中で唯一の民間人でありながら“特任監制官”として全指揮系統への直接関与を赦された天才技術者は、バジャドクが陣取った総司令席をぐるりと周るコンソール・リングの一角から緊張した面持ちを向ける。
技術畑というよりは寧ろ表舞台で脚光を浴びるに相応しい整った面立ちは理想的な形で息子に受け継がれているが、荒々しい気風の港町の路上において幾多の喧嘩沙汰を繰り返しながら町の道場に入り浸り、日々の鍛錬に余念のない若き獣とは真逆の華奢な体軀は彼が生粋の“頭脳人間”であることを証していた。
「一つ頼みがあるのだが…私の正面のスクリーンに“死霊島”の俯瞰映像をしばらく固定してほしいのだ」
「メッズですか…かしこまりました。ですがあそこからは絶えず監視衛星妨害電波が放射されておりますのでしばらくお待ち下さい…」
天才技術者にかかればコンソールに一切手を触れることなく凱鱗領内のあらゆる映像は瞬時にメインスクリーン上に現れるのだが、ラージャーラ屈指の魔窟である海龍党の本拠地だけは別物らしく女性的な指先は盤上で複雑な動作を開始する。
それまで萩邑りさらの苦闘を映し出していた最大面積の画面がたっぷり0.3アロス(約1分間)の間、100枚の群青色に輝く楕円形の鱗で縁取られた流麗な白い渦巻き…即ちルドストンの紋章に切り替わった後にようやくメッズ島は現れた。
「いつ見ても不吉な…まさしく“死霊島”以外の形容は有り得ぬ魔境であるわ…拳師もそう思いませぬかな?」
バジャドクの感慨はともあれ、広大な面積を有するであろうその孤島が上空から見下ろす者全てに悪寒すら催させる不吉な外観を備えていることは疑問の余地はなく、その“不動心”と入神の体術が排他性の権化のような統衛軍の精鋭たちにさえ信奉者を増やしつつある玉朧拳師ですらもが、メッズ全体から立ち昇る邪悪極まる殺気に口許を引き締める。
「まさに、見つめ続けるだけで精気を奪われてゆきそうですな…しかもご丁寧にも死霊の口の部分は巨大な湖ときている…おっ、そこから何かが這い出して来ましたぞ!」
ラージャーラ全界の隷属化を目論み、野望の成就に驀進する鏡の教聖がたかが一孤島の形状そのものを変形させるという酔狂に興じたとは考えにくく、髪振り乱した悪鬼のごとき外縁はありのままの自然の悪戯なのであろうが、発見の際には自軍の要衝として最適なりとさぞやほくそ笑んだことであろう…だが、そこに蠢くものは全て、“彼”の魔手に触れられざるは無きはずではなかろうか?すると、この“何か”もまた…⁉
「あれは大海蛇か?いや、違うな…怪しく蠢く円筒状の形体ではあっても、あれは先端が細く尖っている…おっ、湖面を破って複数現れたぞ!ロゼムス公よ、もっと拡大してくれんか?」
「…了解しました」
角度さえ決まれば操作盤に手を触れる必要はないのか、天才技師の返答と同時に“死霊島の怪物”は目まぐるしく運動する醜悪なぬらつく赤黒い皮膚を観察者に晒すが、そこにはメレゼスやヴェセアムに取り付けられたそれもかくやと思わせる巨大な吸盤が悪夢の規則正しさで生え出ているではないか!
だがここで魔物自身か或いは操者が“異変”を察知したか、少なくとも5本は飛び出していた化物は豪快な飛沫を残しつつ一斉に湖底へと姿を消してしまった。
「ぬう…“蟹”の次には“蛸”が控えているという訳か…しかも触手の先端を一瞥しただけでもその巨きさが未曾有であることは疑いがない…鏡の教聖め、明らかに“刃獣製造能力”をアップさせたものと見える…やれやれ、一難去らずして更なる難局来たるか…」
嘆息と共に、メインスクリーンの左右の画面に映し出された夏月とりさらの戦闘風景に目を走らせた玉朧だが、その両眼が一瞬にして見開かれ、歓喜の叫びが放たれた!
「おお…見なされバジャドク殿!さすがは最強師弟コンビだけのことはある!どうやら棘蟹撃破には目処がつきつつあるようですぞ!!」
まさしく、あれほどまでに棘蟹の“狂舞”に翻弄されていた夏月とりさらの動きは交戦直後とは明らかに変化し、元来、他の操獣師たちを圧倒していたスピードはそのままに、発射する魔針の悉くが命中しているではないか!
「むう…絆獣の挙動が格段に鋭さを増したな!…レオーランなどまるで白い稲妻ではないか…何と美しい…そしてギャロードの鬼気迫る乱舞…見事だ、これほどにも早く邀撃の要諦を掴むとは!!」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。

学年揃って異世界召喚?執行猶予30年貰っても良いですか?
ばふぉりん
ファンタジー
とある卒業式当日の中学生達。それぞれの教室でワイワイ騒いでると突然床が光だし・・・これはまさか!?
そして壇上に綺麗な女性が現れて「これからみなさんには同じスキルをひとつだけ持って、異世界に行ってもらいます。拒否はできません。ただし、一つだけ願いを叶えましょう」と、若干頓珍漢な事を言い、前から順番にクラスメイトの願いを叶えたり却下したりと、ドンドン光に変えていき、遂に僕の番になったので、こう言ってみた。
「30年待ってもらえませんか?」と・・・
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→
初めて文章を書くので、色々教えていただければ幸いです!
また、メンタルは絹豆腐並みに柔らかいので、やさしくしてください。
更新はランダムで、別にプロットとかも無いので、その日その場で書いて更新するとおもうのであ、生暖かく見守ってください。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる