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第1章 異空の超戦者たち

操獣少女の生活環境②

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「雪英、行けっ!」

 予期せざる闖入者ベルガーのこれ以上の狼藉を阻止すべく、玉朧拳師は愛弟子に指令を発したが、現段階の坂巻 雪英の習熟度では錬装完了にたっぷり十秒は要する…その間隙を星拳鬼會のホープは“念動手裏剣”ともいうべき円琳剣によって埋めようと一瞬目論むが、“餓狼の化身”を自称する、錬装者屈指とされるベルガーの驚異的な反射神経を考慮すれば至近距離での飛び道具はあまりにも危険であり、一歩間違えば、分厚い鋼板も紙のように寸断する超刃は竹澤夏月をバラバラにしてしまいかねない、と思い留まる。
 
 ──さて、錬装開始と同時に錬装者の肉体は錬装磁甲と同色の光彩に包まれるのであるが、熟達者であるほどこの“色卵カラーエッグ”と操獣師達から揶揄される時間は短縮出来、逆にまばゆい光の奔流によって殆ど視界を閉ざされる絶対不利の状態においても、あえてこの光を武器とした攻撃を仕掛け得るという…。
 
 当然ながら雪英や悪友・雷堂 玄はその“域”には達しておらず、錬装完了まで不動の体勢を維持することを師から厳命されていた…。
 
 かくてまばゆい純白の色卵状態となった雪英だが、その傍らに漆黒のそれ●●が出現している…雷堂 玄もまた錬装状態に入ったのだ!
 
 銀と黒の光の粒子がぶつかり合い、結合しあって徐々に人型の形状を成しつつ、複雑極まる細部ディテイルが彫琢されてゆく。
 
 僅差で錬装完了した城 雪英の錬装磁甲は、錬装前の彼からは想像し得ない魁夷な“機体”であり、最も近しいのは仏教を守護する十二神将の一尊〈伐折羅バサラ〉であろうか?だがその“貌”はより静的な、瞋恚というよりは端正さを印象付ける意匠デザインとなっている。

「──おっと、そうはいかねえぜ!」

 今まさに駆け出そうとした刹那、白い麗鬼は闇から出現したかのような漆黒の鋼人に羽交い絞めされていた!

「今だ、Herr・ベルガー!」

 思わぬ?援軍に銀狼も敏感に呼応する。

Dankeサンキュー!ゲン!!」

 “竹澤夏月メインディッシュは後のお楽しみ”とばかりにとりあえず殺戮姫を背面の壁に叩きつけたベルガーは、右下腕から出現した凶々しい長さ60センチ、最大幅30数センチにも及ぼうかという“スペード型ブレード”を振りかざして突進する。

「玄、きさまっ、雪英ともを裏切るかっ⁉」

 鼓膜を震わす星拳鬼會“後見人”の怒声にも些かも怯まず、反逆の悪童は銀狼と瓜二つの鮮血色の耀眼を向けつつ殺意の絶叫を爆発させる。

「うるせえ!このドチビハゲがッ!!言っとくがな、雪英コイツを仲間と思ったことなんかただの一度もねえよ!てめえもすぐにその耄碌頭を叩き割ってやっから、今のうちに念仏でも唱えてろや!」

「そうだゲン、その調子だ!とりあえず監査室ここにいる邪魔者を抹殺したら、君を皇帝狼に幹部待遇で迎えることを約束するぞ!」
 
 坂巻雪英ターゲットの喉笛に魔獣の爪をあと3レクトまで接近させつつベルガーが叫ぶ。

「そいつはありがてえと言いてえが、いつまでもガキくせえチームごっこじゃつまんなくね?新しい酒は新しい杯に満たそうじゃねえかベルガーさん!俺とアンタで絆獣聖団でも神牙教軍でもねえ新組織を立ち上げるのさ!憧憬あこがれ鏡の教聖カレン様の眼前でよ!!」

 衰えを知らぬ卓越した反射神経によって咄嗟の受け身を取り、骨折等は免れたものの額に浅からぬ裂傷を負った夏月は紅く染まる視界の彼方に“馬鹿な子ほど可愛いもの”とばかりに玄らを慈愛に満ちた眼差しで見下ろす鏡の教聖カレンを確認したが、次の刹那には異様な咆哮と共に襲来した名状しがたい形状の巨大な塊に眼前を覆われたと認識、間髪を容れずかつて味わったことのない、心骨まで達する灼けるような激痛に全身を貫かれて冷たい床に崩れ落ち、それでも収まらぬ執拗極まる刺突の嵐に晒されるのであった…そして組織に多大の影響力を有する大物であるにもかかわらず、ただの一語のダイイングメッセージすら告げる相手もいとまも無いままに、その意識は未来永劫、暗黒に閉ざされてしまったのである!

「きっきっきっ、だから錬装者は“のろまなロボット”ってバカにされんのよ!…ダンケシェーン、Herr・ベルガー!“俗なる私闘は聖なる死闘の完遂後に為すべし”
操獣師われわれの聖典”《ドゥルガー・プリンシプル》第20項に従って、獲物は確かに頂いたわ、きっきっきっ、どうもご馳走さま♡」

 狡猾さを絵に描いたような狐ヅラとフォックスカラーのジャンプスーツをどっぷりと鮮血に染め、かつての“絶対的上司”の躰を弑獣爪で抉ること21回に及び、最後に深々と凶刃を突き立てた臍下をグリグリと捻じりつつ嘯く、いかなる教軍超兵よりも不気味な瘴気に包まれたおかっぱ頭率いる十数名の呪われし反逆者たちはやがて標的の絶息の確認と共に引き抜いた血塗られし刃を称賛を求めるかのように鏡の教聖カレンに掲げ、彼女は満面の笑みと拍手で聖団員こどもたちの“壮挙”を讃えるのであった…。

 錬装磁甲の超集音機能によって聴き取った歓迎すべからざる情報を受け、絶対的優勢から来る傲りか、ヘルムート=ベルガーは思わず後方を振り返り、憤怒の形相で舌打ちする。

「全く…こすっ辛いだけが取り柄の穢らわしい溝鼠ドブネズミどもめ…まあいい、精神的にも肉体的にも、紳士であるオレでは到底与え得ないほどのえげつない苦痛を味わいながらくたばったと思えば諦めもつく…」

「…夏月…君ほどの戦士がこんなにも呆気なく…しかもあれほど戦死者を出さぬことに腐心し、聖団員の生命維持に尽力してきた君が…あろうことか黄泉への先陣をこのような無惨極まる形で切ることとなろうとは…一体、何という皮肉な運命なのか…」

 さしもの賢者もこの衝撃的事態に心の整理が追いつかぬのか、夏月のむくろに哀惜というよりもむしろ茫然自失の眼差しと呟きを手向けるのみである…。

「何やら妙な感傷に耽っておられるようですが、御自身の運命も同様であることをお忘れなく…!」

 文字通り最悪の形で伝説を閉じた殺戮姫を偲ぶかのように無念の表情で瞑目した玉朧拳師の喉元に、背後に立った臙脂色の西洋甲冑がベルガーと同じ右下腕から発出させ、長さも銀狼の【覇裂皇爪】と同程度の二等辺三角形の赤い刃=CBK戦士常装の【トライアングル・ソード】を突き付けつつ、警告する。

「──わしはもう、錬装磁甲を返上した身…何を怯える?そんなザマでは、“悪漢騎士”の看板が泣くぞ」

 刃の主が最強錬装者スペンサーの脇に陣取っていたCBKメンバーであることは明白だが、抑えきれぬ興奮か或いは緊張からか小刻みに震える鋭刃に薄皮を傷付けられながらも、こと自身の危殆●●●●●に対しては聖団屈指の賢哲と称される日本人拳法家の声音は深山のごとく静穏である。

 その一員であることを何よりの栄誉とするチーム名をあげつらわれた
マイク=ローデスは、持ち前の冷徹さを取り戻したか、錆びた声音で語りかける。

「確かに、5年前に指導部入りしたあなたは《絆の掟》に従って錬装能力を喪失した──それは誰もが知っている…だが、その左腕がそれに代わる能力を秘めていることもまた、全錬装者周知の事実なのだ!」

「──この“生活補助具”にそんな尾鰭が付いていたとは、全く意外だったな…」

「この期に及んでつまらぬ虚言を弄するとは…このような愚劣な存在が統べる星拳鬼會チームと誇り高きCBKを統合しようとは、先程、聖団長様が私だけに囁いて下さったお陰で判明したように、どうやらわが総帥スペンサーの精神はかなり以前から錯乱状態にあったに違いない…!

 ──やはり啓示メッセージに従って、スペンサーを排除した新生CBKは私が指導するしかないようだ…!」

 この傲岸な狂気の独白を受け、鏡の教聖てきの手口の一端を垣間見た玉朧は無二の戦友の無念の死を一瞬忘れて皮肉な笑みを浮かべる。

「なるほどな…一見全員に等しく語りかけているように見えるが、内実は個々人に合わせ、千差万別の妄言を与えている訳か…」

 一見しただけでは全く生身のそれと見分けのつかない彼の左腕の肘から先は、5年前の引退の直接の原因となった〘ミッション173〙、ルドストン凱鱗領における現在に至るまで終結を見ない“レシャ大港攻防戦”において、“空の岩眼魔”、“陸の虹ミイラ”に並び称される“海の教軍超兵”龍坊主が目論んだ教率者暗殺計画に立ち塞がった死闘の勝利の代償として喪われ、傷口にはこれまでの二十有余年における聖団への貢献を讃える意味でも無元造房が技術の粋を結集した高性能義手が装着されたのであった…そしてその“勲章”が実は錬装磁甲に匹敵する超兵器であることが証明されたのは奇しくも2年後、伝説の殺戮姫“最終輪舞曲ロンド”においてであったのである。
 
 ──竹澤夏月が駆る、彼女の他には操獣どころか融魂すら不可能とされた、長らく最強の座に君臨した般若の貌を持つ“地獄絆獣”ギャロードもまた通算46ミッションに渡ってラージャーラに蟠踞する幾多の教界を重複しつつ駆け巡った歴戦の疲弊ダメージによって既に玉座を“最後の聖団長カレン”肝煎りの超新星・ジェニファーと彼女が言う所の“唯一の戦友”リジルガに明け渡しており、夏月&ギャロードは師の花道を飾らんがため集結した萩邑りさらを筆頭とする愛弟子たちを引き連れ、攻防戦ミッションが収束するどころか時を追って激化する一方の玉朧拳師“因縁の地”ルドストンに決定的なくさびを打ち込むべく出撃したのであった!
 

 



 
 




 

 

 

 


 


 
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