凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第1章 異空の超戦者たち

愛華領魔闘陣⑧

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 弓葉が微妙に視線を外した瞬間、ジェニファーはドリィをじろりと一瞥してのたまった。
 
「ところで、あの衛門は教令部直結なんだろ?なのに何でこんな所に降りて来たんだい?」

 最強操獣師の威圧感は次元の壁も超えるのか、ティリールカの水先案内人もまたびくりと全身を揺るがせながら慌てて返答する。

「あ、申し訳ありません!実は監査室は中央からかなり“外側”にありまして──ここから伝霊車で向かいます」

 その言葉を待っていたかのように、黄金色のひときわ流麗な意匠の機体が5人の前に滑り込んで来た。
 
 “想念によって駆動する”その特性を裏付けるように無人状態で。
 長さはおよそ6レクト、幅は3レクトはあり、10人は十分乗れる中型車だ。
 
 伝霊車にはドアはなく、搭乗を察した●●●●●●機体の側面が瞬時に手前に倒れ、完了と同時に閉じられるのであった。
 
 最前席にはステアリングなどではなく2本のレバーが突き出しているが、それは機を操るためではなく、操縦者の躰の安定のために設置されているものらしい。
 
 当然ながらそこにはドリィが着座し、3列ある客席の1列目には弓葉と真悠花が並び、最後列にはりさらを抱いたメデューサが立ったまま●●●●●陣取る。
 
「では…」

 三次元世界のどんなEVビークルよりも静かに発進した伝霊車は想像以上に速く、わずか十数秒で空間の中央部に聳え立つ、淡い白光に包まれ地表から地下都市の最低部まで達する巨大な円筒形の建造物の、無数に存在する入口の一つに到着した。
 
 そして、そこで彼女らを待ち構えていたのは、ジェニファーを凌駕するほどの、あたかもマホガニー材を連想させる濃褐色の肌に和風な意匠の紫のジャンプスーツを纏い、紫水晶アメジスト製かと想わせるスクエア型サングラスを掛けた金髪の中年女性と、2体の“機械人”を従えたラージャーラ人の青年であった。
 
 伝霊車から降り立った二人の若年操獣師は金髪女性の前で直立不動となり、その緊張ぶりはドリィに奇異の念を抱かせるほどであったが、緑衣の戦鬼の敬意に満ちた態度は更なる驚きであった。

「総指揮者直々のお出迎えとは光栄ですが、現在はまさに非常事態。久闊を叙すのは《ドゥルガープリンシプル》第3項に則り任務後として、とりあえず敵軍の斥候とやらを拝見させていただきましょうか?」

 この人物がいかなる修羅場を潜り抜けてきたか──一瞥にして痛感させるのは、右目尻からほぼ縦一文字に顎下まで深く刻み込まれた刃物傷である。それによって竹澤夏月の貌の右半分は常に痙攣しているかに見えたが、そこに更なる“破断”が生じた──つまり彼女は微笑わらったのである。

「相変わらず単刀直入がモットーのようで大いに結構…個人的にもアンタのそういう所を大いに買っている、はずだったんだけどねえ…ジェニファー、お前さん何血迷ってんのよ?さっきから我がチームドゥルガーの大事な華たるアイドル連に立て続けにオイタ●●●しちゃってさ」

 予想通りの先制パンチに苦笑するメドゥーサであったが、間髪入れず看過できないポイントを指摘する。

「我がチーム、ですって?確かにリサラはメンバーですけど、マユカは歩み始めたばかりのベイビーですよ?……それとも何か不可解な理由を付けて強弁されるならそれは同胞ゆえの贔屓目と判断せざるを得ませんが……それにさっきからの私の行動に悪ふざけの要素は1%も含まれないことを断言しておきます」

「ならばなおさら、これ以上ハギムラ様をあなたの手に委ねておくわけにはいきませんね…!」

 絆獣聖団を代表する戦鬼2名の不穏な会話に、遠慮がちどころか苛立たしげに割って入った美青年…ティリールカ愛華領の頂点に立つ教率者にしてラージャーラ屈指の名医でもあるシーオ=メギンの子息で気鋭の薬創士・ゼドは、メデューサに見劣りせぬ体躯に彼の職業の象徴であるクリーム色のローブをまとい、該教界民の特徴である優しい貌立ちも相俟って攻撃的な印象はない。

 されど医療従事者特有の生命の神秘に立ち向かう者の気迫に満ちているためか、緑の魔女に決して位負けしてはいなかった。
 
 そして主の意向を汲み取ったのであろう、進み出た全身銀色の無表情な機械人が直径3センチほどの円筒形の腕を計4本差し伸べ、ジェニファーからりさらを奪い取らんとする。

「──これは一体、なんのマネだい?」

 メデューサが“本気”になった時のみ発する戦闘態勢の野獣の唸りを彷彿とさせる低い声音……彼女を知らずとも恐怖なしに聴けぬ問いをティリールカ愛華領“未来の
指導者”は顔色一つ変えず黙殺した。

「早くハギムラ操獣師を[医門機]に──言っておきますが、抵抗される場合は《ドゥルガープリンシプル》第11項に抵触したとして当教界の定めた処罰の対象となることを申し添えておきます」

 誇り高きメンバーにとって、己が生命を賭しても信奉すべき“聖なる行動原理”──その名称を、守護すべき存在とはいえ無関係の異界人に振りかざされた……それだけでメデューサの全身から毒々しい殺気が、あたかもどす黒い焔のように吹き上がるのを弓葉と真悠花はまざまざと観た●●

「このジェニファー=クリストファーが、“雇い主”とはいえ機械の陰に隠れて人に指図する腰抜けの命令に従うと思ったら…」

 緑の妖鬼の罵言を中断させたのは逆立つ金髪を撫でつけながら“しゃあねえな”という風情で割って入った総指揮者であった。

「そこまでだよジェニファー。

 ドクター・ゼドの今の言葉に逆らうっていうんなら、あたしはアンタを処分せざるをえない…アンタがさっき、萩邑にやったこと自体が“原則プリンシプル”第7項にモロに違反してるんだから言い訳は出来んわな、え?」

 メデューサは標的たるゼドから殺気に満ちた目線を外すことなく、絶対服従すべき上官に反論した。

「……《プリンシプル》は確かに操獣師にとって最重要の行動指針ですが、ね……それも時と場合によりけり…特に私のような“本能崇拝者”にとっては…!」

 竹澤夏月は太いため息を吐き出し、心底から失望したとばかりに慨嘆した。

「とことん進歩がないねえ…あたしは今度の戦いで聖団初の戦死者が出る予感がして夜も寝られないんだが、どうやらそれはおまえのようだね‼」

 夏月の声音からただならぬ気配を察していたジェニファーは自己防衛のアクションを起こそうと全身の筋肉に指令を発したが、使えるのは足技のみ──かつて“殺戮姫”と敵味方から畏怖された総指揮者の動きを制しきれるはずもなく、神速で掴まれた緑の小蛇ドレッドヘアの束は凄まじい力で下方へ引っ張られ、ほぼ直角に上体を折り曲げられた緑の戦鬼の喉元には刃渡り30センチをゆうに超える軍用ナイフが突きつけられていた!
 
 だがたとえ喉笛を掻っ切られようと、貴重なる獲物だけは手放すものかと両腕に渾身の力を込めようとした瞬間、人力を遥かに凌駕する2本のメカニックアーム、その先端に植え込まれた計8本の鉄の指によって両手首を挟み込まれ、骨も砕けようかという激痛に見舞われたのであった。 
 
 微かな呻き声すら自己に赦さなかったのはメデューサ最後の矜持であったろうが、もう一体の医門機の介入によってりさらはあっさりと敵方●●に渡った。
 
 その機体は、ゼドの背後から滑り出てきたストレッチャーと呼ぶには優美すぎる“移動寝台”に慇懃に彼女を降ろすと、直ちに台の側面に設置されたボタンを押した。
 
 ゆっくりと動き出す寝台を追って、も建物奥へと向かう。
 ゼドも続くべく踵を返すが、その時真悠花に穏やかな視線を向けた。
 
「映像では、あなたがハギムラ様の聖幻晶を確保したようでしたが……さすがですね、年少者といえど操獣師としての心構えをしっかり銘記していらっしゃる」

 愛華領の貴公子を目の当たりにしたときから、頬を染めつつうっとりとした眼差しを彼に投げかけていた13歳の操獣師は、予期せぬ直視を受けて大いに狼狽したが、自らの浅いラージャーラ滞在歴において目にした中でも間違いなく頂点クラスの“異界のイケメン”に褒めそやされて気分の悪いはずもなく、聖幻晶ブツを取り出すべくポケットに突っ込んだ指でVサインを作った。

「当然だよね、何せ真悠花は未来のドゥルガーを背負って立つホープなんだからさ」

 医門機と連携して怪物の動きを封じている夏月が満足気に頷く。

 鬼より怖いスーパーバイザーからも想定外の賛辞を浴び、些か調子に乗り易い性格の彼女は、あたかも王女が騎士に勲章を授与するかのような誇らしい気持ちで聖幻晶を薬創士に手渡した。

 眼前にそれをかざし、凝視するゼドの表情が曇る。

 「思った通りだ…微細ながらとても看過できない疵が無数に刻まれている……おそらくあの野蛮な蹴り●●●●●
を受けた瞬間に違いない…」

「へえ…こりゃ驚いた……あんた、薬創士かなんか知らないけど、聖幻晶の専門家でもあるのかい?」

 誇り高き戦鬼にとって、肉体的苦痛を遥かに凌駕するであろう精神的恥辱を忍びつつ放たれた問いを完全無視し、ゼドは夏月に無念の表情で白い八角形の聖幻晶を掲げる。

 「修理なおりそうかい?」

 期待感ゼロの総指揮者の乾いた声音に軽く頷いた薬創士は、

 「──全力を尽くします。それでは…」

 と黙礼し背を向けるが、その背に無視されし者の毒矢のごとき呪詛が突き刺さった。

「見事なまでに“スイッチ”を入れてくれたもんだねえ…言っとくけど、蛇女あたしは執念深いよ…ま、アンタとはいずれ絡むことになりそうだね……誤解しないでもらいたいが、ここで戦闘バトらないのは“俗なる私闘は聖なる死闘の完遂後に為すべし=プリンシプル第20項”に則ってのことなんだからね…!」

 無論若き薬創士が振り向くはずもなく、その姿が左角の奥に消えるやいなや竹澤夏月はメデューサの髪を放した。同時に頼もしき助力者に顎をしゃくる。

「もういいよ、御主人様を追いな」

 この言葉を受け、医門機はオリンピック級スプリンターもかくやと思われる高速で駆け出し、見る間に消え去った。

「──驚いたね…あれだけのメカが造れるんなら、もっと戦闘面で協力してもらいたいもんだ」

 その傍らで手首に刻印されたあおぐろい瘢痕を交互に擦るジェニファー=クリストファーは石面のごとき無表情である。

「痛むかい、なんて気遣いは人間●●に対してやるもんだろうからアンタには無用だね…さすがのあたしも今日という今日はシャッポを脱いだよ…メデューサ、やっぱバカは死ななきゃ治らないと見えるね」

「バカが誰かは知りませんけど、あながちそうとも限らないんじゃないですかねえ…死地を切り抜ける火事場の馬鹿力はそれこそそういう奴しか出せないもんでしょうし……ところでとっ捕まえた神牙教軍てきの顔を早く拝ませてもらいましょうか?あたしもこれ以上、茶番の主役をるのはウンザリなんで」

 たとえ地獄に落ちても叩き続けるであろうへらず口に苦笑する夏月に促され、ドリィが一同を導いた先はゼド達が姿を消したのとは真逆の方向であったが、長い廊下の行き止まりに見えてきた縦3メートル、横はその倍もある左右スライドドアの脇に蹲る、鮮やかなオレンジ色の光沢ある体毛の羆ほどもある獣を目にした弓葉が弾んだ声を上げた。

「ラズン!こんな所にいたのね!」

 ──うたた寝していたらしき獣の、子供用のグローブほどもある巨耳がピクリと反応するや、成人男性の胴回りに匹敵する頸が持ち上がり、愛嬌のある豹に似た貌立ちが向けられた-那崎弓葉のみへ。
 
 歓喜の身震いの後、護衛絆獣ラズンは起ち上がるが瞠目すべきはその後肢の異様な逞しさであろう。これにより“二足歩行”が可能であることは一目瞭然であったが、それは戦闘時のみの作法であるのか
慎み深い接近は四肢によって行われた。
 
「ほれ、行っておやり。アイツはあんたにしか興味ないんだから…あたしも一応未婚のレディなんだけどねえ……見向きもして貰えん。ま、おチビさんは別だろうけど…ああ、ムカつく。一体どこが“護衛絆獣”なんじゃい」

「は、はい…」

 弓葉と、こわごわと続く真悠花がラズンと親しげに戯れる光景は“美女と野獣”の構図そのものであったが、それに冷ややかな一瞥を投げつつメデューサはさっさと入室し、対照的に保護者の眼差しを向けていた夏月は微かに頷くと、弓葉に可能な限りの穏やかな声音で告げた。

「さっきから考えてたんだけど、やっばあんたら二人にゃアイツ●●●のヴィジュアルは刺激がキツ過ぎる。代わりに萩邑の様子を見てきて貰おうかね……ドリィ、頼む」

 ──中規模のシアターを彷彿とさせる[監査室]には、現在該教界に駐在する聖団員のうち、ほぼ半数の60余名が集結していた。
 
 人種及び衣装は多種多様であるが、男女比率は3:7といったところであろうか-即ち、錬装者より操獣師が多数を占めていることになる。
 
 総指揮者とエースの登場はさすがに注目を集めたが、気付かずに映画館のスクリーン並の巨大水晶板で仕切られた隣室へ向けられたままの視線も半数を超える-つまりそこに捕虜はいるのだ。だが彼女たちの表情は一様に歪んでいた……あたかも悪夢を見ているかのように。
 
 その姿の奇怪さは鋼の神経を誇るメデューサの動悸すら早めさせ、絆獣聖団の怪物は苦々しげに吐き捨てた。

「シット……!せめて虹ミイラなら尋問のし甲斐もあろうってもんだけど、よりによってコイツ●●●とはね……!」

 
 ──真悠花を伴い、護衛絆獣を従えてドリィの後に続く弓葉だが、先導者の肩越しにある男の姿を発見して立ち止まってしまう。

「!…雷堂くん…」

 ──黒のTシャツにブラックジーンズ、ベルトとスニーカーももちろん同色のものを身に着けた、厳つさと甘さがそれなりにバランスの取れた彫りの深い顔立ちの筋骨逞しい若者──濃い茶髪のツーブロックで両耳朶にブラックダイヤピアスを光らせている──が異装の連れ立ちと、おそらくは[監査室]に向かう途中だったのであろうが、対面したドリィの後ろに那崎弓葉を発見するや、その表情は獲物を前にしたオスのそれに一変した。そして彼女にギラつく双眸が本格的に向けられるやいなや、護衛絆獣が主人を守るかのように威嚇の唸り声と共に後肢で立ち上がるが、その眼光は殺気に満ち、とても味方●●に向けられたものとは思えない。
 
「へっ…たかがド畜生が人間様に欲情しやがって……キメえったらねえ…!」

 玄のこめかみに嚇怒の青筋が浮き上がる-場合によっては“錬装”し、ここで一戦交える構えらしい。

「ラズン、ダメよ…!」

 ここは“中立”のドリィに収めてもらいたいものだが、彼女の上気した眼差し●●●●●●●は玄の傍らに立つ青年に釘付けになっていた……。

「ユキヒデ…いえ、サカマキ様……先程はご苦労様でした」

 雷堂より細身のようだが上背はやや勝り、黒髪のマッシュヘアの白皙の容貌は王子様然としているがファッションセンスは激渋路線、身に纏っているのは何と白銅色の作務衣であった。
 
 履き物は鈍色にびいろ功夫靴カンフーシューズで、余人の及ばぬこだわりを感じさせる。
 
 玄より若干先輩で、数少ない友人でもある錬装者・坂巻雪英は緊迫する場を和ませる朗らかな笑みで応じた。

「いや、どうも…あまりに〈神霊薬花園〉が素晴らしいんで、玄ちゃんと昼寝してたら監視塔に“絶景の汚点”を発見しちゃって…」

「偉そうに塔の屋根に突っ立って見下ろしてたからな、情けねえことに番人もオレらが念話で怒鳴ってやったらようやく気づきやがった」

 錬装者の額には操獣師のように聖幻晶が輝いてはいない……一説では体内に埋め込まれているのではないかとされていたが、ダミーや単なるアクセサリー(?)としてそれらしきモノをペンダントやリストバンドに象嵌したり、奇抜なところでは掌や丹田に装着している者も複数存在し、或いはそれらは本物●●かも知れず、真相は不明だ。
 
「すぐに間の抜けた警報サイレンが鳴ったようだが、そっちは絆獣の訓練やってたんだろ。聴こえたかい?」

 弓葉と真悠花が同時に首を振る。ひょっとしたらメレゼスの体内で苦闘していた時かもしれない。

「だが、オレは呆れたね、愛華領ここにゃ何の迎撃手段もないんだぜ!おっとり刀で出てきたのが我が聖団の空飛ぶ護衛絆獣──あれ、何ていうんだっけ?」

「ピジェス、だよ」

 雪英が穏やかに言い添える。

ピジョンじゃなくて?まあ、ほんと鳩並みに役に立たんかったよな、要改良だ」

侵入者アイツ結構アクロバットこなしてたよな。ジグザグ、錐揉み……そのうち鉤爪攻撃食らって1羽2羽と撃墜されて…」

「20羽ぐらいは出動してたが、5分も保たずに全滅よ。で、結局オレらが手を下すしかねえってことで錬装して…」

「でも、錬装者って空飛べないんでしょ?そういう時はムリせずにヴェセアムに助けを求めなくちゃダメよ!」

 小鼻を膨らませて警告する真悠花だが、黒ずくめの悪童に鋭く睨まれ、慌てて弓葉の背後に回り込む-「ラズン、やっちゃえ」と呟きながら。

「勝負を決めたのは、コレさ」

 何処から出現したか、玄の右手には短刀と呼ぶには凶悪すぎる黒い魔鉈(現在、虹ミイラ・戸倉に奪われている)の六角形の柄が握られており、雪英の指先には銀色に妖しく光るCDに似た円盤が挟まれていた。

「オレの[玄翔刀]と坂巻の[円琳剣]にかかっちゃ、瞬間移動テレポートでもしねえ限り逃れられっこねえよ」

「で、まあ侵入者ソイツの翼を切り刻んで墜落させたんですが、その後も神経使いましたよ」

「いや、殺さないように殴るのに苦労したぜ……んで、メシ食ってヤツの様子見に行く所なんだが、お前さんたちはどこ行くのよ?」

「え?あ、ちょっとお見舞いにね…」

「へえ、誰のよ?」

 ここでようやく、使命に目覚めたドリィが割って入った。

「ある操獣師がハプニングに見舞われまして……大事を取って医療室に収容したのですが、タケザワ様に様子を確かめてくるように命じられたのです」

 その名を耳にした瞬間、渋面を作った玄は雑に頷くと雪英を促して歩みを再開した。

「あっ、そ…まあ、お嬢さんたちにゃアレ●●はグロすぎるから見ないほうがいいよ、夕飯が喉を通らなくなるからな」

 ……薄闇のごとき蒼い照明が照らし出した室内は湖底を彷彿とさせたが、面積に比しての調度品の少なさが逆に位階グレードの高さを演出している。

 中央には複雑な彫刻が施された、豪華な寝台に見紛う診療台が設えられており、横たわっているのは萩邑りさらであったのだが……運び込まれた時点とは重大な相違が生じていた…。

 美しき操獣師が纏っていた衣類は下着に至るまで容赦無く取り去られ、その肉体の全てが露わにされていたのだ!

 まさに白き美神──いかなる名工の技術を以てしても刻み得ぬであろう絶妙の均衡プロポーションは、神の傑作としか形容し得ない。
 
 だがこの豪奢な光景はただ一人に占有されていた。
 
 ティリールカ愛華領の天才薬創士にして未来の支配者・ゼド=メギン。
 
 しかしながら現在いまの彼の表情に、教民に向ける穏健な医療者の侵し難い威厳と気品は微塵もない……言わば、宝玉を前にした盗賊の邪心に濁る眼差しと、美肉に齧り付かんとする餓獣の舌舐めずりがあるのみ。
 
 されど、本人にその自覚が遠いことは弄する言辞に一片の疚しさもなく、声色もまた自己陶酔に震えていることからも窺えた。

「──真に美しい肉体、それを初めて目の当たりにした…教界内は無論のこと、ラージャーラ全土を巡っても匹敵する存在は見つけ得ぬであろう…貴女との邂逅はまさに、この世界に新たな息吹を吹き込むための“天響神の意思”としか考えられぬ…!」

 白い聖幻晶を握りしめ、背徳の薬創士はいかに翳ろうとも美しさだけは否定出来ぬ貌を女神のそれに近づけてゆく…。
 
「我が妻・リサラ──あなたの世界では、これが愛の表現なのでしたね…」

 うまれし次元を異とする男女の唇が結ばれた瞬間、驚愕の悲鳴が背後で上がった!


 
 












 


 




 




 
 

 

 
 
 
 
 
 

 
 



 
 
 



    
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