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第1章 異空の超戦者たち

愛華領魔闘陣⑥

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「マユカ=サハラ…何で詩的な響きなのかしら……まさに“東洋の天使”の御名にふさわしい──!」

 ……何にシビれるかは個人の価値観だけど、リサラ=ハギムラやユミハ=ナザキじゃダメなんかいな…あ、うちらには濁点があるから…?

 鼻白むりさらをよそにメデューサのヴォルテージは高まる一方のようであったが、ともあれジェニファーの視線が真悠花に釘付けになっているおかげで弓葉はりさらの許に辿り着き、安堵のため息をついた。
 
 ──13歳で身長154センチという小柄な美少女真悠花は姉貴分の弓葉より度胸があるのか、泣く子も黙る女傑メデューサを恐れる風もなく駆け寄ってくる。

 
「Oh、ベリー・キュート…!もし立っているのが戦場ここじゃなかったらその愛らしい貌にキスの雨を降らせてしまうところだわ…♡」

 これがあの“まみえたもの全てを石(骨)にする”と恐れられた鬼操獣師なのか‥…あまりの落差に呆然と顔を見合わせるりさらと弓葉であったが、ジェニファーの次の行動には更なる衝撃を受けた。
 
 いきなり駆け出して真悠花の進路に立ち塞がると、間髪入れず抱きしめてしまったのだ!
 
 それは控えめに見ても親愛の表現としてのハグなどではなく、あからさまな情欲の噴出としての抱擁-いや、“捕獲”であったといえよう…。

「ちょ、ちょっとそれはやりすぎなんじゃ…」

 “真に愛好しているのは格闘技ではなくボディービル”という鉄腕で締め付けられ、“香水類は一切使わない主義”であるワイルドなラテンウーマンのむせ返るような体臭をたっぷりと吸い込まされて窒息したか、“最年少操獣師”の小さな手があたかもギブアップの意思表示であるタップのごとくメデューサの逞しい腰辺りを叩いた。
 
 だが、それでも捕獲者は拘束を解かず、このままでは誇張ではなく真悠花の肋骨が砕けかねない…。
 
 「いい加減にしなさい!この色情狂がっ!!」
 
 ついさっき、自身が浴びせられたものよりも遥かに激しいりさらの怒声に弓葉は思わず5,6歩も後退った。

「今、何と言った……?」
 
 ──数秒の血も凍る沈黙の後、錆びた歯車が軋るかのごとき低声で絞り出された問いに、答える義務のない弓葉の動悸はMax に達したが、返答するりさらの声音は水晶のごとく硬く、透徹していた。

「こんなに近くで、それも正気に戻してあげるために思いっきり怒鳴りつけたというのに聞こえなかったのかしら?病気って怖いわねえ……メデューサ、ひょっとしたらアンタの“ニンフォマニア”はダニアのアル中よりも重症かもしれないわね」

 宣戦布告に等しい挑発のセリフが終わった瞬間、緑色の大蛇の鎌首が唸りを上げてりさらの顔面に向けて飛びかかった──それがメデューサ得意の“ノールックバックキック”であることに弓葉が気付いた時には、敬愛する先輩の退避は完了しており、蹴撃者の鋼を仕込んでいるともっぱらの噂であるブーツの踵は虚空に静止した。
 
 命中していれば間違いなく致命傷を与えた必殺の一撃であった。

「よくかわしたわね…さすが天才操獣師の反射神経、とほめてあげたいけれど、そこで動きが止まるってことはあたしに反撃する術は持ち合わせちゃいないってこと……もしくは、本気でやり合う覚悟が足りないって解釈するけど、どうなの?」
  
 両手を腰に置いたりさらは不敵な笑みを浮かべ昂然と答える。

「本格的にやり合うのは真悠花が安全地帯に避難してからよ…私の可愛い教え子をさっさとその薄汚いジャンプスーツから解放してくれない?」
 
 これ以上はない“最後通告”を受けて万力のごとき抱擁が無力化され、脱出した真悠花は泣き叫びつつ弓葉の胸に走り込んだ。
 
 可憐な操獣師がしゃくり上げる声以外、誰も口を開かない重苦しい時間が流れる。
 
 沈黙を破ったのは、誇張抜きに悪鬼の形相となったメデューサであった。

「…こんな形でアンタとの関係が壊れるなんて本当に残念ね…でも、あそこまでの悪罵を浴びせられた以上、一度はキッチリと血ヘドを吐く程度には叩きのめさせてもらう…!」
 
 お手並み拝見とばかりに──もちろん必殺の意志を込めて──放たれた右ローキックを軽やかな跳躍でかわしたりさらは聖幻晶の付与する浮遊力によってそのまま3レクトあまりも上昇し、躰をふわりと45度の角度に傾ける●●●と、凄まじい速度でメデューサに“ミサイルキック”を発射●●する!
 
「フン、猪口才な!!」

 両腕をクロスし、空手最大の防御法という“十文字受け”でブロックしようとするジェニファーだが、次の瞬間己が眼を疑った。
 
 純白のロングブーツの足裏が白い光の渦を発生させているではないか⁉

 直撃すれば敗北必至の肉弾を回避すべく上体を沈めた緑の戦鬼の貌があった場所を巨大な白い矢となって疾走はしった相手が無防備となる着地の瞬間を狙って、ジェニファーの裏拳が唸りを上げる──だが命中したかに見えた打撃は白く光る手刀によってしたたかに打たれており、激痛に襲われた右手首を思わず押さえたことでガラ空きとなった顔面に、何とりさらは頭突きをかました!

「──!!」
 
 スポーティな雰囲気を常に発散させながらも、根本的には淑やかなイメージの彼女が突如として炸裂させた獣的な“スケ番殺法”におののく弓葉だが、最も面食らったのは対戦者だろうか。
 
 1メートル半も飛び退ったジェニファーの右の鼻孔から一筋の真紅の糸が滴り、自慢のメデューサ・ピアスを掠めて肉感的な厚い唇に流れ込んだそれを舐め取りつつも、瞳の奥の動揺は隠せない。

「──やってくれるわね…操獣しか取り柄のないお嬢様と思ってたけど、イザとなりゃ聖幻晶の力を借りて“獰猛なワイルド・キャット”に変身可能ってワケね」

「そういうこと…むしろそっちのような“フィジカルモンスター・タイプ”はこの方面の研究が圧倒的に足りないんじゃないの?」

 なかなか堂に入ったファイティングポーズを取ったりさらは、鋭く研ぎ上げた錐のごとき視線をも平然と受け止め、うそぶいた。

「さあ…それはどうかしらね?」

 次の瞬間メデューサの取った行動に、りさらのみならず真悠花を抱きしめたままの弓葉も呆気にとられた。
 
 真悠花だけは頑なに“姉”の胸に顔を埋めたまま動こうとしない…。
 
 ジェニファー=クリストファーはおもむろに胡座…いや結跏趺坐の体勢を取ったのだ!

「一体何のハッタリなのよ⁉」

 ダッシュしたりさらは首を刈ってやるとばかりに思い切り右の蹴りを繰り出したのだが……途中で悲鳴を上げながら大きくのけ反った。

 「あれは…蛇⁉」

 まさしく弓葉が叫んだ通り、メデューサの聖幻晶から発射された太い緑光の先端は大きく顎を開いた蛇頭となってりさらの美貌に襲いかかったのだ!

 緑の魔女の哄笑は、光の大蛇の乱舞を更に凶暴かつ不気味に彩る。
 
「オッホホホホホホッ、さっきまでの威勢はどうしたの、美人操獣師さん?早く頼みの綱の聖幻晶に助けてもらいなさいよ、“脳筋バカ”がせっかくの“エグ神様の贈り物”を使いこなせなくてまごついてる間にさ!!」

 緑の光蛇の牙はりさらが交差させて顔をガードした白い戦闘服の袖を容赦なく食いちぎり、露わになった腕にはうっすらと血が滲んでいる。
 
 後退に後退を重ね、両者の距離が4レクトを越えたあたりでメデューサは光線発射を停止すると同時に勢いよく立ち上がり、よろめく標的に猛ダッシュする。
 
 ──瀕死の獲物に殺到する野獣の雄叫びと共に。
 
 迫る危険を察知したりさらが状況確認のためガードを緩めた一瞬、それがジェニファーの狙いだった──射程距離に入ったと判断し、最初に放ったローキックとは比較にならぬスピードで長い右脚が跳ね上がる!

 「おまえは聖幻晶どうぐに頼り過ぎなんだよ!!」

 まさに神技──ジェニファーのハイキック、その爪先は1センチに満たない厚みの聖幻晶を敵の額から肌には毛ほどの傷も付けることなく弾き飛ばしてのけたのだ!

 大きくのけ反りつつも辛うじて踏み留まったりさらだが、もはや爪牙を失った雌豹に等しい。
 
 素早くその背後に回り込んだメデューサは白い首筋に袖をまくって剥き出した褐色の右腕を巻き付ける──ついさっき真悠花に向けたものと同じ陶然たる笑みと共に。

「──とっても柔らかな喉元…力強く波打つ頸動脈…こうして密着していると否応なく鼻孔をくすぐる日本美女の淡くて甘いフェロモン…ああ、たまらない……!」
 
 徐々に強まる腕の力を受け、りさらの瞳に戦慄が走る。

「愛しいリサラ──私の手で“天国”を味わわせてあげるわね……♡」

 手練の絞めによって迅速なる窒息がもたらされ、萩邑りさらは文字通り一瞬にして意識を失った。
 



 
 




 

 





 

 

 

 
 


 




 


 
 

 


 

 
 
 
 
 
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