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第1章 異空の超戦者たち
愛華領魔闘陣⑤
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ティリールカ愛華領の一応の視察後、萩邑りさら以下2名はそのまま教界駐在中の聖団員と合流し、教界の好意によって借り受けた敷地内の一角で弓葉と真悠花は格闘系&飛翔系絆獣の合体殺法──その強力無比の破壊力によって、目下聖団で流行中の戦術の特訓に入った。
コーチを務めるりさらがまず習得を命じたのは、大技の部類に入る【烈空衝破星】──通称“絆獣スープレックス”であった。
「いきなりアレですか…?」
二人が尻込みしたのも無理はない──決まれば一撃で勝負を決めうる必殺技であるものの、仕掛ける側も一歩間違えれば(二人とも)大きなダメージを負い、最悪の場合攻守逆転の危険性を秘めているからだ。
「もう、この技は新人には無理だとか言っていられる状況じゃないのよ…それならばなおさら、あなたたちは多数を相手に出来る武器術を訓練すべきだと言うかもしれないけれど、絆獣の能力を完全に把握するのに格闘訓練は絶対に欠かせないわ…“一騎当千”この操獣師の理想を全うするには、むしろ得物を失い、丸腰になってからが真の勝負になるのよ…さあ二人とも、準備なさい」
その“稽古台”として用意されたのは先着の操獣師によって運び込まれていた、直径5、高さ13レクトに達しようかという黝い円筒形の物体であった。
「…」弓葉が額に装着した黒い『聖幻晶』(絆獣との一体化から地上世界との往来といった操獣師としての活動の全てを媒介する驚異のアイテム)によって起動した格闘系絆獣メレゼスはほぼ自身に匹敵する大きさの奇怪なオブジェを前に、戸惑いを隠せない。
しなやかな漆黒の人型ボディ-腰部のくびれを別にすれば女性的な要素を感じさせない-は端正な青年の彫像を思わせる頭部に至るまで金色の格子模様に覆われ、更に眩く輝く黄金の鬣は操獣師と同じく腰にまで達している。
一見して錬装磁甲を連想させる人工的なフォルムの絆獣であるが、その基体は全身を溶岩色の剛毛に覆われた、“大火山帯の殺し屋”と畏怖される獣人型原生獣なのであった。
「何をグズグズしているの、那崎操獣師?“衝破星”に入るには──」
りさらの額にも白く煌めく八角形の聖幻晶による[念話]によって、意思の疎通には何の問題もなく、皆まで言わせぬとばかり弓葉=メレゼスは地を這うような高速タックルで円筒に接触し、両腕をフルに伸ばしてもグリップ出来ぬ代替策か、鋭利極まる金色の爪を深く突き立てた-そして一気に背を仰け反らせて抱えあげようとしたのだが──。
巨体を誇る絆獣が渾身の力を込めているにも関わらず、異様な物体は筋肉の痙攣によって微振動するのみで地面から離れようとしない…。
「お、重い…な、何なのこれ…!?」
円筒の“カバー”がゾグムから剥ぎ取った外皮であることは承知していたが、中身が何であるかは皆目不明だ。
「どうしたの?その程度の重量物を持ち上げられないの?どんだけ集中力が低いのかしら、実戦でそのザマだとすぐに反撃を喰らうわよ!?」
鬼コーチの容赦ない叱声は絆獣の胸部奥の〔操念螺盤〕に結跏趺坐の姿勢で着座している弓葉の鼓膜ならぬ脳内を震わせた。
「弓姉…違った、那崎先輩!」
メレゼスの頭上を旋回していたヴェセアムがたまりかねて降下する、が-。
「まだ早い!戻りなさい佐原操獣師!」
慈愛に満ちた普段とは真逆のりさらの剣幕に恐れをなした真悠花(彼女の聖幻晶は五角形のコバルト色。それはヴェセアムの体色でもある)がすごすごと再上昇し、不安な眼差しを弓葉に向ける。
「真悠、ごめん!…頑張って、メレゼス!」
操獣師の必死の念に応えるかのように咆哮した人型絆獣は更に深く爪を食い込ませ、憎き物体をごぼう抜きにせんとする。
メタリックな光沢を放つ漆黒の筋肉は苦しげに痙攣しているが、灰色の円筒は地面から優に10レクトは浮き上がった──。
「何をグズグズしているの、佐原操獣師⁉これは合体技なのよ!」
「は、はい!」
メレゼスの背後に回り込んだヴェセアムは30レクトほど接近したところで急上昇の体勢を取り、大地と垂直になったまま体の裏側を彼女の背中(魔鱏の胴部に設置されているものと同一の吸盤が装着されている)へとにじり寄ってゆく。
かくて異様なる合体は果たされ、ヴェセアムは恐るべき負荷を抱いての離陸を強いられる羽目となった──だが“両翼”を必死に羽撃かせるにもかかわらず、メレゼスの巨体は1レクトも浮上してはいない…、
「もっと凝念なさい!ヴェセアムの膂力は全絆獣中最強レベルなのよ!それくらいの重量なら朝飯前のはず!!那崎も力を抜いてはダメよ!持ち上がらないのはあなたたちの必死さが足りないから、ただそれだけなんだから!!」
師の鬼気迫る檄を受け、未熟なりに肚を括った二人は操獣力を融合をすべく額の聖幻晶に精神エネルギーを集中させた。
それぞれの“サイコパワー・カラー”である黒と青が光の奔流となって神秘の結晶体から溢れ出す──そして互いに向けて延びゆき、[操獣波]が合流するのを両者の心眼ははっきりと捉えた──。
「現在ならいける!」
頼りなかったヴェセアムの“翼”に力が漲り、絆獣の霊光ともいうべき操獣波に二頭が包まれるや力強く急上昇が開始される。
「最低でも100レクトは浮上させなさい!そして一気に…落とすのよ!!」
決して迅速とは言えぬ速度で指定の高度に到達した両獣は、刹那の休止を経て慎重に蜻蛉返りを敢行し、逆落としの体勢で急降下する、が──。
「二人とも止まりなさい!メレゼスを殺す気なの!?」
重量物の先端は宙返りの反動でかメレゼスの顎付近まで後退しており、このまま技を完遂すればすれば絆獣の脳天を砕きかねない状況にあった。
真悠花の現在の力量では弓葉の協力を得たとて加速途中の両獣を“急停止”させることは不可能であり、減速はしたものの落下は続き、操獣波もみるみる消失していく。
「那崎ッ!『邪柱』を棄てろッ!!」
弓葉が初めて浴びる瞋恚剥き出しの師の怒声──それがなければ惨劇は避けられなかったかもしれぬ。彼女は烈空衝破星の“型”のみを完成させることに必死で、“敵”の存在など念頭から完全に消し去ってしまっていたのだ。
操獣師の焦りに瞬時に反応したメレゼスは大きく両腕を広げ、放り出された邪柱は凄まじい速さで落下し、轟音と砂煙を立てて大地と激突した。
解放された両獣も微かな唸り声を上げつつ、その脇にふわりと着地する。
「やれやれ…」
ため息と共に腕組みしたりさらは、ヴェセアムの重みに前傾姿勢となったメレゼスに同情したか、真悠花に即座の分離を促す。
「可哀想に…リサラ、あなたはヴェセアムの哭き声を聴いた?」
憤懣やる方ない、といわんばかりのブルース歌手ばりのハスキーボイスを背後から投げつけられ、りさらは苦笑しつつ振り返った。
ただならぬ闘気を発散させつつ仁王立ちしているのは、身長180センチに達しようかという緑色づくめの外国人女性だった。
年齢は二十代前半であろうか、カリブ系と推察される浅黒い肌と鋭い眼光、ハンターグリーンの革のジャンプスーツに同色のショートブーツ。それよりはやや明るい発色の緑に染め上げられた小蛇の群れを思わせるドレッドヘア…そして額に鮮やかに輝いているのは菱形のエメラルドグリーンの聖幻晶…。
現在、絆獣聖団で3本指に入るとされる操獣師・ジェニファー=クリストファーであった。
聖幻晶は翻訳機の役割も果たすのか、彼女の発言は完全な日本語として届けられる。
「メデューサ…あなたが来てるってことは…」
「──人があたしをそう呼ぶ時、目は絶対ここを見てる…」
真っ白い歯を覗かせながら、彼女は鼻と唇の間に煌めく額の聖幻晶と同色の直径1センチ近い“メデューサ・ピアス”を指し示した。
『──そうかな?私はどうしても髪の毛に目が行くけど…』
「ねえ、あのお二人さんにお手本を見せてやる必要があるんじゃない?」
メレゼスの巨体に顎をしゃくりながらジェニファーが宣う。
「そうねえ…」
「衝破星なら、やっぱ“竜巻”じゃないと、ね」
メデューサのウインクをうそ寒い思いで受けつつ、りさらは[念話]で命じた。
「オーケイ、それでいこっか…那崎、佐原!すぐに“脱躰”しなさい!」
メレゼスの50レクトばかり上空を旋回していたヴェセアムが降下を開始、格闘系絆獣の胸の中央部が黒水晶のごとく煌めき始るや、彼女は両掌両膝を大地に着けた。
「あの二人、モノになると思う?」
探るように172センチの自分を見下ろす相手を、決然と見上げるりさら。
「私は大丈夫だと思うけど…最初はみんな、あんなもんじゃない?絆獣と何とかアジャスト出来てる時点で操獣師の卵であることは事実でしょ?」
「まあねえ…でも現在の状況は…」
メレゼスの胸前に発生した黒い発光体は直径2レクトほどの球体と化し、ゆっくりと地上に降下し、着地と同時に光は急速に薄れ、結跏趺坐のままの那崎弓葉が姿を表す。
「…前から思ってたんだけど、あの娘の格好、セクシーすぎるんじゃないの?」
たしかに弓葉が纏うオーガニックコットンの黒装束は戦闘服と呼ぶには薄すぎ、扇情的な体型にフィットしすぎているかもしれない…。
だが、りさらは苦笑しつつ頭を振った。
「あれは彼女のチョイスじゃないわよ。師匠のダニアのお仕着せなの」
“宿命のライバル”の名を耳にしたメデューサの眼光が一瞬にして凄まじい殺気を帯びる。
「あのアル中が…この肝心な時に入院なんてあり得る⁉今更完治なんてありえないんだからとっととあいつの聖幻晶を剥奪すべきじゃない⁉まあ聖団も今度こそ制裁措置を取るみたいだけど…あたしから見て生ぬるいようならこの手でリンチに掛けてやる…!」
“リアルファイト”においてフルコンタクト空手三段、合気道三段、ブラジリアン柔術黒帯の武芸十八般であり、猛者揃いの錬装者たちからも畏怖されているジェニファーのブラックリスト筆頭にランクインすることは、ある意味神牙教軍に狙い撃ちされることよりも恐ろしい──猛女の舌舐めずりに悪寒を覚えつつりさらは肩をすくめた。
「でも現在はあなたが指導してるんでしょ?そっちが今着てるダボッとしたツナギに替えさせた方がいいよ絶対」
──坊主憎けりゃ袈裟まで憎し、か…ため息をつきたいところだが、無論おくびにも出さない。
「そうね、言っとくわ。動きやすいから気に入ってるそうだけど、野郎どもの視線も痛いらしいから、そのうち改めると思う」
絆獣離脱の刹那の脱魂状態から愁眉を開いた那崎弓葉が先輩たちの凝視に気付き、弾かれたように立ち上がる。
「そう、それよ!」
意を得たりとばかりに深緑と黄緑の毒々しい斑模様に染めたネイルをりさらに突き付け、ジェニファーは尖った視線を弓葉に投げる。
怯えた表情で硬直した黒衣の操獣師は縋るような眼差しを新たな師に向けた。
「いちいち癇に障る娘ねえ…ま、ああいう頼り無げなところが錬装者勢にはたまらないんだろうけど…特にあいつは危険だわ…リサラ、気付いてる?」
「雷堂 玄、でしょう?」
「ビンゴ!さすが、同胞の後輩の危機には敏感ね」
「ていうか、現役の操獣師で知らない人いないんじゃない?あいつ最近、上からもマークされてるはずよ。弓葉だってとっくに気付いて随分警戒してる」
「ならOKね。錬装者としてもペーペーのくせに、態度だけはデカくて困ったもんだわ…一回スペンサーにでも手酷くシメられりゃいいのに」
「あるいは鏡の教聖に、ね」
爆笑するメデューサの傍らで弓葉に手招きしたりさらは、ヴェセアムの喉元から発生し、静かに着地した青い光球から姿を表したブルーのジャンプスーツに身を包んだ小柄な少女に目を細める。
「………!」
「………?」
並び立つ同僚から尋常ならざる気配を察し、思わず表情を窺うと、そこにあるのは未だかつて見たこともない最強アマゾネスの陶然たる眼差しだった…。
「リサラ、彼女は…?」
──まさか、メデューサ…あなたはもしかして…?
「聞こえなかったの⁉あの天使の名前を教えてよ⁉」
…オーマイガー…よりによってこんな時に…それじゃダニアや雷堂のこと言えないじゃない…。
緑の女怪の血走った眼光を巧みにそらしつつ、萩邑りさらは哀しげに呟いた。
「──真悠花、佐原真悠花よ…」
コーチを務めるりさらがまず習得を命じたのは、大技の部類に入る【烈空衝破星】──通称“絆獣スープレックス”であった。
「いきなりアレですか…?」
二人が尻込みしたのも無理はない──決まれば一撃で勝負を決めうる必殺技であるものの、仕掛ける側も一歩間違えれば(二人とも)大きなダメージを負い、最悪の場合攻守逆転の危険性を秘めているからだ。
「もう、この技は新人には無理だとか言っていられる状況じゃないのよ…それならばなおさら、あなたたちは多数を相手に出来る武器術を訓練すべきだと言うかもしれないけれど、絆獣の能力を完全に把握するのに格闘訓練は絶対に欠かせないわ…“一騎当千”この操獣師の理想を全うするには、むしろ得物を失い、丸腰になってからが真の勝負になるのよ…さあ二人とも、準備なさい」
その“稽古台”として用意されたのは先着の操獣師によって運び込まれていた、直径5、高さ13レクトに達しようかという黝い円筒形の物体であった。
「…」弓葉が額に装着した黒い『聖幻晶』(絆獣との一体化から地上世界との往来といった操獣師としての活動の全てを媒介する驚異のアイテム)によって起動した格闘系絆獣メレゼスはほぼ自身に匹敵する大きさの奇怪なオブジェを前に、戸惑いを隠せない。
しなやかな漆黒の人型ボディ-腰部のくびれを別にすれば女性的な要素を感じさせない-は端正な青年の彫像を思わせる頭部に至るまで金色の格子模様に覆われ、更に眩く輝く黄金の鬣は操獣師と同じく腰にまで達している。
一見して錬装磁甲を連想させる人工的なフォルムの絆獣であるが、その基体は全身を溶岩色の剛毛に覆われた、“大火山帯の殺し屋”と畏怖される獣人型原生獣なのであった。
「何をグズグズしているの、那崎操獣師?“衝破星”に入るには──」
りさらの額にも白く煌めく八角形の聖幻晶による[念話]によって、意思の疎通には何の問題もなく、皆まで言わせぬとばかり弓葉=メレゼスは地を這うような高速タックルで円筒に接触し、両腕をフルに伸ばしてもグリップ出来ぬ代替策か、鋭利極まる金色の爪を深く突き立てた-そして一気に背を仰け反らせて抱えあげようとしたのだが──。
巨体を誇る絆獣が渾身の力を込めているにも関わらず、異様な物体は筋肉の痙攣によって微振動するのみで地面から離れようとしない…。
「お、重い…な、何なのこれ…!?」
円筒の“カバー”がゾグムから剥ぎ取った外皮であることは承知していたが、中身が何であるかは皆目不明だ。
「どうしたの?その程度の重量物を持ち上げられないの?どんだけ集中力が低いのかしら、実戦でそのザマだとすぐに反撃を喰らうわよ!?」
鬼コーチの容赦ない叱声は絆獣の胸部奥の〔操念螺盤〕に結跏趺坐の姿勢で着座している弓葉の鼓膜ならぬ脳内を震わせた。
「弓姉…違った、那崎先輩!」
メレゼスの頭上を旋回していたヴェセアムがたまりかねて降下する、が-。
「まだ早い!戻りなさい佐原操獣師!」
慈愛に満ちた普段とは真逆のりさらの剣幕に恐れをなした真悠花(彼女の聖幻晶は五角形のコバルト色。それはヴェセアムの体色でもある)がすごすごと再上昇し、不安な眼差しを弓葉に向ける。
「真悠、ごめん!…頑張って、メレゼス!」
操獣師の必死の念に応えるかのように咆哮した人型絆獣は更に深く爪を食い込ませ、憎き物体をごぼう抜きにせんとする。
メタリックな光沢を放つ漆黒の筋肉は苦しげに痙攣しているが、灰色の円筒は地面から優に10レクトは浮き上がった──。
「何をグズグズしているの、佐原操獣師⁉これは合体技なのよ!」
「は、はい!」
メレゼスの背後に回り込んだヴェセアムは30レクトほど接近したところで急上昇の体勢を取り、大地と垂直になったまま体の裏側を彼女の背中(魔鱏の胴部に設置されているものと同一の吸盤が装着されている)へとにじり寄ってゆく。
かくて異様なる合体は果たされ、ヴェセアムは恐るべき負荷を抱いての離陸を強いられる羽目となった──だが“両翼”を必死に羽撃かせるにもかかわらず、メレゼスの巨体は1レクトも浮上してはいない…、
「もっと凝念なさい!ヴェセアムの膂力は全絆獣中最強レベルなのよ!それくらいの重量なら朝飯前のはず!!那崎も力を抜いてはダメよ!持ち上がらないのはあなたたちの必死さが足りないから、ただそれだけなんだから!!」
師の鬼気迫る檄を受け、未熟なりに肚を括った二人は操獣力を融合をすべく額の聖幻晶に精神エネルギーを集中させた。
それぞれの“サイコパワー・カラー”である黒と青が光の奔流となって神秘の結晶体から溢れ出す──そして互いに向けて延びゆき、[操獣波]が合流するのを両者の心眼ははっきりと捉えた──。
「現在ならいける!」
頼りなかったヴェセアムの“翼”に力が漲り、絆獣の霊光ともいうべき操獣波に二頭が包まれるや力強く急上昇が開始される。
「最低でも100レクトは浮上させなさい!そして一気に…落とすのよ!!」
決して迅速とは言えぬ速度で指定の高度に到達した両獣は、刹那の休止を経て慎重に蜻蛉返りを敢行し、逆落としの体勢で急降下する、が──。
「二人とも止まりなさい!メレゼスを殺す気なの!?」
重量物の先端は宙返りの反動でかメレゼスの顎付近まで後退しており、このまま技を完遂すればすれば絆獣の脳天を砕きかねない状況にあった。
真悠花の現在の力量では弓葉の協力を得たとて加速途中の両獣を“急停止”させることは不可能であり、減速はしたものの落下は続き、操獣波もみるみる消失していく。
「那崎ッ!『邪柱』を棄てろッ!!」
弓葉が初めて浴びる瞋恚剥き出しの師の怒声──それがなければ惨劇は避けられなかったかもしれぬ。彼女は烈空衝破星の“型”のみを完成させることに必死で、“敵”の存在など念頭から完全に消し去ってしまっていたのだ。
操獣師の焦りに瞬時に反応したメレゼスは大きく両腕を広げ、放り出された邪柱は凄まじい速さで落下し、轟音と砂煙を立てて大地と激突した。
解放された両獣も微かな唸り声を上げつつ、その脇にふわりと着地する。
「やれやれ…」
ため息と共に腕組みしたりさらは、ヴェセアムの重みに前傾姿勢となったメレゼスに同情したか、真悠花に即座の分離を促す。
「可哀想に…リサラ、あなたはヴェセアムの哭き声を聴いた?」
憤懣やる方ない、といわんばかりのブルース歌手ばりのハスキーボイスを背後から投げつけられ、りさらは苦笑しつつ振り返った。
ただならぬ闘気を発散させつつ仁王立ちしているのは、身長180センチに達しようかという緑色づくめの外国人女性だった。
年齢は二十代前半であろうか、カリブ系と推察される浅黒い肌と鋭い眼光、ハンターグリーンの革のジャンプスーツに同色のショートブーツ。それよりはやや明るい発色の緑に染め上げられた小蛇の群れを思わせるドレッドヘア…そして額に鮮やかに輝いているのは菱形のエメラルドグリーンの聖幻晶…。
現在、絆獣聖団で3本指に入るとされる操獣師・ジェニファー=クリストファーであった。
聖幻晶は翻訳機の役割も果たすのか、彼女の発言は完全な日本語として届けられる。
「メデューサ…あなたが来てるってことは…」
「──人があたしをそう呼ぶ時、目は絶対ここを見てる…」
真っ白い歯を覗かせながら、彼女は鼻と唇の間に煌めく額の聖幻晶と同色の直径1センチ近い“メデューサ・ピアス”を指し示した。
『──そうかな?私はどうしても髪の毛に目が行くけど…』
「ねえ、あのお二人さんにお手本を見せてやる必要があるんじゃない?」
メレゼスの巨体に顎をしゃくりながらジェニファーが宣う。
「そうねえ…」
「衝破星なら、やっぱ“竜巻”じゃないと、ね」
メデューサのウインクをうそ寒い思いで受けつつ、りさらは[念話]で命じた。
「オーケイ、それでいこっか…那崎、佐原!すぐに“脱躰”しなさい!」
メレゼスの50レクトばかり上空を旋回していたヴェセアムが降下を開始、格闘系絆獣の胸の中央部が黒水晶のごとく煌めき始るや、彼女は両掌両膝を大地に着けた。
「あの二人、モノになると思う?」
探るように172センチの自分を見下ろす相手を、決然と見上げるりさら。
「私は大丈夫だと思うけど…最初はみんな、あんなもんじゃない?絆獣と何とかアジャスト出来てる時点で操獣師の卵であることは事実でしょ?」
「まあねえ…でも現在の状況は…」
メレゼスの胸前に発生した黒い発光体は直径2レクトほどの球体と化し、ゆっくりと地上に降下し、着地と同時に光は急速に薄れ、結跏趺坐のままの那崎弓葉が姿を表す。
「…前から思ってたんだけど、あの娘の格好、セクシーすぎるんじゃないの?」
たしかに弓葉が纏うオーガニックコットンの黒装束は戦闘服と呼ぶには薄すぎ、扇情的な体型にフィットしすぎているかもしれない…。
だが、りさらは苦笑しつつ頭を振った。
「あれは彼女のチョイスじゃないわよ。師匠のダニアのお仕着せなの」
“宿命のライバル”の名を耳にしたメデューサの眼光が一瞬にして凄まじい殺気を帯びる。
「あのアル中が…この肝心な時に入院なんてあり得る⁉今更完治なんてありえないんだからとっととあいつの聖幻晶を剥奪すべきじゃない⁉まあ聖団も今度こそ制裁措置を取るみたいだけど…あたしから見て生ぬるいようならこの手でリンチに掛けてやる…!」
“リアルファイト”においてフルコンタクト空手三段、合気道三段、ブラジリアン柔術黒帯の武芸十八般であり、猛者揃いの錬装者たちからも畏怖されているジェニファーのブラックリスト筆頭にランクインすることは、ある意味神牙教軍に狙い撃ちされることよりも恐ろしい──猛女の舌舐めずりに悪寒を覚えつつりさらは肩をすくめた。
「でも現在はあなたが指導してるんでしょ?そっちが今着てるダボッとしたツナギに替えさせた方がいいよ絶対」
──坊主憎けりゃ袈裟まで憎し、か…ため息をつきたいところだが、無論おくびにも出さない。
「そうね、言っとくわ。動きやすいから気に入ってるそうだけど、野郎どもの視線も痛いらしいから、そのうち改めると思う」
絆獣離脱の刹那の脱魂状態から愁眉を開いた那崎弓葉が先輩たちの凝視に気付き、弾かれたように立ち上がる。
「そう、それよ!」
意を得たりとばかりに深緑と黄緑の毒々しい斑模様に染めたネイルをりさらに突き付け、ジェニファーは尖った視線を弓葉に投げる。
怯えた表情で硬直した黒衣の操獣師は縋るような眼差しを新たな師に向けた。
「いちいち癇に障る娘ねえ…ま、ああいう頼り無げなところが錬装者勢にはたまらないんだろうけど…特にあいつは危険だわ…リサラ、気付いてる?」
「雷堂 玄、でしょう?」
「ビンゴ!さすが、同胞の後輩の危機には敏感ね」
「ていうか、現役の操獣師で知らない人いないんじゃない?あいつ最近、上からもマークされてるはずよ。弓葉だってとっくに気付いて随分警戒してる」
「ならOKね。錬装者としてもペーペーのくせに、態度だけはデカくて困ったもんだわ…一回スペンサーにでも手酷くシメられりゃいいのに」
「あるいは鏡の教聖に、ね」
爆笑するメデューサの傍らで弓葉に手招きしたりさらは、ヴェセアムの喉元から発生し、静かに着地した青い光球から姿を表したブルーのジャンプスーツに身を包んだ小柄な少女に目を細める。
「………!」
「………?」
並び立つ同僚から尋常ならざる気配を察し、思わず表情を窺うと、そこにあるのは未だかつて見たこともない最強アマゾネスの陶然たる眼差しだった…。
「リサラ、彼女は…?」
──まさか、メデューサ…あなたはもしかして…?
「聞こえなかったの⁉あの天使の名前を教えてよ⁉」
…オーマイガー…よりによってこんな時に…それじゃダニアや雷堂のこと言えないじゃない…。
緑の女怪の血走った眼光を巧みにそらしつつ、萩邑りさらは哀しげに呟いた。
「──真悠花、佐原真悠花よ…」
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