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第1章 異空の超戦者たち

愛華領魔闘陣④

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 戸倉の右手甲から伸び、雷堂の顔面を覆い尽くした妖帯の怪光は徐々に弱まりつつあった。
 
 勝利を確信し激情も収まったのか、体色はギラつく虹色を慌ただしく明滅させる鮮紅色へと戻っていた。
 
 止めは異なる手段で刺すつもりか、無様にへたり込む獲物への接近に従い、帯は発生源の裂け目へと回収されてゆく。
 距離が3レクト(1レクトは約75センチ)
に達したあたりで、漆黒の短刀を握りしめたままの右手に力が込められた、が──。
 
 白い鬼火を思わせる両眼が下方へと向けられ、灰白色の大地に横たわる黒衣の美女に固着する。
 
「那崎弓葉よ、おまえは偉大なる教聖の大いなる偉業に挺身する宿命なのだ…」
 
 ──この邪悪なる断言は、錬装磁甲の超集音機能によって困憊の極みにある装着者へもはっきりと届けられた。
 
「今度こそ弓葉がさらわれちまう…いいのかよ、“護衛絆獣”ラズンよ…」
 
 白い森へと逃げ込む直前、の「任務」を妨害したのが自分であるにもかかわらず、雷堂 玄は身勝手に慨嘆した。
 
 元々、弓葉を巡って天敵関係にある両者であったが、今日こそは“一線”を超えた感があった──玄の無責任且つ軽率な行動によって。
 
 されど、聖団員として許されざる行動であることを認識しつつも、彼には欲望に根差した衝動に逆らう術がなかったのだ…。
 
 ──那崎弓葉は愈々いよいよ操獣師としての初陣の時を迎えていたが、その作戦内容はラージャーラに流通する全薬品類の実に半数を製造しうる一大創薬工房群と、主原材料を供給する、辺境の小教界以上に広大な多生薬草園を所有する〈ティリールカ愛華領〉の防衛という一大ミッションであり、聖団の宿敵=神牙教軍の恐怖を実体験するトラウマ体験となった…!

 これまで、その他の追随を許さぬ最高峰の医道水準によって全土に赫々たる威光を放つ該教界は、救いを求める民人を教義の垣根を超えて受け入れ、“天響神の慈愛面の体現者”として果てしなき戦乱の嵐が避けよける殆ど唯一の存在であった──しかもその地位を確立するはるか以前の草創期より危険極まる戦闘地帯にもほぼ非武装の救護使節団を派遣するなど、同じ教界民としてのとしての連帯意識はあっても「慈善」という概念が存在しないラージャーラにあってその損益を省みぬ運営方針は恒常的敵対関係を当然視する各教界に理解し難く、当初は誹謗どころか物理的攻撃に晒されたことも頻々であったというが不条理な流血にも怯むことなく懸命に理念の浸透に励んだ結果、徐々に修羅の如き戦闘精神に鎧われた教界指導者たちからの崇敬を勝ち取るに至り、やがて全教界中、唯一ティリールカのみは“いかなる場合も侵すべからざる不可侵域”と認識させてしまったのである…だがその史上初の奇跡的事象を、ラージャーラ最大の「聖域」を踏み躙る悪魔が遂に出現してしまった──いうまでもなく神牙教軍である。
 
 だが、慧眼にも「Xデー」を予期した愛華領首脳は、教軍の暴虐なる侵略に手痛い打撃を与え続ける絆獣聖団に有事の防衛支援を打診して来たのであった。
 
 快諾した聖団は主戦力の操獣師や錬装者を次々と派遣し、教界内の施設配置の見学や教民との交流を行った。
 
 弓葉もまた地上時間で3ヶ月に及ぶ“操獣師研修期間”を経て、師・萩邑りさら、後輩の佐原真悠花と共に彼の地を訪れていたが、その印象は強烈なものであった…。
 
「まず、高空から俯瞰することが全体像を把握するのに最も得策」との聖団方針によって、研修中の真悠花の操獣訓練も兼ねて彼女が駆る“飛翔系絆獣”ヴェセアムにりさらと教界案内者と共に搭乗したのであったが、ベテランの手にかかれば他の地上&水中特化型の操獣師や錬装者たちも同乗出来たのであろうが、彼らの発する強烈な思念が新人にとっては、操獣に必要とされる極度の集中力を撹乱しうる要因と見なされ、最も心を許す2名に限定されたのであった。
 
 ──全長30レクト(22.5メートル)、全幅40レクト(30メートル)のコバルト色の空飛ぶ魔鱏がその胸部に強力な吸盤で固定された円形のゴンドラ-直径は10レクト-を抱いてラージャーラの代名詞とも言えるレモンイエローの天空を遊弋する雄姿は、聖団の威光を下界に降り注がせるかのごとくであった。
 
 一方、分厚い水晶の展望窓を通して愛華領を見下ろす弓葉たちもその雄大にして壮麗な美観に圧倒されたが、中でも彼女を感動させたのが史上最大規模にして、“ラージャーラの至宝”と称えられる【ティリールカ神霊薬花園】であった。

 ──まるで色彩の大洋だ!
 
 これも該世界の特色である灰色の大地に鏤められた、何百何千もの多様な色に染め上げられた宝石のごとき花々が地平線の彼方までを埋め尽くす偉観は、地上にて話には聞かされていたものの、大規模な花園をイメージするに留まった弓葉の期待をはるかに凌駕するものであった──。
 
 案内人の誇りに満ちた説明を待つまでもなく、この花々から抽出された成分が不可思議なる異界の人々の生命の維持にとって欠くべからざる生薬に昇華してゆく神秘は一瞥にして“凛然たる優美さの体現者”である美女二人を納得させた。 

 
「…ここだけは、どんなことがあっても守り抜かないといけないわね-那崎操獣師?」
 
 言われるまでもなかった。そう、この声なき生命の、宇宙全体を以てしても比肩するものなきと否応もなく納得させられる「大調和」を護るためならば、身命を捧げてもよい──自然に湧き上がる涙によって視界を霞ませながら、那崎弓葉は静かに自らと誓約を交わしたのであった…。

 だが、恐れていた事態は遂に現実のものとなったのである!  

    
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