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第1章 異空の超戦者たち

愛華領魔闘陣③

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 もし弓葉が神牙教軍の手に落ちたら──想像したくもない悪夢の事態だが、その内容は察しがつく。
 
 おそらく身柄は教軍が総本陣を構えるダロバスラ山に聳え立つ【極天霊柱】なる八本の巨大な塔のいずれかに連れ込まれ、三次元人の観念では想像だに出来ない“魔道の凌辱”を受けるのであろう。
 
 事実、教軍の絶対者である【鏡の教聖】なる謎の人物──いや生命体の奇怪なる欲望の犠牲となった被害者は数万名を超えるとされ、あくまで主体が彼の意に反するラージャーラ人であるのはいうまでもないが、少なからぬ三次元人も含まれているという推測はまことしやかに囁かれ続けていた。
 
 幸いにも玄や弓葉が属する絆獣聖団は彼らを強引に(?)異界の戦闘に引き込んだ次元全体を統べるとされる天響神エグメドの加護によってか、三十年前の黎明期以来、捕虜はおろか戦死者すらも出すに至っていないが、対神牙教軍において圧倒的な優勢を誇ってきた絆獣や錬装者がここ5年ほど、にわかに苦戦の度合いを増してきたことは否めない現実であった…事態がこのまま推移すれば、いずれ取り返しのつかぬ「敗北」を喫するのではないかという懸念は聖団を構成する400人あまりの三次元人(うち日本人はおよそ30名を数える)に共有されていたのである。
 
「奴らは我われの戦法を研究し、コピーしようとしているんだ」
 
 そう主張しているのは玄が目標とする現役最強と自他共に認めるカナダ人錬装者・レイモンド=スペンサーであったが、教軍が他の【教界】に侵攻する為に用いる【刃獣】なる生物兵器は、日を追うごとに手強さを増し、かつて一騎討ちでは手も足も出なかった絆獣と互角の戦いを展開するに至っていた──これは既に操獣師を引退し、聖団の指導層に収まった女傑たちにとって衝撃的なニュースだった。
 
 元来、絆獣であれ刃獣であれ、それらはラージャーラの地に生息する『原生獣』の能力をそれぞれの組織が有する技術によって強制的に、しかも極限にまで絞り出そうとする試みに他ならなかったが、前者が〈神〉によって、いわば天与された超技術により地上最高の技術陣-彼らは敬虔且つ霊感にも恵まれた神官でもある-によって創出された超生物であるのに対し、後者はあくまで過酷なる調教と弱者の淘汰といういわば素朴な“土着の技法”によって段階的に戦闘力を向上させてきたに過ぎなかったからである。
 
 ラージャーラ人には生来、三次元人が及びもつかない動植物に対する交感能力が備わっているのであるが(数少ない達人においては無機物との意思の疎通も可能とされている)、ここに逸早く着目した神牙教軍は、旗揚げ直後から全土に情報網を張り巡らし、野望達成の尖兵として利用すべく“凶猛なる訓練師”を求め漁ったのである。
 
 だが幾多の勢力がひしめくラージャーラ全体を制圧するには刃獣の基体となる原生獣自体も最強にして最凶でなければならず、その調達もまた困難を極めた。
 
 そのため、神牙教軍創始者・鏡の教聖は他軍団の統率者にはありえぬ奇手に打って出た。
 
 ──最も凶暴で過酷な環境でも活動可能、その上馴致が容易…この不可能命題に最適解をもたらす唯一の原生獣、“餓駆竜”ゾグムの生息地【ヤーゼリ妖樹高原】に乗り込み、そこに教界を構える【霊空勝士殿】総管・ガ=ラルに一騎討ちを挑んだのである。
 
 無論、“怪僧王”の異名をラージャーラ全土に流布させたほどの強者にとって、ぽっと出の弱小勢力を率いる馬の骨との対決など、何らのメリットもあるものではなかったが、根っからの喧嘩好きであるガ=ラルはその捨て身の姿勢を面白がり、成長著しい子飼いの戦士5人を撃破すれば挑戦に応じようとの鷹揚な態度を示した。そればかりか鏡の教聖が勝利の褒賞として真っ先に要求した「妖樹高原の支配権」も含み笑いで承諾したのであった。
 
 勝士殿精鋭と無知蒙昧な異教徒(天響神を崇める者同士といえど、「教義」が異なればそれはもはや完全に別物の宗教なのだ)の決闘は、該教界の一大イベントとして全教民の眼前に公開され、それはそのまま、教界最後の一日となった──。
 
 勝士殿が有する最大の聖儀場(主要な儀式の会場と戦士が勇武を誇示する競技場を兼ねた広大な平地建造物)に詰め掛けた数万の観衆──全教民の8割に及ぶとされる-は、僅か4セスタ(1セスタは地上時間単位でおよそ9分間)の間に、世界最強と信じて疑わなかった総管をはじめとする英傑たちが文字通り鎧袖一触されるのを目の当たりにしたのであった──
しかも被害は当事者のみならず観客にも及び、数百人が原因不明の死(ガ=ラル敗死を受けてのショック死含む)を遂げたばかりか、発狂した者多数に上り、精神に何らかの異常を来さざる者は皆無という惨状を呈するに至ったのである…。

 ──もし彼らが受けた〈攻撃〉がこのレベル●●●なら、その結果は大いに頷ける…。

 必死に立て直そうとしても、次の刹那には既に崩れている無限の虚脱地獄ループの虜囚である玄は、神牙教軍の有する恐るべき“魔道力”に畏怖せざるを得なかった。
 
 ──戦士に過ぎぬ(しかも基体は三次元人)にこれだけの能力を付与できるのであれば、軍団の頂点に立つ鏡の教聖の実力はどれほどのものなのであろうか…?

 ともあれ、完勝によって妖樹高原どころか教界全体の生殺与奪の権を握った神牙教軍総帥は直ちに教民の利用価値に従ってランク付けを行い(特に重視されたのが男女問わず原生獣との交感能力であり性的魅力と戦闘能力がそれに続いた)、そして不幸にも選にあぶれた、教聖曰く“残余物”の運命は、あまりにも悲惨なものであった…。
  
「たしか、何組かに分けられて聖儀場に集められ、早速教軍の訓練士に洗脳されたゾグムどもに一人残らず喰い散らされたんだっけな…」

 こうして、神牙教軍前衛進攻兵器の血塗られた戦歴キャリアが口火を切ったのであったが、実戦投入に当たって更なる進歩改良を施され(最も著しい変化は特殊軽金属の刃や棘を植え込まれた装甲板が頭・頸部、肘・膝・尾、両手足首に装着されたことであろう)、その呪われた快進撃はラージャーラ全土を文字通り震撼させた。
 
 ──そう、正体不明の組織が操る『絆獣』が立ち塞がるまでは…。
 
 神牙教軍というラージャーラ最凶の破壊結社に対し、他の教界が反撃体制を整えるまで唯一の有効なる対抗勢力となった絆獣聖団であるが、彼らはあくまでもカウンターパートとしての立場を墨守し、教軍の壊滅戦にまで踏み込むことはなかった…一部の血気盛んな錬装者や操獣師の強硬な主張があったにもかかわらず…。

 ──それは何故であったか?
 
 全ては、天響神の意思を媒介する選ばれし巫女たちの御告げによるものであったのだ。
 
 現在、その重責を担うのは二人の日本人と米国、フランス、インド各一名の、いずれも若い女性であるという。そして南仏プロヴァンス出身とされる人物はスペンサーの恋人と噂されていた…。
 
 だが、この聖団構成員の身命に関わる行動指針をごく一部の神憑り的存在に全面的に委ねてしまったことが今日の(そして玄にとっては正にこの瞬間の)危機的状況を招いてしまった重大な蹉跌であったのではないか?
 
 朦朧たる意識状態の中、ほんの2セスタ前まではち切れんばかりの生命力に溢れていた黒い錬装者は思考停止の指導層に声なき怒りをぶつけた。
 
 ──そうだ、教軍との戦力差が圧倒的な初期の段階で勝負を決めておけば、あれほどまで敵が巨大に-今やそれは史上初の、全教界に君臨する帝国と化しつつある-成長することはなく、自分たち‘現役世代’が苦渋を舐めることはなかったのだ…。
 
 「ちきしょう、やってらんないぜ…」
 
 自らの死命を決する赤系虹ミイラ=戸倉一志の位置すら掴めぬまま、恐怖すら喪失した極度の無力感の中で呟くしかない雷堂 玄であった…。
 
 
 




 
  
  
 


 
 


 
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