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第五章 戦士たちの交錯
錬装者地獄変④ 最強者地底対談(前編)
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相並んで歩を進める宗 星愁と光城玄矢を遠距離から眺めれば、友同士が肩を並べ親しく語り合っているようにしか見えなかった。
事実、両雄の間に流れる空気は決して友好的、というのではないにせよ、互いを不倶戴天の仇敵と見定めている者たちのそれとは確実に一線を画していたのである。
「──全くオレは自分の直感ってヤツがおそろしいぜ…。
尤もそれが当たってたから言う訳じゃねえが、絶対に今回の覇闘はバトル以外の何か不穏な事態が待ち受けてる気がしてたのさ…!」
自分よりもちょうど10センチ長身である188センチの光城派総帥を軽く見上げ、星愁が引き続き硬い声音で応じる。
「そうですか、さすがですな…。
実は私もそろそろ、連中が仕掛けてくるんじゃないかと思ってた矢先でしてね…」
年齢では22歳の妖帝に対し中国支部最強錬装者が三歳年長であったが、少なくとも敬語の使用に関しては長幼の序が逆転していた。
「連中、ね…その言い草じゃ、アンタ、もはや完全に聖団を敵と見做してるようだな、ええ?」
五秒ほどの沈黙の後、星愁は重い口を開いた。
「もちろん、昔からそうだった訳ではありませんよ…。
ただ、ここ1年余りで組織は完全に変質してしまった…具体的には、しばらく空位だった〈聖団長〉のポストがある人物によって埋められるのではないか、という情報が密かに流れはじめたあたりですかね…」
「それはどうしてだ?
むしろ、二代目…たしかアメリカ人のオバハンだったよな、そのヒトが死んでから跡目がすぐに決まらなかった方が不自然に思えるがね…」
「相変わらず聖団の事情にお詳しいですな…。
その点については、私にも分かりかねますがね、本部からの表向きの説明としては、“それは〈主宰神〉の思し召しであり、天響神との意思疎通は今後、彼が任命した【六天巫蝶】なる巫女集団によって行われる”ということだったんですが…」
「……」
敵軍の将は無言で先を促し、星愁は続けた。
「これは私見ですが、エグメドはどうやら、我々本来の主戦場である異世界で奮闘する〈本隊〉とこの〈地上部隊〉を完全に分けて運用することを決したのではないかと…。
そして、これからいよいよ、覇闘以後の本格戦闘が開始されるのではないかと推断してるんですが…」
「だが、ここはラージャーラじゃねえ。
今のところ神牙教軍こそいねえが、それに匹敵する…あるいはそれ以上の武力を有する各国軍隊が犇めいているんだぜ…そっちが言う本格戦闘が連中との戦争を意味してるんなら、それはあまりにも自殺的なアクションじゃねえのかい?」
この当然の指摘に、錬装者はきっぱりと首を振った。
「言葉が足りませんでしたが、私が言った本格戦闘というのは対外的なものではありません…。
あくまでその刃は、我々【融和派】に対して向けられたものです…」
腑に落ちたかのように、玄矢が頷く。
「なるほど…聖団員でありながら我らが魂師の薫陶を受けた、いわゆる〈選良〉に対する粛清ってヤツか…」
「愚かなことです…。
そもそも聖団結成の目的が“破壊と侵略精神の権化ともいうべき神牙教軍=鏡の教聖の打倒”であった以上、同じ思想を掲げる妖帝星軍と憎み合う理由はなかったはず…」
「…ま、氏も育ちもバラバラの烏合の衆を一つにまとめるためにゃ、魂師──尤もそちらさんは妖術鬼なんつーおどろおどろしいニックネームを奉ってくれてるが、あのお方をいわば“教軍の尖兵ともいうべき極悪非道な存在”に貶めるのが得策と判断…いや、愚考したんだろうよ…」
「ですが、その方針が絆獣聖団本部をとんでもない怪物に──いわば、“地上版・神牙教軍”ともいうべき兇悪な集団に変えてしまったようです…」
いつしか二人は、【冬河小型絆獣研究所】の開きっぱなしのマンホール型門の前に立っていた。
「だがよ、そっちが言ういわゆる偉大なる天響神は、我が子が殺し合うそんな非惨事をただ黙認するってのかい…それはそれでいかがなモンかと思うがな…」
惨劇の現場へと通じる階段をゆっくりと降りつつ、宗 星愁は苦笑する。
「私も最初は思いましたよ…エグメド様、それはあまりにも無体ではございませんか、ってね…。
でもね、光城さん…つい最近、私はある恐ろしい認識に到達したんですよ…」
「ほう、そいつはぜひとも聞かせてもらいてえな…」
両手をポケットに突っ込んだまま、先導者のすぐ後ろに続きながら最強妖帝が宣う。
「…まあ、地下に降りてから話します。
それから、ちょっと臭うかもしれませんからハンカチか何か、鼻を押さえるものをご用意下さい…」
「ふふん…分かった。
──おっ、ハデにやってるな!」
床に降りるとすぐに目に飛び込んでくる、侵入者によって破壊された鉄製のドアに向かって、外したサングラスを襟元に引っ掛けつつ玄矢がおどけた声を上げる。
「…一目で見抜かれたでしょうが、間違いなく錬装者による狼藉です…」
「…だな。やられたのはいつだ?」
「今朝です──そしてその時、ここには冬河恒典首督がいました」
「ああ、あの下卑た田舎のオッサンか…。
端から眼中にねえから存在そのものをすっかり忘れ果ててたが、ソイツはどうなったんだい?
姿が見えねえところを見ると、聖団に連れ去られでもしたのか?…だがもしそうなら、何とも物好きな連中だよな…」
一時間ほど前の星愁がそうしたようにくの字に曲がったドアに太い指を滑らせる訪問者に、案内人は曖昧な表情で首を振る。
「どうもそれがよく分からないんですよ…。
この事件以後、恒典の姿を見たのは私と妖帝星軍をお迎えした那崎恭作という若者だけなのですが、気が付いたのが遅れたこともあって、皆が窓外に目を向けた時には、首督はまさに車で走り去ろうとしていたところだったのです…」
「はーん?そりゃおかしなハナシだな…。
それでその後、オッサンから何の連絡も無しってことか?」
「ええ、そうなんです」
「ふーん…で、襲った錬装者に心当たりはあるのかよ?」
この問いに、宗 星愁は即答してのけた。
「あります。
…現在、4年間(残り2年)の〈暫定的団員資格剥奪処分〉を受けている我が支部所属の牧浦信樹──今回の件は彼の単独犯行だと私は確信しています」
「牧浦?どこかで聞いた名だな…。
あ、思い出したぜ!オレの記念すべき(覇闘)デビュー戦の相手じゃねえか…」
「…そう、その牧浦です」
「──あん時は、光至教の【奥多摩研修所】の地下に作った誓覇闘地にそっちが遠征して来たんだよな。
何でも牧浦、オレの前に連戦してたとか知らされてよ、“いくらこっちが初陣だからってナメたマネしくさりやがる”ってハラワタが煮えくり返ったのを覚えてるぜ…それで思いっきり拳を入れてやったらあっさり三発で決着が着いたんだが…そういやアンタもあの場にいたよなあ?」
薄闇を貫いてくる最強妖帝の鋭い眼光に、背筋にぞくりとするものを疾らせつつ聖団屈指の錬装者は頷いた。
「ええ、いました…まさに戦慄のデビュー戦、あなたとだけは当たりたくないもんだと心底思ったのを覚えてますよ…」
「ふふん…ま、その祈りが通じたのか、未だに〈黄金カード〉は実現してねえな…。
まあ自惚れる訳じゃねえが、聖団本部が本気でアンタを粛清対象にしてるんなら、今回、オレにぶつけるのが最も効果的だと思うんだが…」
この傲岸不遜なコメントに、当の宗 星愁はあっさりと頷いた。
「私もそう思ってましたよ。
ですが、今朝の一件に直面して敵は何かもっと大掛かりな陰謀を目論んでいるのではと思い直したのです…」
「へえ、そうかい…。
そういや、1コ思い出したコトがある。
オレが牧浦をKOした後、大の字にノビたままのアイツに茹でダコみてえに顔を真赤にした冬河が覆い被さってよ、声を限りにひたすら罵倒しまくってたっけなあ…。
あのキチガイじみたキレ具合を見りゃあ、岡山に帰ってからも牧浦はさぞや針の筵だっただろうな。
…そこら辺も、今回の反乱劇の背景にあったんだろうよ」
「同感ですね」
黙って歩を進め、無惨な破壊痕を留めた監視室に侵入した光城玄矢は、続いて入室した宗 星愁を振り返ると、軽い嘲りを含んだ眼差しを向けて言い切った。
「──おまえさん、案外鈍いな。
冬河のジジイ、もうくたばってるぜ…。
犯行現場はまさに今アンタが立ってる位置だ──ほらそこに、何かを拭き取った染み跡がうっすら残ってるだろうが…。
それに微かだが、この部屋の空気にははっきりと血臭の残り香が漂ってるぜ…!」
事実、両雄の間に流れる空気は決して友好的、というのではないにせよ、互いを不倶戴天の仇敵と見定めている者たちのそれとは確実に一線を画していたのである。
「──全くオレは自分の直感ってヤツがおそろしいぜ…。
尤もそれが当たってたから言う訳じゃねえが、絶対に今回の覇闘はバトル以外の何か不穏な事態が待ち受けてる気がしてたのさ…!」
自分よりもちょうど10センチ長身である188センチの光城派総帥を軽く見上げ、星愁が引き続き硬い声音で応じる。
「そうですか、さすがですな…。
実は私もそろそろ、連中が仕掛けてくるんじゃないかと思ってた矢先でしてね…」
年齢では22歳の妖帝に対し中国支部最強錬装者が三歳年長であったが、少なくとも敬語の使用に関しては長幼の序が逆転していた。
「連中、ね…その言い草じゃ、アンタ、もはや完全に聖団を敵と見做してるようだな、ええ?」
五秒ほどの沈黙の後、星愁は重い口を開いた。
「もちろん、昔からそうだった訳ではありませんよ…。
ただ、ここ1年余りで組織は完全に変質してしまった…具体的には、しばらく空位だった〈聖団長〉のポストがある人物によって埋められるのではないか、という情報が密かに流れはじめたあたりですかね…」
「それはどうしてだ?
むしろ、二代目…たしかアメリカ人のオバハンだったよな、そのヒトが死んでから跡目がすぐに決まらなかった方が不自然に思えるがね…」
「相変わらず聖団の事情にお詳しいですな…。
その点については、私にも分かりかねますがね、本部からの表向きの説明としては、“それは〈主宰神〉の思し召しであり、天響神との意思疎通は今後、彼が任命した【六天巫蝶】なる巫女集団によって行われる”ということだったんですが…」
「……」
敵軍の将は無言で先を促し、星愁は続けた。
「これは私見ですが、エグメドはどうやら、我々本来の主戦場である異世界で奮闘する〈本隊〉とこの〈地上部隊〉を完全に分けて運用することを決したのではないかと…。
そして、これからいよいよ、覇闘以後の本格戦闘が開始されるのではないかと推断してるんですが…」
「だが、ここはラージャーラじゃねえ。
今のところ神牙教軍こそいねえが、それに匹敵する…あるいはそれ以上の武力を有する各国軍隊が犇めいているんだぜ…そっちが言う本格戦闘が連中との戦争を意味してるんなら、それはあまりにも自殺的なアクションじゃねえのかい?」
この当然の指摘に、錬装者はきっぱりと首を振った。
「言葉が足りませんでしたが、私が言った本格戦闘というのは対外的なものではありません…。
あくまでその刃は、我々【融和派】に対して向けられたものです…」
腑に落ちたかのように、玄矢が頷く。
「なるほど…聖団員でありながら我らが魂師の薫陶を受けた、いわゆる〈選良〉に対する粛清ってヤツか…」
「愚かなことです…。
そもそも聖団結成の目的が“破壊と侵略精神の権化ともいうべき神牙教軍=鏡の教聖の打倒”であった以上、同じ思想を掲げる妖帝星軍と憎み合う理由はなかったはず…」
「…ま、氏も育ちもバラバラの烏合の衆を一つにまとめるためにゃ、魂師──尤もそちらさんは妖術鬼なんつーおどろおどろしいニックネームを奉ってくれてるが、あのお方をいわば“教軍の尖兵ともいうべき極悪非道な存在”に貶めるのが得策と判断…いや、愚考したんだろうよ…」
「ですが、その方針が絆獣聖団本部をとんでもない怪物に──いわば、“地上版・神牙教軍”ともいうべき兇悪な集団に変えてしまったようです…」
いつしか二人は、【冬河小型絆獣研究所】の開きっぱなしのマンホール型門の前に立っていた。
「だがよ、そっちが言ういわゆる偉大なる天響神は、我が子が殺し合うそんな非惨事をただ黙認するってのかい…それはそれでいかがなモンかと思うがな…」
惨劇の現場へと通じる階段をゆっくりと降りつつ、宗 星愁は苦笑する。
「私も最初は思いましたよ…エグメド様、それはあまりにも無体ではございませんか、ってね…。
でもね、光城さん…つい最近、私はある恐ろしい認識に到達したんですよ…」
「ほう、そいつはぜひとも聞かせてもらいてえな…」
両手をポケットに突っ込んだまま、先導者のすぐ後ろに続きながら最強妖帝が宣う。
「…まあ、地下に降りてから話します。
それから、ちょっと臭うかもしれませんからハンカチか何か、鼻を押さえるものをご用意下さい…」
「ふふん…分かった。
──おっ、ハデにやってるな!」
床に降りるとすぐに目に飛び込んでくる、侵入者によって破壊された鉄製のドアに向かって、外したサングラスを襟元に引っ掛けつつ玄矢がおどけた声を上げる。
「…一目で見抜かれたでしょうが、間違いなく錬装者による狼藉です…」
「…だな。やられたのはいつだ?」
「今朝です──そしてその時、ここには冬河恒典首督がいました」
「ああ、あの下卑た田舎のオッサンか…。
端から眼中にねえから存在そのものをすっかり忘れ果ててたが、ソイツはどうなったんだい?
姿が見えねえところを見ると、聖団に連れ去られでもしたのか?…だがもしそうなら、何とも物好きな連中だよな…」
一時間ほど前の星愁がそうしたようにくの字に曲がったドアに太い指を滑らせる訪問者に、案内人は曖昧な表情で首を振る。
「どうもそれがよく分からないんですよ…。
この事件以後、恒典の姿を見たのは私と妖帝星軍をお迎えした那崎恭作という若者だけなのですが、気が付いたのが遅れたこともあって、皆が窓外に目を向けた時には、首督はまさに車で走り去ろうとしていたところだったのです…」
「はーん?そりゃおかしなハナシだな…。
それでその後、オッサンから何の連絡も無しってことか?」
「ええ、そうなんです」
「ふーん…で、襲った錬装者に心当たりはあるのかよ?」
この問いに、宗 星愁は即答してのけた。
「あります。
…現在、4年間(残り2年)の〈暫定的団員資格剥奪処分〉を受けている我が支部所属の牧浦信樹──今回の件は彼の単独犯行だと私は確信しています」
「牧浦?どこかで聞いた名だな…。
あ、思い出したぜ!オレの記念すべき(覇闘)デビュー戦の相手じゃねえか…」
「…そう、その牧浦です」
「──あん時は、光至教の【奥多摩研修所】の地下に作った誓覇闘地にそっちが遠征して来たんだよな。
何でも牧浦、オレの前に連戦してたとか知らされてよ、“いくらこっちが初陣だからってナメたマネしくさりやがる”ってハラワタが煮えくり返ったのを覚えてるぜ…それで思いっきり拳を入れてやったらあっさり三発で決着が着いたんだが…そういやアンタもあの場にいたよなあ?」
薄闇を貫いてくる最強妖帝の鋭い眼光に、背筋にぞくりとするものを疾らせつつ聖団屈指の錬装者は頷いた。
「ええ、いました…まさに戦慄のデビュー戦、あなたとだけは当たりたくないもんだと心底思ったのを覚えてますよ…」
「ふふん…ま、その祈りが通じたのか、未だに〈黄金カード〉は実現してねえな…。
まあ自惚れる訳じゃねえが、聖団本部が本気でアンタを粛清対象にしてるんなら、今回、オレにぶつけるのが最も効果的だと思うんだが…」
この傲岸不遜なコメントに、当の宗 星愁はあっさりと頷いた。
「私もそう思ってましたよ。
ですが、今朝の一件に直面して敵は何かもっと大掛かりな陰謀を目論んでいるのではと思い直したのです…」
「へえ、そうかい…。
そういや、1コ思い出したコトがある。
オレが牧浦をKOした後、大の字にノビたままのアイツに茹でダコみてえに顔を真赤にした冬河が覆い被さってよ、声を限りにひたすら罵倒しまくってたっけなあ…。
あのキチガイじみたキレ具合を見りゃあ、岡山に帰ってからも牧浦はさぞや針の筵だっただろうな。
…そこら辺も、今回の反乱劇の背景にあったんだろうよ」
「同感ですね」
黙って歩を進め、無惨な破壊痕を留めた監視室に侵入した光城玄矢は、続いて入室した宗 星愁を振り返ると、軽い嘲りを含んだ眼差しを向けて言い切った。
「──おまえさん、案外鈍いな。
冬河のジジイ、もうくたばってるぜ…。
犯行現場はまさに今アンタが立ってる位置だ──ほらそこに、何かを拭き取った染み跡がうっすら残ってるだろうが…。
それに微かだが、この部屋の空気にははっきりと血臭の残り香が漂ってるぜ…!」
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