ボクらは魔界闘暴者!

幾橋テツミ

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第四章 【覇闘】直前狂騒曲

錬装者煉獄篇⑧美しき魔女の誘い

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 “謎の美女ミステリアス・ビューティー”の異名をとる絆獣聖団の広報役マドンナから、

 実は直接対面したことこそないものの、晴れて錬装者デビューを飾るにあたり、提示された30ページに及ぶ〔磁甲カタログ〕から命を預ける鎧を選択することとなった黎輔は、彼女に少なからぬ労を取って貰ったことがあったのだ──尤もほとんどの手続きは頼れる兄貴分の手を煩わせたのであったが。

 紆余曲折はあったものの希望通り【スペンサーモデル】をゲットし、星愁に促されて教わった番号に掛けてお礼と短い会話を交わしたものの、その時の印象は決して快いものではなかったのである…。

 もちろん繋がりはしたものの、その時相手は通話中であり、1分ほど辛抱した後、10分ほどの間隔を空けて掛け直したのだがまたしても電話中…しかもそれが5回連続で続いたのだ!

 こうなるともはや先方の意図は明らかであり、どうやら女史は田舎のワガママ小僧にいたくご立腹の様子である。

 結局、心折れてその日の連絡を断念した後、夜も更けた頃に向こうから掛かってきて事なきを得たが、その際にも突慳貪つっけんどんとは言わぬにせよその口調は極めて事務的であり、辛うじて末尾に「頑張って下さい」の一言があったから救われたものの、それすら無かったら間違いなく登録自体行わなかったであろう…。

 しかもそれ以来、憎悪の対象である父親の発言に“神田ぐっちゃん”の固有名詞が頻発するに及び、と思い込んだ黎輔はいつしか女史を“敵側”に分類していたのであったから、この怪現象には目を疑わずにいられなかった…。

 ──だが、泣く子も黙る絆獣聖団本部の“陰の実力者”からの着信を無視する訳にはいかぬ…意を決し、彼は通話ボタンを押した。

「はい、もしもし…?」

「黎輔クン?…〈広報部〉の神田口です。

 ──お久しぶりね、元気そうで何よりだわ…」

 嗚呼、2年半前のAI音声よりも冷ややかだったその声音は、完全に真逆のよもや天女かと聴き紛うほどに清麗にして情感溢れる響きへと変化して、思春期後半に差し掛かったリビドー少年の鼓膜をこの上なく蠱惑的に揺すぶり立てるのであった。

「…あ…は、はい…そ、その節は大変お世話になりました…」

 動揺と興奮で完全に裏返った震え声を受けてミステリアスな麗人からはふふふ、と妖艶な忍び笑いを返されたが、その時既に冬河黎輔の股間ではしていたのであった…。

「実はね、もう伝わってるとは思うけれど救護車が故障して…幸いにもそれは直ったのだけど、今度は別の大変な事態になってしまって…」

「大変な事態…ですか?」

 ここで女史は一呼吸措き、沈痛な声色となって続けた。

「そう…張り詰めていた気持ちが一気に崩れてしまったのかしら、恒典さんがお気の毒にもしてしまったらしいの…」

 ──この時、黎輔の心を襲った感情は怒りと…そして身震いするほどの羞恥であった。

『あ、泡を吹いてブッ倒れただあ?

 あ…あのクソ親父、何て情けねえ醜態を晒しやがったんだッ!?

 し、しかもそれを神田口さんから聞かされるなんて、ああ、穴があったら入りてえッ!!

 恒典テメエ、どんだけオレに恥ずかしい思いさせりゃ気が済むんだよッ!

 死ねッ!責任取って今すぐくたばりやがれッ、この因業ジジイがッッ!!』

 されど内心の激情をストレートに表出する訳にはいかず、とりあえずこの場は〈孝行息子〉を演じる必要があった。

「ええッ、そうなんですかッ!?

 そ、そういえば日頃から血圧が高くて、医者からは節酒と禁煙を強くアドバイスされていたようなんですけど、何しろあの通り頑固な性格なものですから、…。

 それで、父の具合はどうなんでしょうか…?」

 ──我ながら名演技だぜよ、と自賛しつつ容態を伺う黎輔に、女史も真摯に返答する。

「不幸中の幸い、といったら不謹慎だけれど、倒れたのが救護車の傍らでよかったわ…それで問題の症状ですけど、聖団の泉原医師の診察ではの疑いが濃厚だとか…。

 幸い、救護車に積んであった予備パーツと冬河首督が持参してくれた特殊工具で救護車が復活したから、このまま聖団の〈秘密施設〉に搬送します。

 大変心苦しいのだけどこれは聖団員あなたたちにも教えられない組織のトップシークレットに属する情報で、場所そのものは教えてあげられないのよ…。

 でもそこにはなまじな医療機関には全く引けを取らないほどの設備と優秀なスタッフが揃っているからどうか安心して下さい…少なくとも泉原氏は首督の命に別状はない、と断言しています」

 この展開に驚きを隠せない黎輔を、彼女の次なる発言がさらに緊張させる。

「それとね、これはとても言いにくいことなんだけれど…、

 恒典首督が倒れるに至った直接の要因について…」

『…勘弁してくれよ、まだあるのかよ?

 それでなくてもこちとら覇闘を控えて並みの精神状態じゃないっていうのに…』

 されどこれが非情なる聖団幹部としての本来の姿なのであろう、あたかも2年半前に戻ったかのような冷徹な口ぶりで神田口は続けた。

「──もうそちらでも明らかになっているはずだけれど、恒典首督が丹精込めて育成していた小型絆獣…それが無惨にも全滅してしまっているはずですが、これを実行したのはなのよ…。

 蛇足ながら言い添えておくと、この告白を終えた直後に首督はお倒れになったということらしいのね…。

 ちなみに使用された凶器は聖団が護身用に貸与していた〔超震炸弾銃〕…これから発射される〈超真空波〉が凝縮された見えない弾丸の威力は、驚くべきことにあなたたち錬装者の拳の一撃にゆうに匹敵するほどなのだけれど…」

 だが、後半の文言は前半部分のみで文字通り真空状態となった冬河少年の脳内には一切受容されはしなかった。

「親父が…ハンゾウたちを殺した…?

 …そんなバカな…ありえない…」

 たっぷり十数秒の沈黙を経て、再開された神田口女史の語り口は再び艶麗なものへと戻ると同時に、混乱の極に達しているであろう少年の内面を気遣う母性的な温もりを横溢させていた。

「さぞ困惑されているでしょう、お察ししますわ…。

 でもね、冬河首督はかなり以前より支部運営の困難さを事あるごとに私たちに訴え、殊にここ最近は〈解散許可〉を切実に懇請するようになっていたの…。

 もちろん我々本部としてもその懊悩に真摯に向き合ってきたつもりですけれども、事ここに至りそれは決して十分ではなかったと…もう少し直接の窓口となっていた私が彼から何度も発せられていたはずのSOSの深刻さを推し量ることができてさえいればと反省しているわ…。

 でも恒典さんにも首督としての…そして男としての矜持があったんでしょうね、今にして思えばその精神状態は限界寸前だったのでしょうに、画面通話のおしまいはいつもあの、おどけた笑顔で締めくくっておられて…やはり女の私に内心の苦衷を全て吐露するということはプライドが許さなかったということなのかしら…。

 …それでね、中国支部の今後に関してはとりあえず今回の覇闘の完遂とお父上の容態の経過を見計らってのことになるのだけれど、は宗錬装者をはじめとするメンバーには当面伏せておくことをお願いするわ…でも、首督の具合が悪くなって聖団施設に搬送されたということだけは伝えておいて下さいね…。

 そして最後に…、

 黎輔クン、次の土曜の午後7時に、で合宿所で待機しておいて下さらない?

 ──今後のことについて協議するため、…!」























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