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第三章 血染めの【覇闘札】
反逆者は地底に潜む
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宗 星愁が前日に作り置きしてあったスタミナうどんを仲間のために茹でている頃、冬河恒典は最愛のハンゾウを伴い、“野望の根城”ともいうべき【冬河小型絆獣研究所】を訪れるべく山小屋風合宿所の裏手に回っていた。
常駐研究員の貞昌が不在の現在、ほぼ毎日ここを訪れている彼がまず行うのは約10畳ほどの【監視室】の隅に備え付けた業務用大型冷蔵庫から取り出したハンゾウたちの餌(主食は大ぶりな五本のサツマイモであるが、それに副食として彼らの好物であるリンゴやバナナ、イチゴ等が付く。そして週2のペースで行われるトーナメント制の激しい実戦スパーリングの勝者には褒賞として県産のマスカットや白桃が、そして覇闘における殊勲を挙げた勇者には、今回のハンゾウにおける高価な種無しスイカや九州産マンゴー、超高級メロンといったさらにスペシャルな逸品が贈られるのだ)を手押しカートに乗せて総計5つの【獣居房】に送り届けることであったが、いかに愛する絆獣たちのためとはいえ、これらの雑務をこなすのにいい加減嫌気が差している中国支部首督であった。
されど、“重度の猿アレルギー”を主張する息子が頑として手を貸そうとしないため、従順な甥が戻ってくるまでは〈所長〉自ら額に汗し、激臭を放つ糞尿にまみれながらいつの日か不肖の倅をはじめとする所属錬装者全員を必ずや血祭りに上げてやると夢見つつ、それらのルーティンを日々励行するしかなかったのである…。
──しかし、合宿所の裏手に埋設されたマンホール状の蓋に仕込まれた電子錠を解除すると現れる15段の階段を降りるよりも早く、いつも鼓膜を快く震わせる真の息子たちの空腹を訴えるけたたましい合唱が今日に限って聴こえないことに気付き、困惑を余儀なくされていた。
「一体全体、何があったんじゃッ!?」
当然ながら、自宅に戻った緑の鎧猿も異変を察知し、得意の跳躍力を利して僅か一っ飛びで床に降り立ち仲間…いや子分が屯する獣居房に駆けてゆく。
一方の恒典はとるものもとりあえず、階段を降りきった監視室の壁面に取り付けられた5面の小型カメラを確認すべく入口の電子ロックのパスワードを打ち込もうとしたが、それは不要な行為であった。
──厚さ2センチの頑丈な鉄扉は、恐るべき力を有する何者かによってこじ開けられていたのである!
そしてその際に加わった凄まじい圧力により、厚い鋼板はあたかも巨人の拳撃を受けたかのごとき無惨なくの字に折れ曲がっているではないか…。
「何じゃ!?
ど、どこのどいつがドアをめいだ(壊した)んじゃあッ!?」
喚きつつ電灯を点けようとしたその瞬間、冬河恒典は眼の前の薄闇に人型の異様な物体を発見してその場に金縛りとなった。
「──!!
オ、オメエは…ま、牧浦か…?
な、何でこんな所におるんじゃ…!?
た、たしかオメエは二年前のしくじりのせいで…よ、四年の団員資格停止のペナルティを食らったはず…!
そ、それなのに何で強制返上させられたはずの錬装磁甲をまとっとるんじゃ…?
ぜ、全然、ワケが分からんわ…。
の、のうマキ…は、はよ説明せいや…、
ワ、ワシは本部から何も聞いとりゃせえのんじゃけえなあ…」
中国支部首督が震え声で糾明しはじめると同時に、彼の2メートルほど前方に佇立する、仏教の守護神たる四天王像の一尊(筆と巻物こそ握ってはいないが、姿形、特に容貌が広目天に酷似している)を象った磁甲が炯々たる朱色の眼光を放射し、鈍色に底光りするはぐれ錬装者を凶々しく浮かび上がらせる…。
彼が牧浦信樹本人であるならば研究所に難なく忍び込めたのも頷ける…何故なら、恒典は何度か彼に絆獣の世話をやらせたことがあるからだ。
「…相変わらずのオメエ呼ばわりかいや?
ま、悪趣味な身なりにもハッキリ現れとるアンタの品の無さは千年ばかり地獄に堕ちでもせん限りゃあ矯正は不可能じゃろうけどな、そんな態度じゃワイにも考えっちゅうもんがあるわいなあ…」
明らかに殺意を底流させるかつての部下の挑発めいた言い草に、たちまち眼前の現象の不合理さを忘却し、赫怒のみに精神を占拠された恒典は精一杯の大声で喚き立てた。
「な、な、何じゃとッ?!
お、お、おどりゃあ、だ、誰に向こうて口を利いちょるんじゃッ!?
ワ、ワシゃあ、しゅ、首督の冬河恒典どッッ?!
で、でえてえのォ、ワ、ワリャあ、い、今ぁ聖団員ですらねえんどッ!
せ、せえなのにど、どのツラ下げてワシの前に出て来れたんじゃいッ!?
フ、フザけんのもえ、ええかげんにさらせよッ!
せ、せえで、ほ、本部から錬装磁甲までパクリよってからにッ!
え、えーか牧浦、こ、こ、これでオメエはし、死刑確定じゃッ!!
ま、待っとれ!い、今すぐ階上の連中を呼んで取り押さえちゃるけえなッッ!!」
常駐研究員の貞昌が不在の現在、ほぼ毎日ここを訪れている彼がまず行うのは約10畳ほどの【監視室】の隅に備え付けた業務用大型冷蔵庫から取り出したハンゾウたちの餌(主食は大ぶりな五本のサツマイモであるが、それに副食として彼らの好物であるリンゴやバナナ、イチゴ等が付く。そして週2のペースで行われるトーナメント制の激しい実戦スパーリングの勝者には褒賞として県産のマスカットや白桃が、そして覇闘における殊勲を挙げた勇者には、今回のハンゾウにおける高価な種無しスイカや九州産マンゴー、超高級メロンといったさらにスペシャルな逸品が贈られるのだ)を手押しカートに乗せて総計5つの【獣居房】に送り届けることであったが、いかに愛する絆獣たちのためとはいえ、これらの雑務をこなすのにいい加減嫌気が差している中国支部首督であった。
されど、“重度の猿アレルギー”を主張する息子が頑として手を貸そうとしないため、従順な甥が戻ってくるまでは〈所長〉自ら額に汗し、激臭を放つ糞尿にまみれながらいつの日か不肖の倅をはじめとする所属錬装者全員を必ずや血祭りに上げてやると夢見つつ、それらのルーティンを日々励行するしかなかったのである…。
──しかし、合宿所の裏手に埋設されたマンホール状の蓋に仕込まれた電子錠を解除すると現れる15段の階段を降りるよりも早く、いつも鼓膜を快く震わせる真の息子たちの空腹を訴えるけたたましい合唱が今日に限って聴こえないことに気付き、困惑を余儀なくされていた。
「一体全体、何があったんじゃッ!?」
当然ながら、自宅に戻った緑の鎧猿も異変を察知し、得意の跳躍力を利して僅か一っ飛びで床に降り立ち仲間…いや子分が屯する獣居房に駆けてゆく。
一方の恒典はとるものもとりあえず、階段を降りきった監視室の壁面に取り付けられた5面の小型カメラを確認すべく入口の電子ロックのパスワードを打ち込もうとしたが、それは不要な行為であった。
──厚さ2センチの頑丈な鉄扉は、恐るべき力を有する何者かによってこじ開けられていたのである!
そしてその際に加わった凄まじい圧力により、厚い鋼板はあたかも巨人の拳撃を受けたかのごとき無惨なくの字に折れ曲がっているではないか…。
「何じゃ!?
ど、どこのどいつがドアをめいだ(壊した)んじゃあッ!?」
喚きつつ電灯を点けようとしたその瞬間、冬河恒典は眼の前の薄闇に人型の異様な物体を発見してその場に金縛りとなった。
「──!!
オ、オメエは…ま、牧浦か…?
な、何でこんな所におるんじゃ…!?
た、たしかオメエは二年前のしくじりのせいで…よ、四年の団員資格停止のペナルティを食らったはず…!
そ、それなのに何で強制返上させられたはずの錬装磁甲をまとっとるんじゃ…?
ぜ、全然、ワケが分からんわ…。
の、のうマキ…は、はよ説明せいや…、
ワ、ワシは本部から何も聞いとりゃせえのんじゃけえなあ…」
中国支部首督が震え声で糾明しはじめると同時に、彼の2メートルほど前方に佇立する、仏教の守護神たる四天王像の一尊(筆と巻物こそ握ってはいないが、姿形、特に容貌が広目天に酷似している)を象った磁甲が炯々たる朱色の眼光を放射し、鈍色に底光りするはぐれ錬装者を凶々しく浮かび上がらせる…。
彼が牧浦信樹本人であるならば研究所に難なく忍び込めたのも頷ける…何故なら、恒典は何度か彼に絆獣の世話をやらせたことがあるからだ。
「…相変わらずのオメエ呼ばわりかいや?
ま、悪趣味な身なりにもハッキリ現れとるアンタの品の無さは千年ばかり地獄に堕ちでもせん限りゃあ矯正は不可能じゃろうけどな、そんな態度じゃワイにも考えっちゅうもんがあるわいなあ…」
明らかに殺意を底流させるかつての部下の挑発めいた言い草に、たちまち眼前の現象の不合理さを忘却し、赫怒のみに精神を占拠された恒典は精一杯の大声で喚き立てた。
「な、な、何じゃとッ?!
お、お、おどりゃあ、だ、誰に向こうて口を利いちょるんじゃッ!?
ワ、ワシゃあ、しゅ、首督の冬河恒典どッッ?!
で、でえてえのォ、ワ、ワリャあ、い、今ぁ聖団員ですらねえんどッ!
せ、せえなのにど、どのツラ下げてワシの前に出て来れたんじゃいッ!?
フ、フザけんのもえ、ええかげんにさらせよッ!
せ、せえで、ほ、本部から錬装磁甲までパクリよってからにッ!
え、えーか牧浦、こ、こ、これでオメエはし、死刑確定じゃッ!!
ま、待っとれ!い、今すぐ階上の連中を呼んで取り押さえちゃるけえなッッ!!」
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