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第2章 【パーフェクト・アイドル】の香り
そろそろ寝なくっちゃ…。
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那崎恭作との会話を終えた冬河黎輔は、まっすぐ宗 星愁の部屋に向った。
恭作自身もしきりに詫びていたか、彼からもたらされた衝撃が明日の決戦に向けて必須の睡眠に影響することは確実であった。
だが、黎輔に戦友を責めるつもりはさらさらない…もし自分が彼の立場だとしたら、同じ行動を取ったに決まっているからだ…。
そして敬愛する先輩もまた、その心情を充分に理解していた。
「…しかし、恭作というのは意外だったな…。
次は絶対、オレじゃないかと覚悟してたんだが…尤も、もうこちとらのようなロートルはお呼びじゃないのかもしれんな…」
床板に胡座をかき、酔い醒ましのほうじ茶を流し込みながらどこか寂しげに嗤うイケメン整体師と対面する黎輔は複雑な心境であった。
──何しろ、支部内で最も…というよりほとんど唯一、異世界行きへののっぴきならぬ願望を有しているのが他ならぬ星愁であると信じているからだ。
『…メシの時にもわざとおちゃらけてたけど、星さん、ホントはりさらさんのことが気にかかってしょうがないんだろうな…。
その気持ちはよく分かる…許されることなら、恭くんと成り代わって今すぐにでも乗り込んで行きたいところだろうぜ…!』
だが、当然ながらこの場でそれに触れるつもりはない。
「…実際、ラージャーラでの聖団の状況ってどうなってるんですかね?
さっきも嶽さんは、
“戦死者ゼロなんて大本営発表に過ぎねえ”
なんて妙に力強く断言してましたけど、実際のところはどうなのか?
…神田口さんってボクはお目にかかったことないんですけど、たとえ真相を知ってたとしてもそういうセンシティブな情報をペラペラと聖団員に洩らす方なんですかねえ?」
「さあな…だが、オレもほんの数回顔を合わせだけで決して人となりをちゃんと把握してる訳じゃないが、品格漂う落ち着いた印象の女性で、喋っていいことと悪いことの分別がつかないとはとても思えんなあ…」
「そうですか、やっぱりね…」
顎に手をやってしかつめらしく頷く弟分に苦笑しつつ、“中国支部最強錬装者”は彼の見解を披瀝する。
「…まあ、これから喋ることもオレが貧弱な独自ルートである筋から仕入れた非公式情報に過ぎんからあくまでも話半分で聞いてもらいたいんだが、どうやら戦況は五分とは言い難く、6-4で絆獣聖団が押されてるらしい…」
「!…やっぱり、そうですか…。
いやね、実は親父に何べん訊ねてもラチがあかなくて…あのヒト、
”ここ十年、ワシの耳に入ってくるのは一進一退の四文字のみよ…おそらく、生きてる間ずーっとそうじゃろ”
とか宣ってたんスけど、そんな甘えもんじゃねーだろって思ってましたよ…」
「そうなのか?
まあ何しろ大事な長男坊が出征してる以上、ツネさんももう少しマメに情報収集に動いてもいいとは思うが、こればっかりはな…だから、オレが今言ったことも鵜呑みにするんじゃないぜ。
実際に現地に行ってみない限り、真相はあくまで藪の中なんだから…おっ、そういやあ血縁者…それも親子のみに可能な〔念送心話〕って“生体通信手段”があったはず…親父さん、そいつは使ってないのかよ?」
そんな技法の存在など全く初耳の黎輔は目を丸くするしかない。
「へえ…そんな便利なやり方があるんですか?
…聞いたこともなかった…。
でも、冬河家に限ってはやってないんじゃないですか…、
だって、親父からただの一ぺんも兄貴を気遣うそぶりや言葉を見たことも聞いたことないですもん…」
これにはさしもの強者も呆れた…というよりも度肝を抜かれたようであった。
「そ、そうなのかよ…?
まあ逆に親の方が必死こいて送っても、伜の方はガン無視って悲喜劇も起きてるようだが…」
「へー、どちらさんがですか?」
「…まあ、言ってもいいか…、
おまえさんが大ッ嫌えなジジイ軍団の一員、坂巻のおっさんだよ…」
「へえ…四国支部の首督のねえ…。
でも、雪英さんの気持ち凄え分かるなあ…!
もちろん人ん家のことをとやかく言いたかないけど、ああもやりたい放題の厚顔無恥なエロオヤジぶりを小さい頃から見せつけられてちゃねえ…。
何を今さら都合のいい父親ヅラしやがってって感じでしょ…。
でも、“情”っていう意味じゃウチのよりはマシかもしんないな…。
何しろあのヒトときたら…、
女房には逃げられるわ、
(あ、これは坂巻家も同じか)
自分の息子より小型絆獣の方を大事にするわ、
(マジ鬼畜だわ…)
それにやっぱ超の付く助平ジジイ…!
(何が〈貴賓室〉だよ、このド変態が!
後生大事に秘蔵してるらしい、りさらさんが寝た枕や毛布や敷布団で一体ナニやってんだよ?
…まさか隅から隅までベロベロ舐め回してんじゃねえだろうなあ?オエーッ!!)
…ぶっちゃけ告白しますけど、ボク自身としては親父はもちろん、兄貴にしたって心の繋がりっていう実感はマジで薄くて、事実、中国支部の皆さんに対しての方に遥かに家族的シンパシーを感じてるっていうか…。
現に今も親父がとことん甘やかしてるハンゾウに我が物顔で部屋を占領されちゃってるありさまでしてね…。
ああ、情けないったらありゃしない…。
…ところでもう時間も遅いし、何より明日のこともあることだし、今夜はここに泊まらせてもらえますかね、
──ね、いいでしょ、星愁兄さん?」
恭作自身もしきりに詫びていたか、彼からもたらされた衝撃が明日の決戦に向けて必須の睡眠に影響することは確実であった。
だが、黎輔に戦友を責めるつもりはさらさらない…もし自分が彼の立場だとしたら、同じ行動を取ったに決まっているからだ…。
そして敬愛する先輩もまた、その心情を充分に理解していた。
「…しかし、恭作というのは意外だったな…。
次は絶対、オレじゃないかと覚悟してたんだが…尤も、もうこちとらのようなロートルはお呼びじゃないのかもしれんな…」
床板に胡座をかき、酔い醒ましのほうじ茶を流し込みながらどこか寂しげに嗤うイケメン整体師と対面する黎輔は複雑な心境であった。
──何しろ、支部内で最も…というよりほとんど唯一、異世界行きへののっぴきならぬ願望を有しているのが他ならぬ星愁であると信じているからだ。
『…メシの時にもわざとおちゃらけてたけど、星さん、ホントはりさらさんのことが気にかかってしょうがないんだろうな…。
その気持ちはよく分かる…許されることなら、恭くんと成り代わって今すぐにでも乗り込んで行きたいところだろうぜ…!』
だが、当然ながらこの場でそれに触れるつもりはない。
「…実際、ラージャーラでの聖団の状況ってどうなってるんですかね?
さっきも嶽さんは、
“戦死者ゼロなんて大本営発表に過ぎねえ”
なんて妙に力強く断言してましたけど、実際のところはどうなのか?
…神田口さんってボクはお目にかかったことないんですけど、たとえ真相を知ってたとしてもそういうセンシティブな情報をペラペラと聖団員に洩らす方なんですかねえ?」
「さあな…だが、オレもほんの数回顔を合わせだけで決して人となりをちゃんと把握してる訳じゃないが、品格漂う落ち着いた印象の女性で、喋っていいことと悪いことの分別がつかないとはとても思えんなあ…」
「そうですか、やっぱりね…」
顎に手をやってしかつめらしく頷く弟分に苦笑しつつ、“中国支部最強錬装者”は彼の見解を披瀝する。
「…まあ、これから喋ることもオレが貧弱な独自ルートである筋から仕入れた非公式情報に過ぎんからあくまでも話半分で聞いてもらいたいんだが、どうやら戦況は五分とは言い難く、6-4で絆獣聖団が押されてるらしい…」
「!…やっぱり、そうですか…。
いやね、実は親父に何べん訊ねてもラチがあかなくて…あのヒト、
”ここ十年、ワシの耳に入ってくるのは一進一退の四文字のみよ…おそらく、生きてる間ずーっとそうじゃろ”
とか宣ってたんスけど、そんな甘えもんじゃねーだろって思ってましたよ…」
「そうなのか?
まあ何しろ大事な長男坊が出征してる以上、ツネさんももう少しマメに情報収集に動いてもいいとは思うが、こればっかりはな…だから、オレが今言ったことも鵜呑みにするんじゃないぜ。
実際に現地に行ってみない限り、真相はあくまで藪の中なんだから…おっ、そういやあ血縁者…それも親子のみに可能な〔念送心話〕って“生体通信手段”があったはず…親父さん、そいつは使ってないのかよ?」
そんな技法の存在など全く初耳の黎輔は目を丸くするしかない。
「へえ…そんな便利なやり方があるんですか?
…聞いたこともなかった…。
でも、冬河家に限ってはやってないんじゃないですか…、
だって、親父からただの一ぺんも兄貴を気遣うそぶりや言葉を見たことも聞いたことないですもん…」
これにはさしもの強者も呆れた…というよりも度肝を抜かれたようであった。
「そ、そうなのかよ…?
まあ逆に親の方が必死こいて送っても、伜の方はガン無視って悲喜劇も起きてるようだが…」
「へー、どちらさんがですか?」
「…まあ、言ってもいいか…、
おまえさんが大ッ嫌えなジジイ軍団の一員、坂巻のおっさんだよ…」
「へえ…四国支部の首督のねえ…。
でも、雪英さんの気持ち凄え分かるなあ…!
もちろん人ん家のことをとやかく言いたかないけど、ああもやりたい放題の厚顔無恥なエロオヤジぶりを小さい頃から見せつけられてちゃねえ…。
何を今さら都合のいい父親ヅラしやがってって感じでしょ…。
でも、“情”っていう意味じゃウチのよりはマシかもしんないな…。
何しろあのヒトときたら…、
女房には逃げられるわ、
(あ、これは坂巻家も同じか)
自分の息子より小型絆獣の方を大事にするわ、
(マジ鬼畜だわ…)
それにやっぱ超の付く助平ジジイ…!
(何が〈貴賓室〉だよ、このド変態が!
後生大事に秘蔵してるらしい、りさらさんが寝た枕や毛布や敷布団で一体ナニやってんだよ?
…まさか隅から隅までベロベロ舐め回してんじゃねえだろうなあ?オエーッ!!)
…ぶっちゃけ告白しますけど、ボク自身としては親父はもちろん、兄貴にしたって心の繋がりっていう実感はマジで薄くて、事実、中国支部の皆さんに対しての方に遥かに家族的シンパシーを感じてるっていうか…。
現に今も親父がとことん甘やかしてるハンゾウに我が物顔で部屋を占領されちゃってるありさまでしてね…。
ああ、情けないったらありゃしない…。
…ところでもう時間も遅いし、何より明日のこともあることだし、今夜はここに泊まらせてもらえますかね、
──ね、いいでしょ、星愁兄さん?」
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