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第一章 妖術鬼の愛娘
妖帝婚前祭⑤
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「…何のマネだ?
おまえの性根は既に見透かしておるぞ、
いかに無抵抗のそぶりを見せようとも、結局のところはわが身可愛さの念を捨てきれぬであろうということはな…!」
「……」
事ここに及んではもはや言葉に意味はない、とばかりに十字のポーズを取り続ける光城玄矢に先程とは異なる覚悟を感得したか、火魅華の口元に再び“殺意の微笑”が湛えられた。
「…面白い。
果たしておまえがまことに妖帝の器量を有しておるか、ここではっきりと測らせてもらおう…!」
“火魅華爆誕”後、薄闇に閉ざされていた玄粛の間は彼女の五体から発散される妖しくも神々しき〈焔光〉によって煌々と照らし出されていたが、その光度が更に増し、同時に室温も急上昇していた…。
──妖戦士の体色が鮮やかな朱色から凶々しいまでの真紅へと深化することによって!
「ふふふ、光城玄矢よ…。
見事受け止めてみよ、
この火魅華の〈抱擁の秘蹟〉をッ!!」
玄矢に負けじとばかりに両腕を広げた“神火の化身”がゆっくりと歩を進めるにつれ、彼のギリシャ彫刻のごとき裸身にふつふつと汗の珠が結ばれてゆく…。
だが、凄まじいばかりの熱に苛まれているはずの彼の表情は些かの苦悶も表してはおらず、その端正な唇は微かな笑みすら浮かべているではないか?
「…既に心頭を滅却したとでも詐称するか?
だまされはせんぞ、あと一歩でも私が踏み出せば、脱兎の如く身を翻して逃亡するはず…!」
──だが次の刹那、苦悶の呻きを発したのは火魅華の方であった!
「あっ…あああッ!?
ぜ、全身が…い、痛いッ!!」
信じられぬことに部屋は一瞬にして暗きへと戻り、凄艷なる妖戦士は嫋やかな妖天使の姿に回帰していた!
だが沙佐良氷美花はそれに歓喜するどころか、細い両腕を交差させて我が身を抱きかかえつつ、跪くかのようにしゃがみ込んでしまったのである!
「さ…寒い…凍えるッ…!
お、お願い…だ、誰か…、
…お父様…は、早く私を見つけて…救けてッ…!
ああ、い、威紅也さま…どうか…、
天国の褥のようなあなたの胸のぬくもりで氷美花を暖めてっ…!!」
はたせるかな、先程までの灼熱空間は一気に冷気に満ちた暗闇へと急変し、遂に待ち焦がれていた神機の到来を察した光城玄矢はかっと目を開いた!
あたかも瘧に罹ったかのように全身を震わせる妖術鬼の愛娘を見下ろしつつ、胸中にて師に賜った“得恋の助言”を反芻する。
“初変身を経て、火魅華から氷美花へと戻った瞬間…、
それが最初にして最後の機会だぞ…。
何故ならば、あの娘の魂はその時完全な白紙の状態にあるからだ…!
そしてこの上なく不憫なことだが、極地に裸で放り出されたかのごとき酷寒に身を震わせているはず…。
尤もこの現象は火魅華に自身の体熱を根こそぎ掠奪されてしまったことによる一時的なものであり、経験を重ねるにつれて徐々に耐性を帯びてゆくはずのものであるが、な…。
さて、玄矢よ…。
明敏なおまえなら直ちに理解したであろうが、ここでおまえが機を逃さず凍える我が娘をその見事な肉体によって全身全霊を以て包み込むならば、おそらくはその心を大きく引き寄せることができよう…!
…そう、おまえが今連想したとおり、これは生まれたての雛鳥が最初に目にした相手を親と見粉う〈刷り込み〉に酷似した事象といえようか。
ふふ…最愛の我が子の危難を擬えるにはあまりにも卑近なたとえで業腹だが、こればかりは事実ゆえ致し方ない…。
だが、一つだけ忠告しておくぞ。
これは恋人同士が互いにぬくもりを確かめ合う甘い抱擁などではなく、魂と魂がぶつかり合う苛烈なる心の闘い…厳粛なる秘儀であることをな…!
されど、見事おまえがこの試練を超克するならば、長年夢見た歓喜の刻をその手に摑むことができるはずだ…!!”
全身の血と細胞を熔岩のごとく燃え滾らせつつ、一刻も早く氷美花を寒冷地獄から救わんと身を屈めながら光城玄矢は胸奥で叫んだ。
『全能なる魂師の言葉を疑う訳ではないが、この最愛の氷美花を抱きしめることが何故に魂の試練であるのか!?
師よ、今こそお目にかけよう!
この光城玄矢こそがあなたの愛娘を妻とするにふさわしい最強の妖帝であることをッ!!』
そして咆哮するかのように絶叫した。
「──氷美花、もう大丈夫だッッ!!!」
しかし次の瞬間、あたかも炎の決意を挫くかのごとく凄まじい冷気の塊に厚い胸板と両腕を直撃され、玄矢は思いきり奥歯を噛み締めていた!
『うぬおおおおッ!?
まさしく氷塊…いやドライアイスの像を抱いたかのごとき衝撃!!
このか細い肉体で、彼女はここまでの極寒に耐えているのか…!
だ、だが火魅華も彼女自身の仮面である以上、究極的に宿主の生命を脅かすことはないはず…。
ううッ…し、しかし氷美花が今、味わっている苦痛は想像を絶するものがあろう…、
だが負けんぞっ!
この光城玄矢の魂の焔で、必ずやこの“魔氷の桎梏”を溶かし尽くしてみせるわッ!!」
おまえの性根は既に見透かしておるぞ、
いかに無抵抗のそぶりを見せようとも、結局のところはわが身可愛さの念を捨てきれぬであろうということはな…!」
「……」
事ここに及んではもはや言葉に意味はない、とばかりに十字のポーズを取り続ける光城玄矢に先程とは異なる覚悟を感得したか、火魅華の口元に再び“殺意の微笑”が湛えられた。
「…面白い。
果たしておまえがまことに妖帝の器量を有しておるか、ここではっきりと測らせてもらおう…!」
“火魅華爆誕”後、薄闇に閉ざされていた玄粛の間は彼女の五体から発散される妖しくも神々しき〈焔光〉によって煌々と照らし出されていたが、その光度が更に増し、同時に室温も急上昇していた…。
──妖戦士の体色が鮮やかな朱色から凶々しいまでの真紅へと深化することによって!
「ふふふ、光城玄矢よ…。
見事受け止めてみよ、
この火魅華の〈抱擁の秘蹟〉をッ!!」
玄矢に負けじとばかりに両腕を広げた“神火の化身”がゆっくりと歩を進めるにつれ、彼のギリシャ彫刻のごとき裸身にふつふつと汗の珠が結ばれてゆく…。
だが、凄まじいばかりの熱に苛まれているはずの彼の表情は些かの苦悶も表してはおらず、その端正な唇は微かな笑みすら浮かべているではないか?
「…既に心頭を滅却したとでも詐称するか?
だまされはせんぞ、あと一歩でも私が踏み出せば、脱兎の如く身を翻して逃亡するはず…!」
──だが次の刹那、苦悶の呻きを発したのは火魅華の方であった!
「あっ…あああッ!?
ぜ、全身が…い、痛いッ!!」
信じられぬことに部屋は一瞬にして暗きへと戻り、凄艷なる妖戦士は嫋やかな妖天使の姿に回帰していた!
だが沙佐良氷美花はそれに歓喜するどころか、細い両腕を交差させて我が身を抱きかかえつつ、跪くかのようにしゃがみ込んでしまったのである!
「さ…寒い…凍えるッ…!
お、お願い…だ、誰か…、
…お父様…は、早く私を見つけて…救けてッ…!
ああ、い、威紅也さま…どうか…、
天国の褥のようなあなたの胸のぬくもりで氷美花を暖めてっ…!!」
はたせるかな、先程までの灼熱空間は一気に冷気に満ちた暗闇へと急変し、遂に待ち焦がれていた神機の到来を察した光城玄矢はかっと目を開いた!
あたかも瘧に罹ったかのように全身を震わせる妖術鬼の愛娘を見下ろしつつ、胸中にて師に賜った“得恋の助言”を反芻する。
“初変身を経て、火魅華から氷美花へと戻った瞬間…、
それが最初にして最後の機会だぞ…。
何故ならば、あの娘の魂はその時完全な白紙の状態にあるからだ…!
そしてこの上なく不憫なことだが、極地に裸で放り出されたかのごとき酷寒に身を震わせているはず…。
尤もこの現象は火魅華に自身の体熱を根こそぎ掠奪されてしまったことによる一時的なものであり、経験を重ねるにつれて徐々に耐性を帯びてゆくはずのものであるが、な…。
さて、玄矢よ…。
明敏なおまえなら直ちに理解したであろうが、ここでおまえが機を逃さず凍える我が娘をその見事な肉体によって全身全霊を以て包み込むならば、おそらくはその心を大きく引き寄せることができよう…!
…そう、おまえが今連想したとおり、これは生まれたての雛鳥が最初に目にした相手を親と見粉う〈刷り込み〉に酷似した事象といえようか。
ふふ…最愛の我が子の危難を擬えるにはあまりにも卑近なたとえで業腹だが、こればかりは事実ゆえ致し方ない…。
だが、一つだけ忠告しておくぞ。
これは恋人同士が互いにぬくもりを確かめ合う甘い抱擁などではなく、魂と魂がぶつかり合う苛烈なる心の闘い…厳粛なる秘儀であることをな…!
されど、見事おまえがこの試練を超克するならば、長年夢見た歓喜の刻をその手に摑むことができるはずだ…!!”
全身の血と細胞を熔岩のごとく燃え滾らせつつ、一刻も早く氷美花を寒冷地獄から救わんと身を屈めながら光城玄矢は胸奥で叫んだ。
『全能なる魂師の言葉を疑う訳ではないが、この最愛の氷美花を抱きしめることが何故に魂の試練であるのか!?
師よ、今こそお目にかけよう!
この光城玄矢こそがあなたの愛娘を妻とするにふさわしい最強の妖帝であることをッ!!』
そして咆哮するかのように絶叫した。
「──氷美花、もう大丈夫だッッ!!!」
しかし次の瞬間、あたかも炎の決意を挫くかのごとく凄まじい冷気の塊に厚い胸板と両腕を直撃され、玄矢は思いきり奥歯を噛み締めていた!
『うぬおおおおッ!?
まさしく氷塊…いやドライアイスの像を抱いたかのごとき衝撃!!
このか細い肉体で、彼女はここまでの極寒に耐えているのか…!
だ、だが火魅華も彼女自身の仮面である以上、究極的に宿主の生命を脅かすことはないはず…。
ううッ…し、しかし氷美花が今、味わっている苦痛は想像を絶するものがあろう…、
だが負けんぞっ!
この光城玄矢の魂の焔で、必ずやこの“魔氷の桎梏”を溶かし尽くしてみせるわッ!!」
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