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第一章 妖術鬼の愛娘
【覇闘】の掟⑨
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その逞しい両腕に弟・威紅也を抱え上げた光城玄矢が裏口のドアを解錠して開くと、光至教の救命車[ガルーダ]の側面をドアにピタリと寄せて停車していた腹心・荒澤が駆け寄って共に患者を内装が黒一色の車内に運び入れ、薄っすらと湯気の立つ棺に似た黒い強化プラスチック製の長方形の簡易救命槽に接続された酸素吸入マスクを装着させる。
体温低下を防ぐため、槽内には37℃に保たれた炭酸湯が循環しているため、浸水予防のため吸入器部分を除きマスクはフルフェイスの透明特殊ラバー製であった。
それを終え、兄の手によって心地良き湯の中に横たえられた光城威紅也の左胸では、荒澤の慇懃な手付きによって取り付けられた、完全防水措置が施された精巧な心臓マッサージ器が蘇生に向けてゆっくりと作動を開始する。
当然ながら、彼をこの状態に追いやった元凶ともいえる紫皇乃甘露は、犯人=沙佐良氷美花の手によって入念に拭い去られていた…。
「威紅也、死ぬなよ…!」
教団の帰趨を占うにあたって、見方によっては最大の宿敵ともいえる長兄によって投げかけられた言葉は果たして本心か否か?
その判定はひとまず未来に委ねられようが、彼によって被せられた救命槽の蓋もまた偽装のため漆黒に塗られていた。
こうして瀕死の弟の搬送準備を終えた光至教次期教祖は、頼もしき幹部信者の耳許に口を寄せ、囁いた。
「…もし万が一、逗子に運ぶ途中で威紅也が息を引き取るようなことがあっても構わず【海神荘】に乗り入れろ。
所長の安原に事情は伝えてあるから、後は任せればいいからな。
…おまえほどの漢に今更念を押すまでもないが、何が起ころうと一切気に病む必要はないぜ…。
じゃあ荒澤分教長、くれぐれも安全運転で頼むぜッ!」
見事な僧帽三角筋をぽんと叩いた次期教祖は、坊主頭の教団戦士による深い礼を軽く右手を挙げて受けた後、自動スライドドアを閉じた黒塗りの高級バンが視界から消え去るまで仁王立ちで見送る。
「さて、と…!」
ゆっくりと振り返った彼の視界に捉えられたのは、半分閉じられた鉄扉の陰に俯きながら佇む沙佐良氷美花のか細い姿であった…。
彼女を促してエレベーターに乗った玄矢は、5Fのボタンを押しつつ背後に立つ美少女に語りかける。
「…さぞやご心配でしょうが、あなたには魂師の御息女として明日の覇闘を見届ける義務がある…お分かりですね?」
…沙佐良氷美花が消え入るような声で
「ええ、それは…」
と応えたのは昇降機が最上階に到達し、扉が左右に開いてからであった。
「そんなに固くならないで…。
実は変な意味では無しに、一度あなたとはじっくり話してみたいと思っていたところなんですよ。
それに、氷美花さん自身もそろそろお気に入りの威紅也だけではなく、私たち光城一族の面々とも交わりを深める時期に来ているのではありませんか?
何しろ妹たちにも是非ともあなたとの交歓の席を設けてほしいと顔を合わす度にせっつかれて、些か閉口している次第でしてね…」
優しく語りかけつつその右肩に、数々の錬装者を地に這わせてきた右手をそっと添えると、予想通り彼女は一瞬にしてその身を強ばらせるのであった。
「…何を怯えているのです?
この私…光城玄矢はあなただけの騎士なのですよ、氷美花さん?」
「…え?
今、何と…?」
驚きと不安が綯い交ぜとなった表情で見上げられ、玄矢の圧倒的な肉体の内部で何かが弾けた!
もう、これ以上の忍耐は不可能であった。
もちろん力は十分にセーブしつつ、彼は弟の恋人を抱き締めていた。
「ああッ!
な、何をなさるんですかッ!?」
だが次の瞬間、背徳の抱擁は一気に力を増して彼女の抵抗を奪うのであった。
その体勢を保ったまま永遠とも思える十数秒が経過し、光城玄矢は万感の想いを込めて遂に告白した。
「…氷美花さん、私はあなたが好きだ!
もちろん、こんな非常時に口にすべき言葉でないことは百も承知だ…。
もはや不謹慎を通り越して卑劣と謗られても仕方のないふるまいだろう…。
だが、どうか分かって欲しい…、
これ以上、私は自分の心を偽ることが出来ないのだということを…!
…当然ながら、今現在のあなたの心が威紅也に向けられていることは理解している…。
だが、しかし!
もうこの想いを止めることは誰にも不可能だッ!!
ここに宣言しよう、
光城玄矢は必ずや、彼からあなたの心を奪い取ってみせるとッッ!!!」
滾らせ続けてきた宿望の一端をようやくここに解き放った光城家次期当主は、不安に慄きつつも彼女の言葉を待つべく、多大な努力を要して何とか腕の力を緩めるのであった。
「…玄矢さん…。
あなたほどの傑出した男性からこれほど真心の籠った告白を頂くなんて、まさに女冥利に尽きる…身に余る光栄だと申せましょうね…!
本当に有り難く、勿体ない思いで一杯ですわ…。
…でも、私が威紅也さまを心の底からお慕いしている事実は別としても、図らずも折に触れて耳目に入ってきてしまう、あなたの日々のおふるまい…。
…もちろん、教団内において文字通りの“未来の王”であられるあなたにとっては何ら咎められる筋合いのものではないのでしょうけれども、私にはどうしてもついてゆくことの出来ぬ意味合いを持っているのでございます…!」
この言葉はまさに、光城玄矢の急所を突いていた。
だが、当然ながら言い分はある。
殊更に彼が漁色に及んだというのもあながち嘘ではないにせよ、教団内での栄達を夢見る、己に自恃の念を抱く幅広い年代の女性信徒によって半ば強引に関係を持ちかけられたケースも、むしろそれを凌駕するほど存在していたのだ…いや、権勢云々のことほ別にして、純粋に肉欲の成就だけを目的として我が身を投げ出す信者もひきもきらぬありさまであり…ことほどさように、ある種の女性にとって彼の性的魅力は強烈なものであったのである。
頭上で沈黙を続ける玄矢の息遣いが次第に荒くなってきたことに一抹の恐怖を感じつつも、沙佐良氷美花は小さく、だが凛然とした口調で言葉を継いだ。
「それに…、
これは威紅也さまがお気付きであったのかは未だ不明ですけれど、あなたはお部屋…玄粛の間に隠しカメラを仕掛けておられましたね?
…それはいかなる理由でなされたのですか?
どうか、お答えになって下さい。
…そうして下されば、私がそれを知りながらどうして沈黙し、威紅也さまとの交わりを続けたかをお話し致しましょう…!」
体温低下を防ぐため、槽内には37℃に保たれた炭酸湯が循環しているため、浸水予防のため吸入器部分を除きマスクはフルフェイスの透明特殊ラバー製であった。
それを終え、兄の手によって心地良き湯の中に横たえられた光城威紅也の左胸では、荒澤の慇懃な手付きによって取り付けられた、完全防水措置が施された精巧な心臓マッサージ器が蘇生に向けてゆっくりと作動を開始する。
当然ながら、彼をこの状態に追いやった元凶ともいえる紫皇乃甘露は、犯人=沙佐良氷美花の手によって入念に拭い去られていた…。
「威紅也、死ぬなよ…!」
教団の帰趨を占うにあたって、見方によっては最大の宿敵ともいえる長兄によって投げかけられた言葉は果たして本心か否か?
その判定はひとまず未来に委ねられようが、彼によって被せられた救命槽の蓋もまた偽装のため漆黒に塗られていた。
こうして瀕死の弟の搬送準備を終えた光至教次期教祖は、頼もしき幹部信者の耳許に口を寄せ、囁いた。
「…もし万が一、逗子に運ぶ途中で威紅也が息を引き取るようなことがあっても構わず【海神荘】に乗り入れろ。
所長の安原に事情は伝えてあるから、後は任せればいいからな。
…おまえほどの漢に今更念を押すまでもないが、何が起ころうと一切気に病む必要はないぜ…。
じゃあ荒澤分教長、くれぐれも安全運転で頼むぜッ!」
見事な僧帽三角筋をぽんと叩いた次期教祖は、坊主頭の教団戦士による深い礼を軽く右手を挙げて受けた後、自動スライドドアを閉じた黒塗りの高級バンが視界から消え去るまで仁王立ちで見送る。
「さて、と…!」
ゆっくりと振り返った彼の視界に捉えられたのは、半分閉じられた鉄扉の陰に俯きながら佇む沙佐良氷美花のか細い姿であった…。
彼女を促してエレベーターに乗った玄矢は、5Fのボタンを押しつつ背後に立つ美少女に語りかける。
「…さぞやご心配でしょうが、あなたには魂師の御息女として明日の覇闘を見届ける義務がある…お分かりですね?」
…沙佐良氷美花が消え入るような声で
「ええ、それは…」
と応えたのは昇降機が最上階に到達し、扉が左右に開いてからであった。
「そんなに固くならないで…。
実は変な意味では無しに、一度あなたとはじっくり話してみたいと思っていたところなんですよ。
それに、氷美花さん自身もそろそろお気に入りの威紅也だけではなく、私たち光城一族の面々とも交わりを深める時期に来ているのではありませんか?
何しろ妹たちにも是非ともあなたとの交歓の席を設けてほしいと顔を合わす度にせっつかれて、些か閉口している次第でしてね…」
優しく語りかけつつその右肩に、数々の錬装者を地に這わせてきた右手をそっと添えると、予想通り彼女は一瞬にしてその身を強ばらせるのであった。
「…何を怯えているのです?
この私…光城玄矢はあなただけの騎士なのですよ、氷美花さん?」
「…え?
今、何と…?」
驚きと不安が綯い交ぜとなった表情で見上げられ、玄矢の圧倒的な肉体の内部で何かが弾けた!
もう、これ以上の忍耐は不可能であった。
もちろん力は十分にセーブしつつ、彼は弟の恋人を抱き締めていた。
「ああッ!
な、何をなさるんですかッ!?」
だが次の瞬間、背徳の抱擁は一気に力を増して彼女の抵抗を奪うのであった。
その体勢を保ったまま永遠とも思える十数秒が経過し、光城玄矢は万感の想いを込めて遂に告白した。
「…氷美花さん、私はあなたが好きだ!
もちろん、こんな非常時に口にすべき言葉でないことは百も承知だ…。
もはや不謹慎を通り越して卑劣と謗られても仕方のないふるまいだろう…。
だが、どうか分かって欲しい…、
これ以上、私は自分の心を偽ることが出来ないのだということを…!
…当然ながら、今現在のあなたの心が威紅也に向けられていることは理解している…。
だが、しかし!
もうこの想いを止めることは誰にも不可能だッ!!
ここに宣言しよう、
光城玄矢は必ずや、彼からあなたの心を奪い取ってみせるとッッ!!!」
滾らせ続けてきた宿望の一端をようやくここに解き放った光城家次期当主は、不安に慄きつつも彼女の言葉を待つべく、多大な努力を要して何とか腕の力を緩めるのであった。
「…玄矢さん…。
あなたほどの傑出した男性からこれほど真心の籠った告白を頂くなんて、まさに女冥利に尽きる…身に余る光栄だと申せましょうね…!
本当に有り難く、勿体ない思いで一杯ですわ…。
…でも、私が威紅也さまを心の底からお慕いしている事実は別としても、図らずも折に触れて耳目に入ってきてしまう、あなたの日々のおふるまい…。
…もちろん、教団内において文字通りの“未来の王”であられるあなたにとっては何ら咎められる筋合いのものではないのでしょうけれども、私にはどうしてもついてゆくことの出来ぬ意味合いを持っているのでございます…!」
この言葉はまさに、光城玄矢の急所を突いていた。
だが、当然ながら言い分はある。
殊更に彼が漁色に及んだというのもあながち嘘ではないにせよ、教団内での栄達を夢見る、己に自恃の念を抱く幅広い年代の女性信徒によって半ば強引に関係を持ちかけられたケースも、むしろそれを凌駕するほど存在していたのだ…いや、権勢云々のことほ別にして、純粋に肉欲の成就だけを目的として我が身を投げ出す信者もひきもきらぬありさまであり…ことほどさように、ある種の女性にとって彼の性的魅力は強烈なものであったのである。
頭上で沈黙を続ける玄矢の息遣いが次第に荒くなってきたことに一抹の恐怖を感じつつも、沙佐良氷美花は小さく、だが凛然とした口調で言葉を継いだ。
「それに…、
これは威紅也さまがお気付きであったのかは未だ不明ですけれど、あなたはお部屋…玄粛の間に隠しカメラを仕掛けておられましたね?
…それはいかなる理由でなされたのですか?
どうか、お答えになって下さい。
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