ボクらは魔界闘暴者!

幾橋テツミ

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第一章 妖術鬼の愛娘

【覇闘】の掟⑧

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 沙佐良氷美花から“威紅也”の凶報を受けた光城一族の嫡男が光至教岡山支部の拠点に現れたのはおよそ三十分後であった。

 彼が絆獣聖団との連絡に用いたスマホは確かにT野分教会のものであったが、彼自身がそこに居た訳ではなく、それは駅前のGホテルの客室に呼ばれた当地の幹部信徒・荒澤の持ち物であったのだ。

 その信頼の厚さを物語るかのように、光城玄矢がタクシーで県内随一の運動公園近くに聳えるクリーム色の外壁も瀟洒な5階建てのビルに乗り付けた際も、丸刈りの精悍な容貌の、がっしりとした体付きの中年男は同行していた。

 背中に光霊至聖教団の紋章である黄金の日輪を染め抜いた黒いTシャツは鍛え上げた筋肉によってはち切れんばかりに盛り上がり、殺気に満ちたその眼光も彼が何らかの戦闘術のエキスパートであることを如実に物語っていた。

「…ああ全く、田舎の空気って奴は何度吸っても好きになれねえ…。

 別に臭えって訳じゃねえが何か調子っぱずれに間が抜けてて、長居すりゃするほど全身の細胞がダラけちまうような気がするんだよな…。

 …ついでに起きる出来事もよ、今夜みたいにロクなもんじゃねえ…!」

 先に降りた荒澤が恭しく開いた左の後部ドア(教祖様は運転手の背後に座るのを好まぬのである)から、こう毒づきつつぬっと現れた黒ずくめの“光城一族最強の男”は、一見プロレスラーかと見紛う巨漢であったが、次弟には及ばぬまでもかなりの美男子といえた。

 信者の目を気にしてか或いは自己の信条に則ってか、黒一色の短髪は清潔なスポーツマンそのものであり、一目で最上級品と分かる黒のポロシャツと同色のスラックスも現教祖の子女全員に色彩に因んた名が授けられていることを鑑みれば決してとはいえぬであろう…。

「…10分もすりゃあ降りて来るから、すぐ[ガルーダ]を裏口に着けてくれ。

 威紅也アイツを乗せて、逗子の【海神荘】に直行だ!

 荒澤、頼んだぜッ!!」

 「はっ、畏まりました!」

 黒いスマートキーを受け取った忠臣は深く頷くと建物裏手の駐車場に停められた、後部座席を取り外して教団技術陣が開発した救命エマージェンシーカプセルを搭載し、カメレオンフィルムを貼付した側面ガラスで内部を隠した2400㏄クラスの高級バンへと走る。

 …カードキーをセンサーに翳して入館すると、予め命じてあったためか煌々と照明の灯るビル内に人の気配は無く、無言のままエレベーターに乗り込んだ玄矢は最上階に直行する。

 そして今夜はじめて自らの居室の扉を開いた彼は、予想していたとはいえあまりにも異様な気配を感得して思わず息を呑んだ。

 …漆黒の室内を闇に浮かび上がらせるのは、黒い寝台脇の円筒形のベッドランプであることに変わりはないが、そこに全裸で横たわる美しき弟の引き締まった腹部に乗せられた両手は、あたかも死者の如く指を組み合わせられているではないか…。

 そしてその傍らに黒い絹のゆったりとした上下を纏った沙佐良氷美花が正座して彼を待ち受けていたのである。

「…神聖な戦いを明日に控えていながら、勝手なふるまいを致しまして誠に申し訳ございません…」

 黒いシーツ上に両手を揃えて深々と叩頭する妖術鬼の愛娘を前にして渋面となった玄矢であったが、それも一瞬のことであり、応える声音は意外なほどに穏やかなものであった。

「…もとより信念に基づく行動を取ったのであろうから、何も詫びることはない…。

 氷美花さん、貌を上げなさい。

 …その心情は痛いほど分かりますよ。

 あなたはどうあっても、愛する威紅也に敗北の二文字を味わわせたくははなかったのでしょう?」

 この言葉を受けてぴくりと身を震わせた氷美花は、両手はそのままにゆっくりと面を来訪者に向けるが、その黒瞳には今にも零れ落ちんとするかのように真珠の如き涙が湛えられていた。

「…そのとおりですわ…!

 これまで、ただの一度も父に逆らうということのなかった私ですけれども、今回の衰弱された威紅也さまに対しての覇闘の強要だけはどうしても承服することは出来ず、とうとう禁じられし秘術の行使に至ってしまった次第なのでございます…」

 だが普段の可憐な物言いとはまるで別人の、重い決意が込められた彼女の言明に耳を傾けつつも、安らかな表情で眠る威紅也を見つめる兄の視線に微かな…されど明白なる一抹の感情が疾ったことを涙で視界を霞ませるさしもの妖少女も気付き得なかった。

 …それは、凄まじいばかりの嫉妬であったのである!

 と同時に彼は、これまでひた隠しにして来た抑え難き欲望を遂に解き放つ時を迎えたことに叫び出したいほどの歓喜を覚えていた。

 沙佐良氷美花…信徒にとってはもちろんのこと、実子たる彼ら八兄妹にとってすらも讃仰すべき”生き女神“である光霊母の頭上に君臨する【魂師ソウルマスター】の愛娘。

 …仮にもであるならば、例え意識内でおいてすらも決して侵してはならぬ”禁断の存在”であるはず。

 しかし、彼女は妖術鬼ちちの意向に逆らってか或いはそれに非ずか、既に外界へとくだり、肌を合わせてしまったのだ!

 よりにもよって、容貌を除くあらゆる面において自分に劣る(はずの)と!!

 …まさに妖美と表現するしかない淫靡極まる内容を、各地の玄粛の間全てに設置させた超小型カメラによってしていた玄矢は、まさに自身が思い描く理想的な性戯プレイをこれでもかと見せ付けられ、日々歯軋りしつつ羨望と屈辱にその身を灼いていたのである!

 だが、ここに、遂にが到来した。

 もちろん、氷美花が形容するところの“生命の樹”は、スラックスの内側で極限まで猛り立っている。

 そればかりか事ここにおいて、光城玄矢は生まれてはじめて自身の男根リンガが制御困難な“怒張”という状態に達したことを覚っていた。

 もとより覇闘に向けて最低二週間のを自らに課すことは通例通りであったが、今回ばかりは魂師から厳禁されてきた精力の浪費をおそれてのことではない…。

 その邂逅以来、まさしく気が狂わんばかりに心身を苛まれてきた妄執のほむら…即ち、

 愛しき沙佐良氷美花の艷やかな紅唇に“真の神聖樹”を含ませ、耀であったのである…!!

 …だが、全てはまず、を排除してからのことであった。

 かくて光至教次期教祖は細心の注意を払い、一切の感情を排した声音で厳かに告げた。

「…完璧な生命維持装置を備えた車を裏に待たせてあります。

 これからそれで弟を逗子にある光至教ウチが誇る医療施設に搬送しますから…、

 …!」


 

 

 








 



 

 

 


 
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