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 終章 大動乱の果てに待つもの

友よ、荒野の塵とはさせじ!(後編)

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「──この醜悪な怪物が…剣持巳津也、関 佑希光、栗原玲香、そして辰波剛哉教諭だというのか…!?」

 彼らの姿は首領のようにこそ纏ってはいないものの、ザナルクによると辰波は黒、剣持は青、関は緑、そして栗原は赤のボディカラーに彩られた、とは似ても似つかぬメタリックな髑髏の機体へと変貌していたのである…。

 映像は現在の白雪を戴いたパンジェワ山頂のものであり、六角形の殺風景な石の孤城ともいうべき懲罰拳房の角に立つ六本の望樓を兼ねた高射砲は全て破壊されて生々しい黒煙を上げており、五十メートルほど離れた平地に着陸した星型爆撃機ジャルドーの側面に開いたハッチから出現した四体の鋼の戦鬼は辰波教諭を先頭に剣持、栗原、関の順に整然と、そして生身の人間には到底不可能な速度で拳房へと駆け寄っていた。

「──我々が銀魔星内部に送り込んた随一の敏腕諜報員が命懸けで収集し、つい今しがた届けてくれた情報に万に一つも誤りがないことは請け合おう…。

 そしてどうやら彼らはゼモンの指令を受け、ものだろうな…!」

「……」

 くるりと踵を返して扉へ向かおうとする四元蓮馬の背に、敵将の落ち着いた声が投げられる。

「待ちたまえ──まだ話は終わっておらん。

 おそらく君は特抜生たちが念術やそれの応用である閃獣を駆使して抵抗している間に全速力で駆けつければ彼らを救えると思っているのだろうが、それはおそらくムダだ…。

 というのも、機械戦士である連中に、それらの精神力──つまり〈生体エネルギー〉を土台とした攻撃法は全く通用しないのだ──もちろん、君の専売特許ともいえる夢見ノ力も含めてな…!

 実はあの爆撃機が本隊から離れて別行動を開始した時点で五機の獣戦機部隊に迎撃を命じたのだが、何とその直後に格納庫が大爆発を起こしてしまってな…。

 まさに痛恨というしかないが、連合軍は闘盟軍われわれ以上に敵陣への浸透工作を進行させておったという訳だ…」

「──それがどうした?

 私にとって事の成否は重要ではない…肝腎なのは目的に向けて死力を尽くすという、その一点のみだ。

 むろん機械人間に成り果てた四人を元に戻すことは不可能だろう──しかし、他の十一名を救うために彼らと戦うことはできるッ!

 それをこれから私はやるのだッ!!

 たとえ特抜生全員がジャルドーに連れ込まれようとも、そこで〈改造〉が施される訳ではあるまい──ならば単身内部に潜入して戦えばよいッッ!!!」

 数秒の沈黙の後、闘盟軍総帥は物憂げに口を開いた。

「満々たる自信だな──たしかに相手があの四体だけであるならば、君の勝利は揺るがぬだろう…だがな…」

 瞑目したザナルクは大きくため息を吐いて続けた。

「連合軍とはいったが、私自身は聖衛軍──いや、レゼック大王国はもはや銀魔星に屈服したと見ておる…。

 ひょっとすると、既に王自身密かに処刑され、レゼックそっくりの機械人間が素知らぬ顔で政務を執っておるのかもしれんな…」

「時間がない。そのような繰り言は執事相手にやってもらおうか──」

 語気を強める聖剣皇子を右手を上げて制したザナルク=シェザードは、諦念を帯びた口調で本心を吐露した。

「悪いが、最後まで聞いてくれ。

 我が愛する末子の〈遺言〉をな…。

 尤も、以下は嫡男スダイからの又聞きなのだが…。

 先程、バアルの訃報を受けた際、ヤツからまさに昨晩交わされた、弟との最後の会話の内容を聞かされたのだが、それは中々に衝撃的な内容であったのだ…。

 その真偽については私自身、判定する資格を有しておらぬ──されどそれなりの真実味を帯びておると見なせるし、何よりで倅の末期の言葉として信じてやりたい気持ちが勝るのだ──聞いてもらえるかね?」

 この厳粛な懇請によって、半身であった四元蓮馬は静かに向き直った。

「聞こう──だか簡潔に頼む」

 そっけなく頷いた闘盟軍総帥は淡々と話しはじめた。

「もとよりそのつもりだ──何しろ目下の我が軍の統制は乱れに乱れ、極端にいえば誰が敵なのかすら判然とせぬありさまなのだからな…。

 ──地上における任務終了後、私の厳命によって直ちに帰界の途に就いたバアルは地上と故郷を繋ぐ長大な時空門を疾駆している間、これまで一度も遭遇したことのない〈監視者〉の声を聴いたという…。

 尤もその姿を目にすることはついになかったということだが…。

 そしてそれによれば、長らく開いていた両界の通路は極めて近い内に永遠に閉じられるであろうというのだ…!」

 耳を傾ける聖剣皇子の躰がピクリと震えるのを確認し、話者は語気を強める。

「話がここで終われば、これもまた神ならぬ身には測り難い大宇宙の神秘というしかないのであろうが、ここで監視者は思わぬ事実を告げてきた。

 それはつまり、あたかもそれに反発するかのように、永遠に開放し続けさせようとする力も存在するというのだ──!」

「……!?」

「四元蓮馬よ、ここで君に問いたいのだが、君は他の特抜生とあまりに隔絶する自身の能力について疑問を抱いたことはないかね?

 その点が、この監視者の謎めいた言い回しにも関連してくるのだが…」

 相手が沈黙を守るものと見定めたザナルクは一気に語った。

「ここで、バアルの脳裡にある霊感インスピレーションが疾った──即ち、閉じようとする力が〈封印者〉として選んだのが君であり、それに逆らおうとする勢力が白羽の矢を立てたのが蓮士郎だとなッ!

 そしてそれを肯定した監視者は核心に触れた──つまり、!!」

「──ううッ!

 や、やめろッ、聞きたくないッッ!!」

 白銀の両刃剣を取り落とし、両耳を塞いだ白虎の化身は深緑色の分厚い絨毯が敷き詰められた床にへたり込みながら叫んだ。

 時空門の閉鎖──つまり松神彩紗との〈永訣〉を意味するそれを、あえて己の手によって成し遂げねばならぬというのか!?

「そうはいかん──こちらとて既に最愛の存在を喪っておるのだ…理解はするが、今の君が私以上の苦悩に苛まれておるとは断じて認めんぞ…!

 この時、私の疑問は全て氷解したといってよい──つまり、何故ゼモンがあのような異形の存在であるのか、そして君が不出来とはいえ紛れもなく戦鬼王と謳われた魔強士の息子に何度も勝利したのかが一気に腑に落ちたのだ…。

 そして最後に、見えざる監視者はペトゥルナワスに迫るおそるべき未来を告げたッ!

 つまり銀魔星が勝利した場合、ゼモンのおそるべき野望──!!

 私はこれまで、頭数こそ多かれど能力と資金に劣るがゆえに銀魔星が獣戦機や重機動兵を造り得ぬのだと楽観してきたのだが真相は違った──ゼモンは本拠地ガゾスの地下工場で着々と、我々の世界を草木も生えぬ真の地獄へと変える〈最終兵器〉を量産していたのだッ!!!」

 ──それを阻止するには…」

 ここで蹲っていた影白虎のくぐもった呟きが唐突に割り込んだ。

「──残念ながら、まさに今、はこのセクルワ半島全域に向けて発射されたようだ…!」

「な、何だとッ!?」

 慌ててパネルを操作して映像を切り替えたシェザード家当主は、映し出された〈終末の使者〉と呼ぶにふさわしいその不吉な形状に絶句した。

 ──見よ、あたかも長きにわたる苦闘を経てついに訪れた勝利を寿ことほぐかのように天を埋め尽くす、数百個ものを!

 “革命結社”銀魔星の紋章をその先端に浮き彫りにした、全長三十メートルにも達する燻銀に染めなされたその名も【殲界魔星】──別名“極毒弾頭”。

 ただの一発で十万人の魔強士の命を奪える死神の砲弾を数百発も被弾(防空システムが死んでいる以上、それはほぼ確実)すれば、闘盟軍の──否、魔強士族は“二度目の暗黒期”どころではなく、今度こそ全滅となるであろう!

「何ということだ…ゼモンの動きがこれほどまでに急とは…!

 今にして思えば、彼奴の破滅的計画を掴みながらもバアルにさして切迫した様子はなかった──ということは、あの子もさすがにそのまでは感知できず、まだ先のことと楽観していたのだろう…。

 年少者の未熟さと言ってしまえばそれまでだが、今さらそれを咎める気にはもちろんなれぬ…。

 ともあれ全ては後の祭りだ──無念極まりないが、どうやら勝負はついてしまったようだな…。

 今さら謀反人どもの肩口に埋め込んだ斬奸弑命章を裂壊させて処刑したところで、それは笑い話にもならんだろう…」

 全身の力が抜け去ったかのように椅子に凭れかかる闘盟軍総帥であったが、その前でキッと面を上げた四元蓮馬は、床の聖剣を握りしめて立ち上がると、今度こそ決然とした足取りで両開きの扉へと向かう。

「──今さらどこへ行くというのだ、〈封印者〉よ…!?」

 むろん振り返ることなく、彼は答えた。

「知れたこと──パンジェワ山へ赴き、仲間を救出するのだ。

 戦いはまだ終わってはいない。

 そう、この四元蓮馬の心臓が鼓動を刻んでいる以上はな…!」

 開いた扉が静かに閉ざされた瞬間、一つの伝説をたしかに歴史に刻み込んだ戦鬼王は、その幕を永遠に閉じるかのように悄然と項垂れたのであった…。【完】





 





 

 












 

 

 

 
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