上 下
51 / 66
 終章 大動乱の果てに待つもの

迷宮の聖剣皇子③

しおりを挟む
 この肺腑を抉る詰問にも、“白の貴公子”は顔色一つ変えず毅然と応じた。

「そのような事実は全くありません。

 そもそも四元は力をセーブして戦えるほど甘い相手ではありませんし、お恥ずかしながら三度にわたる一騎討ちにおいて、その内の二度も私は兜を割られております…!

 つまり、むしろ押されていたのは私の方であり、特に最も苦戦した三度目の戦いにおいては、彼の刃から逃れ得たことを類稀なる僥倖であったとすら感じておる次第なのであります…」

「ふん、そうか…。

 だがな、実際此奴と矛を交えたバアルは断言しておったぞ──

 “四元蓮馬は評判ほどの相手ではない──たしかに個々の技に見るべきモノはあったが精神面はかなり脆弱であり、自分なら一度の決闘で彼の命を奪う自信は十分にある”と、な…!」

 ここで天敵である末弟の名とその大言壮語を耳にしたリドの白い貌にサッと朱が差し、たちまち激昂した彼は怒りの咆哮で狭い安癒室を震わせた。

「──笑止ッ!

 もとより不遜にも博士苦心の作である【蟠瞳蟲】をし、それに頼らねば四元と向き合うことすらできなかった卑怯者に、神聖な男同士の戦いの何が理解できましょうやッ!!

 父上…いえ偉大なる闘盟軍総帥よ、この言葉をお疑いになるのであれば、今すぐバアルとの決闘をお申し付け下さいませッ!!

 その機会さえ頂けるのであれば、このリド=シェザードと彼奴めの魔強士としての力量の懸隔を直ちに証明してみせましょうぞッッ!!!」

 しかしながら、シェザード家当主の表情は石像のごとく微動だにしなかった。

「──将軍よ、悪いがその言動は理解しかねるな…そもそも蟠瞳蟲をより効果的に改造することが何故に卑劣なのだ?

 リドよ、その考え自体がそもそも根本的に錯誤を犯しておるのが分からぬのか?

 もし本気でそう信じているのならば、嘆かわしいことだが栄えある闘盟軍の将軍どころか末端の兵士の精神すらも会得できてはおらぬことになるな…!

 即ち、究極のところキサマにとっての戦闘とは〈性的遊戯〉と同義の快楽原則に貫かれた自己満足の充足にすぎんということだ──!!」

 あろうことか一族の長によるこの甚だ公正を欠いた一方的見解に、臨界点寸前であった次男坊の精神はついに爆発した!

「ふ…ふざけるなあッ!

 いいかッ、あなたも居館ここからヤツと四元の空中戦を目の当たりにしたはずだッ!!

 そこでアイツは改造蟠瞳蟲ばかりか口にするのも憚られる卑猥な幻影攻撃を繰り出して勇者四元の誇りをズタズタに傷つけたのだッ!

 どうですベグニ博士ッ、あれが誉れある闘盟軍戦士の戦いといえるのですかッッ!?」

 だが数呼吸おいて荒ぶる若武者をなだめ諭すかのように努めて穏やかに放たれた万能匠の返答は、孤立無援のリドを決定的に絶望の淵に叩き込むものであった──。

「リド将軍よ…まず、あの蟠瞳蟲がまがりにも〈万能匠〉なる尊称まで奉られたこのベグニにあっても難産を極めた苦心作であることを評価してくれたことは嬉しく思う…。

 しかし、実は君に謝らねばならぬことがあるのだ──というのも他でもない、…!

 ──どうかその理由を察してくれたまえ…。

 そう、君が信奉する美学に根本から反するあのような効果を決して容認し得ないであろうからこそ、あえてその能力を封印したを提供してしまったということを…!」

「そ…そんな、バカな…!」

 グラリとよろめく息子に変わらぬ厳しい視線を注ぎながらも、ザナルク総帥の口調には父親としての情がわずかではあったが混入しつつあった…。

「どうやら、その魂に共通の弱さを抱えているからこそ、おまえはそれほどまでに四元に惹かれるのだろう…。

 それにおまえが口を極めて非難したバアルの幻影攻撃にしても、それは兄弟中あやつだけが有する【夢見ノ力】という異能を十全に発揮したものであり、しかも同じ能力者である四元にこそ最も有効な〈精神攻撃法〉であると見抜いた機敏な判断をむしろあっぱれと私は評価しておるのだがな…!

 話を戻すが…リドよ、今さら説いてもムダかも知れんが、おまえの信条はあくまでも勝利を至上とする我ら魔強士族本来の思想ではない──加えて、私個人としては不問に付してやりたくとも、先程のあたかも刺客かと聞き紛うばかりの思慮を欠いた反逆的言動を看過する訳にはいかんのだ…!

 従って、キサマには己の甘さを叩き直すため、百日間の【懲罰拳房】籠居を命じる──連行しろッ!!」

 予め命じられていたのであろう、安癒室の自動扉が左右に開くと、闘盟軍標準装備の黒い魔強具を装着した【総帥警護兵】たちが整然と入室し、悄然と立ち竦む白い貴公子はその両腕を左右からガッチリと抱えられ、両手首に分厚い金属環を嵌められるが、それは“闘盟軍名物”の【磁縛手錠】であり、一瞬にして接合して罪人の自由を奪うのであった。

「よもや将軍が…いや、我が息子がこの辱めを受けるのを目にしようとは、さすがの私も夢にも思わなんだわ…!」

 〈戦鬼王〉が嘆息する傍ら、静かにリドに歩み寄った〈万能匠〉はその背にふくよかな右手をあてがいつつ愛情込めた声音で慰めた。

「長い人生だ、誰しも過ちはある…。

 されど、後に振り返ればこの苦い恥辱こそが君の成長にとって不可欠の良薬であったのだとさとるであろうことを私は信じて疑わぬよ…!

 ──今はただ、待つことだ。

 今回の挫折が、拙速を戒めるための天の配剤であろうことは、聡明な君なら既に理解しているのではないか?

 むろん、百日もの拳房生活は、誇り高きシェザード一族の一員に対して魂を削られるほどの苦痛と焦燥をもたらすであろうが、この試練を乗り越えた時、リド=シェザードという戦士は兄や弟を凌駕するほどの、父上の後継者にふさわしい最強の魔強士として復活するであろうと私は確信する…!

 どうか、躰を大事にな──リドよ、一日千秋の思いで待っておるぞ…!!」

 



 


 
 




 

 

 


 



 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...