夏の終り

野瀬 さと

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「じゃあ、行ってくる」

靴を履くと、手近なものだけ詰めた小さめのボストンバッグを持って立ち上がった。

「気をつけてね!おじさんによろしくね」
「うん」

かあちゃんが、大きなキャリーケースを三和土に降ろしてくれる。

「ちゃんと奈美おばさんには、お土産とお金渡すのよ!一番に!」
「わかってるよ」
「着いたら連絡するのよ!あんた肝心なとこ抜けてるから」
「わあってるってば」

かあちゃんは首にかけたタオルで額の汗を拭った。

「…それと、拓也くんにも…」
「…うん…」

ちょっとだけふたりで黙り込んでから、玄関を出た。



あれから、一年過ぎた。
大学も四回生になって、就職活動をかあちゃんの故郷でしてる。

去年から何度も県の就職説明会や合同企業説明会なんかで来てるから、だいぶ地理は覚えた。

宿は、おじさんの家だ。
長丁場になってもいいように、かあちゃんが頼んでくれた。

単位は取れるだけ取ってて卒業ラインにはあとちょっと。
毎日のバイトや教習所に通ってた割には、頑張ったと思う。

車の免許が、ついこの前取れて。
田舎じゃ車の免許がないと、就職も難しいからね。

あとは、安い中古車を買う。
車はもうおじさんに頼んで手配はしてる。
明日、納品されるはず。

残りの夏休みを利用して、面接を受けまくる予定だ。


東京駅まで出て、新幹線で向かう。
小さい頃は新幹線と特急を乗り継いだけど、今は一本で行けるから楽になった。

駅に着いたら、キャリーケースをゴロゴロと引きずりながら長いホームを歩いた。
昼間の便だから、乗降客はサラリーマンばかりだ。

登山に向かうであろう団体もいた。
年齢層が高めだけど、お元気にはしゃいでいる。
第二の青春を謳歌しているようで微笑ましい。


「悠人くん!こっち!」

新幹線駅にしては小さな改札の向こうに、笑顔で手を振る柊二しゅうじさんと健太郎けんたろうさんの姿が見えた。

健太郎さんは相変わらずのイケメンぶりだけど、柊二さんはびっくりするほど日に焼けて真っ黒だった。

「久しぶり!背ぇ伸びた?悠人くん」
「…もう成長期はとっくに終わってるよ…」
「ぶふっ。知ってる」
「柊二さんが成長期来なかったからって……」
「あん?」
「まあまあ。久しぶりに会ったのにチビ自慢しないの。行くよ」
「健ちゃん…」

駅前の駐車場に停めていた健太郎さんのコンパクトカーまで足早に向かう。
お子さんが増えたから、セダンから買い替えたんだって。

「早くしないと、面会時間終わっちゃうから」
「うん」
「あ、悠人くん荷物持つよ。大変でしょ」
「すいません」

スマートに、健太郎さんは俺のキャリーバッグを持っていった。
イケメンは、心の中までイケメンだ。
荷物を持って凝っていた肩が、少し軽くなった。

流石に東京より涼しく感じたけど、やっぱり外に出ると暑い。
汗を手の甲で拭いながら、柊二さんと健太郎さんの後についていった。

「忙しいのに、ごめんね」
「なーに言ってんだよ!迎えくらい、いつでも言ってよ」
「そうだよ。お人好しの柊二に言えば北海道までだって迎えに来てくれるよ」
「健ちゃん…」

荷物をトランクに詰めて車に乗り込むと、すぐに発進。

「柊二さん、ますます焼けたね」
「んー。最近、健ちゃんが煩くてね。外で運動するようになったよ」

そう言って、ボリボリと頭を掻いた。
運動不足で怒られたんだって。

農家やってるのに、運動不足になるの…?

「仕事してる上に運動だなんて、だるくてしょうがないんだけどさ」
「おじいちゃんだから、心配なんじゃない?」
「健太郎も同じ年だわっ」

俺たちの会話を聞いて、運転席の健太郎さんが笑った。

「柊二は仕事以外、ずっと絵を描いてるだろ?中年男性にしては運動不足なんだよ。中年にしてはね」
「健ちゃん…」

やたら、中年を強調した言い方に、柊二さんがしょんぼりしてる。
いや、健太郎さんも中年……。
なんで柊二さんも言い返さないんだろ。


なんだか健太郎さんが柊二さんにチクチクやってる。
どうしたのかと思ったら、柊二さんの離婚がやっと成立したんだけど……。

貯金、ほとんど持っていかれたらしい。
それも柊二さんのほうから差し出したみたいで、健太郎さんはなんだか怒っている。

「これから再婚して家庭持ったら、絶対後悔するからな!特に子供が生まれたら!」

なんて言ってる健太郎さんのスマホの待受は、去年生まれたばかりの娘さんで。

「…もう結婚なんて懲り懲りだよ…」

力なく笑う柊二さんは、本当に枯れ果てたおじいちゃんみたいな雰囲気になってた。



30分ほど車を走らせると、低い山の中腹に白亜の建物が見える。


拓にいは、今ここにいる。




あの時、拓にいの家は全焼した。

だから拓にいの持っていたアヘンも、あの人のご位牌や写真も全部、焼けた。

ショックを受けた拓にいは、病気が重くなって療養している。


それは表向きの理由で──


アヘンの離脱症状と、ショック状態が長く続いている。
健太郎さんが見つけてくれた半隔離施設で、治療と療養中だ。


一年経った、今でもまだ。


「……本当に、こっちに就職するの?」

バックミラー越しに、健太郎さんが俺を見た。

「うん…」
「でも、悠人くんさ…」
「なんだったら、石黒ガーデンで雇ってくれない?」
「えっ?俺んとこ!?」

柊二さんは俺の顔を見て戸惑ってる。

「でも俺、あんまり肉体派じゃないからなあ…」
「悠人くん……」
「医療事務の資格取って、林医院でも良いな」
「…何いってんだよ…」

健太郎さんが呆れたみたいに前を見た。

「何って、Iターン就職って歓迎されてるんだよ?この前も県の就職説明会でさあ…」
「悠人くん」

一気に声が、低いトーンになった。

「俺は真面目に言ってるんだよ?」
「…うん…」

もちろん、両親にもおじさんたちにも大反対された。
こんな田舎で就職してどうするんだって。
仕事だって東京よりもないし、賃金だって低い。

それに、一度も住んだこともない土地なのに、冬がどんなに厳しいかわかってるのかっていうのも言われた。
日本海側で雪が大量に降るから、県外から来る人は一冬で音を上げるそうだ。

そういえば、正月にかあちゃんの里帰りに付き合わされることは、なかった。
だから、冬の厳しさは正直、知らない。


本家の跡地を、拓にいに代わってなんとかするからって、説き伏せたんだ。


「…そんなに拓ちゃんの傍に居たいの…」

ぼそりと柊二さんが言った。

やっぱり、柊二さんや健太郎さんは誤魔化せないな。

「…うん…そだね…」
「そっか…」

そう答えると、柊二さんは複雑そうに眉を下げた。


半隔離施設だから、面会には予約がいる。
柊二さんがその辺やっといてくれたから、施設にはすんなりと入ることができた。

入り口で住所と名前を書いて、身分証を提示してやっと中に入れる。
健太郎さんは担当医師と話があるとかで、入り口で別れた。

二重になってるドアを入ると、施設の中は明るい。
天井に窓があって、太陽の光がいっぱい入る設計になってる。
廊下にも大きな窓があって、開放的な雰囲気だ。

この病棟の中は、入院患者は自由に行き来できる。
症状の軽い方の人が集められているんだそうだ。

でも、一個も外に出られる窓なんてないけどね。
脱走できないよう、窓は全部はめ殺しになっているから。


拓にいは、比較的症状が軽いほうだというので、入り口に近い病室を割り当てられてる。

「拓ちゃん」

病室のドアは開け放たれていて、柊二さんが先に入っていった。

「ああ…柊二。来てくれたんだ…」


久しぶりの拓にいの声……。


ずっと、面会拒否されてて、拓にいの顔を見ることができなかった。
だから今日は、柊二さんや健太郎さんに無理言って付き合ってもらったんだ。

「今日、悠人くんも来てくれたよ」
「え…?」

一つ息を吐いてから、病室の中に入った。

「拓にい。調子、どう?」
「悠人……」

ベッドの上で、上半身だけ起こして座ってる拓にいは、絶句した。

それから、顔を伏せた。

「…何しに来たんだ」
「就職活動」
「え…?」
「俺、こっちで就職活動するんだ」



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