夏の終り

野瀬 さと

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家に戻ると、すぐに石黒さんは車のキーを取り出した。

「多分、拓ちゃんの家に戻ると思うから、先回りしよう」

そのまま、石黒さんの車に乗り込んだ。
林先生に連絡しながら、拓にいの家に向かった。

「凄い力が出るって…わかってたのに…」

石黒さんはずっと林先生から、薬物中毒のことを聞かされていたらしい。
もしも拓にいが暴れだしたら、凄い力が出るってことも聞いていたんだと思う。

「油断した…」

俺に言ってるのか、独り言だかわからない。

俺自身もあんな凄い力で振り払われて、どうにもできなかった。
石黒さんになんて言っていいのか、わからなくて黙っているしかなかった。

拓にいの家に行く間、ずっと車窓から拓にいを探してた。
でも見えるのは、暗闇の中の田舎の風景だけ。
生き物の気配を感じることすらできなかった。


拓にいの家に着いた。
でも家は闇に包まれていて、物音もしない。
人の居る気配がしなかった。

「まだ着いてない…?」
「ちょっと周りを探してみよう」

暫く家の周りを探したけど、どこにも居なくて。

探してるうちに、林先生のセダンが家の前の広場に入ってきた。

「拓也は!?」

車から降りると、林先生は駆け寄ってきた。

「まだ来てないみたいだ……」
「でも、来るならここしかない。待とう」
「俺、家まで引き返してみる」
「でも、柊二…」
「健ちゃんと悠人くんはここから動かないで。行ってくる」
「ああ。わかった」

石黒さんは車を使わず、走って出ていった。

「俺もちょっと外見てくるから。悠人くんはこの辺から動かないで」
「わかりました。」

林先生も、拓にいの家の敷地から出ていった。

辺りは真っ暗で。
少し離れたところにある、電信柱についてる街灯の明かりが、少しだけ届いてる。

虫の声が少しだけ聴こえる。

暑かったときはあれほどうるさかったのに。

物陰に隠れながら、家の前の広場を眺めていた。

「あ……」


……花壇に、白い影……

あの人だ


思わず、駆け寄った

「あのっ…拓にいがっ…」

思わず、頼ってた

「居なくなってっ…」

なぜだか泣きそうになりながら、必死に助けを求めてた。

あの人は、落ち着かせるように俺の額に手を当てた。
また、あのひんやりした感覚が額を覆った。

その手が離れていくと、そのまま家の裏手を指差した。

「え…?」

ゆらりと揺らめくと、その人の姿はその指差した先に移動した。

「ま…待ってっ…」

母屋の横を通りながら、その人の影に走り寄る。
でも、近くなるとその人はまた、どこかに消える。

「待ってぇっ…」

必死に影を追いかけた。


この人しか、拓にいを助けられない


「待って!お願いっ…!」

気がついたら、ケシの畑の焼け跡まで来てた。

「どこ…?」

あの人の姿はかき消えていて……。

必死でここまで走ってきたから気づかなかったけど、真っ暗で足元がよく見えない。

急に怖くなった。


あの人も居ない
拓にいも居ない


スマホをポケットから取り出して、ライトを着けてなんとか下りの砂利道まで出る。

ここから走れば3分ほどで母屋に戻れる。
そう思った瞬間、目の前が明るく光った。

「え…?」

光ったほうに目を遣るが、何も見えなかった。
気の所為かと思って、走り出そうとした。

「わっ…」

突然、周りの木々の枝が揺れたかと思うと、たくさんの鳥の飛び立つ音。
バサバサと慌てるように、枝を揺らし不気味な音を辺りに響かせた。

その音と同時に、遠くで誰かの叫ぶ声が聞こえた。
何を言っているのかはっきりとは聞き取れなかったが、声のする方を見るとまた明るい光が見えた。

その光は、揺らめいて見えた。
木々の間から、少し陰ったように見える。

次の瞬間、辺り一面を照らす強烈な光になった。

「…燃えてるっ…!」

その方向は、母屋だった。
急いで砂利道を何度も転びながら降りていくと、開けた場所から母屋の屋根から炎が上がってるのが見えた。

何度も何度も転んで、手や足から血が出てる。
でもそんなこと気にしてられなかった。

拓にいが、もしかして中に入ってるかもしれない

「拓にいっ…!」

母屋の裏手の崖から飛び降りて、裏庭から前の広場の方に回る。
走りながら母屋の中を確認したけど、人は居なさそうだった。

「あ……」

仏間の少し開いた障子の間に、あの人が見えた。

「嘘…どうしよう…」

母屋の屋根からは既に炎が突き抜けていて。
辺りを明るく浮かび上がらせていた。

あの人を助けなきゃ
でもどうやって…?


あの人は死んでいるのに


「拓也っ…だめだっ…!」

耳に飛び込んできた叫び声は、林先生の声だった。

「いやだぁぁっ…征一郎せいいちろうっ…!」

拓にいの声だ!

家の前の広場の方から聞こえた。
慌てて広場のほうへ駆け出した。

「だめだっ…燃えてるんだからっ…!」
「嫌だっ…征一郎が居るからっ」

炎に照らされた家の前の広場には、林先生に羽交い締めにされる拓にいの姿があった。

「拓也、中に人がいるのか!?」
「征一郎っ…征一郎ーっ!」

泣きながら林先生を振りほどこうとしている。

「林先生っ」
「あ、悠人くんっ…中に人が居るって……」
「違いますっ。それは、違うんですっ」
「え?」

遠くから消防車のサイレンが聞こえる。
少し離れた近所の家からも人が出てきて、広場の前に集まってきている。

「おーいっ…!健ちゃんっ!」

その人垣をかき分けて、石黒さんが戻ってきた。

「拓ちゃんは!?無事!?」
「いやっ…離してっ…!」

暴れる拓にいを林先生とふたりで押さえつけた。

「拓にいっ」
「征一郎がっ…中にいるっ…行かせてっ!」
「居ないっ。もう、あの人は居ないんだっ」

石黒さんが怪訝な顔をして俺の肩を掴んだ。

「悠人くん、征一郎って誰?中に人が残ってるの!?」
「それは…」
「征一郎っ…征一郎っ…!」

拓にいの体に力が入った。
ぎゅっと押さえつけると、もっと力が入って跳ね飛ばされた。
地面に叩きつけられて、すぐに起き上がることができなかった。

「拓也っ…!」

林先生が、飛びついて拓にいを地面に抑え込む。

「悠人くんっ。大丈夫っ?」

石黒さんに抱え起こされて起き上がると、拓にいは地面に転がって泣きながら、燃え盛る母屋に向かって手を伸ばしている。





「俺もっ…連れて行ってっ…征一郎っ…」





木の爆ぜる音が段々大きくなり、轟音になる

振り返ると、母屋が大きく傾き
瓦屋根が大きな音を立てて崩れ落ちた


その紅蓮の炎の中


あの人が


微笑みながらこちらを見ていた







”…あとは…頼んだよ…悠人…”







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