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しおりを挟む「あの…?」
誰にも言わないでって言ったのに。
なんで他の人なんか連れてくるんだ。
それが顔に出ていたんだろうか。
林先生が謝ってきた。
「ごめん、悠人くん。ちょっと確認したいことがあって。だからこの人連れてきたんだ」
林先生は俺にそう言うと、男の人の方に顔を向けた。
男の人は黙って立ち上がると、俺を見た。
身長は俺と変わらないくらいだけど、年は拓にいたちと近そうだ。
日焼けした顔に、体は細いけど筋肉がついてて。
キャップを被って作業着みたいな服を着ていて、首から黄色いタオルを下げている。
「……はじめまして。石黒です…石黒 柊二」
人の良さそうな顔で少し笑って、ぼそぼそと喋って、少しだけ頭を下げた。
「柊二も、拓也とは幼馴染なんだ」
あまり喋りが上手くなさそうな石黒さんをフォローするように、林先生が説明してくれた。
「あ、そうなんですね…。石井 悠人です。拓にい…あ、佐々 拓也の従兄弟です」
なんでこの人が居るのかわからなかったけど、とりあえず助けに来てくれたんだと思って頭を下げた。
顔を上げると、石黒さんは微妙な顔をして頷いた。
またしゃがみ込むと枯れて茶色になった植物の残骸を手に取って、林先生に差し出した。
「やっぱり、そうだよ……」
「そっか……」
なに?なんなの?
ふたりとも凄く深刻な空気で、何も言わない。
「あ、あの。それより、拓にいを…」
「…ああ…」
石黒さんを花壇に残したまま、林先生だけ家に入ってきた。
拓にいの部屋に行くと、まだ拓にいは眠っていた。
「…この匂い…」
林先生が部屋に入った途端、口を覆った。
「悠人くん、この匂い何かわかる?」
拓にいの傍に片膝を付きながら、林先生が呟いた。
「え?」
拓にいの布団の横に、出したままになってた、あの壺と缶を林先生は凝視した。
「やっぱり」
ボソッと呟くと、きつい目で俺を見下ろした。
「……君、吸ってないよね?」
「なんのことですか?」
「アヘンだよ」
「えっ…」
林先生は無言で拓にいの眠る布団を捲くりあげた。
それでも起きない拓にいの顔や体を少し確認するように触って。
「…だめだ、意識がない…」
そう呟くと、布団を完全に剥ぎ取ってしまった。
すぐに拓にいを抱き上げると、部屋を出ていった。
「林先生っ!?」
慌てて後を追いかけた。
林先生は俺に振り向きもしないで、廊下を早足で歩いている。
「この前来た時、拓也の尿検査をしたんだ。…おかしいと思ったから…」
どんどん廊下を歩いて、玄関に着いた。
「アヘンの成分が出たんだ。それに、あの花壇にある植物。あれ、芥子の花だ」
「え…ケシ…?」
「日本では栽培が禁止されてる種類だよ。アヘンの原料になる種類の芥子」
拓にいを抱えたまま外に出た。
石黒さんが花壇から立ち上がって、車の後ろのドアを開いた。
「今から、彼の家に行くから」
「え…?」
事態が飲み込めない俺を、林先生は一瞥した。
「アヘンって、なにかわかる?」
「え…その、麻薬…?みたいなもの…?」
「そうだよ。日本では使用や栽培を禁止されている麻薬だよ。」
歴史の教科書でちょっと見ただけの言葉で、全然身近にそんな言葉聞かないから実感がわかない。
「多分、拓也…アヘン中毒だと思う」
「…中毒…」
体から力が抜けていくようだった。
拓にいの様子がおかしかったのも…あんなに妖艶に変わったのも…
もしかして俺があんな幻覚みたのも、そのせいだったの…?
「ウチの病院だと、母さんにバレる。そうなったら大騒ぎになる。…柊二は一人暮らしだから、協力して貰うんだ」
「え、あの……?」
「悠人くんも荷物まとめて。一緒に行くから」
車の後部座席に拓にいを寝かせると、石黒さんが一緒に乗り込んで行った。
「早く!準備して!」
林先生に言われて、慌てて荷物を取りに家に戻った。
拓にいの荷物は、林先生がまとめてくれた。
家の戸締まりをして、車のトランクに荷物を詰め込んだ。
呆然としていると、助手席に押し込まれた。
「じゃあ、行くから…柊二、頼んだよ」
「ああ……」
後ろの座席で、石黒さんは拓にいの体を抱えてる。
車がターンして、家の敷地を出る時──
あの人が、芥子の花壇に立っているのが見えた
悲しそうな顔をしながらこちらを見ている
白い頬を、涙が零れ落ちた気がした
車の中は沈黙だった。
拓にいの寝息だけが聞こえている。
暫く走っていると、広い畑の中の道に出た。
花の咲いているビニールハウスがいくつも建っている。
やがて畑の中に家が見えてきた。
そこには『石黒ガーデン』と書いた看板が出ていた。
ここ、石黒さんちの畑なんだ…。
花農家っていうのかな。
だから……林先生、あの花壇を石黒さんに見てもらったんだ。
家や倉庫みたいなとこを通り過ぎて、更に奥に行くとこじんまりとした平屋の新しい家が見えてきた。
「柊二、ごめん……」
林先生が苦しそうに声を出した。
「いいんだよ。俺に話してくれてよかったよ……」
「なるべく迷惑かけないようにするから」
「何言ってるんだよ。そんなこと、気にすんなよ」
「でも…」
「この近所で今、一人暮らししてる同級生なんて、俺くらいだろ?よかったよ。嫁さんが実家帰ってて」
「そんなこと…」
「いいって。……農家なんか、苦労するだけだから。俺、もう諦めてる…」
家の玄関の前に車をつけると、石黒さんと一緒に拓にいを中に運び入れた。
小さい家は、なんだか油の匂いがする。
中に入ると、イーゼルに立て掛けた描きかけの大きな油絵があった。
すごい…絵、描くんだ。
石黒さんは前はここで奥さんと暮らしてて。
でも、今は奥さんと離婚を前提に別居中なんだって。
だから一人暮らしなんだ。
最初に見えた家は母屋で、そこには石黒さんの親とお兄さん夫婦が住んでいるということだった。
もう自分の戻る場所もないから、ここで気楽に一人暮らししてるって。
奥の部屋は寝室になっていて、そこのベッドに拓にいを寝かせた。
「悠人くんは、俺と一緒にこっちの部屋ね」
その隣の、なんにもない部屋に荷物を置いた。
多分ここ…奥さんの部屋だったんだろうな…。
他の部屋と違って、本当に物がなくてガランとしてた。
「布団で我慢してね」
そう言うと、人の良さそうな眉を少し下げた。
林先生は、暫く拓にいの居る部屋にいた。
大きな黒いカバンを持ってきていたから、診察しているみたいだった。
しばらくすると、俺と石黒さんがいる部屋に入ってきた。
ちょっと疲れた顔をしてた。
「とりあえず、目を覚ますまではそっとしておこう……」
「ああ…なんか飲むか?悠人くんは、お腹減ってない?」
そういえば、ずっと何も食べていない。
そう聞かれた途端にぐうっとお腹が鳴った。
石黒さんは苦笑いしながら立ち上がった。
「はは…なんか作るよ。インスタントだけど…」
「す、すいません…」
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