海鳴り

野瀬 さと

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明希子と行信の話

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「さっぶい…」
「おお…マフラーするか?」
「いいよ、行信ゆきのぶくんが寒くなるでしょ」
「おりゃ、ゴリラだからいいんだ」

年が明けて、正月しょうがつの昼。
親父が3度目のぎっくり腰になったから、明希子あきこと俺はふたりで初詣はつもうでに来ている。
お袋は親父の面倒を見るのに、家に残っている。
それに年越しのとき参拝さんぱいしてるからな。

セーターの上にダウンを着込んで俺の防寒ぼうかんは完璧だった。
明希子は正月だからとスカートをいている。
しかもダウンじゃなくて、通学に使っているダッフルコートを着込んでいる。
髪もショートカットのままで、ちょっと寒そうだからマフラーを貸してやった。

俺はいつものきたねえジーパンで行こうとしたが、明希子に怒られてチノパンにした。
神様に挨拶あいさつするんだからきれいな格好しないといけないんだと。

さーせんでした…今まで汚えジーパンで参拝して…

山の上の神社の駐車場に車を停めると、参拝客さんぱいきゃくがちらほらいる参道を登った。
階段がずうっと続いて、結構な傾斜けいしゃがついている。
明希子はあまり体力がないから、ゆっくりと階段を登った。

「おまえよ。進路しんろ、どうすんだ?」

正月になっても、明希子の進路は決まっていなかった。
欠席した一ヶ月については、高校こうこうの方で協力してくれて補習ほしゅうやテストでなんとかおぎなえたということだった。
ただ、大学に進学するとなると完全なる準備不足じゅんびぶそくで、推薦すいせんなんかは無理だったが。

「んー…そうだなあ。就職しゅうしょくしようかな」
「おまえ、学費がくひのことなら心配いらないんだから、大学だいがく行けよ」
「うん……」
「なんなら、予備校よびこう通うか?」

まあそうなると、もうちょっと都会に出ないとないから、一人暮らしすることになるが。
どのみち、進学するんなら一人暮らしだから大差ない。

だが、成績せいせきは問題ないらしいが、どうやら明希子自身があまり進学に乗り気じゃないと、お袋から聞いた。

「うん……」
「なんだよ。煮えきらねえな」
「うん…………」

振り返ったら、ゼイゼイ肩で息をしている。
階段、そんなにキツイか。

「ん」

手を出してやると、素直に明希子は握ってきた。
手袋てぶくろ越しに手をつないで引っ張ってやった。

「まあ、おまえの決めることだからよ…」
「うん…」
「でも、なんかゆめとかないのかよ?」
「え…夢…?」
「やりたいこととかよ。やってみたいこととかよ」
「うーん……」

その時、やっと頂上の拝殿はいでんについた。
やっと平らな場所に出て、明希子は生き返った。

「お参り、いこ?」
「ああ」

手をつないだまま、参拝の列に並んだ。
順番が来ると、手を離してそれぞれ鈴を振ってお参りした。
随分ずいぶん長いこと明希子は何かをお願いしていた。

その後、おみくじを引きたいと言うから付き合って俺も引いた。

「お。大吉」
「あ。大吉」

思わずふたりで目を合わせた。

「え?行信ゆきのぶくんも?」
「え?明希子あきこも?」

お互いのおみくじを見せながら、おどろいた。
全く同じ内容だったから。

「なにこれ…」
「これしか入ってないとかだったら笑うな」
「ぶぶっ」

明希子は少し伸びた髪をぐしゃっといて、それから俺を見上げた。

「でも、ねがかなうって」
「おお…よかったじゃん」
「行信くんも、叶うんだよ?」
「ああ…まあ、そうだな」

じっとおみくじを見てみたが、なんの実感じっかんも湧かなかった。

「ねえ。私に夢とか聞くけど、行信くんは?」
「え?俺?」
「夢、ないの?」
「だってもう、俺は漁師だぞ?」
「え?ないの?夢」
「ええ…まあそうだなあ…」
「じゃあ、やりたいこととか、やってみたいことは?」

話しながら、木の枝におみくじをくくり付けた。

「俺は…まあ嫁さん貰って、子供を作ることかな」
「へえ…」

いつの間にか、また手をつないでいた。

「お袋が、俺の嫁さんとカフェとか行きてーとか言ってたからよ。親孝行おやこうこうにもなるしな」
「そうなんだ」
「それに…」
「ん?」
「俺、一人っ子だったから、子供はたくさん欲しい」
「へえ…」
にぎやかないえにしてぇな」
「そっかあ…」

明希子はなんだか嬉しそうに空を見上げている。

「まあ、おんなないから、しばらくは無理だがな」
「そう?」
「親父も腰があんなになっちまったから、この先漁師りょうしも無理かもしれねえし…」
「じゃあ、民宿みんしゅくでもしたら?」
「民宿?」
「うん。釣り船も出してさ、釣宿つりやどにしたらいいんじゃない?」
「ああ…まあ、そういう手もあるかあ…」

それもいいかもしれない。
いっそ辞めちまうか。
別に廃業して、サラリーマンになってもいい。

もう明希子も家に住んでるわけだし、めしわせてやる口実こうじつを作る必要もなかった。

こいつでも、まだガリガリのまんまなんだよな…
もともと太れない体質たいしつだったのか。

手をつなぎながら階段を降りていると、明希子の高校のクラスメイトたちに出会った。
友達同士で受験じゅけん合格祈願ごうかくきがんを兼ねて初詣はつもうでに来たんだそうだ。
きゃっきゃと挨拶あいさつを交わして、かしましい事この上ない。

俺は明希子に手をつながれたまんまだったから、なんとも居心地いごこちの悪い感じになった。
友達は俺の方をチラチラ気にしている。

「明希子!ねえ、彼氏かれし?」
「え?な、おい…」
「違う違う。旦那だんな
「えっ……」



結局、このときの明希子あきこの言葉は本当になった。


そしてまさか、明希子との間に4人もガキが生まれるなんて…
このときの俺は想像もしていなかった。


遠い遠い、昔話。





明希子と俺の話──





【明希子と行信の話・終】
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みんなの感想(1件)

すみれ
2021.11.20 すみれ

明希子と行信の話

野瀬さと作品の特徴かと思うのですが、ドラマや映画を見終わったあとの感覚によく似ています。

読了後の余韻が自分の目で確かめたようなリアルさです。どこで、誰が、どんなものを身につけて、どのような動作で。自然と浮かびました。表現するにあたり、説明文になりがちな描写も野瀬さとさんの作家人生が集約されているかのように深く、やさしい。無理に難しい言葉を使わずとも、決して安っぽさはなく気づいたときには引き込まれていました。ここにあるのは、人間が人間を想う世界です。

これからもずっと、応援しています。

まだ、あたたかな気持ちでいます。ありがとうございました。


野瀬 さと
2021.11.20 野瀬 さと

>すみれ様
感想いただき、ありがとうございます!そしていつも応援ありがとうございます!
この作品は一番最初が6年前、次が3年前、ショートショートも3年前、そして最後の父ちゃんのお話を先月書きました。私の小説を書いていた時間の経過がわかる作品です。手直しは入れているものの、そう言っていただいて凄く嬉しく思います。人の心を何らかの形で動かしたいと思って書いているのですが、頭に浮かぶ映像をそのまま文字にすることは難しく、なんとか表現できたらと常に思いながら書いていることが、少しは実っているのかなと、これまた嬉しく思いました。
あたたかな気持ちになっていただき、ありがとうございます。
私もずっと応援しております。お互いに、行けるところまで頑張りましょうね!
本当にありがとうございました!

解除

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