海鳴り

野瀬 さと

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父、あけぼの荘に帰還す。

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「それじゃ、行ってくる」

玄関前で皆が勢揃いで俺を見送ってくれた。
最寄りの駅まで優也ゆうやに送ってもらうので、ここでお別れだ。

「ちゃんと連絡ちょうだいね?」

さっき、直也なおやにゴリ押しされて…
これからは一週間に一度は、俺から連絡を入れるという約束になった。

まだ終わっていない手続きなんかもあるから、しょうのないことだが…正直めんどくさくはある。
だがそんなことを言うと、明希子あきこそっくりな顔で鬼のように怒られるから言えない。

「ああ…わかった」

ちょっとしょんぼりしながら返事をすると、それがおもしろかったのかちびたちがはしゃぎだした。

「父ちゃん!俺にも電話!」
「とうちゃん!俺も!俺も!」
「ああ…わかったわかった。電話してやる」

ついでに俺によじ登ってきたもんだから、ぎゅうっと抱きしめておいた。

「父ちゃんが帰ってくるまで、いい子にしてるんだぞ?」
「うんっ!わかった!」
「いい子にしてる!」
「よーし!」

とても大人しくいい子にしているとは思えないんだが。
そんなことを思っていたら、海人かいとがぐずぐずし始めた。

「早く…帰ってきてね?」

それを見た陸人りくとまでぐずぐずし始めた。

「元気に帰ってきてね?」

ふたりとも俺の首根っこにぎゅうっとしがみついた。

「…わかってるよ…ちゃんとおまえたちがいい子にしてたら、ちゃあんと帰ってくるから…な?」

意外な反応に、ちょっと驚いてしまった。
こんなにしょっちゅう家に居ない父親なのに…

ちびたちは、それでも俺を父と慕ってくれるのか。

「今度帰ってきたら、遊園地いこうな」
「ええっ!?ほんと!?」
「ほんと!?とうちゃん!」
「ああ。3人で行こうな」
「わあ…」

死ぬほど両手指切りげんまんをさせられて、やっと俺は車に乗り込むことができた。

「お父さん、気をつけて」
「ああ、後、頼んだぞ」
「うん」
「じゃあな。身体、大事にしろよ?直也」

にっこり笑って、直也はコクコクと頷いた。
秋津もペコリと頭を下げて、ちびたちは盛大に手を振ってくれた。

「じゃあ、車出すね」

優也の運転で車はあっという間に地元の駅についた。

「じゃあ、父ちゃん。帰ってくる時は連絡ちょうだいね?」
「ああ…今度はそうする」

車を降りて荷物を出していると、優也も降りてきた。

「あのさ…」
「ん?」
「直也と秋津さんのこと…ありがと」
「あ?なんでおまえが礼を言ってるんだ」
「いやあ…だってさ。父ちゃん猛反対するかと思ったんだもん」
「あ?」
「でもさ…見てて納得だったでしょ?」
「…まあな……いい夫婦に見えたよ…」

実際なあ…
ちびたちも懐いてるし、仕事も骨惜しみせずやってるし。
事務仕事に関しては、俺よりも上等過ぎてもったいないくらいだ。

「まるでさ…父ちゃんと母ちゃんみたいだなって思わない?」

ふふふと笑うと、ひらひらと手のひらを振って優也は車に乗り込んだ。

「生意気言うな!」
「ほんとはちょっと思ったんでしょ?」
「う…」
「わっかりやすー!」
「優也!」
「じゃあね!父ちゃん、頑張ってね!」
「お…おまえもなっ!」

チャキっと敬礼すると、優也は車を出した。
大きなエンジン音を響かせて、あけぼのワゴンは駅前広場を出ていった。
車が見えなくなる間際、ブッブーとクラクションの音が聴こえた。

「はあ…」

どっと疲れた…


乗り込んだ在来線はガラガラで。
窓辺の席に陣取って、外を眺めた。

海岸沿いを電車は走る。
今日は少し波があるが、空は晴れ、きらきらと海面には太陽が反射している。

うとうととする俺の耳に、海鳴りが聴こえてくる。


『ねえ、行信ゆきのぶくん…』

なんだよお…明希子あきこ

『心の目、開いたね』

そうかあ…?開いたか…?

『ばっちり』

やべえな…俺もう死ぬのかな

『ばーか。あんたは百まで生きるわよ』

そんな長生きしたくねえなあ…

『私の分まで…生きるんでしょ…?』


「…わかったよぉ…明希子」




遠くで海鳴りが、笑った気がした






【父、あけぼの荘に帰還す。終】
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