傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

文字の大きさ
上 下
55 / 55
間章 眩る蜉蝣

5

しおりを挟む






ねえ、朽葉
俺から離れて行かないで


ずっとそばに居て



じゃなきゃ…俺…








目が覚めると、紫の間には朝の清らかな光が溢れていた。

「…あれ…」

隣に寝ていたはずの朽葉の姿がなかった。
絹のシーツに流れるように寝ていた跡が残っていただけだった。

「どこ…行ったの…?朽葉…」

朽葉
朽葉朽葉

置いて行かないで


部屋の襖を開けて廊下に出ると、大階段まで出た。
誰も居ない。

辺りは静まり返っていて、朝に帰るお客様はすべてもう既にいないようだった。
わたつみ楼の中も、窓から駐車場の方を見ても、人の姿はなかった。

「朽葉の部屋かな…?」

部屋の方に戻ると、廊下の向こうから俺の部屋子が駆けてきた。

「紫蘭さん!もう大丈夫なんですか?」
「あ、うん…心配かけてごめんね」
「いえ…いいんです…無理だけはしないでくださいね…?」
「ありがとう…ねえ、朽葉見なかった?」
「朽葉さんなら、常磐の間に…」

すっと、体温が冷えていくのがわかった。

「湊の、とこ…?」
「え、ええ…」

部屋子を押しのけて、常磐の間に駆け出した。

「紫蘭さん!?」




嫌だ
嫌だ
嫌だ


朽葉
朽葉朽葉
朽葉



どこにもいかないで




常磐の間の襖を開けようとしたら、内側から開いた。

「なんだよ?騒がしいな」
「湊っ…」
「紫蘭?寝てたんじゃ…」

呆れたように俺を見て突っ立ってる湊の腕の中には、眠っている朽葉が居た。

「どう、して…?」
「え?朽葉のこと?寝ちまったから部屋に運ぼうかと…」
「…どうして常磐の間にいるの?」
「知らねえよ。仕事して帰ってきたら寝てたんだよ、俺の布団で」

やれやれと、湊は肩を竦めた。

「昨日非番だったのにな。どこで疲れてきたのやら」
「寝たの?」
「は?何言ってんだよ…俺だって今、仕事が終わったとこで…」
「朽葉と寝たの!?」
「紫蘭…?ちょっと、話を…」



嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

朽葉

朽葉は、俺のものなのに



「紫蘭、落ち着けって」
「湊……」


あげない


「湊…早く…一緒にねよ?」



偽物の愛しかくれない、おまえになんか



「ん…湊ぉ…?」

朽葉が目を覚まして、湊を見上げた。

「なんでもない。寝てろ」
「ん…」

安心しきって、一気に眠りに落ちていく朽葉の横顔は
さっきと同じくらい、綺麗だった





でも絶対に、湊には
朽葉をあげない





朽葉を寝かせるとすぐに湊は紫の間に来た。
また、偽物の愛を瞳に浮かべて。


ばかにするな。
俺も、朽葉も。


そんなものはいらないんだ。


「湊…はやく、来て…?」



だから、あげない
おまえには、朽葉をあげない



例え朽葉が、死ぬほど愛していても



偽物の愛しか持ってないおまえになんか
朽葉は似合わない





朽葉





俺が湊から
解放してあげる








【眩る蜉蝣・終】
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

すみれ
2021.11.22 すみれ

■一気読みしました■

おもしろかった!!!

野瀬さと作品の毛色は多岐に渡りますが、わたしが知る、野瀬さと作品の真骨頂にも感じました。

愛だけでは守れないもの。だけど、愛がなければ守れないこと。その愛にも、正解はないこと。とても考えさせられます。緻密に練られた世界でした。さすが野瀬さとさん。さらっと読んではもったいない!おかげで寝不足しょう。

読ませていただきました。きれいなだけではない、儚くて残酷な、おとなのおとぎ話。


えーん、紫蘭ちゃん。。。




野瀬 さと
2021.11.22 野瀬 さと

>すみれ様
ありがとうございます!寝不足だいじょうぶ!?w
蒼乱も常磐も読んでくださったんですね。短編ですが少しボリュームあったのに、ありがとうございます。
人はそれぞれ、己の正義や理想が行動の源となっていると思いますが、愛もまたその行動の理由のうちの一つではないかと思います。でも、愛だけでは生きていけない、正義や理想だけでも生きていけない。
でも正義や理想を超える愛が生まれたとき、そこにドラマが生まれるんじゃないかなと思います。
平凡な日常を過ごしているとそんなことも起こらないのかもしれませんが、小説はドラマを描くものだと思っているので、私の小説はこんな毛色になるんじゃないかなと思います。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!とってもとっても嬉しかったです!

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

過去あり無自覚美少年が幸せになるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:326pt お気に入り:56

もしかして俺の主人は悪役令息?

BL / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:53

意地悪令息は絶交された幼馴染みに救われる

BL / 連載中 24h.ポイント:426pt お気に入り:19

セヴンス・ヘヴン

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:62

ボクに構わないで

BL / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:18

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。