傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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間章 眩る蜉蝣

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鮮やかな緑──




目を開けると、まるで森の中を彷徨っている感覚に襲われた。

「紫蘭…?」

優しい声。

「…ん…」

声のほうに手を伸ばすと、掌を包む大きな手。

「おはよう。随分寝坊だな」
「…ほんと…?」

酷く腫れ上がった顔で、優しく見つめる。


湊…


そっか、ここ…湊の部屋。
湊が「常磐」を名乗っていた頃の、そのままの部屋。

あれから何日経ったのか…
だいぶ休ませて貰ってるけど店に出ろと言われていない。
偶に湊と一緒に医者に通って、性病も貰ってたから薬を貰って。

もう治ってると思うんだけどまだこうやって湊の部屋に居る。


「今日はちょっと起き上がって体を動かしてみな?眠れてないだろ?」
「そんなこと、ないよ…?」
「…いいから。祐也さんも正広さんも心配してるんだぞ」
「わかった」

小さな声で答えると、湊は俺の顔を覗き込んで笑った。
サラサラと前髪が揺れる。

この人は俺たちには髪の毛のことうるさく言うけど、自分はサラサラの髪を伸ばし放題伸ばして。
たまにどうにもならなくて後ろで縛っていることもあるくらい、自分の髪型には無頓着だ。

でも、その前髪の奥の瞳はいつも変わらない。

「深い、森の中みたい」
「え?なにが?」
「なんでもない」

手を頼りに体を起こすと、少しめまいがした。
身体が揺れる。

「大丈夫か?」
「…うん…」

息苦しい

「部屋、帰りたいな」
「え?」
「紫の間に、帰りたい」
「ああ…別にいいけど…」

ここにはあの子の匂いがする



布団から立ち上がろうとすると、また酷いめまいを感じた。
ぐらりと揺れた視界が気持ち悪い。
思わず目を閉じると、温かい腕に包まれた。

「おい、紫蘭?」
「…うん…」
「無理するな。まだ歩けないんだったら…」
「ううん。大丈夫だよ。ちょっと足に力が入らなかっただけだから」

そう言って腕を離そうとした。
その腕が、ぎゅっと俺の身体を包んだ。

「…湊…?」
「強がるな」
「そんなこと…」
「弱ってるときに、助けてって言えるほうがよっぽど強いんだ」

なぜか、心臓が苦しい。
それは…それは、俺のこと想って言ってくれてるの?


それとも。


「…あの子は…」
「え?」
「朽葉はちゃんと、助けてって言ったの?」

腕が緩んだ。

「なんでそこで朽葉が…」
「もういい。部屋に帰る」

なぜだか、無性に腹が立った。
湊の胸板を押して、無理やり身体を引き剥がした。

「おいっ…紫蘭!」



きっと、あの子は助けてなんて言ってない。
言ってないけど、湊は抱いてる。



男たらし



「…紫蘭?」
「嫌…嫌っ…」
「おいっ!?どうした?!」


どうして?
どうしてこんな汚いこと思うの?
どうして?





俺は、こんなんじゃない
こんなんじゃなかった





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