傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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第二章 常磐

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「わかりました…また、連れてきます…」

紫蘭の裂傷は血がたくさん出ていたけど、そんなに酷いものじゃないそうだ。
最後までされてたのに、やっぱり現役だからか。
俺のほうがちょっとひどく切れているとのことだった。

注入の薬と俺の湿布と痛み止めを貰って、病院を後にした。

小さな医院だから、街に噂が広がることはないと思うが…
なにせこの顔だから目立ってしょうがなかった。

祐也さんに言って、手を回してもらわないと、警察のガサが入るかもしれない。
言っておかないとな…

そうぼんやり考えていたら、紫蘭が俺の腕を支えるように取った。

「…どうした…?」
「うん…」

なんにも言わず、そのまま紫蘭は俺にくっついていた。

「さ、帰るぞ」
「うん…」

車に乗り込んでエンジンを掛けると、紫蘭はそっと俺の頬に触れた。

「ありがとう…湊…」
「いいよ。礼なんか言うな」

海沿いの道に出ると、今日は天気が良かったから眺めが最高に良かった。

「今日は、空も海も綺麗だね…」
「ああ…」
「久しぶりにこんな近くで海を見た」
「…そっか。じゃ、ちょっと休んでくか」

海辺のパーキングエリアに車を入れて、暫くそのまま海と空を眺めた。

スカイブルーが突き抜けた空はどこまでも高くて。
キラキラ太陽を反射した海は、眩しい。

「その…湊…?」
「ん?」
「お尻、大丈夫…?」
「ああ、大したことねえよ」
「…ほんとに…?」
「俺を誰だと思ってんだよ」
「…湊…」
「だろ?」

よくわからんが、紫蘭は納得したようだ。
少し、笑った。

それからまた、黙ってふたりで海を眺めた。

「…蒼乱そうらんさん元気かな…」
「ああ…今頃、海外じゃねえか…?」
「え?そうなの?」
「最後の日、そういう話してた…成田さんが、絵を描きたいなら海外に行こうって…」
「そっかぁ…」

蒼乱と成田さんの真剣な恋物語は、本当に珍しいもので…
わたつみ楼では、もう伝説になっていた。

当時、蒼乱と一番親しくしていたのは、朽葉と紫蘭だった。
だから、俺も他の子には言えないようなことも紫蘭には言えた。

「会いたいな…蒼乱さんに…」
「ん?会ってどうするんだよ」
「聞いてみたい…」
「なにを?」
「成田さんとの話し…」
「聞いてどうするんだよ…」

ちょっと困ったように紫蘭は首を傾げた。

「そうだね…聞いてどうするんだろ…」

こいつだって元々ストレートだ。
大半の子がそうであるように、娑婆に戻ったら普通の男として生きていくんだ。

男同士の恋物語なんて聞いてどうするってんだ。

今までこんなこと言ったことがなかったのに。

「なんだよ、好きな男でもできた?」

ちょっと誂ってみたけど、紫蘭は笑うだけだった。


わたつみ楼に帰ったら、ちょうど昼時で。
祐也さんが顔を出していた。
正広さんは昨日の寝不足が祟って、まだ寝ていた。

「湊…うわぁ…」

祐也さんが俺の顔を見て気の毒そうな顔をした。

「男っぷりあがったでしょ?」
「くく…まあな」

紫蘭を見ると、すぐに帳場の奥を顎で差した。
のれんをくぐって入ると、ソファに腰掛けた。

「おまえたちも座れ」

祐也さんに言われて、俺たちも座った。

「で、落ち着いた?」
「はい」

祐也さんが優しく目を向けると、紫蘭がしっかりと答えたからにっこり笑った。
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