傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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第二章 常磐

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「だめだ。そんなの認めない」
「なんで?湊も正広さんも、ここに残ったじゃないか!」
「俺たちは…事情があったんだ。おまえは外に出るんだ」
「どこに?僕、どこにも行くとこなんかないんだよ?」
「何言ってんだよっ!家族のためにおまえは身体売ったんだろ!?」

掴んでいた手を振り払われた。

「知ってるくせに…俺の借金、上乗せされたの…」

涙をいっぱい溜めた目で俺を睨んだ。
肩に力が入って、華奢な体が震えている。

「…そのせいで、年季明けるの遅れたの、よく知ってるだろ!?」

ついに、その目からは涙が流れてきた。

「朽葉…ちょっと落ち着けよ」
「落ち着いてる」

ぐいっと襦袢の袖で涙を拭いた。

「僕は覚えてる…湊が常磐の年季が明けてもう娑婆に戻らないって決めたけど…弟さんが迎えに来てたの…」

またごしっと目を擦る。

「僕には…あんな家族、居ない」
「朽葉…」
「戻るところがあったのに…戻らなかったのは湊だろ…?」
「それは…」
「僕には…戻る場所なんてないんだ…」


三年前…蒼乱の年季が明けようというとき、同時に朽葉も年季が明けようとしていた。
朽葉はここにいる他の誰よりも、お職になるのが早かった。
行儀見習で入って、部屋子から座敷持ちになるのに二年。
更にそこからたった一年でおいらんになった。

おいらんになるのには、前職が引退しないことにはなれないのだから、タイミングもある。
だけど、本当にすんなりと朽葉のおいらんは決まったから、こういう運を持っている子もいるんだと酷く感心したものだ。

だから、借金も他のやつよりも早めになくなって。
蒼乱と朽葉が同時に居なくなるのは痛手だったが、それでも俺はそれをめでたいことだと思っていた。

でも…いつの間にか、朽葉の年季明けの話はなくなっていて。
後々、祐也さんに聞かされるまでは詳しいことはわからなかった。

朽葉が口止めをしていたから。
蒼乱がせっかくの門出を迎えるのに、こんな話きかせたくないからって…黙ってたんだそうだ。

朽葉の親から、追加で借金を申し込まれたということだった。
それは最初ほど莫大な額ではなかったが、普通に暮らしていたら目玉の飛び出るような金額で。

結局、朽葉の年季は三年近く伸びることになったんだ。

その後も借金の申し込みはあったらしいが、祐也さんの方で撥ねつけていた。
朽葉にはもうその話は聞かせなかったし、親とも連絡は取らせないようにした。

また自分でひっかぶるって言い出しかねなかったし…

多分、朽葉はそれもわかってたんだろう。
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