26 / 55
第二章 常磐
7
しおりを挟む
深夜になると、それぞれの客は座敷から二階の部屋に収まった。
今日は座敷で酒を過ごす客も居たが、部屋子を巻き込んでどんちゃん騒ぎになっても居ないから、楽なものだった。
帳場の奥の部屋に呼ばれて入っていくと、祐也さんと正広さんが顔を突き合わせて話し合ってるとこだった。
応接セットのソファに腰掛けながら、テーブルには何枚も書類を広げてある。
「失礼します。今、終わりましたんで…」
それでも俺は、店の子たちからどんなヘルプがあるかわからないから、朝まで店番だ。
「ああ…お疲れ。ちょっとここ座ってくれ」
祐也さんに示されて、正広さんの隣に腰掛けた。
正広さんは俺を見て目に力を入れて、それからふいっと顔を逸した。
「…もう、ごめんって…」
「ふん」
俺のこと信用できないって言ったけど、やっぱり現場に張り付いてる時間は俺のほうが長いから、次のおいらんと座敷持ちについての話し合いに参加させられた。
「朽葉が抜けるとキツイけどね」
「まあな…なんだかんだと蒼乱と双璧だったからなあ…」
「紫蘭ちゃんは頑張ってるけど、顔が濃いから好みが分かれるしねえ」
正広さんはなにげに酷いことを言っている。
でもそれは、遣手としては大事な意見だと思う。
俺みたいに情に流されるようじゃ、本当はだめなんだ。
「正広だって、お職から上がるとき相当だったぞ?」
「え?何言ってんだよ祐也…」
「浅葱が抜けたとき、大打撃だったんだからな」
浅葱とは、以前の正広さんの名前だ。
「そ、そんなこと…」
「まあ、あの頃おまえはそれどころじゃなかったからな」
「もう忘れてよね。そんな昔のこと」
「まあ、その後は常磐が頑張ってくれたけどね」
そう言って、祐也さんは俺を見た。
「え…いや、俺なんて…」
「…懐かしいな。浅葱と常磐の時代…」
「いやだよぉ…ジジくさいんだから…祐也、俺と年変わらないだろ?」
それを聞いて、祐也さんはどこか遠い所を見るように笑ってる。
「……ねえ…まさかと思うけど、ここを畳もうとか思ってないよね?」
正広さんが不安げに聞く。
「え…?なんで?」
「だって…蒼乱が居なくなってから売上はガタ落ちだし…この上、朽葉まで居なくなったら…立ち行かないんじゃないの…?」
不安げな正広さんに、祐也さんはクッションをポーンと投げた。
「ばーか…おめえらが居る限り、ここは畳まねえよ?」
「え?」
「…だから、ここの会計は上には別にするよう頼んであるんだ。儲けなんか、度外視なんだよ」
「…どういうこと?」
少しだけ、祐也さんは悲しげに笑った。
「ここは。…そうだな。俺の罪を濯ぐ場所…」
「罪?」
「俺はな…そうだなあ。おまえらの前じゃ善良ぶってるけど、本当は人様にまともに説教もできない人間だろ?」
「な、何言ってんだよ…」
正広さんが戸惑ってる。
「…極道になんて身を落としておいて、綺麗事なんだがな。俺は他ではいいことができなかったから、せめてここではいいことしたいんだよ…」
そう言うと疲れたように背もたれに身体を預けた。
「…だから、安心しろよ…な?」
「祐也…」
確かに、この楼は…
借金の肩代わりをしてくれるが、楼にした借金に法外な利子をつけるようなことはしなかった。
店の子たちに、無理な商売をさせるようなこともしなかったし、むしろ横暴な客からは過剰すぎるほど守ってもくれた。
店に来た客も大切にするし、店の子も大切にする…
俺たちみたいに途方もない借金を抱えた身にはありがたすぎるほど、ありがたい場所だった。
今日は座敷で酒を過ごす客も居たが、部屋子を巻き込んでどんちゃん騒ぎになっても居ないから、楽なものだった。
帳場の奥の部屋に呼ばれて入っていくと、祐也さんと正広さんが顔を突き合わせて話し合ってるとこだった。
応接セットのソファに腰掛けながら、テーブルには何枚も書類を広げてある。
「失礼します。今、終わりましたんで…」
それでも俺は、店の子たちからどんなヘルプがあるかわからないから、朝まで店番だ。
「ああ…お疲れ。ちょっとここ座ってくれ」
祐也さんに示されて、正広さんの隣に腰掛けた。
正広さんは俺を見て目に力を入れて、それからふいっと顔を逸した。
「…もう、ごめんって…」
「ふん」
俺のこと信用できないって言ったけど、やっぱり現場に張り付いてる時間は俺のほうが長いから、次のおいらんと座敷持ちについての話し合いに参加させられた。
「朽葉が抜けるとキツイけどね」
「まあな…なんだかんだと蒼乱と双璧だったからなあ…」
「紫蘭ちゃんは頑張ってるけど、顔が濃いから好みが分かれるしねえ」
正広さんはなにげに酷いことを言っている。
でもそれは、遣手としては大事な意見だと思う。
俺みたいに情に流されるようじゃ、本当はだめなんだ。
「正広だって、お職から上がるとき相当だったぞ?」
「え?何言ってんだよ祐也…」
「浅葱が抜けたとき、大打撃だったんだからな」
浅葱とは、以前の正広さんの名前だ。
「そ、そんなこと…」
「まあ、あの頃おまえはそれどころじゃなかったからな」
「もう忘れてよね。そんな昔のこと」
「まあ、その後は常磐が頑張ってくれたけどね」
そう言って、祐也さんは俺を見た。
「え…いや、俺なんて…」
「…懐かしいな。浅葱と常磐の時代…」
「いやだよぉ…ジジくさいんだから…祐也、俺と年変わらないだろ?」
それを聞いて、祐也さんはどこか遠い所を見るように笑ってる。
「……ねえ…まさかと思うけど、ここを畳もうとか思ってないよね?」
正広さんが不安げに聞く。
「え…?なんで?」
「だって…蒼乱が居なくなってから売上はガタ落ちだし…この上、朽葉まで居なくなったら…立ち行かないんじゃないの…?」
不安げな正広さんに、祐也さんはクッションをポーンと投げた。
「ばーか…おめえらが居る限り、ここは畳まねえよ?」
「え?」
「…だから、ここの会計は上には別にするよう頼んであるんだ。儲けなんか、度外視なんだよ」
「…どういうこと?」
少しだけ、祐也さんは悲しげに笑った。
「ここは。…そうだな。俺の罪を濯ぐ場所…」
「罪?」
「俺はな…そうだなあ。おまえらの前じゃ善良ぶってるけど、本当は人様にまともに説教もできない人間だろ?」
「な、何言ってんだよ…」
正広さんが戸惑ってる。
「…極道になんて身を落としておいて、綺麗事なんだがな。俺は他ではいいことができなかったから、せめてここではいいことしたいんだよ…」
そう言うと疲れたように背もたれに身体を預けた。
「…だから、安心しろよ…な?」
「祐也…」
確かに、この楼は…
借金の肩代わりをしてくれるが、楼にした借金に法外な利子をつけるようなことはしなかった。
店の子たちに、無理な商売をさせるようなこともしなかったし、むしろ横暴な客からは過剰すぎるほど守ってもくれた。
店に来た客も大切にするし、店の子も大切にする…
俺たちみたいに途方もない借金を抱えた身にはありがたすぎるほど、ありがたい場所だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる