傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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第二章 常磐

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ご機嫌を損ねたようだ…

「参ったなあ…」

まあ着物を着るのも、部屋子がいるから問題ないんだろうけど。
いつもは俺が全部身支度してやるのに、拒絶されてしまった。

「…起こしてくるか…」

座敷持ちの二人にはもう支度をしてある。
後は朽葉だけだ。

支度部屋を出ると"山吹の間"の襖を開けた。

「朽葉、居るか?」

中の襖を開けると居間に出る。
そこは優しい黄色に包まれた穏やかな部屋。

そこに朽葉の姿はなかった。

居間を掃除していた部屋子が申し訳無さそうな顔をして、奥の間を見る。

「…やっぱり寝てるか…」

ここの子はお職になる時に自分の"色”を決められる。
もちろん先輩が使っている色はだめだけど、それ以外ならトレードマークになる色は自分で決められた。

気性の激しい朽葉なのに、なぜだか部屋はいつも明るく優しい黄色に包まれている。

まるで陽だまりのように穏やかで…

奥の襖を開けると、そこも薄い黄色で統一された室内。
その真ん中に、真っ赤な寝具がある。

そこは毎日、朽葉が商売をしているしとね

「おい。朽葉起きろ」

でも朽葉が寝ているのはその奥だ。
押入れの戸を開けると、上段に丸まって眠る朽葉が見えた。

「…巨大猫型ロボットかよ…」

すやすやと眠る頬をむにっと摘んでみた。

蒼乱そうらんはいつも商売用の部屋では寝ないで、居間に布団を敷いていた。
空間と時間を区切りたいのだと言っていた。

紫蘭は商売用の部屋で寝てしまうけど、必ず別で自分の寝具を敷いて寝ている。
やっぱり商売をする布団ではよく眠れないそうだ。


俺は…どうだったかな。
遠い昔だから忘れちまった。


朽葉は…いつ頃からだろう。
明るいと眠れないと言って、押入れで寝るようになってしまった。

「起きろ。朽葉」
「ん~…?」
「もう夕方だぞ。すぐ支度するから起きろ」
「えっ…もう?」

慌てて起き上がると、押入れから飛び降りようとする。

「ほら、掴まれよ」

手を差し伸べてやると、嬉しそうに俺の手を取った。

「ありがとう…」

そのまま手を引いて洗面所に連れていくと、部屋子たちが入って行って、朽葉の世話を始めた。

「準備してるから来いよな」
「うん。ごめんね」

もう時間がなかったから、すぐに朽葉の支度を整えて座敷に出してやった。

「ほら、行って来い。今日は河野さんだろ?」
「うん。失礼のないようにしなくっちゃ…」

山吹色の打ち掛けは、とても朽葉に似合っている。
髷に指を入れながら朽葉は、部屋に戻っていった。

「さて…今日もやりますか…」

帳場に降りていって予約の確認をする。
今日も予約でいっぱいだ。
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