傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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第一章 蒼乱

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温まって浴室から出ると、糊の利いた浴衣ゆかた丹前たんぜんが用意されていた。
バスタオルで体を拭いていると、従業員が後ろに回って浴衣を着せてくれた。

洗面台の前の椅子に座らされると、湊が髪を乾かしてくれた。

「そ、そんなことくらい自分でやります」

そう言ったんだけど、にっこり笑って拒絶された。

手慣れた様子で乾かすと、ブラシを取って軽く髪を整えてくれる。
まるでプロの美容師みたいだ。
俺の髪は整髪料もつけていないのに、きれいに整えられた。

身支度が終わると、飲み物を飲んで。
一息ついたら、湊が先導して廊下に出た。
玄関の方まで戻って、大階段を登っていく。

「おいらんや部屋持ちの子は全て二階に部屋がありますので…お手洗いや浴室は、各部屋についております」
「はあ…」

緊張で、それどころじゃなくなってきた。

おいらんの部屋の前まで来ると、湊はいたずらっぽく笑った。

「大丈夫。全て蒼乱が致しますから…」

それって男として情けなくないか?
でも、俺は男を抱いた経験なんてないし…
初めてのことは教えてもらうしかないってこともわかってる。

腹に力を入れて息を吐き出した。

開き直らないと、萎れてしまいそうだ。
いかん。

湊が部屋の戸に手を掛けて、そっと開いた。

「失礼します。おいらん、お連れしました」
「あい。お通しして」

"あお"と書かれた札を見ながら、中に入った。
入り口でスリッパを脱ぐと、一段上がった先にふすまがある。
渋い青の色で染められた襖紙を眺めていたら、湊がそれを引き開けた。

「成田様、どうぞ」


別世界とはこのことか


青を基調とした座敷は、畳までが薄青く染められている。
砂壁の色も青く、天井までも薄い青色だ。
奥に見える襖も、入り口とは違った渋い青色をしている。

木の机が部屋の中央に置かれているが、黒の漆に所々青く光る螺鈿が埋められているようだ。
窓であろう場所に嵌っている障子も、桟までが薄い青。
茶箪笥みたいな背の低い収納も、机と同じ造りで。
その部屋にある何もかもが青かった。

「ようこそ…蒼の間へ…」

入り口で立ち尽くす俺の前に、蒼乱が三つ指を付いて頭を下げて出迎えている。

部屋は青なのに、蒼乱が身につけているのは真っ赤な襦袢じゅばんだった。

赤色が鮮やかすぎて、目眩がした。

「それでは…明朝まで、ごゆっくりと過ごされますよう…」

湊は手をついて頭を下げると、入り口の襖を静かに閉めて部屋を出ていった。

「成田様…?」

呆然としている俺の手を、蒼乱は取った。
そのまま立ち上がると、俺を青い座布団まで誘った。

「お水をお持ちしましょう…」

入り口のすぐ横にある襖を開けて中に入ると、すぐに出てきた。
どうやらそちらは台所のようだった。

コップに満たされた水を俺の前に置くと、にっこりと笑った。

また、あの白い八重歯が見えた。
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