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企画SS

クリスマスSS<蒼矢>

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カプは蒼矢×環
これ以外のカプしかダメな方は、読まないでください。
環、大学二年、蒼矢大学三年あたり。
二人は恋人同士。一応親には認められいるという設定。

※全てif話。物語の進行上にはまったく関係ございません。
※書きたかったからかいた、それだけです。苦情は受け付けません。

・キャラ崩壊しているかも?気をつけてご生還ください。
・本編のネタバレ要素は多少有り。本編読後推奨
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以上です。
OKなら、以下。

【本文】
十二月はクリスマスに年末年始。イベントごとに事欠かない忙しい時期だ。

 大学生であるあたしにとって、季節限定のバイトは時給がいいので、良い収入源だ。
 イベントごとを楽しみたい人は仕事に入りたがらないから、臨時で雇ってもらえることも多く、さらには長時間働けるのも魅力的だ。
 だから、十二月という月はあたしにとってはなかなか有意義な月だったりする。
 毎年やっているから、時期になるとバイトに入らないかと誘いがくる。
 それを片っ端から勉強や常勤のアルバイトの隙間。空いている時間にみっちり入れるのだ。
 すると年明けは結構な額のバイト代が入る。
 それは全額貯金するようにしているのだ。
 そしてたまに生活費が足りない時などの足しにするのだ。
 このお金は結構重要だった。
 足りなくなった時の資金だし、何より貯金は将来のためになる。
 代わりに十二月には寝る時間も少なくなるが、これは年に一月のことだからなんとかなる。
 だからとっても重要なのだ。
 重要なのに……。

 日付は十二月二十四日の夜。

 そう、つまりは稼ぎ時にあたしはなぜか黒塗りの車の中でスーツ姿の男と差し向かいで座っている。
 本来稼ぎ時のクリスマスイブの夜に会う予定なんかなかったのに。
 バイト中に拉致られたのだ。あたしの気分は最悪だった。

「……そんなに怖い顔するな。かわいいのが台無しだぞ?」

 明らかなお世辞に、目の前の男を睨めば、苦笑された。
 青みを帯びた黒髪に赤い瞳。切れ長の瞳はどこか怪しく光っているように思えるのは、彼が人ではないからか。

 彼の名前は蒼矢透。
 世界に名を轟かせる大財閥の御曹司にして今をときめくベンチャー企業の社長、さらには顔も良いというハイスペックな男だ。
 高校時代の先輩でもある。
 非常に不思議で堪らないのだが、なぜか学生時代にいろいろあって、なぜかあたしみたいな庶民と付き合っている。
 つまりは関係は恋人同士とでも言うのだろうか。
 自分でも今だに不思議なんだけどねえ。

「可愛くないからいいです。それより……」

 あたしの言葉に目の前の男がなぜか眉を寄せた。

「可愛くないことないだろう。俺が可愛いと言ってるんだぞ?」

 お前でも否定することは許さん、とわけのわからないことを言われる。
 いつものことなので放置して話を進める。

「はいはい、そこはどうでもいいですけどね……」
「……お前、最近可愛くないぞ」
「………………」

 可愛いと言ったり可愛くないと言ったりなんなんだ?
 とはいえ、そこを突っ込むと押し問答にしかならないのを知っているので、あえて無視して。

「それより、車おろしてくれませんか?」
「それはダメ」
「バイト途中だったんですけど?」
「完売したら終わりだったんだろ?しかも日給なんだからバイト代だってなんの不足もないだろう?」

 ニヤニヤと笑われれば、こいつ絶対計画的だったなとイラっとした。
 あたしの今日のアルバイトはケーキ売だった。
 路上に机を出してケーキ屋のホールのクリスマスケーキを売る。
 看板持ったり呼び込みしたり、会計したりそこそこ忙しかったが、けっこう楽しい仕事だ。
 今日は平日だから大学の授業はきっちりあるので、午前中は授業を受けて、午後からずっとケーキを売っていた。
 親子連れやカップルが買いに来る中、結構売上は好調で、ケーキ屋の店長が完売したらバイト料を上乗せしてくれるとかで、みんな張り切っていたのだが。

「そう言えば、バイト代上乗せだって言ってたな。よかったじゃないか」

 会長(どうも、高校時代からの癖でそう呼んでしまうのだが)が意地悪そうな笑を浮かべて足を組み替えた。
 その顔をあたしはにらみつけた。

「ええ、誰かさんのおかげでね」

 よりにも寄って、この男はあたしのバイト先のケーキを根こそぎ買い取って、無理やりバイトを終わらせたのだ。
 売るものがなければ、店も閉めざるを得ない。

「そんなに睨むな。前々から外せないパーティがあるから空けとけって言ったのに、バイト入れたお前が悪いんだろ?」
「その件は正式にお断りしたはずです」

 そう今日、会長には確かにパーティがあるから出席しろと言われていた。
 だが、断る、だ。
 だいたいそんな場所に着ていく服などあるわけもないし。用意もできない。

「っていうかこんな格好の女どこに連れていこうって気ですか?」

 あたしは自分の姿を指差す。
 実は今のあたしの格好は赤と白が対比するサンタ姿だ。
 スカートタイプとズボンタイプがあったが、躊躇なくズボンを取らせていただいた。
 だってスカート寒すぎる。それを告げれば、なぜか会長はがっかり肩を落とした。
 なぜだ。あたしの大根なんて見ても面白くないぞ?
 それはともかく、バイトの最中に拉致られたのでしょうがないが、一応これ制服なのだ。
 終わったら返さなければならないのに。
 もしかして、この格好のままパーティとやらにでろと?
 あたしは余興か何かに駆り出されたのか?
 流石に笑いものにするつもりはないと思うのだが、どうするつもりなのだろう。
 しかし、あたしの問いに会長は答えず、別のことを口にした。

「それにしても見事なサンタ服だな。あったかそうだが」
「……意外にこれ生地薄いから寒いんですけどね。それよりこれ返さなくちゃいけないから、戻って……って、ぎゃあ」

 突然会長が席を移ってきたかと思ったら隣に移動するなり、サンタ服の裾をめくられた。
 下に薄手の防寒機能ウェアを着ているが所詮薄いので、サンタ服の下は下着と変わらない。
 あたしは慌ててガードすると、ため息を吐かれた。

「相変わらず、色気のない悲鳴だな」
「大きなお世話です。それより何すんですか!?」

 裾をめくりあげようとする会長の手を必死で阻止していると、相手は余裕綽々といった感じでニヤニヤ笑う。

「いや、そんなに早々に返す必要があるなら、今脱がして届けさせようかと思ってな」
「今脱いだら、あたし着るものないじゃないですか!」
「俺は問題ないが?」
「あたしに問題があるわああ!」

 大体車中で何、晒すか!いくら後部座席が広い高級車で運転席から間仕切られていようと他人がいるんだぞ。
 そんなしょうもない争いは、会長にかかってきた携帯で一旦終わりを告げた。

 そのまま、携帯で話し始めた、会長の姿は、悔しいがかっこいいと見惚れてしまう。
 普段の残念ぶりを知っているだけに余計に。

 話し続ける会長を見続けるのも気恥ずかしく、また話を聞くのも失礼かと思って、窓の外に目を向ける。
 どこを走っているのやら。車に乗らないあたしには検討もつかない。
 それにしても、と。あの買い占められたクリスマスケーキのことを思う。

 売る側からすれば、全部引き取ってくれた会長に感謝するべきなのだろう。
 しかし、今日、売ったお客の顔を思い出すと、少しだけ憂鬱になった。
 予約を受け取りに来た家族連れに記念日と笑いながらケーキを買っていったカップル。
 それからたまたま残業がなかったので、子供にと買っていったサラリーマン。
 それぞれが楽しそうにケーキを買って帰っていった。

 本来であればあのケーキの販売はあと二時間あるはずだった。
 その間に訪れるはずだったお客の笑顔もあたしはもしかして奪ってしまったのではないか。
 そんな思いに駆られた。
 会長がケーキを買った理由はあたしのバイトを終わらせるために買ったのだからあたしのためだ。
 だからあたしのせいなのは間違いない。

 それにあの大量のホールケーキを会長はどうするつもりなのだろう。
 あのケーキは別の車に乗せられていたので、ここにはない。

 もしかして捨ててしまうのだろうか?だとしたら本当に店長やケーキを作った職人さんに顔向けできないな。
 朝から張り切ってケーキを作ったのは金のためもあるが、人の笑顔を見たいからと気取ることなく言い切ってた店長のセリフが、脳裏にこびりついている。
 思わず罪悪感に目を伏せたら、ふわりと肩を抱き寄せられた。

「……どうした?」

 肩に頭を乗せ、見上げる彼の顔を見て思う。
 この件で会長を責めるのは流石に違う気がするのだ。
 実際、会長がしたことは別に全体からしたら悪いことではないのだから。
 大体会長が買い取った時間は夜の七時。ほとんどの客が履けた時間帯だし、あれ以降に飛び込みで買いに来る客は、そう多くはない。
 それに予約分は別に取り置かれていたし、問題はないといえばないのだ。
 むしろ余りがでなくて店側の人間としては感謝しこそすれ、文句を言うのは筋違いだ。

 とはいえ、モヤモヤするのはあたしが子供だからだろうか。
 幼い頃クリスマスといえば年に二度誕生日以外でケーキが食べられる特別な日だった。
 その嬉しさを覚えているだけに、そういった子供の楽しみを奪ってしまったのではないか、と少し気分が落ち込んだ。

「……なんでもありませんよ」
「なんでもないって顔じゃないんだが?」
「大したことじゃないんですよ。それより電話、なにかあったんですか?」

 無理やり話題を変えれば、ああ、と会長は柔らかく微笑んだ。

「さっき買い占めたケーキが今、蒼矢の経営してる児童施設に届いたって知らせだった」
「え?」
「クリームが美味しいってガキども喜んでたらしいぞ?」

 頭をグリグリ撫でられ、呆気にとられる。
 え?それって……。

「会長。最初からそのつもりで買い占めて……」
「明確には予約分がほとんだぞ?足りなさそうだったから、店頭在庫を引き取ったから、結局買い占めになったわけだが……なんだ、捨てるとでも思ってたか?」

 図星をつかれて、目をそらせば、にやりと笑われた。

「食物粗末にするとお前に怒られるからな?」

 その言葉にあたしは半分呆れ、半分嬉しくなって、彼の胸に頬をすり寄せた。

「会長、ありがとうございます」
「……何でお前が礼を言うんだ?」
「なんででもですよ、言いたいから言うんです。ありがとうございます」

 子供の笑顔を奪わないどころか、与えた会長の行為。それが無性に嬉しかった。
 この人を選んで良かったと純粋に思った。
 いろいろ抱えているものが多くて、これから先も大変ではあるが、今この人の隣にいれる今に感謝したかった。

「……変な奴。まあ可愛いからいいけどな?」

 そうしてこめかみに優しいキスが降ってくる。
 それが、唇に落とされるのは流れのようなもので。
 角度をかえ、合わさる唇に翻弄されるあたしは既に、車が目的地に着いていて、運転手がいつ声をかけようかやきもきしていることなどまるで気づかなかったのだった。


◇ ◆ ◆



 あたしは絶体絶命の危機に陥っていた。
 目の前に凶器を構えた女性が数人。
 あたしは後ずさりしながら、説得を試みた。

「お、落ち着きましょう。まず話し合いを……」
「話し合いなど時間の無駄でしょう?」

 しかしあたしの説得は一蹴された。
 女性たちはジリジリと包囲網を縮めてくる。絶体絶命だ。
 だが、ここで負けるわけにはいかないのだ。

「憲法は平和主義を訴えています。話し合いはその基本ですよ。そうすれば相互の理解が得られて妥協点が……」
「この問題の場合、もはや平和的な解決などありません。もちろん妥協などございませんのよ?多岐様?」

 ニッコリと囲む女性の一人に微笑まれる。
 と、同時に背中が壁に当たった。どうやら追い込まれたようだ。
 あたしは迫り来る女性たちに青ざめた。

「観念なさいませ。さて、皆さん掛かりなさいませ」

「はい」という言葉とともにあたしに殺到する女性たち。
 その手には色とりどりの洋服が握られている。それから化粧筆を握った人も。
 あたしの目にはそれらが凶器にしか見えなかった。
 あたしはあっさり女性たちに囲まれ、服をひん剥かれた。
 ……恥ずかしくて死にたい。

 ここは、会長に連れてこられた、どこぞのお高いブティックの一角。
 なんとなく名前を聞いたことのあるようなブランドではあるが、その扱い商品の値段は目玉が飛び出るほど高額だと有名なところだとか、あたしは知らない知らない。

「あら、すごい。ぴったり」

 着付けをしてくれていた女性が手を叩く。

「まあ、採寸してないから心配でしたけど、流石は蒼矢の若君様ですわね」

 何が流石なんだろうか。
 あたしが着せられているのは割とシンプルな濃い蒼紫のイブニングドレスだ。
 襟ぐりが大きく開いているが、淵にレースがあしらってあるせいか、そんなに下品に見えない。しかも中に矯正下着をつけさせられたため、あたしのような貧相な体でも一応谷間が出来ていたりする。文明の利器ってすごい。
 さらに高い位置の腰に黒のリボンが飾られており、落ち着いた色合いとともに可愛らしさが見えて、なかなか素敵なものだ。実にこれを着ているのが自分だということが惜しい。
 とはいえ、これっていったいいくら位するものなのだろう。

「えっと、あの……これのお値段は?」
「……多岐様はおそらく知らない方がよろしいでしょうね?」

 知らない方がいい値段ってなに?!

「し、試着ですよね?」
「当店では試着でヘアメイクまでいたしませんよ?」

 にっこり笑われ否定されあたしの顔はひきつった。

 そうなのだ。今、あたしプロらしき人たちに髪やら顔やらいじられて、とんでもないことになっている。
 普段から化粧もまともにしないのに。
 鏡を見たら、「だ、誰だ、お前は」状態だよ。

 いやきれいにはなっているとは思うよ?そこはプロの力ですからね。
 でもこの姿を誰かの目に、しかも知り合いに見せるとか、どんな拷問なんでしょうか?
 なんかいつもと違う自分を晒すってなんかすっごく勇気がいることなのだな、と今更ながら感じているわけで……。
 う~、ぶっちゃけ帰ってもいいですか?

「おい、そろそろできたか?」
「うひっ!」

 階下からかけられた会長の声にびくりとする。会長はあたしの支度が終わるまで下の階で待っていたのだ。階段を上がってくる靴音がして慌てた。あわわわ、まだ心の準備が。
 だがこちらのことなど無視して会長は時計を気にしつつ、姿を現した。

「そろそろ行かないと、顔を出す程度でも遅れ……」

 あたしの姿を見た会長が凍りついた。
 目を見開いて硬直する会長の様子にあたしは不安になった。
 や、やっぱりこんなのあたしに似合わない?

「や、やっぱり変ですか?」

 不安に声をかけたら、会長はハッとなって、それから盛大に顔をしかめた。

 その顔に、あたしは落胆する。
 やっぱりにあってないのか。
 まあ、そうだよね。こんな綺麗系のドレス。
 あたしみたいなモブ顔庶民が着ても着られているだけにしかみえない。
 それでもプロのメイクさんとかに顔いじってもらって、そこそこ底上げはできたと思ったんだけど。
 すこしだけ、ほんの少しだけ褒めてくれるかと期待してしまっていたようだ。
 そんなことで落ち込むなんて。あたしもまだまだ修行が足りないな。
 しょんぼりしていたら、会長が店員さんに文句を言っていた。

「……おい。これはやりすぎだ」

 しかし会長の失礼な物言いに店員さんはなぜかご機嫌に微笑んだ。

「あら、それは褒め言葉でございますわね?」
「こいつのこんな姿、パーティで晒せるか!」

 そ、そこまでいうことはないではないか。
 人に晒せないほどひどいって。それはあたしの素材が悪いだけでお店の人はよくやってくれたよ。

「ねえ、会長。そんな言い方ないんじゃないですか?」

 袖を引っ張れば、なぜか気まずげな顔をされた。
 それから、ちらりと室内にあったマネキンを見て、その首に巻いてあった薄いサテンを重ねたような布を取ると、おもむろにあたしの首に何十にも巻きつけた。
 だが、なんとなくごわついて、かさばるそれが邪魔な気がして、あたしは眉をひそめた。

「……会長、これ……」
「うるさい、つけてろ」

 そんなに顔を真っ赤にして怒る事ないと思う。
 むっとしていたら、手をとられた。

「行くぞ」と引っ張られて困惑する。
 行くって、どこへ?この姿で?
 パーティではひどくて見せられないんじゃなかったの?
 ヒール高くて歩きにくいので、あまり引っ張らないで欲しい。

「遅い」
「っっ!!ぅひゃあっ」

 会長は声と共にヒョイっとあたしを抱え上げてしまった。
 そのまま抵抗する間もなく、横抱きにされれば、背後で、何やら甲高い悲鳴のような声が聞こえた。
 ううう、恥ずかしくて死にたい。
 そのままの状態であたしは店の前に止められた車に乗せられ、連れて行かれたのだった。

 ◆ ◇ ◇

 車に乗り込み、行き先を告げられれば、それは誰もが知っている高級ホテルだった。
 その大広間は有名芸能人の結婚披露宴にも使われるほど豪華だと有名なところ。
 そんなところでクリスマスにパーティとは、流石は天下のブルーアローグループか。
 常々忘れがちだが、会長っていいとこの坊ちゃんなんだよね。

 そんな失礼なことを思いながら、車の中で説明を受ける。
 パーティに出るのはせいぜい十分程度なのだという。
 車を降りたら、会長のそばを離れず、何を言われてもただニコリと笑って言葉を発しないように。
 質問等されて困ったら、無言で会長を見上げれば、フォローは入れるとのことだった。

 正直なんだそれ、と思った。
 そんなことをしに行くパーティとは一体なんなのだろうか。
 ただ、下手なことは言えないし、下手な関わりもしたくないのは本音だ。
 しゃべるなと言われるのは願ったり叶ったりだが、それなら、あたしはそこに行く意味があるというのか。
 そう言えば、会長が言うにはこれは会長の父親の厳命らしい。
 一応これは会長という蒼矢の跡取りのお披露目を含めたパーティなのだという。
 まあ、確かに彼は世界的企業の総帥の跡取りだものな。
 なんだか、別世界過ぎて全然実感ないけど。
 その彼がエスコートする女性の一人も連れていないのは外聞が悪いらしい。
 そこでのあたしらしいのだが。
 そんなのはもっとこなれた人とか、親族とか頼めばいいと思うのだが。
 それに会長ならもっと綺麗な人選り取りみどりだし。
 あたしじゃ明らか力不足じゃないか。そう言えば、睨まれた。

「それ、本気で言ってないよな?」

 そう言われて、黙る。そりゃさ、あたしだって、あんまり会長の隣に他の女性がいるのっていい気がしないけど、あたしじゃ彼の横にいるのはあまりにもみすぼらしいのは知ってるからさ。会長だってさっき言ったではないか。人前に出せるかって。
 それを指摘すれば、なぜか顔を赤くし顔をしかめられた。

「そ、それは……逆だ、逆」
「逆?」

 聞き直せば、なぜかもごもごと言いにくそうにされたあと、盛大に溜息を吐かれた。
 それからぐいっと肩を抱かれた。突然のことに驚いていれば、そっと耳打ちされた内容にあたしはかっと赤くなる。

「今のお前、綺麗すぎるんだよ。他の男の前に連れて行きたくない」

 な、なんつうことを言い出すんだこの男は。
 心臓が羞恥に口から飛び出しそうなほど鳴っている。
 そのまま心臓を抑えていれば、不意に会長の手があたしの顎にかかる。
 そのまま上を向かされれば、会長の顔がだんだんと近づいてくる。
 あと数センチで唇が触れ合おうといったところだった。

「あ、あの……お二方、到着したのですが……」

 控えめな運転手さんの声に咄嗟にあたしは唇の前に手をかざす。
 遮られたと同時に会長の進行が止まる。その顔がとても不満そうだったが、あたしは知らぬふりをした。

 車から降りて、クリスマスのイルミネーションで飾られたロビーに会長に手を取られ進む。
 うう、人目が痛い。すれ違う人という人が会長を見て、振り返っている。
 中身残念すぎるところがあるけど、外見だけは極上だもんね、会長。
 一部あたしを指差しクスクス笑う集団もあったが、その度に会長が冷たい視線を向ければ黙った。一々相手しなくても別にいいのに。
 ある種慣れっこな光景に一々傷ついていられない。

 それよりも問題は履き慣れないヒールとドレスだった。
 ぐらつく足元を必死で動かす。
 会長を見て、よってきたホテルのボーイに寄って、会場に案内される間、あたしは必死だった。
 あたしはぐらつかないよう慎重に進む。会長もそんなあたしに歩調を合わせてくれている。そんな彼の腕を取りあたしはまっすぐ前だけを向いて歩く。

 車を出るときに会長に言われたことは言葉を発しないほかにもあった。
 キョロキョロとせず、まっすぐ前だけを向いて歩くこと。
 まあ、おのぼりさんみたいに見えるから、みっともないよね。
 でもそんなの言われなくてもわかっていると思っていたが、厳命されてて良かったと今更ながら思う。

 だが目にしたこともないきらびやかな世界に、思わず視線がとられる。
 数メートルはあるクリスマスツリーはデコレーションされ、イルミネーションは輝き、それが釣られたシャンデリアに反射しキラキラととても豪華だ。
 会長に言われてなければ、おそらくぽかんと口を開けて、目移りしてしまっていただろう。
 必死で前だけ向いて歩いてはいたが、それでも初めての場所は目新しくて、視線だけがせやしなく周囲の様子を見てしまう。
 まばゆいばかりの綺麗な衣装を来た男女が行き交うロビー。奥に行くに従い、あたしは不安になっていった。なんだか自分だけがこの場に不釣合いな気がして、だんだん気持ちが落ち込んでくる。

 普段、あまり気にしないが、やはり自分があまりに会長の隣にある人間としてはみすぼらしいのでは、と気後れしてしまう。
 最初のほうこそ気にしないでいられたが、奥に行けば行くほど別世界の場所に、あゆみは鈍りがちになる。それに気づいた会長が「どうした」とあたしにしか聞こえない程度の声で聞いてくる。
 見上げる会長の姿は、この場でも堂々としており、ここにいるべき人間という感じしかしない。そのことにあたしはますます不安が増す。
 だが、そんな弱音を吐いていては会長に迷惑をかけてしまう。
 不安に蓋をしてあたしは首を横に振った。

「別になんでもないです」
「……なんでもないって顔じゃないから聞いているんだ。言ってみろ」

 会長はそう言うが、子供じゃないんだからこんなこというのもな。
 そうは思ったが、思わず不安になってポツリとこぼしてしまう。

「……やっぱり、もっとふさわしい人がいたんじゃないか、て」

 周りを見渡せば、豪華に着飾った女性たちが見えた。どの人もあたしより綺麗な気がして、一番あたしがみすぼらしいとしか思えない。
 会長が用意してくれたこのドレスを着ても、プロのお姉さんたちが綺麗にいてくれてもやはり十人並みの自分の容姿では会長にふさわしくない気がした。
 こういう時聖さんが正直羨ましいと感じてしまう。
 彼女ならきっとこの場でも堂々と会長の隣に立てるのだろう。
 それを思うとますます、惨めな気分になってくる。
 だが、そんなあたしの気持ちなど全然理解していない会長はあたしの悩みをあっさりと一蹴した。

「なんだ、まだ、そんなくだらないことを言っているのか」
「くだらないって……」

 思わずむっとして、見上げる。するといつの間にかこちらを見下ろす瞳にぶつかる。

「もっと堂々としていていい。お前は俺を選んだ女だぞ?」
「は?」

 会長『を』選んだ女って。
 普通、こういう時、会長『が』選んだ女って言わない?
 思わず疑問を顔に出せば、「わからないならいい」と意地悪く笑われた。
 わけのわからない会長の言葉に首をかしげていた時だった。

「透お兄様―――!」

 突然、幼い声が聞こえ、前方から子供が駆けてくるのが見えた。
 としの頃ならおそらく十二か十三歳くらいか。
 ピンクのフリルのふんだんに使った、可愛らしいドレスに、薄い色の髪を二つに結わえ、それを大きなドレスと同じ生地らしいリボンで結わえている。
 どこか日本人離れした顔立ちはハーフっぽい。天使のように愛らしい女の子だ。

「おお、アリス」

 会長が子供の名前を呼んだ。どうやら知り合いのようだ。
 アリスと呼ばれた女の子は一心不乱に会長を目指して走ってくる。
 そのまま飛びついてきそうな勢いだと思っていたら、アリスは会長の隣にいるあたしを目に止め、驚いたように目を見開き立ち止まった。

「あ、あなた、誰?!」

 驚愕に目を見開き、指を突きつけられ、問われる。
 流石にその物言いに眉を寄せる。誰だかは知らないが、不躾だ。
 いくらなんでも初対面の年上に指突きつけて言う言葉ではない。
 親の顔が見てみたいとはこのことだ。
 だが、言い返す前に、別の声が聞こえてあたしは言葉を止められた。

「こら、アリス。初対面の女性に失礼だぞ?」

 あたしたちの間に入ってきたのは和服の老人だった。立派なヒゲを蓄え、全体的に好々爺といった佇まいだが、その瞳の鋭さがその印象を裏切っているように思えた。

「だっておじいさま……」

 老人に向かって、アリスが頬をふくらませたが、老人は一蹴した。

「だってではない。躾が疑われるようなことをするなら今日は帰ってもらうぞ?」
「そんな、おとなしくしてますから、帰さないでくださいまし!」

 慌てて懇願するアリスを一瞥したあと、老人は呆気に取られているあたしに向かって声をかけてきた。

「失礼したね、お嬢さん。躾のなっていない孫で」
「い、いえ。そんなことは……」

 思ってましたが。保護者らしき人にそれをいうのもね。
 老人はニコニコと話を続ける。

「いやいや、初孫といって甘やかしてしまったから、か。躾が行き届かず……」
「失礼、有馬会長」

 老人との会話に会長が無理やり入ってくる。見ず知らずの老人との会話に困っていたあたしは少しホッとした。
 老人も気を悪くした様子もなくにこやかに笑う。

「おお、透くん。久しぶりだ。だが会長はもういらんよ?」

 引退したんだからな、と闊達に笑う有馬老人。
 ……って有馬!?もしかしてあの有馬グループ?
 会長のブルーアローグループと日本の双璧をなすとされた大企業の?
 もしかしてその元会長なのか!?
 あたしは驚きに固まってしまう。

「いえ、有馬様においては、まだまだ現役であるともっぱらな噂ですので……」
「かかかっ!噂は噂。今は孫の相手をしとるだけのしがない隠居老人よ」

 闊達に笑う老人の様子はとてもおとなしく隠居しているようには見えない。
 二人の様子をこわごわ見守っていたら、急に有馬老人の視線があたしに向かう。

「……して、そちらのお嬢さんは紹介してもらえんのかな?」

 老人の目がキラリと光った気がした。
 なんだか居心地が悪くてあたしは会長の後ろに思わず、隠れてしまう。

「おや、怖がらせてしまったか?」
「申し訳ありません。有馬様、これはこういった場には不慣れでして……」

 ご容赦をと応対する会長に、正直呆気にとられた。
 こんなふうにへりくだりつつ、年上に対し丁寧にしていても対等の立場を崩さない会長の姿は初めて見た。
 その姿は思いがけずかっこよくて、ドキドキした。
 不意に目端にアリスの姿が映る。彼女も会長を見つめているようで、その瞳は恋する少女のものだ。
 まあ、こんな会長なら惚れても仕方ないのかも。でも、中身かなり残念なんだけど。
 プリン好きで幽霊が怖いとか。アリスが知ったらどう思うんだろう。
 思わずそのことに漏れそうになった笑いをこらえるように、視線を外すとアリスの奥にこちらを伺うように見ている男女の集団が見えた。
 三人組の男女で男性はスーツ、女性はドレス姿で一見パーティの出席者のように見えた。
 その一人があたしの視線に気づいたらしく、慌ててそらされる。
 三人一斉にそらされたことにあたしは胡散臭さを感じた。
 会長に言っておいたほうがよいだろうか、と思ったら下から声をかけられた。

「ちょっと、あなた」

 見れば、アリスがいつの間にかあたしのすぐそばまで来て、にらみあげている。

「どんな手管を使ったか知りませんが、あなたみたいな並な女が蒼矢の直総帥であるお兄様の隣にいるなんて恥を知りなさいな」

 言いたいことはまあわかる。確かに今でもなんであたしなんぞがこの人の隣にいるのかわからない。
 だが、それをこんな子供言われるとか。なんだかなあ。

「一体どんな言葉を使ってお兄様をたぶらかしたんですの?」

 ギラギラとした悪意のこもったアリスの瞳は嫉妬する女のもので、この歳から女は女なのだと感じる。
 先ほどの敵愾心もあこがれの会長の隣に見慣れない女がいたからなのだろうな。
 アリスと会長がどう言う関係なのかは知らないが、流石に彼女と対等に争うのは大人気ないしなあ。
 それに有馬老人の孫なら言い方に気を付けないと、のちのち問題になって、会長の立場を悪くしても困るし、いやはや。
 返答に困っていたら、横から肩を抱き寄せられた。

「むしろ誑かしたのは俺の方だ。アリス」

 いつの間にか話が終わっていたらしい会長はあたしの肩を抱き、「実際、落とすのに苦労した」といけしゃあしゃあと子供の前でそんなことを言う。あまりのことに思わず赤面する。
 その様子を見てアリスは顔を真っ赤にして眉を釣り上げた。

「まあ、透お兄様からなど、冗談を」
「冗談じゃないぞ?」
「そんな……」

 会長の言葉に絶句するアリス。まあ気持ちはわからんでもない。
 実際アリスはとても可愛い容姿をしている。
 綺麗に手入れの行き届いたツヤのある髪やネイルの施された手を見ても大切に育てられたのもわかるというものだ。
 そんな自分が十人並みのあたしに負けるとか普通ない。
 アリスは、悔しそうに歯を食いしばっている。

「そ、そんなはずは……」
「かかかっ!いや、冬だというのにここは真夏だな」

 有馬老人の声が割って入り、アリスの言葉は遮られた。

「さて、そろそろ会場に戻ろうか、アリス」
「そ、そんな。おじいさま。私は……っ」

 有馬老人は穏やかに笑っているのだが、その顔を見たアリスはハッとし言葉を飲み込んでおとなしくなった。
 おや、と思ったが、「それでは会場で」と会長があたしの腕を取り、歩き始めたのでそれに気を取られてあたしは何が起こったのかわからなかった。
 あたしは軽く有馬老人とアリスに会釈し、背を向ける。

「あ、あの会長?」

 ヒールで歩きにくいあたしは会長の歩調についていけず、転びそうになる。
 そのことに気づいた会長は、ようやく足を緩めてくれる。
 ホッとすれば、頭上で舌打ちが聞こえた。

「まったく、狸じじいが」
「それって、さっきの有馬って方のことですか?」

「そうだ」と頷かれる。
 だが「狸じじい」って。小声とは言え、あまり口に出すべき言葉ではない気がして、眉をひそめる。
 それに先ほどの会話を聞いている限り、そこまで言われるほど悪い人には見えなかったが。そう言えば、会長は顔をしかめた。

「お前、あのアリスが俺の婚約者候補に挙がったことがあるって言ったらどう思う?」
「え、……ええ?あの娘と会長が?」

 いや、だってどう考えてもあの娘と会長って十歳近く差があるだろう。
 それを婚約者とか。ありえない。
 しかし事実らしい。しかもそれは十年も前の話で、実際彼女はその時まだ二歳だったという。
 あまりのことに呆気にとられる。
 しかも最初にその話が持ち上がったのは彼女が生まれた直後の話らしい。
 しかも言うにことかいて、愛人でもいいからとの話だったと聞いて驚く。
 その時には既に会長には二人もの許嫁がいたから、もちろん話は流れたらしいが。
 蒼矢との縁つながりのためなら、生まれたばかりの孫の意思を無視することなど、なんのためらいもないらしい。
 そんな世界の人間に恐ろしさを感じる。

「お前、有馬会長にもだが、絶対アリスにも近づくな」

 いや、そりゃ、近づこうにも恐れ多くて近づけないでしょ?
 近づいてきたらにげろ、という会長の言葉にあたしはうなずいた。
 それからあたしは今度こそパーティの会場に会長と入った。

 ◇ ◇ ◇

 会長の話では十分ほどでパーティ会場から抜け出す予定だった。
 会長の両親に挨拶して、適当に回遊して終わり。
 そんな手筈だったのだが、なぜかあたしは壁際に一人で待たされることになってしまった。
 それもこれも入った時間が悪かったようだ。
 パーティは既に始まり、時間が立っているらしく、皆がそれぞれの和を作っていた。
 会長のご両親も、それぞれの話を持って話をしているらしく、間に入れなかった。
 一応来たことを示すためにはご両親への挨拶は必須らしいので、しないうちは帰れない。

 待っている間に会長はいろいろな人に捕まって、気づいたときにははぐれてしまっていた。
 個人的にこんな場所で何をすればいいかなんてわからないので、取り敢えず隅っこでおとなしくしていることにした。
 なんかこういうパーティの作法で、飲み物を持っていれば話しかけられないとか。
 うろ覚えの記憶を頼りにウェイターさんから、炭酸ジュースっぽい飲み物をもらい、壁際に寄る。
 周りは談笑中で隅っこにぼっちでいるあたしを気に止める人は取り敢えずいないことにホッとする。
 取り敢えず会長を探そうと会場を見回すが、人の数が多くて、わからない。
 ふと、見覚えのあるピンクのドレスが見えて、目を向ければ、アリスがいた。
 どこかに行くのか、会場を出ていこうとしていた。連れらしき女性を見て驚く。  それは先ほど有馬会長たちと一緒だったときこちらを見ていた集団の一人だった。
 もしかして知り合いだったから見ていたのだろうか。
 声をかけようとしてたから、タイミングを測ってたのだろうか。
 わからないが、先ほど会長にアリスには近づくなと言われたばかりだったので、近づくのはやめておいた。
 なんとなく嫌な予感がしないでもないが、あたしは一般人。
 下手なことはできないのです。
 なんとなく感じる罪悪感に持っていた飲み物に口を付け、一気に飲み干した。
 それがあたしの覚えている最後の記憶だった。

 ◇ ◆ ◆

 ぱちりと目覚める。
 ぼんやりする視界に目をしばたかせる。
 白い天井は高く、どこか高級感を漂わせる。
 しかし、全体に明かりが絞られ、薄暗い。
 ここ、ドコだっけ?
 なぜかクラクラする頭を抑えて上体を起こす。
 見回すと広いベッドの上に寝かされていたようだとわかる。
 高級ホテルの一室みたいに調度品が豪華な部屋で、なぜこんなところにあたしは寝ているのか。
 その時不意に見えた自分の服に、ハッとする。あれ、このドレスってたしか……。

 あ、そうだ。バイト中に会長に拉致られて、さらに着替えさせられたあと、パーティに連れて行かれて。

「……で、あれ?」

 ウェイターさんからもらった炭酸飲料を飲んだあたりで記憶が途切れていた。
 その事実にあたしは、青ざめた。
 あれ?これってもしかして、あたし、やっちゃった?

「なんだ、起きたか?」

 突然かけられた言葉にびくりとする。
 振り返れば、スーツのネクタイを解きながら、こちらに歩いてくる会長が見えた。
 その姿に、あたしはあわあわ、逃げる場所を探し、結局ベッドの中に隠れた。

「……。なんのつもりだ、それは」

 頭上から怒った雰囲気の声が聞こえて、あたしは耳を塞ぎたくなった。
 だが自分がやらかしたことの責任は取らねばと思い、もそもそと顔を出す。

「ご、ごめんなさい」
「……っ、謝るってことは。覚えているのか?パーティのこと」

 顔を顰められれば、一体何をしでかしたのか、怖くなる。
 しかしきかなくては。全く覚えていないのだから。
 あたしは首を横に振った。

「会場に入って会長と別れたあとすぐ飲み物を飲んだところまでは覚えているんですけど」

 それ以外は全然、と言えば、盛大にため息を吐かれた。

「つまりは自分のしでかしたことは全く覚えてないってことだな?」

 ……う、会長のこの様子。一体何をしでかした?あたし!
 想像すらできないことに青ざめていたら、会長がベッドの淵に腰掛けこちらにひたりと視線を合わせてきた。

「知りたいか?お前のしたこと」

 会長の言葉にあたしは言葉を飲み込む。
 正直、知るのが怖い。
 だが、知らないのはもっと怖い。
 一応あたしはあの場で会長の同伴者として出席していた。
 庶民ではあるが、一応金持ち校である裏戸学園にかよっていたので、社交界のパーティというものはどういうものかなんとなくは知っている。
 同伴者の恥は連れてきたものの恥でもある。あたしが何かやらかせば、そのまま会長の名前を傷つける結果となるだけに、知りたくないでは済まされない。
 あたしはゆっくり頷いた。

「あたし、もしかして何か粗相をしてしまいましたか?会長の不利益になるようなこと……」

 それが一番恐ろしくて、今まで彼のパーティへの参加を再三断り続けていたのだ。
 なのによりにも寄って、初回からやらかしてしまうとか。
 ホント、自分が情けない。
 だが、あたしの心配に会長は渋面を作った。

「いや、不利益は被っていない」

 え?それって特別粗相をしてないってこと?
 なのになんでそんなに不機嫌そうな顔をするの?
 疑問符だらけのあたしに会長は言いにくそうに視線をそらす。

「むしろ、お前のおかげで株が上がったというか……」

 ハギレの悪い会長に、首をかしげる。

「……結局、あたし何しでかしたんですか?」

 聞くあたしに、だが会長は答えず、わけのわからないことを聞いてきた。

「お前、武道みたいなのやってたことあるのか?」
「え?いえ、最近、香織にエクササイズにいいって、護身術の基礎的な型は教わりましたが、それくらいですが……」

 その答えに、会長は「なるほど」と顔を引きつらせた。
 一体何のことなのかわからずいれば、頭を抑えた会長は盛大に溜息を吐いた。

「とりあえず、お前。もう酒飲むな」
「やっぱり、あれお酒だったんですね」
「……知らないで飲んだのか、お前」

 会長にじろりと睨まれ萎縮する。

「だって、ジュースかと思ったんですよ」
「だって、じゃない。弱いんだったら、聞けよ」
「いや、しゃべるなって言われてたから……」
「それは俺のせいだと?」

 じろりと睨まれ、口を噤む。いえ、明らかにあたしの責任ですね?はい。

「一体あたし、何しでかしました?」
「アリスを助けた」
「へ?」

 会長の予想外の言葉に変な声が漏れる。

「アリスって、あの有馬老人の孫の?」
「そうだ。アリスが誘拐されかけたところにお前は間に入って、助けたらしい」
「ふお!?」

 なんだって!?なんでそんなことに。
 狸じじい、感謝してたぞ、と皮肉げに言われて混乱する。

「なんで、そんなことに!?」
「俺が知るか!兎に角、お前は誘拐犯複数を相手に立ち回り、アリスを救い出した。そして、そこで腕を切られてそのまま意識を失った」
「え!?」

 会長の言葉に驚いて、慌てて体を見た。
 そう言えば、左の腕に包帯が巻かれている。でも切られたといっても痛みも何もない。
 首をかしげていれば会長の、不機嫌な声が聞こえた。

「そのままにしておくか。俺を何者だと思ってる?」

 皮肉げに笑われて、会長が治してくれたのだとわかった。

「それは、ありがとうございま……っ」

 お礼を言い切る前に、急に会長があたしに抱きつき、ベッドに押し倒す。
 驚いて抗議の声をあげようとしたが、会長の体が震えているのに気がついてあたしは息を飲んだ。

「……ありがとうじゃない。血まみれのお前とか見せられたこっちの身にもなれ」

 その言葉にあたしはひゅっと息を飲んだ。
 うわ、それは……確かになんというか。
 血まみれとか、ホントあたし何してんだか。

「……ごめんなさい、心配かけて……」
「本当だ。二度としないでくれ……」

 そう言って、会長はあたしに覆いかぶさり、口づけた。
 吐息を確かめるように何度も口づけられる。まるで生きていることを確かめるかのような行為に、あたしは心配かけてしまった罪悪感に胸が痛かった。
 だが、そんな感傷に浸っていられたのは会長の手があたしの服にかかるまでだった。

「っ、何するですか!?」

 体をまさぐるような手つきに慌てて、その手を押さえれば、不満そうな顔をされた。

「恋人同士がベッドですることなんて一つだろ?」

 ぺろりと口端を舐められれば、赤面を止められない。
 だが、断る!

「いやいや、明日もバイトあるから今日は帰ります!」

 そうなのだ。拉致られたが、まだバイトは明日もある。
 このまま、流されたら、絶対明日起きられなくなる。

 今日迷惑かけた分も明日頑張らなければならないのだ。
 だから離せ~!

 だが会長は覆いかぶさったまま離れない。

「嫌だ」
「嫌じゃない!」

 ぐいぐいと会長を押し返すも、離れない。さらには勝手にドレスの背中の紐が緩められる。
 ぎゃあ!

「なんで脱がし方知ってるんですか!?」
「そりゃ、俺から送ったものだからに決まってるだろ?」

 男から女に服を贈るって、脱がすのもセットなんだぞ、と意地悪く笑われ、絶句する。
 そんな下心があるなら、いらんわ!

「お、お金払いますから!」

 バイト代が飛ぶのは悲しいが、このままなし崩されてたまるか。
 手を上げて拒否するも、会長はまるで相手にしてくれない。

「特注のオーダーだから、お前には払えるわけないだろう。気にせず受け取っとけ」

そういえば、ショップのお姉さんもそんなことを言っていたような?

「い、一体いくらなんですかーーー!?」
「……お前、もう黙れ。それにバイトなら既に休むって言ってあるから気にするな」
「な、何を勝手なことを……!」
「……お前も俺に連れて行かれた時点でこうなることは予想の範疇だろうが?」

 言われて、瞑目する。
 た、確かにこの結果は多少予想できたけど。
 いや、まあわかってたさ。会長に拉致られた時点で、こうなることは。
 うう、なんだかんだでこうしてなし崩されちゃうんだよな。
 それに今日はなんか心配もかけてしまったみたいだし、まあ、仕方ないのかもしれない。
 もはや、抵抗するのもバカらしくなって、あたしが力を抜けば、それがわかったのか、会長が優しく笑った。

「やっとおとなしくなったな?」
「誰のせいですか……んぅ……」

 憎まれ口を叩けば、唇を塞がれた。
 角度を変えられ貪るように唇を奪われれば息も上がる。

「環、……愛してるよ」

 そっと耳元で囁かれれば、羞恥心もあるが、幸福感にも包まれる。
 自分もそうだと告げるのはなんだか味気ない気がして、抱擁を強くし、こちらから口付ける。
 すると、もっと強い力で抱きしめられ、唇を強く吸われた。
 その与えられる熱にクラクラしていた時だった。

 こんこん。

 突然のノック音。
 その音に一瞬動きを止める。
 だがすぐに、会長は音を無視してそのままことを進めようとする。

 こんこん。

 再度のノック音。流石にあたしは無視できずに、気まずい空気で会長に声をかけた。

「えっと、会長?」
「知らん」

 こんこん。
 三度目。

「いや、流石に無視は」
「……っ!だれだ!こんな時間に!」

 とうとう会長は切れたように立ち上がり、部屋の玄関まで歩いていく。
 その姿に短気だな、と思いつつもこれ幸いとあたしは乱れた服装を整えた。
 やっぱりバイト休むのよくないよね?
 今日は遅いから、明日の朝電話すれば手伝いはできるだろう。
 きっと人手は足りてないだろうし。
 うん、隙を見て逃げよう
 そう思っていた時だった。

「環お姉さま!!」

 突然バンっと音がしたかと思ったら、一人の少女が飛び込んできた。
 アリスだとわかった時には飛びかかられ、ベッドに押し倒された。

「わっ!アリス……さま?」
「いやですわ。アリスとおよびになって?」

 ポッと花が咲くように頬を染めたアリスに、あたしはわけがわからない。

「は、はあ?」

 一体さっきまでの敵愾心はどこへやったと思うほど、今のアリスは妙に友好的な様子だ。
 何か悪いものでも食べたのだろうか?

「お姉さま。先程はごめんなさい。私、勘違いしておりましたの。お姉さまの優しさに気づかず無礼してしまったことをお許しください」

 えーと、一体何がどうなっているんだろう?
 わけがわからないなりに、彼女はどうやら先ほどの態度を謝っていることだけはわかった。

「えっと、それは大丈夫だけど……」
「まあ、お許しいただけるのね!アリス感激ですわ!」

 そう言って抱きついてくるアリス。
 本当にどうなっているんだろう。
 わけが分からず混乱していれば、会長が部屋に入ってきた。
 あたしに抱きつくアリスを目に止め、目を三角にして怒鳴った。

「アリス、お前出て行け」
「嫌ですわ」

 ぷんっとそっぽを向くアリスに会長は絶句している。
 なんとなくだけど、会長、アリスに逆らわれたことないんだろうな。
 それで初めて逆らわれて驚いている、そんなところか。

「何を……」
「今日は私、環お姉さまと眠りますので、お兄様こそ出て行ってくださいまし?」
「何を言ってるんだ。ここは俺の部屋だぞ?」
「うふふ、藍子様からの勅命ですの。お兄様の脅しには屈しませんことよ?」

 アリスの言葉に流石に会長も固まった。
 藍子さまとは会長のお母さんだ。蒼矢財閥の総帥の妻で、彼女には会長も頭が上がらない。

「今日はお姉さま、たいへん疲れていると思うので、ゆっくり休ませてやってくれとのことですわ」

 勝ち誇ったかのように告げるアリスに、会長が睨みつける。
 その視線を受けたアリスが、びくりと肩を震わせた。
 会長の瞳がどこか吸血鬼の力が宿っているように思えて、あたしは思わずアリスを抱きしめ、会長を非難した。

「会長、大人気ない」
「っ!……なんだよ、お前はアリスの味方なのか?」
「弱いものいじめはよくないと言ってるんです」
「いじめてなんか……」

「お姉さま、お兄様がいじめる!」
「ほら、相手がいじめられていると感じたらいじめなんですよ!」
「なんだ、その理屈は!」

 会長は納得できないみたいだったが、結局、女二人に追い出される形で部屋から出て行った。
 不満そうだったが、今日は勘弁して欲しかったので、正直ホッとした。

「アリス様。ありがとうございます」

 礼を言えば、アリスはポッと頬を染めた。

「いえ、私こそ助けていただいたので、これくらいお安いごようですわ」

 笑うアリスはとても可愛かった。
 本当に意識を失う前の状態が夢だったかのようだ。

 その様子にあたしの背中に冷たい汗が伝う。
 一体あたしはアリスに何をしたのだろう?
 ここまで態度が豹変することって。
 知りたいような聞きたくないような、ジレンマがあたしの中に行き過ぎ、最後にはあたしは耳を塞いだ。
 うん、きっと世の中には深く知らない方がいいことがある。

 あたしは「じゃあ、寝ましょうか?」とアリスを誘い、ベッドに横になった。
 ほどなく睡魔は訪れ、あたしの長かった夜は終わった。

 結局その後、なつかれたアリスと会長のあいだで何度も騒動が起きるのだけど、それは後の話。
 あたしはそんな未来など知らず、その日の安眠を貪ったのだった。
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