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童話パロ:シンデレラ

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?「……ん」

 なんか誰かに髪を梳かれている。
 ゆるゆるとした動きで頭に沿うように動かされる指が気持ちよく、だがそんなことをしてくる相手に心当たりがなくあたしは目を開けた。
 開けた途端、目の前の光景に驚いた。

「…起きたか?」

 知らない男があたしを覗きこんでいた。
 あたしは驚きのあまり絶句した。

 聞かれた声だけは知っていた。
 部屋であたしを幽霊だと見誤り、無様に気絶した貴族だ。
 しかし先ほど犯人グループから助けてくれた恩人でもある。
 今や、その人は顔を覆う仮面をつけていなかった。
 やや青みがかった黒髪に赤色の色彩の入った不思議な色合いの黒目。
 切れ長の瞳に整った端正な顔立ちは月明かりに照らされ、まるで人ではないようだ。
 しかし、それ以前に驚いたのは。

「お、おおおお王子様!?」

 その姿は昔、現在の王様の即位式のお祭りで国民の前に姿を現した国王一家の中にあったものだ。どこか不機嫌そうだが、その美貌で国中の女を魅了したといわれる。
 あたしもその時民衆に紛れ遠目で見たので覚えている。この国の王子たる少年と同じ顔だった。

「…なんだ、今更」

 いやいや、何が今更なんですか?
 顔初見ですよ!知りませんよ!
 ていうか、なぜに?今の状況。

「何で膝枕?!」
「……お前がキスごときで意識飛ばすからだろう?
 ああ、もうすこし寝ていろ。病み上がりだろう?」

 そう言われても、そんな姿のままじゃ落ち着かない。
 あたしは無理やり起き上がった。
 王子はなぜか少しだけ顔をしかめたが、無理には引き止めなかった。
 しかし腕は掴まれた。
 まあ、そうそう逃がしてはくれないか。
 だが、薄布越しに伝わるその手の熱に気を失う前にされた行為を思い出され、羞恥に顔が赤くなるのを感じるのと同時に、そういえば逃亡中につかまったのだという事実を思い出し青ざめた。

「…どうした?赤くなったり青くなったり忙しそうだな。…ていうかなんで逃げた?」
「…う、それは…」
「やっぱりお前も俺と一緒にいるのが嫌なのか?」

 なぜか悲しそうな顔をされ、それを自分がさせていると思うと罪悪感が湧く。
 く、くそお。美形め。なんかいたたまれんじゃないか。
 視線を顔からそらしてもごもごと言い訳する。

「…いや、つかまったら縛り首が…」
「は?縛り首?何の話だ?」

 王子の声に疑問の色を感じる。
 あれ?そのつもりで追ってきたんじゃないのか?

「いや、だってあたし不法侵入だし、服も…」
「…ああ、そういえばそうだな。その辺はみんな不思議がっていたが、今は聞かないから安心しろ」

 今は、て。後で聞くんじゃん。尋問じゃん、どう考えても!しかもわざわざ後にするってまさかの拷問室とか?!死刑宣告じゃないか!
 ああくそ、状況がわからなくて混乱する。
 ああ、やっぱり死亡フラグしかなかったじゃん。この城!もうやだ!
 せっかく頑張ったのに。怖い思いして頑張ったのに死んじゃうなんて。

「…何で泣くんだ?」

 ぎょっとして、どこか動揺したような王子の声にあたしは初めて涙を流していたことに気が付いた。

「泣いてません」
「泣いてないって…そういえばお前は昔から、そうだな」

 言いながらため息を吐きながら、指で涙をやさしく拭ってくれる。
 …昔からって、さっき会ったばかりの女にそんなことを言うなんて。
 さてはあの噂はほんとうだったか。

「…王子様はタラシって本当だったんですねー?」

 あたしの言葉に王子の動きがぴたりと止まった。絶句しているらしい。
 まあ確かに王子様なんて大事に育てられたらこんな風に平民に生意気な口を利かれることはなかっただろうから絶句はうなずける。
 普段だったら口が裂けてもこんな身分の高い人に言う言葉はないけど、あたしはやけになっていた。
 もうなんかどうせ死刑になるなら言いたいことため込むのはやめにした。

「おまっ、なんで…!」
「城下でも有名な話ですから」
「そ、それは。一応俺も王子だし世継ぎの問題が。……そもそもお前はもういないと思っていたし」

 ?王子の言っている意味が不明だ。
 あたしごとき町娘の言葉になにをそんなに動揺しているのか。
 その様子に少し不安を感じた。
 なんか女慣れしているかと思ったけど、違ったのか?
 しどろもどろな口調に噂とは違った面を見てあきれた。
 案外純情なのか?だから今まで結婚できずに、こんな国中から手当たり次第な嫁募集をかけるに至ったのか。

 我が国の王族としてなんと情けない。
 頭が痛くなった。
 先代の王のような強権的なところがないのは幸いだが、こんなへたれに国を任せて大丈夫なのだろうか、と不安がよぎる。
 明らかに不敬罪なことを考えつつ、だが世継ぎ問題で国が揺れても怖い。
 たとえあたしはここで死刑になるとしても、国が荒れるのを黙って見過ごすことはできない。
 いや死刑になるからこそ言いたいことは言ってやる。

「確かにお世継ぎは国にとっても大事な問題です。
 …誰かいないんですか?正妃にしたい娘は。」
「…いる。」
「だったら、四の五の言わせず娶りなさい。王子相手に文句も出ないでしょうし、王子相手に嫌がる娘もいないでしょう」

 だからさっさと王妃を立てて、お世継ぎ生ませて国を安定させてくれ。
 なんか死んだ後も心配だよ。あたしは。
 死んだあとだとしても国が荒れるなんて考えたくなかった。
 あたしも昔は国をよくしたくて文官を志していた時期もあった。
 だけど、貴族の子供のせいで死にかけた後もあたしは生きていくので精一杯で、試験を受けるどころか勉強する時間さえなかった。
 幸い生活環境だけは回復した。
 あたしがとって食べた草が実は単独では毒になるが、他の毒に対して強い中和性を発揮すると知った父親が、それを商品化したところ、爆発的な売れ行きを見せ、崩壊しかけていた父の商店が持ち直したのだ。
 しかし、事業の失敗時に裏切られ他人を信用できなくなった父はお金を持っても家に家政婦さんを入れてくれるわけでもなく、あたしは父の世話や事業の簡単な手伝い、途中からは継母と二人の姉の世話に追われていつの間にか勉強に机に向かうこともなくなってしまっていた。

 もちろん生活するので精一杯などというのは言い訳に過ぎないのはわかっている。
 結局あたしは怠けただけだ。
 あの直後先王の死去に伴い、戦争が終結し、現在の王が即位し国が安定し始めた。
 飢餓も徐々に落ち着き、流行り病も収まった。
 商業は流れだし、国民に笑顔が戻った。
 だから日々の生活で苦しい思いをしなくなったのもあり、つい怠けてしまった。
 忙しかったのは本当だが、わざわざ苦しい思いをして文官になる必要性を感じなくなってしまっていた。

(…本当はこんなあたしにこの人のことをとやかく言う資格はない)

 現在の国王になってから何度か実施された文官の試験でつい最近女性の文官が誕生したことを聞いた。
 そして女性が試験を受けることを推奨するよう王に進言したのもこの王子だということをあたしは噂で聞いていた。
 だからこそこの人ならばと思った。
 この人ならばきっと国を荒らさない。
 ちゃんとした人を王妃に娶り、基盤さえ安定すれば間違えたりしない。

「俺が言えば、そいつは正妃を嫌がらない…本当にそう思うか?」
「…保障はしかねますけど、思いますよ。
 あ、でもちゃんと真面目に言わないとだめですよ。
 真剣みがないと信じてもらえないと思ういますし。
 あと、人を見た目で判断する人だけはやめておいた方が無難でしょうね?」

 ただでさえむやみやたらと顔がよいのだ。
 以前美貌をひけらかしていた隣の国の評判の美姫が王子と一緒にいて一週間ほどで自身の美貌に自信を無くして帰って行ったという噂も聞いていた。
 確かにこんなのが隣にいたら、きっとかげ口たたかれるうえに、鏡見ては自分との差異を思ってノイローゼにもなるだろう。
 あたしは最初っから自分が美人だとはかけらも思わない。
 だからこんな美形と自分を比べて卑下なんぞしない。
 そもそも別次元の存在と自分を比べてどうする。

 それより、人は中身だろう。
 幸い、まあ言動的に軽い印象はあるが、国王に進言したり国政に関しては悪い噂の聞かない人だ。
 この王子ならあたしみたいに美醜にこだわらない人なら何とか一緒にやっていけるのではないかと思うのだ。

「その点は問題ないとは思うが…真面目に言えばいいのか。逃げないのか?」

 え?逃げる?思わぬ単語に目を見開く。

「逃げられるようなことをしたんですか?」
「……俺はそんなつもりはない。ただ身の安全を考えて兵士をつけたり安全な場所に置いたつもりだったのにいつの間にか毎度逃げられるんだ」

 …なんじゃそら。なんて恩知らずな女か。

「…とんだじゃじゃ馬ですね。そんなじゃじゃ馬が好きなんですか?」
「…本当にどうしてだろうな。しかも鈍い」
「王子の気持ちに気付いていない?」
「そうだな。結構露骨に接しているつもりだと思うんだが」

 王子の言葉に一つ引っ掛かりを覚えた。

「接しているだけですか?」
「?…そうだが、結構あからさまにやさしくしてやってるつもりはあるんだが」
「言葉にしなければ伝わらないのでは?」

 あたしの言葉に王子は目を見開く。
 思ってもみないといったばかりの顔にあたしは溜息をついた。

「告白も何も言ってないんですね。それじゃあ伝わりません」
「…でも、いちいちそんなことを言うのは、その恥ずかしくないか?」
「…恥ずかしいですけど、伝えなきゃ伝わりません」

 そんなものかと首をひねる王子の様子に、頭が痛くなってきた。
 あたしも人の子といえるほど人付き合いうまいわけでもないし。
 恋愛経験なんて皆無だけどさ。
 なんとなく理解した。
 この王子結構人付き合い受け身だ。
 たぶんこの顔と地位のせいか。放っておいても勝手に人が寄ってくる。
 相手はこの人の関心を引こうと一挙手一投足見逃さないから、望みを口にする前にきっと周りが察してしまうのだろう。
 だからわざわざ自分の望みを口にしなくても相手がわかっていると思ってしまう。
 だから今までの女性との付き合いもうまくいかないんじゃないか?
 ……面倒だな。王族。

「…?なんか言ったか」

 あれ?なんか口にしてた?
 まあ聞こえてないようだしいいや。

「いえ、なんでもないです。それよりそれじゃあだめですよ。王子。
 ちゃんとその人好きなら言葉にしてください」
「何でだ?」
「何でというより、口にしなきゃ相手に王子の気持ち伝わらないですよ?」
「なんといえばいいんだ?」
「え、ええ?そんなの知りませんよ。『好き』とか『愛してる』とかじゃないですか?」

 適当に言っててあたしが恥ずかしくなってきた。
 ううう、恋愛経験値ゼロの女に何言わせる。
 背中がかゆいわ!

「じゃあ、伝えたらうまくいく?」
「それは……」

 保障できない。
 だが、なんとなく言いづらい。ここでそんな本当のことを言って、この王子が告白する勇気が持てずに結局その人逃したら?
 最悪、結婚も子供もないままこの人が次に即位して死んだらお家騒動が勃発する?
 …いやいや。話が飛びすぎだが、もしかしてこの場合あたしのせいになるのか?
 何、この国の行く末に飛び火しかねない選択。
 そこまで責任負いかねますよ、あたしは。
 …ううう、正直は人間の美徳だが、やさしい嘘というものも存在する。
 この場合はどう答えたらいい?

「なあ、どうなんだ?」

 答えをせかされあたしは唸った。そしてどうせ死刑になるんだからとあたしは嘘を選んだ。

「…ううう、うまくいきますよ、王子なら絶対!」

 ああ、言っちゃった。
 でも、相手の女が承知すれば嘘じゃないわけだし、いいか。
 っていうか振ってくれるな。我が国の未来はあなたにかかってる!

「…ありがとう。少しは自信が付いた」

 心の中で相手の女性にはっぱをかけていると、突然礼を言われる。
 えらそうな王子様にまさかそんな言葉を言われるとはと驚いていると、突然腰に手を回され抱き寄せられた。突然の行為に呆けているとさらに驚くべき発言を落とされた。

「…環。……好きだよ。愛している。」

 ええ、さっきの言葉全部言っちゃうの?と思えばこそ。
 え?は?何言っちゃってんのこの人?
 大陸共通語使ってる?

「え?何を、言って?」
「っ!何度も言わせるな。恥ずかしんだよ。俺も。
 …だから結婚してくれと言ってる。俺の告白はうまくいくんだろ?」

 えっと、目の前で頬を染めてるこの美形っていったいなんなの?
 今日会って初対面。しかも一緒にいた時間は多くても一時間もないだろう。
 さらにあたしは不法侵入犯。一体どこにそんな言葉を告げられる要素が!?

「え?どこの誰宛で…?」
「…お前ちゃんとわかっていってんだろ?」
「そんなことは…」
「顔、そんなに赤くして言ってる時点で説得力ない。
 それにちゃんと名前を呼んでるだろう?
 この場にお前以外環なんて名前の女どこにいる?
 それに俺が知っている環なんて名前お前以外いない」
「いや、そもそもなんで名前…」
「お前の家族に教えてもらった。驚いた。まさかあの魔王の思い人が姉だとはな」
「え?ええ??あの短時間で素性調べたんですか?」

 あたしの言葉に王子は怪訝な顔をした。

「…?短時間?…ちょっと待て、お前何か勘違いしてないか?」
「えー」
「あの事件のあった晩から今は三日ほどたっているんだぞ」
「え?」

 なんですと!?
 あれ以来目を覚まさないし、心配していたら今日になって突然いなくなったって大騒ぎして、肝をつぶしたとか言っている王子の言葉はあたしの耳には入ってなった。

「え?だって音楽が…」
「ああ、これは別の夜会のオーケストラだ。全く無駄遣いだと思うが、夜会を開く口実が口実だけに規制できなくて…」
「いえ、そうじゃなくて。うう、そうか三日も家を空けてしまっているんですね」

 そう考えれば家は大惨事になっていることだろう。
 あの家族、家事全般壊滅的だからな。
 美香ちゃんはある程度大丈夫だけどあと二人が壊滅的なのだ。

「何を心配しているのか知らないが、お前の家族なら今城にいるぞ」
「え?」

 それは助かった。
 ではせいぜい家の三日分の埃を掃除する程度でよいことになる。
 助かった、あの二人が散らかした後片付けなど一週間でも終わるかわからない。

「…こき使われているのか?お前」
「好きでやってるんですよ」

 母がいなくなり父も仕事で忙しい家の中で、さみしい思いをしていたあたしに与えられた騒がしくて世話が焼けるけど、大事な家族だ。
 確かに迷惑は多大に追っているけど、それだけじゃない気持ちももらっている。
 あそこはあたしの帰る場所だ。

「そんなに家を空けているんだった、早く帰らなきゃ。…じゃああたしはこれで…」
「…なにさりげなく帰ろうとしているんだ?」

 …ちっ、さすがに見逃してくれないか。

「…なんであたしなんですか?さっき、会ったばっかりじゃないですか」
「あったばっかりって…。…やはり気付いていなかったか。」
「え?」
「いや、思い出さないならそれがいいんだろうな」

 そういいながら不安げに揺れる瞳に、なぜか記憶が揺さぶられた。
 背後にある背の高い書棚を背にするその姿が何かの記憶と被る。

 だがこの人をここで見たのは初めてだったはずだ。
 なのにどうしてこの人を図書室で見た記憶がある?
 いや、なんというかそのままの姿じゃない。
 もっと彼が、背が低くて、今よりずっとあどけない。
 だけど、面影はあって…。
 母の生前にあったことがある?
 いや、そんなはずはない。
 母があたしを連れて行ったときに貴族に出くわしたことなどなかった。
 あれはもっと後、母が亡くなって、父が没落し、家が貧乏でお腹を空かしていた時の…。
 その記憶に行きついた途端、あたしは無意識に王子の手を払っていた。

「っ!!」

 あたしの行動に驚いた王子の手はあっさりと外れる。
 それを確認する間もなく、あたしは脱兎のごとく逃げ出した。
 だが所詮男と女。しかも今のあたしは病み上がりの上に動きづらいずるずるとした寝間着姿だ。
 あっという間につかまった。

「離して!」
「嫌だ」

 強く腕の中に抱き込まれたが、あたしは暴れ、おびえた。
 だって、この人は。
 あたしを殺そうとしたあの貴族の男の子だ。
 理由なんてなくあたしを殺そうと嘘を教えた人。
 ああ、なんてことなんだろう。こんな人がこの国の王太子?
 悪い夢だと言ってくれ。

 自分の見る目のなさに悔しさに涙が出そうになった。

 今まで見せられた顔にいつの間にか信頼していたらしい。
 その信頼が暗い過去に塗りつぶされている。
 今やあたしを押さえつけるこの手があたしをひねりつぶそうとしているとしか思えなかった。
 あたしは震えを押し隠し、今まで聞きたくても聞けなかった疑問をぶつけた。

「何であたしを殺そうとしたの?」
「あれは…。誤解だ」
「何が誤解?さぞ、滑稽だったでしょうね?
 お菓子もらったくらいであっさり信用した貧民の子供が自分の言ったことを鵜呑みにして食べられない草を探しに行く姿なんて」
「違う、違うんだ」
「何が違うの?あたしは実際に死にかけてた。さらには、こんな平民からかって。
 今度は結婚詐欺でもしてまたあたしを笑う気だったの?」
「違う、あれは…」
「言い訳なんてしないで!」

 信じられない!どんな言葉でも信じられるわけがない!
 貴族なんて信じたのがそもそもの間違いなんだ!
 やっぱりこんな城来るんじゃなかった。
 無理やり連れてこられる前に抵抗すればよかった。
 勝手にあたしをここに追いやった自称神様を呪う。

「話を聞いてくれ」
「いやっ!」
「言葉にしなくちゃ伝わらないといったのはお前だろう。
 お前も理解するように聞けよ!」

 恫喝され驚きに、あたしは暴れるのをやめた。
 確かにさっきあたしが言った言葉だ。
 錯乱して暴れたところで状況は変わらない。
 疲れたのもあって、あたしは彼の腕の中で力を抜いた。
 しかし、いつだってその腕から逃れられるように隙を探しつつだが。
 あたしが暴れないことで安堵したのか、王子のため息を吐く声が聞こえた。
 それになぜかひどく悲しい気持ちが襲ってきて、泣きそうになるが、今度こそ我慢する。
 震える肩を押さえつけられるように抱きしめられたまま、相手の顔を見られずあたしは王子の肩口に顔を押し付けた。
 その頭をあやす様に王子が撫でた。
 やさしい手つきにほだされそうになりつつ、気を許さないようにしていると、頭上からポツリポツリと王子の言葉が聞こえた。

「知らなかったんだ。
 まさかあの菓子に毒が入っていたなんて。
 勉強不足であれが、薬草と紙一重の毒草だっていうのも」
「え?」

 王子がポツリポツリと話してくれた話によれば、あの時王子があたしにくれたお菓子の中に遅効性の毒が仕込まれていたらしい。
 彼付きのメイドの中に政治的に彼の父親と対立していた貴族に買収されていた者がおり、そのメイドはいつも彼がこっそり貯めていた菓子の箱に毒物入りの菓子を忍び込ませたのだという。
 それを知らずにお菓子をすべて食い意地の張ったあたしが食べてしまった。
 あたしと別れた直後、そのことが発覚し青ざめた。
 だが、今更名前も知らない貧民のような姿をした娘を探すのはできず。
 王子はあたしが死んだものと思ったらしい。
 さらには勉強中の薬学では女の子に伝えた知識が間違っていたことも王子に衝撃を与えた。
 その頃王子は王太子でもなんでもない、ただの力も何もない王族の一人であり、将来どうなるかさえ分からないほどひどく不安定な地位だったらしい。
 そんな宙ぶらりんの中将来への不安から少々自暴自棄気味になっていた彼は、王族に義務付けられた勉強すら放り出すありさまだったらしい。
 だから薬学の知識も正確ではなかった。
 ただうろ覚えの知識で、教師から教わった「これは毒消しの薬草」という言葉だけを鵜呑みにして、少女に伝えた。
 薬として飲めるのだから食べられるだろうという安直な理由で。
 しかし、それすら少女の命を奪うものだった。
 教えた草は毒を受けたものなら中和するが、それそのものは毒というものだった。
 自分の二重の過ちに彼は絶望した。
 自分のあやふやな知識で人の、何の罪もない子供の命を奪ってしまったことで自分の罪を自覚した。
 ついにはその罪の重さに耐えきれず両親に相談すれば、少女を探すことの代償にこっぴどく殴られたうえで、一週間の断食の上塔に閉じ込められたらしい。
 だが、そうしても名前も何もわからない、さらには死んでいる可能性が限りなく高い少女の行方など知りようなく、ただ自分の過ちだけを悔いた。

「…その時に俺は誓ったんだ。
 年端もいかない子供がその辺の草を食べ物として求めなければならない国なんて何の意味がある。そんな子供が出ない場所にこの国を建てなおす。それが俺の存在意義だ」

 その話を聞いて、あたしはどう感じれが良いのかわからなかった。
 あの出来事が、彼の変わるきっかけになったのだとしたら、国のことを考えればよいことだったのだろう。
 そして、誤解だというのはなんとなくわかった。
 彼の悔いる気持ちは話すたびに苦しいほどに強くなる抱擁が雄弁に語ってくれる。
 それで十分だった。
 むしろ今までどうしてあんなにやさしくお菓子をくれた男の子が自分を殺そうとしたのか、わからない疑問が解決して安堵している自分の気持ちも感じている。
 ほのかに温かみのあるその感情に、思ったよりも自分が彼を憎んでいないこともわかって安心する。

 けれど、感情はそれだけでは終わってくれなかった。
 貴族に対する平民を人間扱いしない不信感はまるで消えなかった。嫌悪感と言い換えてもいい。
 それはおそらく彼に対するものではない。
 ただ彼が貴族、王族に属しその陰謀に巻き込まれたためにあたしが死にかけた事実は消えないのだ。
 正直、あたしには彼の告白に対する覚悟も何もかも足りない。

 過去のことは言い募ったところで所詮なにも変わらない。
 だが、もしこのまま流されるようにこの人の告白を受けてしまったら、あたし自身ふたたび彼を狙う悪意に飲まれてしまう。
 たぶんあたしも過去の感情を感じても彼に好意は感じている。
 心入れ替えたという彼は立派だと思うし、彼の体温はそんなに不快ではない。
 だが自分の身の安全とそれを天秤に乗せて彼を選ぶほどあたしの中で彼の存在は大きくない。

「…誤解だというのは受け入れます。けど、あなたの好意は受けられません。結婚も無理ですよ」
「…何で?」

 たぶん、ここまで女に言いよって拒否されるなんて経験がないのだろう。
 驚く彼になんだか「してやったり」という少しだけ愉快な気分になるあたしは性格が悪い。

「…あなたのそれはあたしに対する同情です。同情だけで結婚なんて続けられませんよ」
「俺がいつお前に同情したと?」

 同情以外であたしみたいな普通の女が彼みたいに特別な存在が興味を持つとでも?
 本当にただの恋愛感情で好かれるなんて思う方が頭おかしいと思うしかない。
 大体あたしのことなんて知らないだろうに。
 勝手に過去の思い出を美化して神聖化して今のあたしを好きだと思っているだけだ。

 今のあたしはあの時語った夢に対して全く努力をしていない。
 生活を理由にして怠けきったあたしはあの頃よりずっと醜い存在なのだ。
 それに思い出は美しいものだ。あの時の思い出と異なる自分を見られて失望されるのがわかっていてどうして一緒にいられよう。

「よく考えてください。同情だけであたしみたいな地位も頭も美貌もない人間を正妃にしたところでどうなりますか?そもそも誰も納得しません」
「同情じゃない。同情だけならこんな風に抱きしめたりキスしたりしないし、…同情だけなら結婚してくれなんて言えるか!」

 それを言われるとあたしも自分の顔に熱が上がるのを感じる。
 そういえばさっきそんなことを言われたけど。

「なあ、お前はこの感情を同情だといった。
 けど、俺は最初お前のことあの時の子供だと気付かなかった。
 ひどい話だけどな。気づかなかったんだ。
 最初こそ見間違えたけど、生きているなんて思わなかったんだ」

 似ている、とは思っていたと彼は語る。
 しかし確証はなかった。
 それが確信へと変わったのはあたしが目覚めて図書室へと移動したあの通路を使ったから。
 あの通路は王族用の脱出口で、あの存在を知っているのは王族を別にすればあたしだけなのだという。

「正直怖かった。
 あの時の子供が生きていたのはうれしいが、まさかお前だなんて。
 恨まれても憎まれても仕方がないことをしたとは思っている。
 だがお前の様子では俺があの時の子供だとは気付いていない様子だったから。
 ずるい、考えだと思ったんだが安心したんだ」

 思い出されなければ糾弾は受けないし、嫌われることもない。
 通路が開いているのを見て、このまま逃がしてやるのもまた一つの選択だと思った、と彼は語る。

「けれど、お前がいない寝台を見てどうしようもなく追ってしまった。
 償いの感情ではない。同情なんてそんなきれいなもんでもない」

 これはもっとドロドロした感情だ、と自嘲めいた顔で彼は語る。

「……確かにお前はあの時の子供だ。けど今俺がほしいのは目の前のお前であの時の子供じゃない。薄情だと思うかもしれない。けど、俺が言葉を告げたいのは、お前だけだ。
 恥ずかしい思いをしてでも言葉を伝えたいのはお前なんだよ」

 彼は必死に胸の内を語ってくれている。
 それは痛いほど伝わってきた。
 胸が痛い。痛くて泣きそうだったが、こらえた。
 だってあたしは今泣く資格なんかない完璧な加害者だから。
 正直になればあたしは今嬉しかった。
 こんな風に言われて思いを告げられ彼を嫌うのは難しい。
 そもそも過去の事件も誤解だとあたしは完全に理解した。
 嬉しかった、嬉しくて嬉しくて、本当なんて愚かな女なんだろうと思う。
 彼は苦しんでいるのに、本当になんてひどい女か。

 彼がこれほど苦しい胸の内をさらけ出すのはたぶんさっきあたしが言葉にしてほしいといったから。
 そうならば、あたしはなんて残酷な女だろう。
 彼は同情ではないといったが、それでも過去のことは必ず彼の罪を意識させる。
 あたしに関する彼の記憶はおそらく傷みしか伴わないものだろう。
 自分のせいで殺しかけた子供の記憶なんてまさに亡霊のようだと思った。
 あたしといればいつまでもこの人は記憶に苛まれ続けるのではないか。それがひどく怖く思えた。
 そんな傷口をえぐるような真似をさせている自分自身という存在はどう考えても彼のためにならないだろう。
 だからあたしは自分の心に半分嘘をつく。

「……あたしは。他の人に本当にさっきみたいな言葉を言っていなかったなんてわからないし」
「…俺が信用できない?」

 あたしは頷いた。
 これは半分本当。
 あたしは結局この王子を信用しきれないのだ。
 誤解とはいえ一度裏切られているのだ。
 信用するには再会してからあまりに時間が少ない。
 だが、半分は嘘だ。
 たぶん彼の言葉は嘘じゃない。
 というより信じたいのが半分。
 中途半端な気持ちに自分自身に嫌悪感を感じた。

「わかった。家に帰してやる。…今はな」

 家に帰してくれるという王子の言葉にほっと安堵の息をつく。
 だがあっさりとした様子に少しだけ胸が痛む。
 本当に身勝手な女だあたしは。
 自己嫌悪に沈むあたしは最後につけたされた言葉を聞き逃した。
 そのまま帰途につこうとする。

「……あ、ありがとう。あの、それじゃあ…」
「ちょっと待て、まさかそのままで帰るつもりなのか?」
「え?そうですけど…」
「お前は…、ちょっとは恥じらい持て。それ、寝間着だろ。」

 言われて、そういえば寝間着のまま出てきていたことを思い出す。
 だが、別にそんなに問題ない気もする。
 今は夜だし、家までそう遠くないから人目を避ければ何とかなると思うのだ。
 しかもケープかぶってるし。そこまでひどい格好だとは思わないのだが。
 あ、もしかして高いものだから返せってこと?

「え、えっと。でも着るものこれしかなくて。…後でちゃんと洗ってお返ししますから」
「そういう問題じゃない。一度通路から部屋に戻れ。服を用意してやるから。そんなに不安そうな顔をしなくても帰してやるから」
「…本当ですね?」
「…ああ。だからそんな恰好を俺以外の男にさらさないでくれ」

 ええ、そりゃ寝間着とはいえこれとってもデザインもきれいだし、あたしに似合ってないのはわかるけど。人に見せられないなんて結構ひどい言いようだ。

「…似合ってないはわかりますけど、上掛けあるし、そんなみすぼらしいこともないと思うんですけど」
「みすぼらしいなんて一度も言ってないだろ! 
 それだと柔らかすぎて体の線出てるし、生地は薄いし。少し触れただけで…っ。
 …なんにしても、お前自分のこと過小評価ししすぎなんだよ。
 今だって俺がどんだけ我慢しているか」
「え?我慢ってなにを?」
「…早く行け。気が変わるかもしれないぞ。」

 言われてしまえば、あたしは慌てて踵を返す。
 通路に入る前に一度だけ振り返る。

「あの…」
「なんだ?」
「…あの時も今も、助けてくれてありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げると息をのまれた。
 お礼を言われるとは思わなかったのだろう。
 だがお礼は当然だ。
 なんだかんだあるが、過去だって彼がいなかったらたぶんあたしたち親子は餓死していた。
 それに今度の騒動でも彼はあたしを救ってくれた。
 彼には感謝しているし、…彼は嫌いではない。
 …いや、おそらく好きなのだろう。あたし自身も。
 けれどただその好きが彼の持つ背景を乗り越えられるほど強くないだけだ。
 彼の気持ちにこたえられないのもあたし自身の臆病さのせいでしかない。
 だからありがとう、でもごめんなさい。
 言葉にできない感謝を込めつつも、あたしは彼に背を向け通路に入るため今度こそ歩き出す。
 けれど、その入り口の手前で呼び止められた。

「…っ。ちょっと待て」
「え?」

 振り返りざま顎を取られ、気付いた時には唇を奪われている。
 先ほどの奪うような息苦しさのない、触れるだけのやさしいキスだった。
 すぐに離れた唇だったが、どこか不安に帯びた視線が絡む。

「…なあ、キスを嫌がらない程度に好かれているって自惚れてもよいか?」

 そう耳元でささやかれれば、顔に一気に熱が上がる。
 あまりの恥ずかしさに、俯きそうになる顔を彼は手でそれを制する。
 俯けず彼の美貌を正面に受け、慌てて視線だけを逸らす。
 そんなあたしの動揺が面白いのか、彼がわずかに口端を上げた。

「…返事。よくても悪くても伝えなきゃわかんない。嫌なら嫌って言え。」

 その言葉に彼にばかりそれを強要するのは確かにフェアじゃないと思った。
 だから。

「…別に嫌というわけじゃ…」

 我ながら可愛くない答えだという自覚はあるが、彼はそれでも嬉しそうに再び唇を寄せてきた。
 本当は彼の立場を考えても、結婚の覚悟のないあたしが受けるべきでないことは頭では分かっていた。
 だけど、なぜかあたしは彼の体温を拒めなかった。
 やさしく落とされるそれをあたしは今度こそ多少の覚悟を決めてそれを受けた。
 結局その後あたしが寝間着を着替えて家に帰れたのは翌日のこととなった。
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