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3章 天空寮(ダイジェスト版)

目覚め

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 窓から差し込む光に目が覚めた。
 周囲を見回し、天蓋付きのベッドなど見慣れない部屋に考える。
 ここはどこだ?
 しばらく考えてから、そう言えば天空寮に越してきたことを思い出す。
 時計を見れば午後五時くらい。
 結構寝ていたようだが、まだ寝足りない様子のけだるい体を無理やり動かしベッドから抜け出した。

 夕方から人に会う約束があるのでこれ以上は寝ていられない。
 目が覚めたのは良いが、約束まであまり時間がない。
 目をこすりつつ、体を見ればどうやら制服のまま寝ていたのだと気づいて溜息を吐く。
 スカートを見れば、案の定お尻のところがシワになっている。引っ張って直そうと試みるが、もちろんそんなことで消えるわけがない。
 時計を再び見て、どう考えてもアイロンを掛けている時間はないのを確認する。仕方なくそのまま行こうかと思った時、ダンボールの隙間からピンク色のものが見えた。引っ張り出せばそれは先日老婦人からもらったカーディガンだった。
 そうだ。これを腰に巻いていけば、誤魔化せる。

 結んだ時に袖が伸びる心配はしたが、仕立てが良いものなので一度だけなら大丈夫だろうと、巻き付ければ、キレイにシワになった部分を隠してくれた。
 それから着ていたシャツを着替え、リボンを付け直す。
 ヘアブラシを持って、気だるいまま天空寮に備え付けられている姿見に自身を映す。
 起き立てで爆発している頭はともかく、映った自分の顔色の悪さになんとなく気が滅入った。
 まったく、風邪で寝込んでいたあいだに体力がなくなったのは仕方がないが、ずっと気怠さが続いているなあ。
 ブラシで髪をとかし、なんとか形だけ整える。
 最後に一応変なところがないかだけ確認して、外へ出るべく扉に手をかければ、扉が僅かに空いていることに気づく。
 記憶を探れば鍵をかけた記憶が無い。どうやら完全に締め切れてなかったらしい。
 いくら混乱していたとは言え、自分の注意力のなさに頭が痛くなった。
 まあ、どうせ誰も入って来るような人間はいないだろうからいいか。
 さっさと忘れて、扉を開けて外へ出た。
 扉を締める際、一瞬振り返った部屋の様子を見て、そう言えば自分はいつベッドに入ったのだろうかと思ったが、時間を考え慌てて扉を閉めた。
 共有スペースを通り抜け廊下に出る。
 どうやら聖さんは帰っていないらしい。
 あまり鉢合わせて、どこに行くのか聞かれても面倒なのでよかった。
 そのまま人に会わないように気をつけながら天空寮を出た。

 目的地に向かいながら、今後のことを考える。
 天空寮に来てしまったが、これからあたしはどう動くべきだろう。
 なんだか四月はひどく混乱していたから、結局対策立てられず流されてしまったが、これからは考えて行動しなければ。
 実際に死にかけた記憶を思いだし、ゾクリと寒気が走る。
 まずはゲームキャラクターとの距離感をどうするかだ。
 聖さんは……もはや色々諦めた。あの娘をどうこうするのはあたしには荷が勝ちすぎたのだ。

 では攻略対象はどうかと言えば、まずは紅原か。
 なんでかあたしを忘れた紅原。
 不可解な話ではあったが、先ほどの様子だと罪悪感感じているみたいだし、あちらから近づいてくることなないのではなかろうか。
 そう思えば、紅原関連の死亡フラグは完全に折れたも同然。
 そう思いはするが、なぜか心は晴れなかった。
 あれ?おかしいな。喜ばしいことなのに? 
 紅原に忘れられたことはショックだったが、それは父親のことを思い出したからだ。
 だから、別にそれ自体特に思うところはないはずなのに、どうしたことなのか。
 体調が悪いせいか?
 たぶんそうだ、とその考えに見切りをつける。

 大体、思い出して欲しいとか考えて、なんになる?
 紅原は聖さんの攻略キャラクター。あたしとは関係のない存在だ。
 せっかく忘れてくれているのだ。
 不用意に近づくべきではない。

 --紅原円には触れない、近づかない。

 そう結論づけたのに。
 なぜだろう。 目的の場所へ向かう道の半ばだ。
 山を切り開いて建てられた裏戸学園は移動するにも周りを緑に囲まれていた。
 夕闇の迫る逢魔が時。周囲の木々すら紅葉のごとく真っ赤に染める夕日の中にその人はいた。
 風景全部を紅く染めあげる夕日に照らされながらも、その中でもはっきりとわかる他とは異なる鮮やかな紅が風にたなびく。
 ダラダラと背中に汗が流れるのを感じた。
 山を切り開いて建てられた裏戸学園の敷地は高低差が激しく、階段がいくつもある。
 そのひとつ、周りを自然に囲まれポッカリと現れたような石造りの人工物、コンクリートで固められた階段脇に付けられた手すりにひとつの影が腰掛けている。
 なぜか眠るように目を閉じているが、その姿にあたしは見覚えがあった。
 人外らしい美しい面差しに天然とは思えないほど鮮やかな髪、同じ人型かと思わずにいられないほど均整のとれた身体。その若々しさときたら、正直あたしと同い年の息子がいるとはとても思えない。
 もちろん直接の面識などではない。
 あたしが知っているのは設定資料集の絵姿。
 息子に似た、いやこの場合息子が似たというべきか。
 しかし息子より長い髪を風になびかせ、居眠りするかのように佇むその姿にあたしは硬直した。
 な、なんでこの人がいるのーーーーーーーーーーーーーーーー!?

 --紅原の父親、紅原連がそこにいた。
 姿を確認すると同時にあたしは別に道がないかと探すが、あいにく道は一本道だ。
 一瞬引き返し出直すことを考える。
 しかし、そうなれば確実に遅れるし、これから会う人とは連絡の取り方を交わしていないため、遅れることも伝えられない。流石に人としてそれはまずいだろう。
 しかもあの人がいついなくなるのかわからないので、あそこを通るしか文字通り道はない。
 あたしは覚悟を決めた。
 死亡フラグを考れば、どうしても二の足を踏みがちだが、考えてみれば面識も何もない。
 相手があたしを知っている可能性はゼロだし、それにあの人、公式でも奥さん以外の生き物全般に興味はないって書いてたし。
 息子にも対して興味がないと書かれているのは少々親としてどうかとは思うけど。

 だが、それならなおさらただ前を通り過ぎる地味な人間の小娘など目にも止めないだろう。
 というか、止めないでいただきたい。
 あたしは空気、空気です。
 緊張で早鐘のようになる心臓を抑えつつ、あたしは足を前に出した。

 足を踏み出した途端、ざりと地面が音を立てた。
 緊張しすぎていたらしいあたしはその音に驚いて思わず止まれば、やはり聞き逃してくれなかったらしい。
 音に気づいた紅原連が閉じていた目を開き、ゆっくりとこちらに視線が向くのを硬直したまま見つめる。
 そうして、視線があった。
 開いた瞳は息子より赤みの強い茶色だ。
 どこかぼんやりとした雰囲気の瞳にあたしは違和感を感じた。

 確か、紅原の父親は最強の吸血鬼だ。
 そんなとんでもない存在に相対しているというのに、あたしは何も感じなかった。
 いや別にあたし自身、霊感とかそういった不思議系の力皆無ですから、感じなくてもべつに不思議でもなんでもない。お化けも見たことございません。…幽霊をみたと気絶した人外は知っているがな。
 彼から純血である会長が力を暴走させた時に感じた恐ろしさなどは微塵も感じない。
 紅原連の足元にも及ばない力しか持たないという会長の力を目の当たりにしてたから、きっとそれ以上に威圧されると思っていたのだが。

 実際、ゲーム本編では出てこなかったけど、その後に発売された公式公認小説内ではいるだけで威圧されて動けない人間の描写があったような記憶があるのだが、どういうことなのだろう。人間には感じないとか?
 それともこれはゲームではなく現実だからこその差異なのか?
 検証しようにも比較対象がないので何とも言えない。

「……こんにちは」

 一瞬何を言われたのかわからなかったが、それが挨拶だと思い至った瞬間あまりの意外さに絶句してしまう。
 ゲームでの紅原連の様子を考えれば、通りすがりの女子高生に挨拶をするほどの社交性があるなど晴天の霹靂といえるべき所業である。
 やはりゲームと現実は違うのか。
 となればゲームの知識もどれだけ役に立つのか。
 そのことに怯えながらも、挨拶されて何も返さないわけにもいかず、引き攣りながらも口を開いた。

「え、あ。こんにちは」

 とりあえず返事を返すが、それ以降は沈黙。
 ただぼんやりとした視線を向けられる。な、何なんだ?
 だが挨拶を交わしてしまった以上、このまま無言で去るほど神経図太くない。
 仕方なく、社交辞令することにする。

「えっと、あの、父兄の方ですよね?学園になんの御用で?」

 聞けば、ぼんやりとした反応ですぐの反応はなかったが、やがて口をゆっくり開いた。

「…ああ、ちょっと人に会ってこいと言われて。智星寮に行けば会えると教えてもらったけど、道に迷って疲れたので休んでいた」

 ぼんやりとしながらも殆ど感情の読み取れない顔で聞いてないことまで答えてくれる。
 そう言えばこの人ひどい方向音痴だと公式に載ってたな。
 そのくせ、美味しい場所には必ず迷いつつもタイミング良く現れるとか。
 どう考えても今は全然美味しくないタイミングだ。あたし的にだが。

「智星寮に行きたいんですか?」

 思わず、聞き返す。
 あたしの目的地もそこなのだ。
 なに、この展開。もしかして送れとかいうの?
 冗談じゃない。流石にそこまで面倒見きれないし、一緒にいたくない。
 ゲームの関係者に近づくなど、本当に死へのカウントダウンとしか思えないのだ。

 あたしは最早時間までに到着することを諦めた。
 待たせている相手には悪いが、自分の命には変えられない。
 連絡が入れられないのは痛いが、仕方がない。
 あたしは動揺を表に出さないよう気をつけ口を開く。

「そうですか。でしたらこの道をまっすぐ行けば智星寮です。一本道ですから迷うことも…」

 しかし、あたしが親切にも道を説明しながら方角を指をさせば、なぜか首を振られた。

「ああ、説明はいい。行こうと思っていたけだけで、用事はすんだから」

 その言葉に拍子抜ける。
 しかし、詮索する気になれず、あたしはさっさと頭を下げ、その場をさることにした。

「じゃあ、あたしはこれで……」
「ちょっと待って」

 背後から呼び止められぎくりとする。
 やはり、こんなにあっさりと離してくれるなど話がうますぎると思った。
 一体どんな死亡フラグへの序曲かとビクビクしながら振り返る。

「なんで…」

 しょうか、と続けようとしたが続けられなかった。
 振り返った視界いっぱいに大人の男の人特有の大きな手のひらが迫る。
 驚いて一瞬驚いて目を閉じるが、次いですぐに触れるその手で軽く頭を撫でられたのを感じ、目を見開く。
 少しだけ体温の低い手のひらは思いがけず優しい。
 軽くポンポンと叩かれるようにすべらされた手はすぐに離れた。
 あまりのことに髪の毛を僅かに乱されたことも忘れて硬直する。
 だが、あくまでも最強の人外は読めない無表情さで呆然とするあたしを尻目に無言で踵を返して去っていく。

 一体何が起こったのか分からず目を白黒させていると、一度だけ最強人外が振り返った。

「……もし困ったことがあったらいつでも来なさい」
「…は?」
「…と妻が言っていた」
「……はあ?」

 さらなる意味不明な言葉にあたしはひたすら混乱しかしない。
 そんなあたしを気に留めた様子もなく実にあっさりと紅原連はそのまま夕闇に消えていった。

 その後ろ姿が消えた方角を見ながら、あたしは混乱の坩堝にいた。
 一体なんなんだ?なんで頭を撫でられた?
 それに最後の言葉もなに?意味わからん!人外、考えわかんない!
 触れられた辺りを手をやれば、当たり前だがなんともない。
 通りすがりの女子高生にあの人が何かする必要はまるでないので当たり前といえば当たり前だ。
 別に気分が悪くなるとかでもないし、むしろ気分が良くなったような?
 でも一瞬のこととはいえ頭をなでるなど子供相手じゃあるまいし、本当に何がしたかったのやら。
 疑問符ばかりが頭を支配する。

 だがいつまでも考えている場合ではないことをいつの間にか薄暗くなっている周囲の様子に気がついた。
 時計を見れば思った以上に時間が立っていて、慌てた。
 邪魔がいなくなったので急がなかければ。

 あたしはその場を走り出した。

(……?あれ?やっぱり、体が軽い?)

 寝起きに感じていただるさが消えている。
 不思議に思ったが、今にも沈みそうな太陽の光に気を取られ、疑問を追いやりあたしは目的地目指して駆け出した。
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