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狂想

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 俺は目の前の光景を、取り敢えず黙って見ていた。

「ぎゃぁああ!? なんでただの革鎧レザーアーマーの初心者みたいな奴がびゃぶえ!」
「剣だってただの鉄の剣アイアンソードだろ! 一振りで、なんで俺らの鎧の上からダメージがばぴゃ!」
「むしろ、こいつがチートだろ! スクショで運営に通報しづうあああ!」

「装備見た目通りの性能よ! あんた達が下手くそってだけよ! 簡単に……チートチート煩いのよ!」

「「「ぎゃぁあああ!?」」」

 俺とサンゴに絡んできた五人組は、既にサンゴの手によって光の粒子と化していた。

「ふん、絶対あんな性格悪い事してきたのは、ブレイブに違い無いってのに……」

 サンゴはブツブツとブレイブの名を口に出しながら、「証拠が……証拠が……」と呟いていた。俺は、本当にサンゴはこれでいいのだろうかと心配になっていた。状況的に俺を監視もしくは調査する為に、最初に自分も同じ初心者だと名乗っていた筈だ。それを、調査対象の目の前で、明らかに初心者ではなさそうな冒険者五人を瞬殺している。

 俺がサンゴに憐憫の目線を向けていた事には気づかなかったらしく、サンゴはそのまま歩き出していこうとするので、一応声をかけた。

「散らばっている金やアイテムは、拾わないのか?」

「いらないわよ、そんな端た金。アイテムだって、どうせ大したもの持ってないでしょうし。この辺りの中級者が持ってる物なんて、たかが知れ……」

 サンゴは、途中で自分の今の設定・・を思い出したのか、話の途中で口を手で押さえた。その様子があまりにも哀れだったので、話を合わせてやる事にした。

「……まぁ、自分を襲ってきた輩の物など、欲しいとは思わんか」

「そ……そう! そうなのよね! それにこいつら青い羽を模したギルドマークを付けてるから『救世主メシア』のギルドメンバーだし、ブレイブに陶酔してる奴は極端で困るわ。どっかの誰かが流した動画を、運営がまだ・・不正認定していないっていうのに、狩ろうとするんだからモラルもへったくれもないわ」

 言ってるそばから、微妙に危ない発言している事に気づいていないサンゴに心の中で苦笑しながら、俺もサンゴについて再び歩き出した。



 サンゴに付いて狩り場へと移動しながら、俺は先程の襲撃について考えを巡らせていた。

『レベル上げに効率が良い所』へと移動する為に、外に出ていたシリルとアリンに出かけてくる事を伝えてハスレ村を出て西へと進むと、草原エリアで先程の五人組に絡まれたのだが何故かサンゴがキレて戦闘に至った。

 サンゴの口ぶりからすると、やはりブレイブが今回の騒ぎ起こしたんだろう。そして、ギルド『救世主メシア』は、奴の手駒であり最悪洗脳を受けている可能性も、考えておいて損はない。

「どうしたの? 凄く気合の入った顔してるけど」

「気合の入った顔? そんか顔していたか?」

「えぇ、まるで魔王に挑む勇者ようね。実際は逆だけど、ふふふ」

 サンゴは俺に微笑みながら、楽しそうにしていた。弾むように俺の前を歩く姿に、一瞬頭の中に楽しそうに俺に笑顔を向ける誰かの姿がサンゴと重なった。

「だとしたら、サンゴは何の役をしたいんだ?」

「そうねぇ……当然……」

 サンゴは俺の目の前で踊るようにくるりと廻ると、本当に嬉しそうな笑顔を見せた。

「お姫様に決まってるじゃない」

魔王から勇者ブレイブに守ってもらいたいのか?」

「バカね、いつまで経っても迎えに来ない魔王を殴りに探しに行くのよ。姫を狙うゲス勇者なんて、返り討ちにしてね」

「それは、勇ましく怖いな」

 俺はごく自然に顔が緩み、サンゴと同じように笑っていた。



 私は、目の前の笑顔に思わず言葉を失った。

 魔王様とハスレ村を出て、邪魔者の乱入があったとしても、私の心は明らかに弾んでいるのが自覚できた。だからこそ、余計に彼を不正だと騒ぎ立てる輩に腹が立ってしまったのだろう。
 
 顔も雰囲気もアイツとは違う。

 でも、何処か似ている。

 『リアル現実世界でのな方の、貴方の名前を教えて』

 たった一言だけの事なのに、私の口からその言葉が出る事はない。

 ゲームの先のリアルをいきなり聞くなんてマナー違反だからとか、そんな事が理由で聞けないんじゃない。


 "アイツかもそれない"

 でも

 "アイツじゃない事が決定されてしまうかも知れない"


 『運営本部の上井』と『不正プレイヤーの魔王様』の関係だとしても、アイツかもしない・・・・・と言う希望を持ってしまった私には、ただの勘違いだったとしても醒めて欲しくない夢だった。

 何も『アイツ』と『宇海うみ』の関係を、今更作ろうだなんて思っていない。

 仕事中に何を考えているんだろうと思いながらも、自分の運の良さを感謝した。

 笹本先輩辺りに知られたら間違いなく呆れられるに違いないが、今も私は思っていた。


『ずっと不正の証拠が見つかりません様に』


 そうしたら、専属調査担当になれないだろうか。

 彼がアイツに似ていると言う理由なだけなのに、私は縋ってしまったのだ。

 私はアイツが消えて、狂う寸前まで追い込まれた。それでも最後に狂わなかったのは、諦めたからだ。自分が消えていく感覚に襲われながら、結局狂いきれずに諦めた。彼の家族も笹本先輩も、決して諦めていなかったのに私は諦めた。みんな以上に、私はアイツに依存していたのだ。その事に、アイツがいなくなって初めて自覚した。

 一人で部屋にいると、もしかしたら実は私がアイツにナニかしたのだろうかと考える様になった。時間が経つにつれて、表面上は取り繕う事が出来ても、心は駄目だった。どんどんと、心が壊れていく感覚だけしかなかった。

 だから・・・誰よりも早く私はアイツの生存自体を諦めた。

 アイツが帰ってくる事を誰よりも望んで

 誰よりも信じていたから

 私は全てを諦めたのだ

 魔王様もただの夢とちゃんと認識していた。だから、狂う事もなかった。

 それなのに私は見てしまった。



「なんで……そんな顔で笑えるのよ……」


 
 魔王様がアイツの笑顔を私に見せたのが悪いのだ

 私は夢と希望に狂い始める


 いや、違う


 私はこの時に

 狂ったのだ
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