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居心地

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「サンゴ、一つ聞いていいか?」

「何?」

「何故に俺は、床に座らされているんだ? しかも、村の者が全員急用を思い出したとかで、家を出て行ったのだが、恐らく実際はサンゴの顔が怖く……」

「あぁ?」

「いや、何でもない」

 俺は、目の前で腕を組みながら物凄い怒気と気迫を身に纏ったサンゴに、見下ろされていた。



 シリルとアリン親娘の家で目覚めたあとに、フレンドメールに『サンゴ』からのメールが来ていたため、返信出来なかった謝罪を含め先ほどまで寝ていた事や、まだ元の世界に帰るつもりはない事を送っておいた。

 すぐ様にサンゴから返信があり、何処にいるかと聞かれた為にハスレ村にいると伝えたのだ。その結果が、この有様である。俺がサンゴに返信してから、さほど時間が経つ前に勢いよく家の扉が開けられた。俺自身としては、こちらに向かってくる戦闘の初心者とは思えないほどに気迫を纏う者が近づいているのを感じていたが、他の村民たちは気づかなかったらしく一様にサンゴに気迫に呑まれていた。

 『魔王様? 少しお話しいいかしら。良いわよね? えぇ、良いはずだわ。だから先ずは、そこの床に正座しなさい。え? 正座が何かって? なるほどなるほど、私をおちょくっているのね? 良い度胸ね、流石は魔王を名乗るだけあるわ』

 俺は、芯から冷える程の凍える目線を向けられながら、他の者達に助けを求めようと目線を向けた。しかし、彼らは全員が急用を思い出したと呟きながら家を出て行った。シリルでさえ、何故か庭の水やりに行くと言い出しアリンもすぐ様に手伝うと言って出て行ってしまった。その為、自分の記憶と知識を総動員して『正座』を試みようとした。

 しかし、いくら頭で考えても『正座』がどんものかを導く事が出来なかった。サンゴが口にしたという事は、恐らく冒険者であれば知っている筈の事なのだろう。こんな時にソラがいてくれればと思ったが、むしろサンゴの横で同じように俺を見下ろしているソラを幻視したため、その甘い考えを放棄した。

 その為、俺は頭で分からないならと思考を放棄し、今の現状を魂に問いかけ本能に身を任せた。


 怒れる女性を前にして自分が何をしないと行けないのか

 知識ではなく本能で悟るのだ

 今、自分が為すべき事を!

 
 そして、俺は心を空っぽにして思うがままに身体を動かしたのだ。


「別に『土下座』までしろとは言ってないわ。返答次第でさせるけど、まだ・・だけ・・上げていて良いわよ。正座は良いと言うまで崩さないように」

 どうやら、俺の本能は間違っていなかったらしい。しかし、その後にサンゴから俺がメールの返信をしなかった事のお叱りを、長々と受けることになったのだった。



「何故、自分が説教を受けているのか分からないという顔ね。本当に誰かさんと一緒で、頭を叩きたくなるわね。アイテムバックにスリッパなかったかしら」

 サンゴは何やら腰につけていたバックに手を入れ何かを探そうとしていたが、嫌な予感しかしなかった為、話を戻そうとした。

「傷を負ってしまってな、回復するまで気を失っていたようなんだ。わざとサンゴのメールを返さなかった訳ではないぞ」

「確かに腕を失って、身体を貫通するような傷を実際に負ったとしたら、そんなぐらいじゃ済まないでしょうけど。ここはゲームの世界なのよ? そもそも何でそんな事が起きるのよ」

「ん? 傷を負ったとは言ったが、そこまで詳細に何故『サンゴ』が知っているんだ?」

 俺がバーサーカークイーンホーネットから庇ったのは、の『サンゴ』ではなかった。今のように革鎧ではなく、白銀に輝く鎧を着ており髪の色もそれに合わせるかのような銀色だった。

「……か……」

「か?」

「か……勘よ……そうよ、勘よ! 女の勘よ! 何よ? 文句でもあるの?」

 自分の失態に気付いたのだろうサンゴは、耳まで顔を真っ赤にしていた。普段は頭が回るくせに興奮すると途端にすぐ頭が回らなくなるのは、昔から変わっていないのだなと思わず微笑んだ。

「……正座してる癖に上から目線で、何を微笑んでいるのよ?」

「はは、あまりにも変わってな……変わってない? 何を……俺は笑っていたんだ?」

「質問を質問で返さないでくれる? 知らないわよ、そんな事。一週間も雲隠れしていた件は取り敢えず置いておくわ。それで、腕と腹から何で血が出てたのよ。それにこのゲームで身体の欠損何て事も起きないはずよ」

 この間の白銀の冒険者と自分が同一人物だという前提でサンゴは話しているが、一応偽装はしていると言うのに良いのかと思い、若干憐れみの目線を向けそうになった。しかし碌な事になりそうにないので、そこは気付かない振りをする事にした。

「何故と言われても、俺は『生きている』のだから、傷付けば血ぐらいでるし腕や腹とて噛みちぎられたり、刺されたりしたら欠損ぐらいおきるだろう」

「だから、そんなプログラムなんて設定されてないって言っているでしょ。設定にないものが、起きる筈がないから聞いているのでしょう? で、結局そんな起きる筈のない事が起きたという事は、貴方が何かをした・・・・・という事なんじゃないの?」

「何かとは?」

「不正にアバターを改造していたりしていないでしょうね」

 サンゴは、無意識に全身を若干強張らせていた。そして、目は不安を表すように揺れていた。神運営の眷属として来ているのだろうが、あまりに神とは程遠い感情の揺れに俺は彼女に興味が湧いた。恐らく彼女は、俺が冒険者が口にしていた『不正』を働いているか調査しているのだろう。

 調査対象である俺に直接聞いてくる辺りは、正直心配になるほどに真っ直ぐだが、そもそも俺は自分を改造したりもしていない為、『不正』は全くしていない。俺はすこし逡巡した後、口を開いた。

スターテイン始まりの街でも、俺の事をそう呼ぶ者が大勢いたらしいな。だが、一部の者を除いては、既にそんな話はないらしいじゃないか」

「何よ、やっぱり一週間も寝てたとか言う割に、スターテイン始まりの街の様子を知っているんじゃない」

 サンゴが非難めいた目を向けてきたので、スターテイン始まりの街の情報はさっき村人から教えてもらったと付け加えた。

「村民NPCが、冒険者の噂話をわざわざ話した?」

 サンゴは俺の言葉に訝しげな表情を見せていた。

「何も不思議な事は無いだろう。彼らも俺と同じく『生きている』んだ。それくらいの事は関わりがあれば教えてくれもするだろう」

「『生きている』って錯覚・・するくらいに、確かにこのゲームのNPCを動かすAIプログラムは凄いし、聞けばクエストの事とか教えてくれたりするけど……ある意味NPCとは全く関係無いチートの噂話をわざわざ当人に教えにくるものなの?」

 声は明らかに大きかったが、焦点が俺を見ていない事から独り言なのだろう。ブツブツと独り言を続けて喋っているが、完全に声の大きさは誰かに話しかけているようだった。

「相変わらずだな」

「え? 何が?」

「……何がだろうな?」

「やっぱりおちょくってんの?」

 サンゴは半眼で俺を睨みていたが、俺は内心ではこの奇妙な感覚に驚いていた。自然に口に出る言葉に、不思議と違和感はなかった。そして、このサンゴといる空間は俺を何故だか安心させていた。相手は神運営の眷属であり、かつ相手の機嫌も悪いというのに、俺自身は悪い気はしていなかった。

「そんな事はないさ。ただな」

「ただ?」

「居心地が良くてな」

「このNPCの家が、そんなに好みなの?」

 サンゴは部屋を見渡したが、全く理解出来ないと言った様子だった。

「まぁ、そんな所だ。所で今日は、何するつもりでここへ来たんだ?」

「え?……あぁ! えっと、そうね……どうしよう、取り敢えず出てきただけだった……」

「おいおい……なら、サンゴがこの間行こうとしていた『レベル上げに効率が良い所』に行ってはどうだ?」

「そうね! 私も今そう言おうとしていた所だったのよ、ふふふ」

 サンゴは、無理矢理に笑顔を作っていたがあまりに滑稽で笑いを堪えることが出来なかった。

「ははは、分かった分かった。なら、その場所へと案内してくるか」

「ちょっ! 何笑ってるのよ! 本当なんだから!」

「はいはい、ほら行くぞ」

 何処か懐かしく感じるやり取りに、益々大笑いしそうになるのを噛み殺しながら、サンゴと家を出たのだった。



「笹本先輩、今から『魔王様』を連れて『モンスター性能試験空間』に向かいます」

「『分った。使用申請は俺が出しておくから、そのまま向かってくれ』」

 そして、私は魔王様の検証を行うべく運営が使用する事が出来る特別仕様の空間へと案内しようとしたのだった。


「野郎共! チート野郎がいやがったぞ!」


「あぁ? どいつもこいつも証拠がまだないって言ってるのに……程度が知れるわよ」

 私はどこぞの鬱陶しい『勇者』が、ギルドマスターをしているギルドのメンバーに対して剣を抜いたのだ。

「……サンゴよ、どんどん短気になってないか?」

 私は、魔王様の言葉をスルー無視して、私達を囲む輩に向かって駆け出したのだった。
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