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戦える

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「さてと、もう一度念入りに、あの地下を調べるとするか」

 俺はソラのログアウトを見送ると、再び例の沼に向かって走った・・・。巡回馬車も早い事には早かったが、自分で走ったほうが更に早いのだ。ソラは巡回馬車を楽しんでいる様だったので、その事については話さなかったが、今は自分一人のためさっさと移動する事にした。

「巡回馬車にぶつかってでもしたら、面倒だな」

 街の門を出たところで巡回馬車の道から少し外れた所から、馬車道に並走する形で俺は走り出した。若干、周りに居合わせた冒険者から何やら声が上がっていたが、単に驚いているだけだった為、そこまで気にする事はしなかった。そもそも、軽く・・走るだけで大騒ぎにはならないと判断していた。

 数分走ると、先程クレイジーホーネットを殲滅した沼地が見えてきた。そして、その沼地の縁には一人の老人が肩を震わせているのが見えた。



「どうだ、クレイジーホーネットは復活していないだろう」

「あ……あんたは……いや、貴方様は一体……その地にモンスターが一度発生すると、『理の改変』まではこんな事が起きるはずが……」

 ギョクサは、まるで信じられないモノを見るような目で俺を見て、何も居ない沼地を忙しなく交互に見ていた。

「俺は『魔王』だ。これぐらいの事が出来なくては、その名は名乗れぬよ。一応取りこぼし無く、クレイジーホーネットの魔力収束点を潰しておいた。他の生物には極力影響が出ないようには配慮したが、実際にまた漁を再開してみれば分かる事だろう」

「『魔王』……様……それに、漁を再開?」

「そうだ。この場所に、クレイジーホーネットは出ない。更に、それ以外のモンスターの魔力収束点も潰しておいたから、老人だけでも漁は再開できる筈だ。おかげで随分長いこと走り回ってしまったが、その分ソラのレベルも上がって喜んでいたし、偶々お互い利を得た形になったな」

 俺は、お互いに利があった事を強調した。そして、笑ったのだ。

「あとは、村人次第だろう。また理の改変で新たなモンスターが生まれるかもしれぬし、生まれぬかもしれぬ。だが、その時に生き抜くためには、強くならぬばならぬということだ。そして、本当にお前達はNPCは弱いのか?」

「何を言って……我らNPCは弱い。それがこの世界の理で……」

「この濃密な魔力が漂う世界に、生きる者よ。今、目の前で世界の理が覆ったのだ。今一度、問おう。『お前達NPCは弱い』のか?」

 ギョクサは考え込むように固まっていたが、すぐに村に向かった走り出した。俺は、その時のギョクサの顔を見て、思わず笑顔になってしまった。どんな歳だろうと、何かを決心した男の顔は気持ちが躍るものだ。

 俺は、ギョクサを見送ると一人沼の中心へと向かった。そして、例の気配の真上まで来ると沼地に中に腕を入れ、沼の底に手をつけ精神を集中させた。

「『遠隔』『鑑定』『分析』」

 地中の何か・・に対して『遠隔』の力を用いて『鑑定』し、更に鑑定結果を詳細に『分析』した結果、正直溜息が出そうになった。

「『魂喰』持ちか……そして、元々の『存在していた世界』は、この世界では無いのか」

 『分析』から地下の何かが『魂喰』の性質を持っている事が分かった。恐らく、この何かが外に出れば冒険者プレイヤーも戦闘不能にされれば、魂を喰われ復活する事は出来ないだろう。

「当然、NPCで太刀打ちする事はできないだろうな。さて、どうするか」

 『分析』ではこの『バーサーカークイーン女王ホーネット』が、どうしてこの世界におり、何故ここまで『怒り』『怨み』を溜め込んでいるのかまでは知る事は出来ない。既に強烈な悪意で、その想いがこじれてしまっている状態であり、それは封印術の外からでも容易に感じ取る事が出来た。

「恐らくこの封印術は神運営とやらの仕業であろうが、対象の時間を停止させておらんな。これでは、結界の中で恨み辛みが溜まるだろう。そこまで考える頭がなかったか……あるいは、そこまでの力がなかったか」

 俺がバーサーカークイーン女王ホーネットと、その周りの封印術に関して暫く考察していると、村の方から十数人の気配が近づいて来ているのを感じた。


「おぉお! 本当に……本当にヤツらがおらぬ……」
「決死の覚悟で挑んでも、決していなくなる事がなかったのに……」
「本当じゃった……理の改変が起きておらぬというのに……」


 沼の淵まで来ていた老人達は、沼の光景を見ながら一様に驚いていた。そして、ギョクサが前に出て沼に入り、頭が集まった老人達に向かって声を張り上げていた。

「どうだ! 本当の事だっただろう! 彼処に立っている魔王様と、今はもう居ないが儂等の為に涙を流してくれたソラという冒険者が、この沼を救ってくれたのじゃ!」

 ソラは確かに泣いたが、そのあとは高笑いしながら魔法を撃っていたなと思い出しながらも、間違いは特に無いためギョクサの言葉を黙ってい聞いていた。

「もうこの沼には、モンスターはおらぬ! だが……次回の理の改変時に、また新たなモンスターが現れるかも知れぬ。では、我らはどうするのかと言うことじゃ。そして魔王様はこう述べたのだ、『強くなるしかない』とな」

 ギョクサがそう告げると、村人の老人達は全員が絶句していた。そして、一人が口を開いた。

「じゃが……我らNPCは『復活』出来ぬのじゃぞ? それに、そもそも戦う力など我らには……」

 俺とソラにギョクサの家を教えてくた老人がそう呟くと、周りの者達も一様に頷いた。

「本当、我らに力がないのじゃろうか?」

「は? 何を当たり前の事を……」

 集まった村人の老人達向かって、ギョクサはゆっくりと話しかけた。

「儂は、魔王様に問われ考えたのじゃ。我々は、弱い。冒険者と違って復活することも出来ない。その事を知りながら、真っ直ぐと儂の心の中……いや、魂に問いかけるような魔王様の言葉を、自らも魂に問いかけたのじゃ」

 そしてギョクサは目を閉じると、集中し始めた。恐らく唯見ただけでは、今起こっているギョクサの変化は分からないだろう。目を閉じ集中し始めてから、ギョクサのある闘気はどんどん上昇している。

「見ておれ……」

 ギョクサは静かに、だが全員耳にしっかりと届く声を出すと、足元の沼へと目線を落とした。そして腰に腕を構え拳を握り締めると、次の瞬間にギョクサの足元が爆ぜた。

 その様子を見ていた老人達は、誰一人腰を抜かすことなく、その様子を凝視していた。爆心地の中心では、地面に拳を突き立てたままのギョクサが一人いるだけだった。ギョクサはゆっくりと地面から拳を抜き立ち上がり、全員に向けて吼えた。

「今一度問う! 我らNPCは、弱いのか! 自分の魂に、今一度問いかけてみよ! 我らが戦えぬと、誰が決めたのじゃ! いつから我らは、己が弱いと思うようになったのじゃ!」

 ギョクサの身体はいつの間にか曲がっていた腰が真っ直ぐに伸び、仁王立ちとなっていた。そして、その様子を見ていた村老人達もゆっくりとだが、曲がっていた腰を伸ばすように身体を伸ばし、真っ直ぐと力強く一人一人がしっかりと顔を上げていた。

「そうじゃ、顔を上げるのじゃ。我らは『戦える』のじゃ!」

「「「うおぉおおおお!」」」

 老人達が、一斉に拳を掲げ雄叫びを上げていた。その光景は、勇ましく俺の胸を打つのであった。そして、一人また一人と瞑想をし始める。

 俺はその様子をじっと、『分析』により老人達の様子を観ていた。老人達は、身体の中に保有している膨大な魔力を筋力へと変換していってる様だった。次第に老人達のはその力を思い出す・・・・かのように動きだし、徐々に激しさを増し、その人数も増えていく。

 そもそもNPCを『鑑定』した時に確認した魔力量で、『NPCが戦えない』という前提に違和感を感じていた。その辺の冒険者よりも高い魔力を保持しているのにも関わらず、何故戦えないという意識を冒険者、NPCが共通で持っているのかという事だった。

 体内の魔力に関してもシリルの石化を解除した際に、体内の魔力を利用し石化の様な症状を作り出されたり、魔力流れが乱されることにより苦しんでいた事からも、この世界のNPCにとって魔力は間違いなく馴染み深いものであったと容易に考える事が出来た。

 ここまでその魔力が濃い世界に住んでいる生物が、自身の高い魔力を利用しないで生きる筈がないと考えていたが、やはり正解だった様だ。ただし、何故その事を忘れたかの様に、寧ろ「そんな事がある筈が無い」と考えていたのかが俺は気になり、激しく動き回る老人達を観察しているとメールの着信を知らせる音が聞こえた

 メニューを確認すると、宛先はサンゴからだった。



『魔王様、一緒に遊ばない? サンゴ』



 偶然か必然か、運命の歯車は噛み合う毎に速度を増していく

 この世界の秩序を乱す『魔王』

 ゲームとして、この世界の秩序を維持しようとする『運営』

 二人は再び、その距離を縮めようとしていた。
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