上 下
2 / 2

第二羽 一羽と一人

しおりを挟む
 今日、私は初任務だった。

 珍しく月が見える夜、下っ端の私の仕事は何かトラブルが発生した時の伝令係だった為、現場から少し離れたビルの上で、月明かりの中にいた。

「いくら新人だからって、任務の詳細を全く知らされないのって、どうなのよ」

 出てきたとはいえ、故郷の街に任務で来れることを知った時は、案外心が弾むものだと少し驚いたが、きっとそれは、もしかしたら彼に会えるかも知れないと考えたのかもしれない。

「陽士郎は、相変わらずバカやってるんだろうなぁ」

 あいつに唯一褒められたことのある黒髪を風になびかせながら、私は珍しく月光が照らす故郷の街を眺めていた。 

 待機してから、十数分たった頃だろうか。耳にかけていた通信魔導具から、任務完了との連絡が、部隊の上官から入り、私はやや緊張感が和らいだのを感じていた。

ウサギ様が現場に来られるという任務だったから、どんなもんなのかと思ってたけど、大したことなさそう」

 この時の私は、というよりも、きっと部隊の全員がこんなこと・・・・・になるなんておもってなかったに違いない。 

 私は、悪い夢を見ているのに違いない。

「おい! 早くここから離脱す……るぞ?」

「本部へ伝りぇぃ」

「ひぁぎ」

 治安組織〝十二支ダース〟の4ウサギに所属する先輩隊員達が、私の目の前に血相変えて戻ってきたと思ったら、コレ・・だよ?

 見えない何かに、まるで刈り取られるように、首が落ちていくんだもの。

「あれ……私、暇すぎて任務中に居眠りしたみたい」

 何故なら、兎は言葉を話すことはない筈だし、何より人の首を蹴飛ばして遊ばないからだ。

「お前で、最後だな」

 私の前には、首のない先輩達が地面に横たわり、その身体の上に座る兎がいただけだった。

「あ……え……い……や……」

 本当は、分かっている。この場の空気が、コレが夢でないことを、証明しているのだもの。

「ん? お前は、まだ光を失っていないのか……ならば、殺すわけにはいかんな」

「……え?」

 そして、その首狩り兎は私の首を刎ねずに、月に向かって跳ねて消えていったのだった。





「さて、漸く静かになったようだ」

 再び、陽士郎の遺体の上に跳び乗った白兎は、もはや元が白だとは思えないほどに、ドス黒い赤に染まっていた。

 そして、その小さき前脚で器用に水晶玉を掴んでいた。その水晶玉の中には、この白兎の下に横たわる青年の顔が映し出されていた。

「思った通りに、とても澄んだ黒だ……これから私はお前に、お前は私になる」

 楽しそうに、そして嬉しそうに呟くと、陽士郎の顔が映る水晶を飲み込んだ。

「決して越えられなかった〝色の壁〟は、底無しの憎悪と憤怒がぶち壊すだろう。代わりに、俺が〝高めた強さ〟を捨てることになるが仕方のないこと。月兎の境界の消滅こそが、奴を殺せる唯一無二の方法なのだから」

 兎が身体を震わすと、返り血で染まっていた毛色が、瞬く間に元の白亜へと変わっていく。そして、前脚を自身の首の横に添えた。

「ここで俺は終わり、ここからが俺たちの始まりだ」

 次の瞬間、前腕が流れるように真一文字に動くと、ごとりと兎の首が陽士郎の骸の上に落ちた。そして、兎の身体から流れ出る血は、狙っているかのように、ウサギが穿った陽士郎の身体の穴に注ぎ込まれた。

 その血は次第に輝き始め、周囲の暗闇を消し去ろうせんばかりに、全てを白く染めてしまっていた。

 やがて最後は、兎の全て・・が栓が抜けた穴に水が流れるかのように吸い込まれ、最後は頭部がまるで栓をするかのように、傷穴にすっぽりとはまっていた。

 光を失い、月明かりに照らされた兎の顔は、恐ろしげに嗤っていた。

 そして、やがて陽士郎の傷を癒すかのように、肉体と同化していき、恐ろしげな顔も綺麗な人の肉体へと変わったのだった。



 その街は、所謂スラム街だった。

 首都東京都内であるが故に、その闇も深く濃いものだった。

 それでも街で育った者の中には、この街の中でも希望を捨てずに生きる者たちがいた。

 彼らは弱かったが、それでも力を合わせ生き抜いてきた。

 やがて彼らの中から、力を持つ者が現れた。

 運が良かったことに、彼は頭も良く、それでいて力も上手く扱うことができた為、やがて彼はこの街の一角を牛耳るまでに至った。

 そして秘密裏に、力無き者達を守り、育て、救い始めた。

 しかし、彼らは知らなかった。

 この街だけでなく、この国を支配する層達の異常なまでの臆病さを。

 この国の支配に逆らおうとすることは、たとえ最底辺のスラム街の一角を収めたに過ぎず、反逆と呼ぶにはまだ児戯に等しい規模の組織だとしても、許されることはなかった。

 政府直属特務機関〝十二支ダース〟による粛清は、この国に住む者達全てが対象となる。

 たとえ本人達に反逆の意思がないような幼な子だったとしても、絶対なる殺意は平等に執行される。

 今宵の出来事は、国中で起きていることの氷山の一角でしかない……筈だった。

 ただ一つ違っていたのは、今宵は夜空に月が美しく輝いていたことだろう。



「はぁぁあぁ」

 陽士郎の骸であったものが、寝起きかのように大きな欠伸をしながら上体を起こした。

 気怠そうな瞳と表情は、先ほど絶命した人間とは思えないほどに、普通・・だった。そして立ち上がると、横に倒れる岳弥がくやの腰のホルダーから、彼が忍ばせていたナイフを引き抜くと、ある骸に向かって歩き出した。

「えっと、なんて言ってたっけな。んっと、あぁそうだ、マジックコアだ。ピエロのは……この辺かなっと」

 路上にうつ伏せにと倒れている首無しのウサギの骸を見下ろすと、躊躇なく胸にナイフを突き立てた。しかも、一回ではなく何回も繰り返していた。

「あぁ、くそ。感知がザルすぎて、全然当たらねぇ。はぁ、いい加減当たれよっと」

 ぶつくさと文句を言いながら、更に数回ナイフを突き刺していると、まるで硝子が砕けたかのような音が響き渡った。

「お、やっとかよ」

 その音を聞いた陽士郎が嬉しそうに呟くと、ウサギの傷穴から淡い光の粒子が漏れ出すと、大きくあけた陽士郎の口の中に吸い込まれていった。

「あぁああぁあああぁうめぇえええぇええええぇ!!!!」

 全ての光の粒子を吸い込んだ陽士郎の第一声は、狂ったかのような叫び声だった。



 月には 兎が住んでいるというけども

 月の兎は 何を食べるのだろうね?
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【R18】淫魔の道具〈開発される女子大生〉

ちゅー
ファンタジー
現代の都市部に潜み、淫魔は探していた。 餌食とするヒトを。 まず狙われたのは男性経験が無い清楚な女子大生だった。 淫魔は超常的な力を用い彼女らを堕落させていく…

若蕾燦華

tib
ファンタジー
 異世界からの触手型生命体イノスと人の戦争を終結させた魔法少女と呼ばれる者達。  彼女らの献身と犠牲によって、今日までイノスと人は辛うじてではあるが、共存を続けていた。  正義感の強い女子高生、宇津木 京香はリェズィユと魔法少女として世界を守る契約を結んでいた。  それがどんなに過酷な道行きになるとも知らず。  京香は平和の為に戦い続けるのだが次第に身も心も蝕まれていく…。 タイトル付けました。

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

ダンジョン&テイマー

なんてこった
ファンタジー
とあるテイマーさんが新型ダンジョンの運営をさせられるお話し

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

夜遊び大好きショタ皇子は転生者。乙女ゲームでの出番はまだまだ先なのでレベル上げに精を出します

ma-no
ファンタジー
【カクヨムだけ何故か九千人もフォロワーがいる作品w】  ブラック企業で働いていた松田圭吾(32)は、プラットホームで意識を失いそのまま線路に落ちて電車に……  気付いたら乙女ゲームの第二皇子に転生していたけど、この第二皇子は乙女ゲームでは、ストーリーの中盤に出て来る新キャラだ。  ただ、ヒロインとゴールインさえすれば皇帝になれるキャラなのだから、主人公はその時に対応できるように力を蓄える。  かのように見えたが、昼は仮病で引きこもり、夜は城を出て遊んでばっかり……  いったい主人公は何がしたいんでしょうか…… ☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。  一日置きに更新中です。

処理中です...