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第90話 油断しても仕方がない、空き缶なのだから

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『いきなり空き缶が喋れば、トラウマになるほどのショックを受けて、当たり前だろうね。しかも、その空き缶がドMカンであれば、尚更だね』
  
「本当にそうならな!? 今この時に、ドMの要素はなかったカァアアン!」
  
 先生を除く全員が、何かを思い出したような顔をしていた。そして、次の瞬間には大歓声をあげたのだった。
  
「蜜柑! 本当に帰ってこれたぞ!」
「うん! 本当に、私たちの世界なんだね!」 
  
「よかったのぉ。だがしかし我は、まだ戻れておらぬカァン」

 特に誰も、カンの呟きを気にする者はいなかった。
  
「静かにしろ! 何なんだ一体、全員が全員して大声で叫びやがって。それに、阿木! 高校生にもなって、おもちゃを持ってくるんじゃない! 没収だ!」
  
「おぅ! 喜んで!」
  
「居酒屋か!? 返事が良すぎるカァン!? 少しは躊躇って欲しいのカァアアアアン!?」
  
 授業をしていた先生が、有無を言わさずカンを没収していき、カンは乱暴に背広の上着のポケットにしまわれたのだった。
  
「またポッケカァアァン……何も見えぬカァアン……」
  
 そして、没収した先生の背広に入ったままカンは一日を過ごしたのだった。

 その後、先生は空き缶の存在を忘れ、自分のアパートへと帰るのだった。


  
「はぁ、疲れたぁ。ったく、今日はなんだったんだ、あいつら」

 背広の上着をハンガーにかけながら、先生は呆れたように呟いた。
  
「まぁ、異世界から帰って来たのだし。あれくらいはしょうがあるまいカァン」
  
「異世界ねぇ。何かそんな事、叫んどった……な?」

 カーテンレールにハンガーを引っ掛けたところで、自然に聞こえた声に反応した先生だったが、直後に身体を硬直させていた。
  
「ほれ、上着のポケットの中カァン。もう、家なのだろう? そろそろ我を、外の世界に連れポケットから出してほしいカァン」
  
「まぁ、確かに俺の家なんだが……AI内蔵なのか? やけに反応が、精巧でリアルだな」
  
 先生は、多少訝しげながらも、上着のポケットからカンを取り出したのだった。
  
「へぇ、結構歪んでるのに、ちゃんと動くなんだな」

 実は、上着のポケットに入れられている間に、カンは空き缶ボディを歪ませていた。

 先生の上着の下の筋肉は、実は逞しく鍛えられていたおり、ポケットに入っていたカンにとっては、動くたびに圧がかかっていたのだった。
  
「歪みを直してほしいカァアン……」
  
 わざとらしく弱々しい声で、自身の弱さをアピールし、カンは先生に何とかボディを直してもらおうと試みた。

「あぁ? まぁ、そうだな。俺の身体で潰したっぽいしなぁ」

 罰が悪そうにしながら、先生はカンを掴んだ。
  
「ゆっくり! ゆっくり頼むぞ! 痛くしないで欲しいのカァアアアン!」

「気持ち悪い声出すんじゃねぇよ、玩具のくせに」
  
 空き缶をゆっくり戻したところで、折り目は消えるわけもない。
  
「ゆっくり……ゆっくりだカァン……ぐききき……ペキャン!?」
  
『仕事から帰って来て疲れているのに、喘いで気持ち悪い喋る空き缶の凹みを直してくれてるなんて、何という聖人の如き対応なんだろう』
  
「ありがたやぁあ。しかし、イチカは本棚の角にでも、小指をぶつけてしまえカァン」
  
「生徒から没収したモノだしな。でかい凹みは直したが、付いた折り目は無理だな。明日、阿木の奴に謝るか」
 
 没収したと言えど、生徒の私物を傷つけたことに、しっかり反省する先生。
 
「なんとも、出来た男だな。おぬし、名は何という?」
  
「何様だ、この空き缶は。って、おもちゃにイラついてもしょうがねぇか。俺の名前は、足木あしきだ。お前も名前か何かあるのか? というか、商品名か」
  
 足木は玩具相手に何してるのかと思いながら、カンをテーブルの上に乗せると、冷蔵庫にビールと摘みを取りに行くついで、カンに名を尋ねた。
  
「我は、カンという者だ。詳しくは、ボディの表示を見るがよい」
  
「空き缶のカンたぁ、何とも覚えやすい商品名だな。表示だぁ? 取説かなんか書いてあるのか?」

 足木は、カンを手に取り、ボディの成分表示をまじまじと読んだ。
  
「色々と書いてあるが、どこのメーカーの製品か書いてないな」
  
「別に売り物ではないからの」
  
「非売品か? これだけ人間みたいな反応ができるAI搭載ってことは、結構高価なものなのか? あいつ、そんな物を学校にもってくるなよな、全く」
  
「ボディの値段という意味で言えば、元は110円カァン」

 ひどく悲しそうに、カンは自身の値段を告げた。

『自分で言って悲しくなるなら、言わなきゃ良いのに』
  
「110円? 安い缶コーヒーみたいな値段だな」
  
「まさに、その通りなのカァン」

『勘が鋭い先生だね、缶だけに』

「やかましいカァン」

 足木は、勝手に喋っているカンを無視しながら、カンのボディを隈無く調べた。
  
「今時は、そんな値段でここまでの品物が出来るとは、世の中変わったねぇ」
  
 足木は、多少歪みが残る空き缶を眺めながらビールを飲み、不思議そうに呟いたのだった。
  
「ところで」

 カンはこれまでと異なり、本人なりにドスの効いた声で、足木に声をかけた。

「どうした? そんな、子供が無理して凄んだような声出して」

「……お主、何者カァン」

 足木の言葉が、カンのメンタルにダメージを与えるも、何とか耐えてそのままの雰囲気で問いかける。
  
「は? しがないアラサーの、独身貴族だが?」
  
「表面的なステータス的にはそうかもしれんが、何故そこまで高い魔力を持っておるのだ」
  
「……お前……ただの空き缶じゃないな」
  
 部屋に走る緊張感は、足木が目の前の空き缶に警戒体勢をとったためだ。

「ふっ、我は……」
  
「まさか、奴らの式神か!? 魔力がクソほどにも感じなかったから、俺としたことが油断した!」
  
「奴ら? そして、クソほど感じぬくらい低い魔力で、本当に申し訳ないカァン……」

『それ以上は、メンタルダメージで体力ゼロになるよ? 空き缶の癖に、豆腐メンタルなんだから』
  
そして次の瞬間、足木の部屋が爆発したのだった。
 
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