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第74話 空き缶もチートが欲しい

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 魔王を目指す空き缶に、書斎で一服といった休んでいる暇などありはしない。
  
 カインと寂しくも必要な別れを経験した空き缶は、またしても何処かに召喚された様だった。
  
「ここは……真っ白な空間?」
  
 カンが召喚の光に包まれやってきた場所は、ただの真っ白い空間だった。そして、そこにいるのはカンだけではなかったのだった。
  
「何だよこれは!」
「教室は!?」
「ここどこぉお!」

 カンが周りを見渡すと、聞こえてきた叫び声を発しているのは、学生服を着ている大人数の少年少女達であった。
  
「これは……まさカァン」
  
『喋る空き缶は、今度はクラス転移に巻き込まれたようだね』  
  
「カァアァン!?」
  
〝皆様、どうか落ち着いてください。此処は、貴方達の世界と此方の世界を繋ぐ世界の狭間。よくぞ、世界の壁を越えるべく、お越し下さいました〟
  
「あれは!? 誰だ!」
「綺麗……」
「もしかして……」
  
〝大変申し訳ございませんが、当方の世界の者達が異世界召喚を試みた結果、貴方達の世界と繋がってしまった様です。そして、私は此方の世界を管理する女神の一柱です〟
  
「ちょっと待ってくれ! 事態が飲み込めないんだが、クラス全員が此処に勝手に連れて来られたという事か?」

 眼鏡をかけた男子生徒が、鋭い目を女神に向けながら、臆する事なく声を上げた。
  
「この状態で発言できるとは中々やるのぉ。このクラスの学級委員長カァン?」
  
〝足元に召喚陣と呼ばれる光る模様が、浮き上がった筈です。その中にいた者は、全てこの空間に来ているはずです〟
  
 女神は、簡潔に問いに応える。

「そんな……という事は、授業が始まる直前だったから……先生以外全員の三十三人という訳か」
  
「プラス一本だがな」
  
 カンは、空気を読んで小さな声で囁く様に呟いていた。

 ほとんどの生徒が、自分たちを見下ろしている空中に浮いている女神を見上げている為に、足元にいる空き缶の存在に気づいていなかった。

 もし、気づいたとしても空き缶だとスルーされるだけだろう。
  
「何やら分からぬが、巻き込まれぬように、じっとしておくカァン」
  
「!? 今、この空き缶喋った?」

 下手に気付かれ、この場を乱すのは得策ではないと考え、カンがじっとしておこうときめた時、一人の生徒がカンに気がついた。

「気付かれるの、早すぎないカァアン!?」

『いやいや、そもそも独り言でもブツブツ喋ってるのが悪いでしょ』

「黙ってると不安になるから、仕方ないカァアアン!」

『ビビってんじゃん』
  
 カンに気付いた女子生徒は、女神を見上げる首が疲れてしまい、ストレッチの為に下を向いた瞬間に、カンの存在を認識したのだった。
  
「空き缶が喋る?……どこかで、そんな事あった気が……」
  
「どうした、蜜柑。委員長とあの女の話を聞いておかないと、色々不味そうだぞ」
  
「かっちゃん、この空き缶が喋ったの」

 蜜柑と呼ばれた少女は、自分に話しかけてきた少年をかっちゃんと呼んだ。
  
「だから高校生になって、かっちゃんはやめろと言って……は? 今、何つった?」
  
「〝蜜柑〟と〝かっちゃん〟カァン?」

 カンの記憶の中に、その名前に聞き覚えがあった。
  
「こいつは……」
  
「まさカァン……」

 かっちゃんはカンを見下ろし、その存在を確認すると、蜜柑とカンの間に割って入った。
  
「変態缶だ! 蜜柑離れろ! 変態が感染るぞ!」

「思い出した! 公園でかっちゃんの足にへばりついて喜んで、かっちゃんを泣かした変な空き缶!」
  
「色々と認識に誤解があるカァアン!?」

『大体あってるよね? それに、二人と実に六年ぶりの再会だけど、よかったね。二人が、カンの事を覚えてくれていたみたいで』
  
「……ちょっと待てぇええ!? いつの間に六年が経過ァアアアァン!? 小学生が、高校生になってるカァン!?」

 当たり前のように、六年の経過を前提に話をするイチカに対し、カンは当然の如く待ったをかけた。

『久しぶりにあった子供と言うのは、いつの間にやら大きくなっているものだよ』
  
「いつの間にやらと言うほど、前の事じゃないカァン! どれだけ想定外の時間の流れなのカァン!」
  
『だからぁ、前にも言ってある通り、世界が違えば時間の流れも異なるんだよ。カンは〝時の流れとは早いものだ〟とか言って、二人の成長に驚いていれば良いんだよ』
  
「早いっていうか、時間が飛んでるカァアァン!?」

 騒ぎ立てる空き缶。
  
「おい! ちょっと、黙ってろって!」
  
「もがもがもがガァカァアァン……」

 かっちゃんは、良い加減煩く周りの注意を引き始めそうなカンを、無理矢理掴んで黙らせた。
  
「阿木君! 煩いぞ! 僕が女神様と、大事な話をしているんだぞ! 静かにする事も、君には出来ないのか!」  
  
「委員長……悪いな。そんな大声出さなくても、分かってるさ」
  
 かっちゃんに〝委員長〟と呼ばれた男子生徒は、見下す様な目を、かっちゃんに向けながら注意をしてきた。
  
「何じゃ、あやつの目は。完全にかっちゃんを、見下しておったでは無いか。生意気な奴カァン」
  
「自然に〝かっちゃん〟と呼ぶんじゃねぇよ、空き缶がよ」
  
「我の事は、カンと呼ぶことを許そう。そして、我の現在の状態を詳しく知りたい場合は、ボディの側面に記載してある表示を見ると良いカァン」
  
「すっごい偉そうだね。ほら、かっちゃん、さくっと読んでよ」

 腕を組みながら、さながらサッカーの監督のように、どっしり構えながら蜜柑は、かっちゃんに指示を出す。
  
「蜜柑も大概偉そうなんだけどな……まぁ、いいや。どれ」
  
 かっちゃんはカンを拾い上げ、ボディの成分表示を読んだ。そして蜜柑も覗き込む様に、カンの表面を見ていた。
  
「……なぁ、よく分からんがお前って強いのか? それとも弱いのか?」

「なんか、やたらこのM型ってのがレベル高いね? これどんなものなの?」
  
「我が強いか弱いか、M型がなんなのか。この際どうでも良いじゃ無いカァン」
  
「お前が見ろって言ったんだろ……」

「空き缶なのに、面倒くさいね……」
  
 二人が空き缶の面倒くささに呆れていると、突然歓声が上がった。
  
「チートってか!」
「そう来なくちゃ!」
「ハーレム作っちゃう? ひゃっふぅう!」
  
 かっちゃんや蜜柑以外の生徒が、突然歓声を上げながら盛り上がりを見せていた。

「何なのカァン?」
  
「どうやら、あの女神って名乗った奴が、俺たちに特別なチカラってヤツを与えてくれるんだとよ」
  
「ほほう、お主、我と絡んでいた癖に、ちゃんと女神の話も聞いておったのだな」
  
「当たり前だろ」
  
「かっちゃんってね、地味にステータス高いんだよ。そして、見た目に反して真面目だよねぇ。ビジネスヤンチャって感じ」
  
「見た目はチャラそうなのにの。そうか、ビジネスヤンチャだったのだな」
  
「お前らなぁ……なんだ、そのビジネスヤンチャってよ」

 かっちゃんが、蜜柑とカンに呆れていると、女神から神々しい光が発せられた。
  
〝さぁ、女神の使徒達よ、新たな力をその身に宿し、世界を救い給え!〟
  
「身体が消えていく!? 蜜柑! 手を!」
「かっちゃん!?」
  
 そして、白い空間から誰もいなくなったのだった。
  
「……我だけまだ残ってるカァアン!?」
  
〝え?……〟

 ここで初めて、床に立っている空き缶の存在に気付く女神。
  
「我はどうしたら良いカァン? 我にも是非とも、チートを寄越すのだ」
  
〝……空き缶が喋ったぁあああ!?〟
  
「またこのリアクションカァアァン!?」

 女神とカンの絶叫が、白い空間に響き渡るのであった。
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