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第49話 ただ乗ってるだけじゃそうなるかな

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『何か衝撃的な事や命の危険に晒された瞬間に、まるで時間が止まったかのような感覚になると聞いた事がある、ような無いような』
  
「あやふや止めぃ! どっちかに断言せぬと、気持ち悪いカァアン! それにどうせ〝そんな事おきてませぇえん〟的なノリなのであろうよ!」
  
『それは、どうかな? よく周りを落ち着いて見てみなよ』
  
 意味深なイチカの言葉に、カンは言われた通りに、自身の周りを見渡した。

「一体、何を言って……まさカァアアン!?」
  
 カンの目の前で、ゲス勇者の放った斬撃が、時を止めたかのように停止していた。
  
「突然始まった普通の会話の所為で、ゲスの斬撃のことを完全に忘れておったわ。って、まさか本当に、時間が……止まってるだと?」
  
〝力が欲しいか?〟

 この時を止めた状態で、再び謎の問いかけを、カンは聞いた。
  
「さっきの声が、またもや!? って、イチカであろうが。何なのだ、これは。せめて、ボイチェン使うくらいの手間をかけよ。ちょっと声低くしただけではないか、手抜きか」
  
〝力が欲しいか?〟
  
「安定のスルーか。しかも、今度はいつものイチカの声になっておるではないか。飽きるの早すぎるであろうよ」
  
〝力が欲しいか?〟
  
「それ以外の選択肢がないかのような、ゴリ押しだな。じゃが、確かに力は欲しい。このような、ゲス外道勇者なんぞに……負けたくない! 我は〝力が欲しい〟!」
  
〝ご契約ありがとうございます。後ほど請求書を郵送致しますので、到着後三日以内に、代金のお支払いをお願い致します〟
  
「……思ってたんと大分ちゃう!? 請求価格とか、大事なこと諸々聞いてないカァアアアアン!?」

『契約書は面倒だと思っていても、きちんと最後まで読まないと駄目だよね。口頭でも、契約はしっかり成立だよ』
  
「……騙されたのカァアアン!?」
  
『人聞きの悪いことを言う腐れ空き缶だね全く、失敬な。そんな都合よく〝力〟なんて、手に入る訳ないでしょ』

 呆れるイチカの言葉に、額があったら青筋をたてる感じにイラつくカン。
  
「おのれぇええ! 普通〝力がほしいか?〟みたいに聞かれたら、神か悪魔かの言葉だと思うであろう! で、そこからの御都合良くパワーアップがあって然るべきなのでは!」

 大声で〝力〟をねだるカン。
  
『そんな都合よく、神や悪魔が声をかけてくれる訳がないでしょ。お汁粉みたいな缶め!』
  
「甘いってことを言いたいのだな。では、あの声は一体どういう事だったのだ。ただの悪戯であったのか!」
  
『ん? あの契約は、本当だよ。契約自体の真偽を確かめずに、更には内容に関しても質問せずに、契約しちゃったの? 信じられない程の、カモ缶だね』
  
「完全に、お主の声だった上に、了承する以外のコマンド選択がなかったではないか!」

 キレるカン。
  
『カンは、契約してしまったのだよ。ボッタクリ契約だと……かもしれないというのに。あちゃぁ』
  
「ほぼボッタクリって断定してから、かもしれないと言い変えても遅いがな。しかし契約してしまったからには、仕方がない。それで、どんな力を我は得たのだ?」

 イチカからの扱いに慣れ始めたカンは、細かいことを気にせず、得られたであろう〝力〟の確認を求めた。
  
『ふむ。大分凹み慣れて、メンタルが前向きになってきたね』
  
「そんな慣れなど、全く嬉しく無いがな」
  
『それでは、契約内容に従うとするかな……〝カンは、内なる言葉に耳を傾けた。力を欲した願いは、まさに自分の魂からの怒りに反応する形で叶えられる事になった〟』
  
 イチカは、ナレーション風の声で、カンの意識とは全く関係なしに、そう告げた。

「久しぶりのナレーション風の台詞だが〝内なる言葉〟って言われても、我は知らぬし、全く身に覚えもないのだがな。お主は、いったい何を言って……」

 困惑と呆れが混じった声をカンが発した時、異変が起こった。
  
「なんだ!? 急に身体が熱くなるカァアアアアン!?」
  
〝グルォオオオオ!〟

 カンの悲鳴と、何者かの咆哮が、時が止まる空間に響き渡った。

 『変身や変形というのは、どうしてこうも心踊るのだろうね』
  
「何何何!? 何が起きたのカァアン!? 龍っぽいのが、我から出てきたカァアアン!?」
  
『あ、そう言えばそろそろ、時間停止的超感覚が戻るから。あとよろしくね』
  
「嘘であろう!? この状況で、丸投げカァアアァアン!?」
  
 カンは内なる怪しげな声大体イチカとの契約により、空き缶の口から魔力が噴き出した。

 そしてその魔力は徐々に形を成していくと風龍の姿へと変わった。そして風龍が風を起こしたかと思うと、カンは舞い上がり風龍の頭に乗っかった。

 風龍の頭の上に、空き缶がちょこんと乗っているシュールな絵が此処に完成した。
  
「……ふぉおおおお!?  我、龍と合体したのカァアン!?」

『いやいや、どう見ても単に乗っかってるだけでしょ』

 興奮するカンは、イチカのツッコミを無視した。
  
 そしてカンが驚きの声を出したと同時に、カンの時間停止的超感覚が解けたのだった。
  
「くらえぇええ! え? えぇえええ!? 龍がいきなり目の前にぃい!?」

 驚く勇者。
  
「我はこっちだぁああ! 風龍のブレスぅううう! を、お願いしまぁあああす!」
  
「は? はぁああああ!?」
  
 カンは、このような展開の際のお約束である状況説明を全くせずに、完全に不意打ちで勇者に上空から風龍のブレスをお願いした。

 あくまでカンは、何も出来ないので〝お願い〟である。

 そして、風龍はその〝お願い〟を聞き入れ、ブレスを勇者に向かって放った。
  
「なんのぉおおお! 勇者を、舐めるんじゃない!」

 流石、ゲスでも勇者。

 訳がわかっていないが、身体は今の状況に対応し始める。完全に隙を作らされ、カンのいない地面に向かって動いている剣を、無理矢理に止めた。

 そして止めた反動を利用して、頭上から放たれた風龍のブレスに向かって、剣を振る上げた。
  
「ブレスに向かって、先ほど技の発動を咄嗟に止め、再び雷鳴轟光覇王天撃を放っただとぉおお! ゲスのくせにぃいい! ゲスのくせにぃいい!」
  
「さも大事な事のように、ゲスを二回もいうんじゃない! くらえ空き缶ぉおおお! 僕のハーレム作りを、邪魔するなぁああ!」
  
「知るカァアアン! 貴様の腐った匂いを、すべて風龍様が吹き飛ばしてくれるわぁあああ!」

 風龍の頭の上から、さも自分が力を出しているかの如く叫ぶカン。

 しかし、カンは忘れていた。自分が単に竜の頭に、ただただ乗っているだけであることを。
   
「のわ!? 風で我が飛ばされぇえええ!? ちょちょちょ待つカァアアアン!?」
  
 そして、カンが具現化した風龍のブレスと、勇者の雷鳴轟光覇王天撃が激突したのだった。
 
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