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第48話 悪魔の囁きが聞こえたら

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『暴風や強風が奏でる音というのは、非常に恐ろしいものがあるよね。ガタガタ、ゴーゴー、ビュービューとかさ』
  
「ピー! ピー! ピー!」
  
『それに比べて、ヤカンのお湯が沸いた音は、どこか心をホッとさせてくれるよね。さぁ、コーヒーでも淹れようかな』
  
「こっち、クライマックス! 和むでないわ!」
  
『クライマックスというか……転生直前では?』 
  
「それはヤカァアアアアアン!?」
  
 ヤカンに向かって放たれる勇者の雷鳴轟光覇王天撃は、口だけのものではなく、紛れもなく勇者の〝会心の一撃〟だった。

『カンはモンスター枠だから、〝痛恨の一撃〟をくらうってことなんだろうね』

「立場の違いヤカァアアァン!?」
  
「最後まで意味不明で五月蝿いよ! 跡形も無く、消し飛べぇええ!」

 猛る勇者の咆哮とともに、遂に剣の切先がカンに届く。
  
「……これ、ヤカンやつや……」

 カンの悟った呟きと共に、カンを中心地として大爆発が起きた。
  
 "カンは、勇者から痛恨の一撃を受けた!"
 "カンは、雷鳴轟光覇王天撃により1500ダメージを受けた!"
 "カンは、常時発動M型の効果により体力が8に戻った!"

「やったか!」
  
 勇者の叫びが辺り一帯に響き渡るも、自らの剣撃により起きた爆発と舞い上がった土埃により、カンの姿を直ぐには確認する事が出来ないでいた。

 そんな時、なかなか消えない土煙りの中から、笑い声が聞こえ始めた。

「まさか……そんな馬鹿な!?」

「クックック……魔王には第二形態があるのが、お約束であろうカァアアアアン!」

 動揺する勇者の声と、カンの勇ましい叫び声が、更にこの場の緊張を高めるのであった。
  
「第二形態と言いながら……どうしようイチカァアン……」

 しかし、勇者に聞こえない様に気をつけながら、イチカに助けを求めるカンの情けない声で、その場の雰囲気は一気に弛緩する。

『ふむ……冬というのは、春に向けての準備期間であるとも言えるわけだよ』

「おぉ、ふむふむ。それでそれで?」
  
『春が来た時に向けて、スタートダッシュがきれるように頑張れると良いよね』

「ん? その心は?」
  
『特に今のカンの状況とは、全く関係ない雑談という事だね』
  
「やっぱりないのカァアアン!? そんな気がしてたわ!」
  
 勇者により完全にオーバーキルされたカンであったが、常時発動M型の変態的効果により体力が8まで戻った。

 そして、魔王のヤカン形態であったカンは、勇者の一撃によりヤカンボディを完全破壊されたと同時に、体力が戻る際に元に空き缶の姿に戻っていた。

『そもそも、〝常時発動M型〟の効果で、勇者の全力にも耐えて、魔王の魔改造が肉体の再構築の際にリセットされている時点で、十分すぎるほどのカンもチートだからね? それを帳消しにして余りあるほどのマイナスな弱さがあったとしてもさ』

「帳消ししてマイナスになってたら、結局意味無いカァアアアアン!?」
  
「ふ、もとより一撃で倒せるとは思っていないさ!」

 すぐに気持ちを切り替える勇者。
  
「そうだろうね!?」
  
「何度でも! さっきの一撃を放つだけさ!」 

 威勢よく言い放つ勇者の顔は、歪んでいた。
  
「さっきの一撃だと? しかし、ゲス勇者の仲間は、もう皆倒れておるではないか?」
  
「ナチュラルに僕をゲスと呼ぶんじゃない! ふふふ、人間の仲間はね。だが、僕にはテイムした魔族がいるんだよ!」
  
 そう叫ぶと、ゲス勇者は手を高く掲げた。すると他の者達と同様に魔力切れを起こし、地面に倒れていた筈の魔王の元女幹部達が、フラフラと立ち上がり、再び勇者の掲げる聖剣へと魔力を注ぎだした。

 魔力の強制徴収により、魔王軍元幹部達は、口からだけでなく目や鼻からも、血が流れ始めていた。

 そして、最早意識すらあるかどうかすら怪しかった。
  
「おいゲス野郎! 女魔族達が酷い有様ではないか!」
  
「せめて勇者をつけろよ! は! 別に良いでしょ。こいつら、元々魔王の手下だったんだしさ」
  
「確かにそうだが……テイムしたと言うのであれば、今は貴様の仲間であろうが」
  
「仲間? ふふ……あはははははは! 流石は空き缶の魔王、おかしなことをいう! モンスターはモンスターだよ! 別にどうなったって良いだろう!」
  
 ゲス勇者はカンの言葉に嗤いながら、楽しそうに応えていた。

 そうしている間にも、どんどん魔王の元幹部達は弱っていき、命の危険に晒されている事が、見ているだけのカンにさえ理解出来た。

 しかし、それでも彼女達は勇者に魔力を送り続けるのであった。
  
「我は……我は……貴様のような……外道の勇者を相手にしたくて、魔王になりたいわけではないカァアアアアン!」
  
「何言ってるか、意味わかんない。取り敢えず、潰れときなよ。全く魔力も感じないし、ただの魔王ゴッコの喋る空き缶なんでしょ。そのゴッコに、本物の勇者が付き合ってあげるんだ。感謝しなよ」

 勇者は見下した笑みを、カンに向けていた。
  
「な!? 貴様……わかってて、わざわざあんな大技を……それであれば、我を叩き壊すだけで済んだ話ではないか! 貴様の仲間達を、無闇に傷つける意味が何処にあったと言うのカァアアァアアン!」

 カンの怒りは、頂点に達していた。

 自身が馬鹿にされた訳でもない。自身が、痛ぶられた訳でもない。見ず知らずの勇者の仲間達が、弄ばれただけである。

 それだとしても、カンは怒らずにはいられなかった。
  
「あはははははは! アレかっこいいもん!」
  
 そして、元魔王軍幹部より搾り取った魔力を用いて、勇者は再び雷鳴轟光覇王天撃を、容赦なくカンに向けて放ったのだった。
  
「……無念だ……」

 迫り来る刃は、カンには避ける術はない。
  
「我に力があれば……」

 悔しさ、情けなさ、それらを感じても、泣けることの出来ない空き缶ボディを、カンはただただ震わせた。

 そして、自身の力のなさを悔いた。

〝力が欲しいか?〟
  
 そんな時、カンの意識に直接響く声が、聞こえたのであった。
 
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