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第30話 誰かは得をしているのかもしれない

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『乾燥する季節、美肌ボディになるために〝喋る空き缶〟配合石鹸をお試しに、どうぞ♪ と言うこと?』

 空き缶の姿は何処へやらと、カンの今の姿は完全なる固形石鹸である。流石のイチカも、これには呆れていた。
  
「なってたまるか!」

『いや、なってるよ? どこからどうみても、立派な〝喋る固形石鹸のケン〟だよ』

「名前まで、変わっとるカァアアアアン!?」
  
『はぁ、空き缶が石鹸になっちゃってどうするのさ』

 これでもかと言うほどに、大きな嘆息を吐くイチカであった。
  
「我のせいなのか!?』
  
『どうせ、お姉さんとかに使ってもらえたらなぁとか思ったんだろ! この変態カ……ケン!』
  
「我の名前を、ケンで定着させようとするでないわ! 話をきけ! 本気でどうなるのだ!? 空き缶に戻れるのか!? むしろ、そっちの世界に戻れるのカァアン!?」

 必死である。空き缶へと転生してから、カンは本当の意味で、初めて恐怖していた。

 あれ程、心の中で馬鹿にしていたが、空き缶へと戻れないかも知れないと思うと、恐怖を感じていたのだ。
  
『知らんがな。僕は知っているのは、〝空き缶のカン〟であって、〝石鹸のケン〟なんて物は、知らない石鹸ですよ』

 そして、イチカは安定に辛辣だった。
  
「本物の鬼が此処に居るカァアアアアアン!?」
  
 カンは、偶然落ちた魔女の壺の効果により溶けてしまった結果、何故か石鹸になるという新種の空き缶にあるまじき醜態を晒していた。

 このままでは、お姉さんか誰かに使われてウハウハする展開になるだろうか。否、間違いなくそれはイチカがさせないだろう。

『知らない固定石鹸には、是非ともむしろガチムチなマッチョな方に、ガシガシ摩擦で燃えるほどに、または直接握り跡がつくほどに力を込めて擦ってほしいね』
  
「やめぇええええい!?」

 まさしく絶叫と相応しい悲鳴を、カンはあげた。
  
「全くさっきからうるさい石鹸だね。売り物だったってのに、どうしてくれるんだい。こんなにうるさくちゃ、売れやしないよ」
  
「商品価値の話になっておるカァアアアアン……は!? そんなことより魔法だ! 魔法の伝授を!」

 石鹸である為、全く表情は見えないが、まさしくハッとした感じを出しながらカンは、老婆へ〝魔法の伝授〟を要求した。
  
「あんた、種族が変わるぐらいの勢いの事が起きてるのに、余裕だね……」
  
「慣れたわ! これくらいの事で凹んでおったら、きっとこれから先、やって行ける気がしないのでな!」
  
「慣れたって……中々に、見た目とは違って刹那的な生き方選んでる石鹸だねぇ。魔法かい? あんた、そもそも魔力は持ってるのかい?」

 完全に老婆の中で、カンは〝喋る石鹸〟と定義されていた。
  
「安定の〝MPはゼロ〟だ」
  
「胸を張って……胸はどこだい? まぁ、いいさね。そんなこと胸を張って堂々と言う事じゃないね。なんだい、それじゃ魔法覚えようにも無理じゃないか。しょうがないねぇ、少々面倒だが、魔力を身体に貯めてこないといけないねぇ」
  
「魔力を貯める?」

 老婆の言葉に疑問を抱きつつ、それよりもっと疑問に感じることが、カンの身に起きていた。
  
「何故に我を、小包みに包装するのだ?」

 見るからに商品用の包装紙に、カンはパッケージされていた。そして、綺麗に包装されたカンを持って、家の外へと出た。
  
「魔素で汚染されている場所があるから、そこで身体ごと汚染されれば何とかなるんじゃないかい? 取り敢えずそこに、鬼婆がおるから届けてやるよ。そこで、何とかしてもらうんだね」
  
「鬼婆……嫌な予感しかしないカァアアン!?」
  
「"風は舞う 回り回りと渦を巻く 風魔法【トルネード】"!」

「ここで魔法を使うカァアン!?」
  
 カン美容石鹸を包んだ小包みを持った手を天にかざした魔女は、そのまま風魔法を使ってカンを、鬼ババの元へと吹き飛ばしたのだった。
  
「やっぱりカァアアアアアン!? 包まれて錐揉みぃカァアアアアン!?」
  
『見た目と違って、丁寧に梱包しっかりとしてたから、多分包装は大丈夫じゃないかな』
  
「包装の心配よりも我の心配をするのだぁあああ!? 包装で何にも見えないから、物凄く怖いぃカァアアアアン!?」
  
『カン、うるさいよ。そろそろ、そのワンパターンのリアクションやめようか』
  
「本当にお主は、鬼畜だなけぺらっ!?」
  
 カンを運んでいた魔女の風魔法が解けると、空から沼地へとカンは落下した。そして、小包に包装されたままの状態で魔力に汚染された底なし沼へと着水したのだった。
  
「何事なのだ!? 何やら湿って……怖い怖い怖い! 何が起きてるのカァアァアアアン!?」
  
「クケケ、勝手に沼に沈むんじゃないよ」
  
「ほぉあ!?」
  
 底なし沼に沈みそうだったカンを助けたのは、みすぼらしい格好をした一人の鬼婆だった。

 そして手慣れた手つきで小包を破り開け、露わになったカン喋る石鹸を手にすると、いきなり腕にカン喋る石鹸を直接擦り始めた。
  
「割と力強く削れるぃいぃいい!?」
  
「魔女の奴から、変な石鹸を送ると連絡がきたが……なんじゃ、喋るだけで他は普通の石鹸とかわらんがな」
  
 そう言いながら、石鹸が話をするという状況で全く気にすることなく、鬼ババは身体にカンを擦り続けた。
  
「こひゅら!? 身体小さく……かひゅ……ちょっと話を……こふ……」
  
「魔力を見に纏いたいんだろ? あの過剰な魔素で汚れてる沼に漬けとけば、そのうち纏うだろうさ。ただその前に勿体無いからねぇ、ある程度削ったぐらい大丈夫だろうよ、クケケ」

 どんどん削られるカン、そしてますます身体が泡立つ鬼婆。

『誰得なのかな?』
  
「もう、碁石サイズぅうぅうう……もう空き缶に戻してぇえええ……」

 その悲痛な叫びは、天高い空へと吸い込まれていくのであった。
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