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第11話 中身がなくて何が悪い

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 カンはこれまでで一番高く飛んでいた。

 まるで、空を飛ぶようにカンは翔んで・・・いたのだった。その姿は、あたかも鳥のように、空を翔けていた。

『高校サッカー部の蹴りは、ハンパないねぇ』

「カァアアアアアアン!?」

シュウ高柳! ソレカンを落とした奴が、負けにしようぜ!」

「おぉ! だけど、俺らが落とす前に、コレカンが潰れそうだけどなっと!」

「カィイイイイン!?」

 五人組のサッカー部は、器用にカンを地上に落とさないように蹴り合っていた。

 その様子をカンを通して見ていたイチカは、"これも、缶蹴りと言えば『缶蹴り』か……"と呟いていたが、その呟きもカンにはしっかり聞こえており、"せめて隠れる方の『缶蹴り』にせよ!?"と抗議を上げたかったが、蹴られては翔んでの繰り返しで、最早悲鳴しかあげることが出来ない状態だった。
  
「お兄ちゃん達、やめてよぉ! その子、痛がって凄く叫んでるよ!」
  
「あぁ? 空き缶が悲鳴をあげる訳……って、そう言えばさっきから、誰が無様な悲鳴を上げてるんだ?」

 丁度、高柳シュウの元へとカンが飛んできた所で、蜜柑があまりにあんまりなカンの様子を見かねて、勇気を持って叫んだ。

「カィン! さすが高校生ともなると! カキン! ボディのヘコミが! コィン! 半端ないのだな!」

 そして高柳シュウがリフティングしながら、蜜柑の言葉で一応空き缶に耳を傾けると、確かに先程から自分達のメンバーとは違う声で悲鳴が聞こえている様な気がしてきたのだった。

 気付くのが遅れた原因は、カンの悲鳴は基本的に蹴られた瞬間に発せられていた為に、ボディが蹴られた際の音と被っており、聞こえにくかったのだった。
  
「……マジか……おい! こっち来てみろ! この空き缶、マジで喋ってやがるぞ!」

『基本的に、カンの悲鳴も"カァァン"だし、空き缶が蹴られた時の音も"カァン"だし、言われないと気付きにくいよね。全面的に、カンが紛らわしいのが悪いね』

「貴様は、我に恨みでもあるのか!?」

 高柳シュウがリフティングしている時に、悲鳴を上げながらもカンは彼に話しかけた結果、高柳シュウはカンが言葉を発している事に気が付いた。

 しかし、カンのイチカへのツッコミが丁度良くシュウ顔の前に浮き上がったタイミングだった為に、しっかりとその言葉も彼の耳に届いた。

 そして、その言葉を聞いた高柳シュウは眉間にシワも寄せて、明らかにイラついた表情に変わっていった。

「あぁ? 空き缶なんぞに、貴様と呼ばれる筋合いはねぇぞ、コラ」

「は!? 今のは、お主に言った訳ではないのだ!」

 カンは自分の失態に気付いた瞬間に、慌てて釈明しようとしたが、空き缶に喧嘩を売られた高柳シュウは、迷うことなくそれ喧嘩を"買った"のだった。
  
「シュウ? 何イラついてんだ? カンが喋る訳ねぇだろ。さっさと缶蹴り始めようぜ」
  
「イワ、まぁ、見てろって。よく聞いとけよ? オラァ!」

「カァアアアアアアン!?」
  
 そう言うなり、見事なフォームでカンは盛大に蹴り飛ばされた。そして、すでに公園の隅に方に逃げていた少年かっちゃんの足元へと転がっていった。
  
「どうなってんだ!? ぎゃははは! マジか! ウケる!」

 他の四人が高柳シュウの所へ集まってきた所で、カンは容赦なく蹴り飛ばされ、結果として盛大に悲鳴を上げた。

 その為に、他のメンバーも今度はしっかりとカンの悲鳴を意識して聞いたのだった。
  
「やめてあげてよ! かわいそうだよ!」
  
「さっきから、ウザいガキだなぁ。あぁ? さっさと失せろやぁ!」
  
「きゃぁ!」
  
 蜜柑は、シュウの横に立っていた一番の強面で身体の大きな岩倉イワに、ぐっと顔を近づけられた状態で怒鳴られた。

 蜜柑は、岩倉イワの迫力に押され、思わず後に下がった際に転んでしまった。

「おい、イワ。試合の時みたいな、阿修羅の顔になってるぞ。流石に、お前の顔と声で凄んだら、可哀想だろ」

「あぁ……悪りぃ。ウチのチビども弟妹と同じ様に対応しちまった」

 高柳シュウが、転んでしまい目から涙を流している蜜柑を見て、流石に岩倉イワを嗜めた。

 その言葉に、岩倉もバツが悪そうに頭を掻いていた。彼の家は八人兄弟であり、丁度蜜柑に近いぐらいの弟妹もいた為に、家にいる時のように怒鳴ってしまったのだ。
  
「……うぅ……怖くたって……倒れないもん! ヒーローは、悪もんなんかに負けないもん!」

 それでも蜜柑は泣きながら、また岩倉イワ達の前に立ち塞がった。何故、彼女はそうまでしてカンを救おうとしているのか。

 彼女には、憧れている人がいたのである。
  
「チッ、ガキが……いい加減にしやがれ!」
  
 蜜柑は、ある物語のヒーローに憧れていたのである。決して倒れず、弱い者を背にして戦う姿に憧れていた。

 そんな少女が、強大な相手に立ち向かっている中、カンは身体を凹まし地面に転がっているのみであった。

『無様の一言だね』

「無様言うでない……しかし、なんとも強き者だな、蜜柑は……なぁ、少年かっちゃんよ」
  
「え?」

 カンは蜜柑から"かっちゃん"と呼ばれていた少年の足元まで、偶然にも転がってきていた。

 そして、かっちゃんが思い詰めた表情で、蜜柑達の方へと視線を向けていたのを見て、声をかけたのだった。

「お主、蜜柑とともに戦いたいのであろう? だからこうして、一人だけ公園から出て行こうとせずにいる。では何故、今すぐに蜜柑の元へと行かぬ」
  
「だって……あんなデカくて怖い兄ちゃん達に、俺が勝てる訳ないだろ!」

「ふ……勝てる訳ないか……諦めるなぁああ!」
  
「なんだよ! 空き缶のクセに! 中身がないお前なんか、なんの役にも立たない……っていうか、お前のせいなんだろ!」
  
 かっちゃんの尤もな指摘を無視し、カンは不敵に嗤った。

 空き缶ボディの為に、カンの表情は全く分からないが、本人はそう言う雰囲気で嗤うのだった。

「くっくっく……あっはっはっはっは! 中身がない? 当たり前だ! 我は、空き缶なのだからな! 中身がなくて何が悪い! それが我なのだ!」

「空き缶……」

 カンの堂々とした宣言に、かっちゃんは雰囲気に呑まれ"この空き缶、実は凄いのでは?"と考え始めた時だった。

 カンから、かっちゃんに対する"お願い"がされたのだった。

「かっちゃんよ……我を思いっきり踏むのだ!」
  
「えぇええ!?」

 かっちゃんは、カンの言葉に気持ち悪くなり、思わず悲鳴を上げたのだった。

『……僕も流石に、ドン引くねぇ』

「ドン引くでないわぁああ!?」
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